第13話 まさかの展開
その一報を、私はメクセラの執務室で聞かされたわ。
昨日と同じく、午前中一杯講義棟の屋上に貼り付いて、干乾しになった体をソファに横たえていた時のことよ。
「団長! ガラテアが意識不明の重体ですっ」
講義をしに行ったはずのメクセラが突然戻って来て蒼い顔。
「おん? 誰が何ですって?」
「ガラテアが工事の穴に転落して、今、医務室に運び込まれました!」
糖分の足りてない頭でも二度言われればピンと来たわ。
「チャロ! 起きてっ」
「んにゃ?」
「メクセラ、医務室に案内して頂戴。医者も何も他の人間は遠ざけるように。私が直接診るわ」
一体何が起こったの?
あの体力だけはズバ抜けた
「メクセラ、どの程度の状態なの? 意識不明と言っても色々あるでしょ」
「分かりません。私も話を聞いて飛んで来たましたから」
カツカツと足早に進みながら、職員棟の一角にある医務室に辿り着いたわ。余り好きじゃない消毒液の匂い。それからこれは、血の匂いね。
「治療はこちらで行います。皆さんは一旦外へ出て下さい」
メクセラの指示で空になった一室に魔女三人。ベッドの脇に進むと両手両足、頭にまで包帯を巻かれたガラテアが寝かされていたわ。昏睡状態でね。
「こりゃひでー……。おいかーちゃん平気か? 唇青くなってんぞ」
「さあ? いい気分じゃないのは確かよ」
私は人の死が嫌い。本当に大っ嫌い。魔女っていうのはみんなそう。だって、
「
ポイを軽く振って手の平に乗るシャボン玉を作ったわ。直ぐにちょこんと、シャボン玉をバランスボールのように弾ませて座る小さな精霊が姿を見せてくれた。
「急なお願いだけど、この子の怪我を治してあげて貰える?」
頼みごとをするとニコッと笑って、クレアトラはガラテアの胸へ舞い降りたわ。浅い息で微かに上下している少女の胸へ――。
「団長、様子が変です。クレアトラが迷ってます」
「あーこれ、やばくなーい?」
生命を司り、回復効果のある魔法を施すのがクラアトラ。それが迷うなら相当重篤な状態だということ。もし自分には直せないと言うならクレアトラはプンスカ怒りだす。その時はより上位の
「死なせないわ。私はこの子の後見人なんだから」
「だったらどーすんのさ? 最上位の
チャロの要らない講釈が私の神経を逆撫でしたわ。
精霊聖堂? あんなもの、人界妄想の粋を集めた益体もない我利我利亡者たちの伏魔殿じゃないの。
「知ったこっちゃないわよ。精霊を勝手に祀り上げて現世利益を追求してる連中のことなんてね。私たちは魔女よ。魔女は精霊と人間の狭間を生きる存在。精霊聖堂に言われなくとも精霊の事ならちゃんと分ってるし、それは人間の事だって同じよっ」
それに私は帝都でガラテアに出会って、この何も知らない無垢な子を手助けすると決めたのよ。だから途中で投げ出したりなんかしない。自分の娘とも思って立派な大人に――。
「団長! 見て下さい」
「うわ、もっとやばい展開になった」
二人が驚いたのも無理はないわ。神霊と祀られるディリリスを呼ぶと決意を固めた端から闖入者が現れたのよ。それは淡い光の玉。ガラテアの頭側にある窓から舞い込んで来た。
「まさかでしょ……」
「ええ、まさかのタイミングですね」
「あたしらはノータッチだよー。こーなったら手は出せない」
チャロの言う通り、私たちは手を出せない。今、医務室に飛び込んで来たのは
魔女はどうやってこの世に誕生するのか――?
ストレガは自然を好む精霊たちとは違って、
人間に憧れるストレガは魔女になって初めて、念願だった人間の姿を獲得する。獲得できる肉体の条件はたった一つ。その体が死を免れぬ状態に陥った女性のものであること――。
ストレガが死にゆく女の体に取り憑くと、その瞬間に生まれて初めての魔法を使うわ。ストレガの生涯でたった一度の魔法を。
その魔法は女の体を癒す。どんな怪我も病気も全て癒す。そして肉体の成長を止め、殺されない限り死ぬことのない新たな体に生まれ変わらせる。
ストレガは人の体を得て、女は終わるはずだった人生を取り戻す。そんな奇跡が、今、私たちの目の前で起ころうとしていた。
「かーちゃんはガラテアが魔女になったらどうする気?」
「どうもしないわ。今まで通りよ。この子には夢がある。それはきっと、魔女になってでも叶えたいものなんじゃないかしら?」
「そうすると、彼女をメテオリリーマ魔女団に迎えることに?」
「本人が望むならそうね。そうならなくても、私たちはもう知り合ってる。急に冷たくする必要なんてないでしょ。いいんじゃない? 変わり種よ。騎士を目指してゴリッゴリに鍛えて来た子が魔女になる。今までにこんなケースはなかったわ」
かのダグラス・ブランペインが鍛えた剣しか知らない少女ガラテア。それが
「ひょっとして将来、剣も魔法もズバ抜けた大魔女になるのかもなー。それこそかーちゃんみたいに国の一つも興したりしてさ」
チャロが古い話を口にしたわ。
そうね。私はこれまで二つの国を作って来た。
一つ目は天文学の聖地と呼ばれるオーラニオソーマ魔法国。そして二つ目が帝国の前身となった共和政ネビュローサ。
魔法国は人間たちに学ぶことの素晴らしさを知って欲しくて作った国。天文と精霊と魔法。この切っても切れない三つを学ぶことで、私たちのことをより深く知って貰いたかった。
ネビュローサは精霊聖堂の台頭で勢いを失い始めた魔女講を保護する為に作った国。巷で魔女と人の子が手を取り合ってする暮しを守りたかったのね。
私は夢を叶えた。これからも少しずつ叶えて行くんだと思う。だからこの子にも自分の夢を叶えて欲しいと願うのよ。言い換えればそのことが、今の私の夢ってことになるかも知れないわ。
「おー、入ってったー。これでガラテアも魔女になった訳かー」
ガラテアの上を彷徨っていたストレガかおでこから中に入り込んで行ったわ。これでまた、新しい魔女が生まれる。
「へへっ、あたしらの仲間が増えたなー。嬉しくねー?」
「ええ。経緯はどうあれ、それ自体は歓迎すべきことです」
チャロやメクセラが喜ぶのも分かるのよ。年々魔女が生まれる数は減って来ていたから。
確かガラテアで十年振りくらいになるのかしら? 昔は年に一人二人は当たり前だった。ところが精霊聖堂の教えが広まったお蔭で魔女講は衰退。そのことが私たち魔女に影響を及ぼしているみたい。今でも帝国には魔女を有り難がってくれる人たちが多いけれど、北部同盟側ではそうした人の数も大分減って来ていたから。
「魔女の魔法が始まるわ」
三人並んで見守る中、ガラテアの痛々しい怪我はみるみる癒されて行った。その間体中を包んでいた淡い燐光が、全て身の内に吸い込まれて行く。
「これでもう大丈夫。あとは魔女になった現実をガラテア自身がどう受け入れるかだけね」
「どーせガラテアは中身空っぽだから、あたしらで詰め込んでやれば魔女にだってなれるだろー」
「頭の弱い子ですから、詰め込むのは苦労しそうですけどね」
確かに頭弱い子よね……。でも白無垢なら吸収も早いでしょ。
できればそうね、私たちの仲間になったことを喜んで貰いたいと思うわ。魔女は仲間同士の繋がりが強いから、彼女さえ受け入れてくれたなら、仲間としてやって行くことに不安なんてないもの。
「あ、目を開けたよ。おーい、ガラテアー」
「よしなさい。まだ頭の中はぼんやりしてるんでしょうから」
「ですが医務室は早目に出た方がいいでしょう。彼女は元々魔法の魔の字も知りません。その手のタイプが魔女になると初っ端に暴走することが――」
その時よ。
「私女だったぁぁあぁぁぁぁぁぁああ!!!」
絶望の叫びが一瞬にして何もかも浚って行ったわ。
「お、そうだな」
仰け反った私の隣りでチャロが平然と対応。
でも確かにそうよね? 何があったかは知らないけど、先々面倒だと思っていた問題がたった今クリアされたんだわ。嬉しい誤算とはこのことよ。
「おめでとう、ガラテア」
心からお祝いを言うとメクセラも続いたわ。
「今夜はお赤飯ですね。女の子万歳! 魔女万歳!」
からの、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああん!!!」
まぁ、何て言うのかしら? 私たちにとっても、ガラテアにとっても、まさかの展開だったことは間違いないみたい。
でも大丈夫よ。貴女図太いんだから。今はショックでも、この先幾らだって挽回できるわよ。なんたって私たち魔女の大先輩が付いているんですからね。
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