第16話 魔女になったガラテア 2

「酷い部屋を見た」

「片しても片してもお母様は……。シクシク」

「うるさいわね。この部屋は私なりの黄金ルールに従って完璧なまでに整っているのよ」


 台詞が終わると同時に崩れる本の山。黄金ルールが聞いて呆れる。

 部屋はどこを見てもグチャー。

 ドンと置かれた立派な書斎机の前にローテーブルがあって、左右にはクレイジーキルトのこれまたゴチャッとした柄のソファ。

 壁中を埋める本棚は天井までの高さで、一脚の梯子が憐れ斜めにかかっていた。ステラ曰く本は魔法で出し入れするから梯子は飾りなんだそう。


「と、とにかく座りなさいな」


 再びシャボン玉のクッションボール。ポヨヨンと弾みながら向かい合うと、なんだか楽しい気分になって来る。


「今から貴女の波動を使って、それぞれの精霊と契約して貰うわよ」

「契約?」

「そうよ。人間の場合だと魔力の度合いによって契約の難度が変わるんだけど――」

「お母様、その前に魔法の仕組みについて説明しておいた方が」


 パナイースの言葉にポンと手を打って、ステラは「そうね」とポイを振った。

 三人の中心に浮く大きなシャボン玉。

 中心には透けて見える人体。

 その頭上に守護星を模した球体。

 シャボン玉の被膜付近を流れるように泳いでいるのは精霊を模したものだろう。


「先ずは星よ。星こそが波動の原点。そこからビビビーッと人体に流れ込んで行く訳だけど――」


 シャボン玉の中の星から青い波紋が流れ出て、人体の頭部に注がれ始めた。


「貴女の場合は筋肉か知らないけど、普通、人間の頭には脳ミソが詰まっているわよね?」

「ちょっとステラ、それってどういう意味?」


 抗議しても澄まし顔でスルーされてしまう。私の頭、相当軽く見積もられてる。


「で、その脳の中には波動受容体と呼ばれる器官があって、それが星からの波動を体内に溜め込む役割を果たしているの」


 つまり、波動は波動のままに人体に取り込まれて、それが魔法の種になる。そのことから波動が魔力という言葉に置き換えられてるってことだ。

 また、波動受容体はその発達に個人差があって、発達具合の差がそのまま魔力の過多を決定してしまうらしい。


「凡そ七歳で波動受容体の発達は止まるわ。魔力の過多は子供時代に決まってしまう訳ね」

「少ないと魔法が使えない?」

「正確に言えば少ないと精霊が寄って来てくれないの。魔法を使うにはどうしたって精霊の力を借りるから、間をすっ飛ばせば貴女の言ったことも間違いではないわよ?」

「なるほど」

「波動受容体が未発達でも守護星からの波動そのものは生まれてから死ぬまで注がれ続ける。いい? 見てて。最初は魔力が少ない子のケース」


 シャボン玉に注目すると、守護星から注がれた波動が脳の位置に薄く青い球を結び始めた。


「今見えてるのが波動受容体よ。波動を溜めて青く光ってるでしょ? でもそれが――」


 青くなった受容体から同じ色の粒子が漏れ出して、どんどん人体の外に拡散され始めた。外に出た粒子は更に拡散して、膜壁近くを泳いでいた精霊たちがほんの少し反応を示す。でもそれだけ。精霊たちは再び流れの中に戻ってしまった。


「次は魔力の多い子の場合ね」


 一度リセットされた波動がもう一度守護星から注がれる。今度は波動受容体がいつまでも粒子を外に漏らさないまま、どんどん強い光を放ち始めた。

 やがて限界が来たのか、さっきは粒子だったものが帯状の濃いオーラを流し始めて、それが人体の外に出た途端、周りを泳いでいた精霊の一体が肩の辺りまで近付いて行った。


「こんな感じで、十分発達した波動受容体を持つ子は溜め込める波動も多くなるの。それと比例して外に漏れ出す魔力も濃いものになるってことね。すると波動と相性のいい精霊が寄って来てくれる訳よ」


 なるほど。視覚的な解説があるとよく分かる。私の波動受容体もあんな風に青く光ってるってことか。


「つまり、今みたいに寄って来た精霊と契約すばいいの?」

「正解だけど、その前に魔法の種類について説明しておきましょう」

「魔法の種類?」


 守護星にも精霊にも魔法にも種類があるのか。もう頭パンクしかけてるんだけど……。


「魔法には内燃魔法と接触魔法、それから契約魔法があって、特に契約魔法は投射魔法とも呼ばれているわ。内燃魔法と接触魔法は精霊との契約がなくても使える魔法ね。どうしてかって言うと、寄って来た精霊が勝手に波動とシンクロ状態を起こしてくれるから」

「シンクロ状態?」

「そうよ。精霊が体内の波動とシンクロすると、それまで魔力としては不活性だった波動が活性化して、魔法に変換可能な状態に変わるのよ」


 ということは、シンクロ状態になって初めて波動は魔力になるってことだ。


「ただし、契約以前の魔法は外に向かって投射することはできないの。あくまでも自分の体に影響を及ぼしたり、触れた対象に触れている間だけ効果を顕わすだけ。まぁ接触魔法に限っては余韻の分だけ持続するってこともあるけれど」


 ふむふむ。なんとなくだけど分かる。

 例えば物語の魔法使いが使っていた火の玉を遠くに飛ばす魔法。あれは投射になるから精霊と契約していないと使えないってこと……だよね?

 契約を必要としない魔法は魔力の制御が利きやすい体内や接触対象に効果を限定される……ってことだよね? 多分。


「それで結局、精霊との契約はどうやればいいの?」


 ステラは人差し指を両方の目尻に当てて言った。見た目が子供だから凄く可愛い。


「魔力が活性化した状態で目に意識を集中すると精霊の姿を見ることができるわ。それ自体が精霊感知エレメントセンスっていう魔法よ。精霊は基本、姿を見られないようにする習性があるのだけど、好きで寄って来る精霊は寧ろ見つけて欲しがるの。だから見つけてお願いをするだけ」

「随分簡単そうに聞こえるけど……」


 今度は肩を竦めて手の平を天井に向けた。ちょっと大人ぶった感じ。


「人間の場合はそうでもないのよ。精霊にも個性があって、当然相手を選びもする。例えば波動受容体の発達が魔法を使える最低水準だとしたら、シンクロはしてくれても契約は断られるかもしれないわ。他により条件のいい相手がいればそっちと契約したがるでしょうね。要するに、精霊にも選ぶ権利があるってことよ」

「選ぶ権利か……。だったら魔女の場合は?」


 続いて片方の手を腰に当てて残る手で人差し指を押し出して来た。得意気な様子が如何にもステラらしい。


「安心なさい。魔女からの申し出を断る精霊なんて滅多にいないんだから、契約なんてあって間に済むわよ」


 太鼓判を押してくれたステラは自分の座っていたシャボン玉を割ると、真ん中に来て図説用のシャボン玉も割ってしまった。それから私の目の前へ。


「な、何?」


 顔を寄せたら突然ポイでおでこをトン。まるっきり子供扱いされてる。


「もしも貴女の波動受容体が満足に波動を溜められないお粗末なものだったとして、それは魔女霊ストレガが宿った時点で最適化されるわ。だから貴女もその気になれば今直ぐ精霊を見ることができるし、魔法だって契約不要の内燃魔法や接触魔法なら使える状態にあるってことよ」

「そうなの!? ちっともそんな気しないけど……」


 思わず両手をまじまじと見つめた。剣だこだらけのこの手から魔法がポンと飛び出すのかな? まるで夢みたいな話だ。

 あれ? でもちょっと待って。


「ねぇステラ。さっき守護星の波動と相性のいい精霊のことを教えてくれたけど、その中に魔女霊ストレガは出て来なかったよね? どうして?」


 ステラはパチンとスナップさせた指を向けて来た。


「いいところに気が付いたわね。そう。精霊は大別すると二種類あって、それが波動に感応する波動精霊とそうでない無波動精霊なのよ」


 それによると波動精霊は全十一系統三十三種。よく名の知られている下位精霊の外に、上位と最上位の精霊が存在していると言う。即ち、


 土精霊ピグミー――土巨霊レギオン――土神霊ビヒマス

 水精霊ウンディーネ――水巨霊アルビオネ――水神霊シュトロア

 火精霊サラマンダー――火巨霊オーニス――火神霊イグニス

 風精霊シルフィード――風巨霊トルヴィーナ――風神霊アレーネ

 木精霊ドライアド――木巨霊エント――木神霊ジャングラ

 光精霊ランターン――光巨霊ミーコ――光神霊サンクタス

 闇精霊スラモル――闇巨霊ソーニア――闇神霊アンディーラ

 鉱石霊オーレ――宝石霊アダマンテ――大陸霊パンゲア

 氷雪霊ニックス――氷巨霊ヌーラ――氷神霊ミデン

 雷精霊エクレール――雷巨霊メルポ――雷神霊ホロウム

 生命霊クレアトラ――誕生霊ペペリット――復活霊ディリリス


 対する無波動精霊は、星の波動よりも主に人や人の感情に感応する精霊たち。


 魔女霊ストレガ

 歓喜霊フェリス

 憤怒霊フローレ

 悲哀霊ドローレ

 享楽霊ピアーチェ

 愛憎霊アマリリス愛情霊アマラ憎悪霊リリス

 怨恨霊ランコレー

 交感霊アセンティオ

 名もなき精霊アノニマス


 名もなき精霊アノニマスだけは無波動精霊の中でも特殊で、全ての精霊の元となる原始精霊という位置付けになる。名もなき精霊アノニマスは火を吹く山でサラマンダーになり、大河や湖水でウンディーネになる。人社会にいればストレガや感情の精霊に生まれ変わる。要するにあらゆる精霊の源だ。


「魔女が多彩な魔法を扱える理由は二つ。一つは人間と違って守護星から届く影の波動も吸収できること」

「影の波動?」

「そうよ。守護星の説明をした時、例えば恒星なら光か火の波動を受け取るって教えたわよね?」

「うん。特殊な守護星を除けば波動は一の精霊しか呼び寄せないって言ってた」

「でも実際には恒星は光と火、両方の波動を送っていて、人間の波動受容体はより強い波動にだけ反応するの。魔女の場合は弱い波動も拾うから、恒星が守護星なら光と火の精霊どちらとも契約できるのよ」


 お得感が凄い! 今の話で言ったら守護星が彗星の場合は四つもの精霊と契約できることになる。


「二つ目は魔女ってだけで感情霊アドフェークたちと仲良くなれることよ。彼らとの間には契約も必要ない。感情霊アドフェークの魔法は魔女の特権で人間には使えないわ」

「どうして?」

「彼らは人間の生の感情をエネルギーにしている。だから悪霊憑きでもない限りわざわざ人間に影響を与えようとはしないのよ。時たま強い感情に引き寄せられて、軽く後押しをするくらいはあるけれど」


 疑問が湧いた。感情霊アドフェークが人間と魔女で態度というか、対応みたいなものを使い分けるのには意味があるのかな? 魔女と人間は確かに別の存在かも知れないけど、感情面で大きな違いがあるようには思えない。


「ねぇステラ。私思うんだけど魔女の感情だって人間と変わらないんじゃないの? 私には人間じゃなくなったって感覚はこれっぽっちもないんだけど?」

「感覚的にはそうでも魔女は精霊と人間が一つに合わさった存在よ。だから精霊たちは魔女を仲間だと感じてくれている。そして感情霊アドフェークたちは自分たちが必要とする人間を愛し、守ろうとする魔女に対して常に協力的でいてくれるの。波動精霊の方は厳密言ってしまうと人間を介すことで濃くなった波動が欲しいだけなのよ。そうは言っても波動精霊にだって心はあるから、仲良くなるに越したことはないわ。精霊は人や魔女に慣れて来ると真似事をするようにもなるから、貴女も直ぐに愛着が湧いて来るはずよ」

「それは可愛いかも」


 見たこともない精霊を想像して、それが人真似をしてる様子を思い浮かべると、それまであやふやなイメージしかなかった精霊にグンと親しみが湧いて来た。


「そうすると私は二つの波動精霊と契約できて、その上、感情の精霊たちに関わる魔法も使えるってこと?」

「そうなるわね。さぁ、そろそろ契約を始めるわよ!」

「えっ、もう今から!?」


 まだ精霊を見ることもできないのにどうやって……。

 でもステラはローテーブルやソファをどけてスペースを作り始めてるし、パナイースもしっかりそれを手伝ってる。イヤだと言っても始めるつもりらしい。


「さ、真ん中に立ちなさい」


 邪魔な物を脇へ押しやっただけの、一見クレーターのような空間ができ上った。その真ん中に立たされて所在のない私。

 ステラがポイの先端で床に触れると、物語の挿絵で見たような魔法円マジックサークルが輝いて、二人とも私を残してさっさと外へ出てしまった。


「がんばれー、ふぁいとぉ!」


 腰と膝が同時に砕けるパナイースのエール。どうにか踏み止まっても何をしたらいいのかはサッパリ。


「さっき言ってた精霊感知エレメントセンスってどうやれば……?」

「頭の中にある波動受容体をイメージして集中するのよ。そこに溜まった魔力が目玉に乗り移るように。そうすれば今貴女の髪や裾に隠れている精霊の姿か見えて来るわ」

「ええっ、もういるの!?」

「おバカ。貴女が魔女になったその時からずっと側に付いてるわよ。これ以上待たせたりしたら可哀相でしょ。早く見つけてあげなさい」

「ふふ、可愛い精霊さんたちが見つけてーって言ってますよ。早くぅ、ほら、早くぅ」


 こっちは必死なのにどーゆーノリなの……。


「待って、見えてるなら二人には私の波動系統が分かってるってこと? 見つけるヒントになるかも。教えてよ」

「残念ね。精霊は引き寄せられた相手以外には姿を見せたがらないのよ。魔女が契約するのは上位精霊なんだから、隠れようとされたら私たちにだって気配くらいしか感じられないわ」


 そうなのか。ん? 今なんて言ったの? じょ、じょ?


「上位精霊!? そんな凄いのと契約しちゃって大丈夫なの私!?」

「あら言ってなかった? 影の波動なら下位精霊との契約になるけど、連星は双方の星が強い波動しか送って来ないから、貴女の場合は二体とも上位精霊よ」

「二体とも!? それこそ私には無理なんじゃ……」

「ガタガタ言ってないで早く集中しなさいよ! バックアップの為の魔法円でしょーがっ」


 こっちは魔女初心者だってのに、ついには怒られ始めた。


「そうですよー。あんまりモタモタしてると殴り飛ばしますよー」

「何でっ!?」

「パニィは本当にやるから早くした方がいいわよ」

「ひどいっ」


 そんなこと言われてビクビクしながらじゃ集中なんてできる訳ない。

 待って。

 落ち着かなきゃ。

 とにかく落ち着くこと。

 私は魔女だけど騎士だから、どんな時でも心は冷静に。そうだよ。私を頼って来てくれた精霊たちを守る。そう思えば守りたい相手を見つけられない訳なんかない。


「待ってて。今見つけに行くから」


 一方の拳を一方の手で包んで胸に添える。そのまま目を閉じて私は集中を続けた。

 聞こえて来るのは魔法円を縁取るように吹く魔力の風の音。その音は集中が深まるほどに薄らいで、段々と聞こえなくなって行った。

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