第14話 女だった(みんな知ってた)
「最悪だ。最悪過ぎる! あああああ、いっそ死んでしまいたいっ」
何はなくとも絶望だけが胸の中をゴロゴロと音を立てて転がっていた。
「うるさいなー。もっと真面目に生きろよー。世の中には生きたくても生きられない人間がそれこそ――」
「もう! チャロはあっち行っててよ!」
「あいさほいさー」
言っても無駄と両手を投げ出すジャスチャーをして、チャロは隣のテーブルに退散した。
ここは魔女の館の一角、大食堂。今も大勢の魔女たちが幾つもあるテーブルに散らばってランチと会話を楽しんでいる。
何がそんなに楽しいの? 私はこんなに最悪な気分なのに――。
私が魔女の館に戻って聞かされた話は雲を掴むような内容だった。突然魔女になったと言われても何一つピンと来やしない。けど、
「そんなことより問題は私が女だったって事実の方でしょ!」
「みんな知ってたよー? なー?」
チャロが言い放てば間髪入れずに「知ってたー」の大合唱。
「知ってたんならもっと早くに教えてよ!」
「いや、だって、ガラテアは女だって言うと怒り出すんだもんさー」
「そりゃ怒るでしょ!」
「いや怒んないでしょ」
「私は怒るの!」
「だからみんな言えなくなっちゃったんだろー」
「でも言って欲しかった!」
「今になってそんな我儘ゆーなよー」
「だって、私はっ……!」
チ〇コ見てしまった。それも一つや二つじゃない。ズラリ並んだ大量のチ〇コをだ。しかも私の方から見せろと迫った上で……。
「あー、例のうわ言で言ってたチ〇コの話かー?」
「簡単にチ〇コってゆーなぁぁ!! あの事実がどれだけ女になった私に重く圧し掛かって来るとっ」
「なったのは魔女にで元々が女だっただろー?」
「だから! 私はそれを知らなかったんだってばっ」
「もう知ったんだから、これからは女として前向きに生きろって話だよ。いつまでガタガタ言ってんのさー。せっかくのご飯が冷めちゃうぞー」
こんな気持ちでご飯なんか喉を……。いや通るけど! パナイースの料理は美味しいから通るけど!
「私はこれから一体……」
チャロの言った通り、死ぬほどの怪我を負った私は
さっきは死にたいなんて言ったけど、正直生きていられたことには感謝してる。問題はどう生きるかで、それがちっとも見えて来ないことだ。
魔女になった私に対して、ステラたちは魔女のことも魔法のことも全部後回しにして、「女とは斯くの如し」といった情報を矢継ぎ早に詰め込んで来た。
曰く、秋からの学校生活で一女学生としてやって行けるようにと。
そうした教育の成果なのか、魔女に生まれ変わったからなのか。ここ数日で私の中には女性的な情緒がそれなりに芽生えてしまって、そこそこの知識を得た今はあの日のことを思い出すたび羞恥でのたうち回る発作に襲われていた。
見られたことはまだいい。鍛え抜いた自慢の体だ。でも見てしまったことは…………。それを思うとあの時のやり取りの一言一句が再生されて、すると一々会話が馬鹿すぎて、もう女として再スタートを切るなんて無理なんじゃないかと。スタート地点で既に再起不能という生き地獄に私はいる!
月末に延期された試験をクリアしたとして、どの面下げてアカデミーに通えばいい? 無理だ。自信満々に男だと言い張って、挙句の果てに証拠として無数のチ〇コを並べさせた私を、同じく合格した男子学生たちはしっかりと覚えているだろう。特に面と向かって言い合った黒髪の男子。彼と鉢合わせでもすれば立っていられる気すらしない。
「あら、ガラテア。何? 貴女また荒れてるの? 戻ってから毎日じゃない」
少しハスキーな低い声。誰もいなくなったテーブルに見知ったの魔女が椅子を引いた。
「スニー……」
彼女の名前はスニー。
帝都からここへ初めて連れて来られた日にルームメイトになった魔女で、お姉さん肌から色々と世話を焼いて貰った。私が魔女になってからも、こうして変わらずに接してくれている。
「スニー、私女として生きて行く自信が持てない。アカデミーももう行きたくない」
「あらま。まぁ気持ちは分からないでもないけどね。でも気にし過ぎよ? そうそう、言ってなかったかしら? 私も昔、自分のことを男だって思ってた時期があったのよ」
「っ! そうなの?」
同じ境遇の魔女がこんなに身近にいた。
「昔々、あるところに、捨てられた子供たちの家がありました」
物語調に切り出して、スニーは
「子供たちは毎日、一人で二人分頑張って、山や川から食べ物を集めました。時には余所の畑からもチョロまかして、大変だけど、家族と思える仲間と一緒で幸せでした」
煙絵が描写に合わせて動いて行く。魔女の魔法って楽しい。
「その中の一人がスニー?」
「そ。森の奥の池のほとりに掘っ立て小屋を作ってね。そこが三人の仲間と私の世界だった。三人はみんな男の子で、私もずっと自分を男だろうって思ってたわ。ガリガリの痩せっぽちだったから」
スニーは頬にかかる髪をいじりながら、煙絵を遠い目で見つめていた。
「でも成長すると、やっぱり胸は出て来て、それに例のアレも付いてない訳だし、おやおや? 私ってみんなと違くない? そんな風に思うようになって来た訳。それでいつだか街へ出た時に、花売りをしてる子に尋ねてみたのよ」
「何て?」
「貴女は私と同じ? って。それから自分が一緒にいる子たちと違うみたいだとも言ったわ。そしたら驚いてたわねー。貴女は女の子よって、それこそ急に真顔になって。その時初めて自分は女の子なんだって分かったわ」
「それからどうしたの? 他の三人とは?」
スニーは煙を吹き散らして、デーブルに乗せていた私の手に自分の手を重ねて来た。
「それからも仲良く暮らしたわよ。池のほとりに魔女のポストを立てて、みんなはあれやこれが欲しいって書いた手紙を入れてたけど、私は魔女になりたいって書いたの」
「なら、願いは叶ったんだ」
「そうね。大人になってから二人は別の場所に家を建てて、私はもう一人の男の子とずっと一緒だった。でも嵐の夜、うっかり池に落ちた私は死にかけて、そうして魔女になったの。みんなとの生活もそれでお仕舞い」
少し寂しそうな言い方が気になった。スニーが元気ないと私もつらい。
「スニーは魔女になったことを後悔してるの?」
なりたて魔女な自分の気持ちが、後悔に傾くような気配を感じて、考える前に質問してた。でもスニーは笑って否定してくれた。
「いいえ。だって夢が叶ったのよ? 私が魔女になって最初にしたことは、一緒に育って来た三人を幸せにすること。もう仲良く暮らす訳には行かなかったけど、人生を失敗しないように色々と世話を焼くことはできたから」
それが聞けて私は安心した。
「それでみんな幸せになった?」
「なったわよー? みんなそれぞれ仕事を頑張ったから、街や村の娘さんと結婚もできて、家庭を作って、孫を抱いて……。今はもうみんな土の下で眠っているわ」
そうか。魔女の体は成長が止まってしまうから、ここにいる全員が見た目通りの年齢とはかけ離れているんだった。
「私の大叔父様も今は土の下。そんなところも同じだね。それでスニーは自分が女だって分かった時、どうしたの?」
「そうね。当然驚いたけど、直ぐに受け入れたわよ」
「どうやって?」
「それは……」
少し言葉選びに迷う素振りの後、頬に手を当ててスニーは言った。
「一緒に暮らすようになった男の子。私、小さい頃から彼が好きだった。だから友達や家族としての好きが、男と女の好きに変わって行ったのね」
ああ、物語にあるような男女の恋か――。
でも待って? それだとスニーが魔女になったことで、その男の子は別の女の人と結婚したってこと? だとしたらスニーの気持ちは……。
「そんな顔しないでいいの。私は彼の人生を見届けることができて幸せよ。今もたまに、彼が残した子孫たちの様子を見に行ってるんだから」
今はそうでも当時はどうだったんだろう? でもそれを聞くのはよくない気がした。
「ならよかったけど。でも、いつか私もそんな気持ちになれるのかな? その、男の人を好きになるような?」
「いつかはそうね。そんな日もきっと来るわ。でも貴女は男の子のことよりも、先ずは騎士になりたいんでしょう?」
そうだ。私の夢は騎士になること。ここへ戻ってから魔女のみんなに聞かされて、女でも騎士になれるって話が嘘じゃないと分かった。だから自分が女だと知った今でも夢が絶たれた訳じゃない。
一つ問題があるとすれば魔女になったことで成長が止まってしまたこと。一六〇センチ手前の今の身長だと大型の武器の取り回しが心許ないままになってしまう。
でも、それでも――。
「なりたい。騎士には絶対なりたいけど」
「ならアカデミーへ行って、その為の勉強をしてらっしゃい」
うっ……。
「でもアカデミーは……。あれだけ大騒ぎしておいて今更……」
「お〇ん〇んのこと?」
「あああー! そのことは言わないでっ!」
どうして魔女のみんなは平然とそれを口に出しちゃうの!? 私なんかもうトラウマになってるのに。
「気にすることないわよ、向こうだって恥ずかしいんだから。男子の方から何か言って来ることなんて先ずないわ。寧ろこっちは弱みを握って優位に立った状態よ?」
「優位に?」
「当然よ。男の子はね、特に年頃の男の子はそのことを気にするものなの。何か言って来る相手がいたら、小さかったって言いふらすぞって、そう言い返してやりなさい。誰も貴女に逆らえなくなるわ」
「? 小さかったって言うだけで?」
「そ」
ふーん。よく分かんないけど、スニーが言うならそういうものなんだろう。
「ガラテアは結局、その事が気になってるだけなんでしょ?」
「うーん、一番はそれかな。あとは突然女だって言われても困るってゆーか……」
「でも、女の自分が嫌いになった訳じゃないんでしょ?」
「それは多分違う。もし女じゃ騎士になれないってことなら嫌いになってたと思う。でもそうじゃなかった。なら大叔父様の墓前に捧げた誓いも果たせるし、だったら私は女でも構わない」
気持ちを整理しながら答えると、スニーは優しく髪を撫でてくれた。それまでトゲトゲしてた気持ちがスッと和らいで、どこか不安だった心も凪ぐ風のように落ち着いて行った。
ところがだ。
「すげー! みんな見たかー? スニーがガラテアを完全に手なずけたぞー」
「スニーやべーわ。金貨百枚も賭けるんじゃなかった」
「私もごっそり持ってかれたー」
「何やってんのよガラテア! もっと粘りなさいよあんたわぁ!」
え? 何? どゆこと?
話を読めないままでいると、スニーが席を立って、
「イェーイ! みんなありがとー。どうやら私の一人勝ちだったみたいね。賭け金はチャロ、胴元の貴女が回収して後で部屋まで持って来て頂戴」
「はいよー、とほほだね。まさかこうも簡単に……」
え? 私ダシにされた?
「スニー?」
「頑張りなさいガラテア。私はいつだって貴女のこと、応援しているわよ!」
バチッとウィンクして親指立てられても、舌まで出てればこの流れで素直には頷けない。
「女はみんな、魔女なのよ♪」
何その決め台詞。ここは魔女の館なんだからみんな魔女に決まってる! てゆーかさっきの過去話もどこまで本当だったの? ひょっとして頭っから騙されてた?
と、そこへドカンッと音を立てて大扉の向こうから現れたのはステラとパナイース。
「こらっ、貴女たち! いつまでダラダラとランチなんか食べてるの! 時は金なりなのよ、さっさと仕事に行ってきなさーい!」
一喝されて蜘蛛の子を散らすように去る魔女の群。見回した時にはスニーもチャロもとっくにいなくて、所在のない私だけ。そこへステラとパナイースがやって来た。
***
「ガラテア、そろそろ三日? 四日かしら? 何にしても女として生きて行く心構えができて来た頃でしょ? 今からは私に付き合って貰うわよ」
ステラはいつもの調子でどんどん話を進める。
「今からどこかへ行くの?」
「ええ、天文台へね」
「天文台?」
天文は分かる。でも台って何だろう?
「そうよ。貴女どうせ自分の守護星も知らないんでしょ?」
「守護星?」
「鸚鵡返しは結構よ。とにかく付いていらっしゃい」
「……分かった」
有無を言わさぬ勢いに負けて付いて行くことに。
広い館のどこからどこへ行くのか、天文台と聞かされてもそれがどこにあるのかなんて見当もつかない。何しろ魔女の館は広くって建物もたくさん。ここと比べたら私が大叔父と住んでた平邸なんか豆粒みたいなものだ。
「ねぇステラ。スニーが孤児の仲間と暮らしてたって話は本当のこと?」
足音だけじゃ味気なく感じて、ふと思ったことを口にした。すると、
「貴女その話どこで?」
ピタッと立ち止ったステラは探るような目付きで私を見た。まずいことを聞いたのかも?
「今さっき聞かされた。何だか私を賭けのダシにしてたみたいだから、どこまで本当の話か気になって」
ステラは溜息交じりに、
「…………。その話なら本当のことよ」
「そうなんだ」
作り話じゃなかったことはよかった。こっちは同情までしたのに、それが嘘八百じゃ立つ瀬がない。これで切りがついた。と思ったら裏腹にステラの話は尾を引いた。
「スニーはね…………。あの子は本当に気の毒な子なの」
「気の毒な?」
うっかり鸚鵡返しをすると、ステラとパナイースは顔を見合わせて「このことは誰にも内緒よ」と前置きした。
「スニーが魔女になった時、あの子のお腹には赤ちゃんがいたのよ」
「赤ちゃんが!?」
衝撃の事実。
「そう。でも魔女になれば体の成長は止まるでしょ? 当然赤ちゃんの成長も止まってしまって、何箇月か後には流れてしまったわ」
「流れたって、そんな……」
衝撃の二連打。
「スニーはずっと泣き通しだったわ。魔女になりたいなんて願わなければよかったってね。でも、そうしたらあの子だって今こうしてここにはいないのよ。あの子も段々とそのことが呑み込めて、それからは昔の仲間の世話を一心に焼いていたわね」
スニー……。
子供を亡くして、好きな人は別の誰かと結婚して――。女になりたての私でもそれがつらい事だと分かるのに、スニーは一体どんな気持ちで……。
「いいこと? ガラテア。賭けのダシにされたからって貴女、スニーだけじゃない、魔女はいつだって仲間想いよ。だから誰のことも疑ってかかるのは止めにしなさい」
「うん、分かった」
歩きながら話していると、開かれたドアの向こうに弧を描いて上る階段。ここが
「魔女はね、例えどんなに長く生きても、いつかは死ぬ時がやって来るの」
再び続いた話はまたも私を驚かせた。魔女に関して聞かされていた話と違う。
「え? でも体の成長は止まったままになるって」
「確かにそう。でも、たった一つだけ、止まった成長を元に戻す方法があるのよ」
方法? 成長が戻れば人間と同じように年をとって、それでいつかは死ぬってことは分かる。でもそれだと魔女になった意味は?
「人から魔女になって、また人間に戻ることにどんな意味があるの?」
「大いにあるわよ。
その為に? 分からない。どんな目的があるって言うんだろう? 足音だけが響く中、幾ら考えても答えは見つからない。
「魔女が人間に戻る時。それはね、愛する人と出会って、お腹に子を宿した時なの」
その答えは思考に埋もれた私の頭をガツンと殴った。
「お腹に子供を…………。あ、だから――」
「そう。子供を育てる為には体の成長を元に戻さないといけないわ。魔女は生涯にたった一度、愛する人の子を産んで、それを大事に育て、最後には人として死んで行くのよ」
「そんなことが……」
人間に憧れる精霊ストレガ。手に入れた体で自由に生きるだけでなく、憧れの人間として死んで行くことをすら望むなんて――。
ストレガも魔女も、本当に人間が好きなんだ……。
「なら、スニーもいつかは?」
「ええ、そうであって欲しいわね。あの娘は本当にタイミングが悪かった。魔女になるのが赤ちゃんのできてしまう前なら……。そうしたら直ぐにも好きな彼氏と一緒になって、魔法が得意な一人の女性として、愛する人の子を育てながら共白髪の人生を過ごせたはずよ。なのにちょっとのズレで全てが裏目。お腹の子は流れてしまって、そのショックから
「スニー……」
そんな心の傷をスニーが話してくれたのは、きっと私に前を向かせようとして――。
なら私にはその気持ちに応えなきゃならない責任がある。
「ステラ、聞いて」
決意を込めて呼び止めた。
「何?」
「私は騎士の誇りにかけて、必ずスニーの気持ちに応えると誓う」
階段を上る足を止めて、ステラは私を振り返った。
「それはまた大層ご立派な言葉だわね。でも何故それを今、私に言ったの?」
その理由はハッキリしてる。
「騎士の誓いの立会人になって欲しかったから。ステラなら相応しいと思った。ううん。ステラ以外には考えられない」
ステラは黙って私を見つめていた。
ステラは全ての魔女の母親のような存在だ。世界で初めて人の体を手に入れた
魔女にも終わりがあるという話を聞かされて、その想いは更に深まった。何故ならステラは永遠に魔女であり続けるから。ステラの体は十歳にも満たなくて、いつか運命の相手に出会ったとしても子供を作ることは適わない。いや、既にそうした相手と出会ったかもしれない。それでもステラは、望むと望まざると魔女であり続ける。私が口にするまでもなく、その覚悟はとっくにできているんだろう。
「いいでしょう。その誓い、ステラ・オーラニア・メテオリリーマの耳に確かに入れたわ。今からは立会人となってその行方、結末に至るまで必ず見届けてあげる。ガラテア。騎士として、また魔女として恥じることのない行いをするのよ」
「はい。必ず」
階段の途中で跪いて立てる誓いなんて過去にあったか分からない。ただ、それをしたことで私の心は今度こそ真っ直ぐに前を向いた。
このままずっと真っ直ぐ。馬鹿正直でも何でもいい。愚直と笑われてもそれが私だ。自分が信じた騎士の道を、一歩一歩たゆむことなく歩き続けて行こう。
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