第11話 試験一日目の終わり

 体がまだ、少し火照っていますわ。

 本来なら私が徹底的にサポートして、受験者である彼を押し上げているはずだったのですけれど、結果を見れば全てが真逆でしたわ。

 彼は最後までダンスの花が女性の側であることを忘れずに、私に喝采を浴びせてくれました。ほんと、夢のような時間でしたわね。


「あ、ナディーン様。ダンスの方は如何でしたか?」

「リンジー、貴女知らないの? ナディーン様はそれはもう素晴らしい踊りで周り中を魅了してしまったのよ」

「ええ!? あ、じゃあ私が踊っている時、舞踏館が沸いたのって」

「そうそう、それよ」


 リンジーは私と同じグループの第五プールでしたから、知らなくても仕方ありません。一つ先のグループだったビアンカはどうやら見守ってくれていたようですわね。


「ふふ、たまたまダンスのお上手なパートナーに恵まれただけですわ」

「羨ましいですわ。私なんか二度も爪先を踏まれてしまいましたのよ」

「あらリンジー、私なんて逆に踏んづけちゃったわよ? テヘペロで誤魔化しておいたけれど」


 従姉妹のビアンカは昔、棒切れを手に毛虫を突くような子でしたから、コーディリア様の前でならともかく、多少こうして淑女らしからぬところがあるのですわ。


「それよりも! ナディーン様のパートナーよ。私あの方に見覚えがあったのだけど」

「え? それは私も知っている方ですの?」

「ほら、帝都でコーディリア様とご一緒した時のことよ。馬車に寄せて来た青い髪の――」

「ああ、覚えてますわ。男の子か女の子かって、お芝居の話から脱線して盛り上がりましたわね。え? その時の方がナディーン様の?」


 知りたがりなパロットグリーンの瞳を受け止めて、私は頷きました。


「ええ。まったくの偶然で私も驚かされましたわ」

「驚くのはそれだけじゃないのよ。信じられるリンジー? あの少年ったら最初から最後まで、ナディーン様を完璧にリードしていたの!」

「まぁ! 学内でも屈指と言われるナディーン様をダンスでリード?」


 勿論、ダンスに於いて男性が女性をリードするのは当たり前のこと。けれどもそこに実力差があった場合はそれとなく女性の方がリードするものです。二人とも私のダンスの腕前をよく知っていますから、まさかという想いだったのでしょう。それはそうですわ。だって私自身が誰より「まさか」の想いに囚われていたんですもの。


「最後なんて必見だったわよ。こう、真っ直ぐなオープン・インピタスターンの変化から突然に、高く高くリフトしてフィニッシュ!」

「ええっ、ワルツでリフトをしましたの!?」


 その話になると下半身がモゾモゾしてしまいますわね。下着と何層ものスカートに阻まれてたとはいえ、初めて踊る相手の手が乙女の秘めやかな部分に…………。


「ナディーン様? お顔が真っ赤ですわよ?」

「あらほんと。首筋からお耳まで、どうかなさいましたの?」

「な、何でもありませんわ。ここは熱気が籠っているようですわね。早く着替えて外の空気を吸いに行きましょう」


 慌てて取り繕って、互いに手を貸し合いながら着替えを済ませました。

 制服姿に戻って外へ出ると悪戯な風がスカートの裾を舞わせて、それをサッと押さえたらまた意識がそちらへ。

 ああ、もう! この分だとしばらくモヤモヤした気分で過ごす羽目になりそうですわ。ほんと、いやになってしまいます。恥ずかしいっ!




 ***




 失敗した――。

 人気のなくなった更衣室の壁を叩いて、ジンジンする拳を握り締めたわ。

 上手いこと取り巻きのペアが二組もいたから、どこかでナディーンを転倒させられると思ったのに。いいえ、そこまでは行かなかったとしても、バランスを崩させるくらいのことは――。


「貴女たち何をやっていたの? 向こうは危なげなく踊りきって、最後には拍手喝采だったわよ? まったく呆れの方からお礼が来るわ」


 エルスティン・ギルモアもロサリア・カンバーバッチも、普段はもう少し役に立つ子たちなのに。ロサリアのペアに至っては最後にお粗末な転倒までして――。

 後日ダンスの講師から受験生の足を引っ張ったと叱られるのが目に見えているじゃない。


「でもダルシー様。ナディーン様のペアは私たちの動きを分かっているようでした」

「そうです。幾らラインを重ねてもニアミスで済ませてしまうんですもの。ナディーン様のダンスが学年でもトップクラスなのは分かっていましたけれど、あのパートナーの受験生だって、とてもただ者とは思えませんでした」


 確かに――。

 最初に私が仕掛けた時も、あの青い髪の少年は流し目でこちらの動きを見て、それこそ舞うように躱してしまった。

 彼は一体何者?

 あの歳であれだけ踊れるなら社交界で噂になっていてもおかしくはない。なのにこれまで耳に入って来たこともない。ナディーンも彼が誰であるかを知っている様子はなかった……。


「彼について多少調べておく必要があるかもね。例えダンスだけだったとしても、一流の腕前なら私のサロンに加えておきたいわ。あれだけの注目を浴びれば入学式の後は争奪戦になるわよ」


 入学式の後に行われるサロン交流会。まだ四箇月も先の話だけど、サロン主催者の立場からすれば、今月中に確定する合格者の情報収集からが既に戦いよ。

 アカデミーは余所の学校と違って合否の公開告示を行わない。当然よね。他国の貴族すら受験しに来るのだから、情報の扱いには十全の配慮があって然るべきだもの。前学期、後学期の試験結果だって公開されることはない。成績順位の情報は個々に収集して、誰が優秀者かを判断して行くしかないの。

 優秀な人材を集めたサロンは当たり前に大きくなる。私とナディーンのサロンは上級生のそれにも負けない規模になりつつあるけれど、だからこそ向こうも、二年生に上がる機会に差を付けようとして来るはず。


「エルスティン、ロサリア。二人とも分かっているわよね? 私は別にあのデスワマスワ個人をどうこうじゃないのよ。これは南部と北部の戦いなの。カーブラック家は帝国御三家とも呼ばれる三つの公爵家の内の一つ。北部貴族の顔なのよ。私はその顔に泥を塗ってやりたいの」


 デスワマスワとは北部貴族の象徴のような喋り方をするナディーンの暗喩。私たちも多少付き合いで言葉を合わせることはあるけれど、何かと仮面を被りたがる北部の連中と違って南部はざっくばらん。お高い素振りを見ているとどうにも鼻についてしまう。


「とにかく、出遅れないようきちんと下調べをしておいてね」

「はい。周りの方たちにそれとなく尋ねてみます」

「なら私は音楽科の講師陣に」


 負けないわよ、ナディーン。

 私は侯爵家の娘だけど、この体にはハイペリオン王家の血が流れているの。相手が公爵家の御令嬢だろうと一歩も引く気はないわ。

 今に見てなさい。秋にはアカデミーに第三皇女がいらっしゃる。皇女殿下の目の前で、どちらが上かをハッキリさせてあげるわ。




 ***




 試験期間中押さえて貰った宿に戻ると、ステラはチャロと二人、ぐったりとベッドに身を投げ出していた。


「ただいま。試験の一日目は無事に終ったよ」


 体を傾けてダッチアングルから覗き込むと、二人とも片手だけ上げてヒラヒラ。でもその動きは直ぐにピタッと止まった。


「無事? 貴女今、無事って言ったの?」

「何がどう無事だってー?」


 重なる疑問符に小首を傾げていると、二人はムクリと起き上がってベッドのきわ・・に腰掛けた。それからチャロが、


「必須三学は問題なーい! てなことを誰かさんがさも自信あり気に言ってた記憶があるんだけどー?」

「…………。でもほら、全問解いたから」

「私が解いたのよ。そしてチャロが人形で書き込んだ。そうでしょ?」

「…………」

「お蔭でこっちはぐったりよ。燦々と陽の降り注ぐ屋上に這いつくばって、午前中一杯。四時間よ、四時間!」

「干乾びるかと思ったね。もうダンス試験を見に行く余裕もなくなって、宿に戻るなりバタンキューだったもんさー」


 ルビーレッドの前髪を払って、チャロはくっきりと明るいサフランイエローの瞳をこれ見よがしに回して見せた。

 この場合言い訳をするのはよくない。騎士として言い訳はみっともない行いだ。だから私は言った。


「二人ともありがとう。二人のお蔭で乗り切ることができて、本当に感謝してる」


 顔を見合わせて審議に突入する魔女たち。


「まぁいいわ。どうであれ貴女には合格して貰わないと、メテオリリーマの名に瑕が付いてしまうもの」

「だね。メテオリリーマは大公家の家名って言うだけじゃない。メテオリリーマ魔女団の看板でもあるんだから。おまえそこに瑕なんか付けてみろ? 国中、いや、世界中の魔女たちが黙っちゃいないからなー?」

「…………ですよね」


 魔女はみんな親切だけど、世間一般の通説では親切な人ほど怒らせた時が怖い。

 身寄りのない私の後見人になってくれたステラ。

 その仲間で家族でもある魔女たち。

 彼女たちには恩をこそ返さなくちゃならない。それこそが騎士の礼節と言うもの。


「で、ダンス試験の方は? 上手くやれたの?」

「それならもうバッチリ」

「ばっちりー? ガラテアのバッチリは信用ならないって証明されたばっかりなんだけどー?」


 チャロは必須三学の件を相当引きずってるみたい。酷い言われようだけど仕方ない。


「本当だってば。素敵なパートナーに恵まれて、最後には拍手喝采を浴びたくらいなんだから」

「あら、それは素晴らしいじゃない」

「ほほー。そいつが本当なら一科目合格ラインを割ってもダンスで相殺できるかねー? 明日の実践格闘でも行けるってんなら、もう一科目分だー。多少は合格の目が見えて来たかなー?」


 そこへすかさず否定が入った。


「そうでもありませんよ」


 音もなくドアを開けて入って来たのは初めて見る女性。ビリヤードグリーンの髪を奇麗に肩口で切り揃えて、細縁眼鏡の奥にはキャラメル色の瞳。


「あらメクセラ、来たのね。で、何? そうでもないってどーゆーこと?」


 メクセラと呼ばれた女性は窓際の机に移動して椅子を引くと、脚を組んで机に肘を乗せた。聞けば彼女も魔女。その上アカデミーで教鞭を執る講師だと言う。


「団長、私は先程、ざっと彼女の問題用紙に目を通して来ました。正解で埋め尽くされていましたが、字が汚すぎます。あれでは判読不能と判断されて、破棄されることもあり得ます」


 一斉にチャロに集中する視線。


「何だよー!? だってしょーがないじゃん! 魔力を使い過ぎたら探知に反応するんだろー? あたしは元々字ぃ汚いけど、それだって集中すれば読めるくらいには書けるよ! でもそれで警報が鳴ったらアウトなんじゃんか。だったらどうしろってーのさー?」


 確かに。筆記試験が行われる専修講義棟は普段、大学生の講義や研究発表が行われる場所で、その内容を外部に漏らさないよう魔法的措置が取られているらしい。汚い字が慎重に事を運ぶ為のものなら、それはもう、どうにもならないんじゃないの?


「まぁ、字については私が注意しておけば、採点の折に通りかかる振りをしてフォローもできるでしょう」

「何よメクセラ、他にも問題がある口振りじゃないの」

「ありますよ」

「何が問題だって言うの?」

「団長、調子に乗って正解し過ぎです。このままでは全科目アカデミー創設以来の記録的な成績になってしまいます」

「あ…………」

「あーあ、やっちまったなー、かーちゃん。これは大失敗ですわ。現実にはバカでしかないガラテアが大、天、才! 新入生総代の挨拶待ったなしー!」

「バカじゃない。私は騎士だっ」


 直後に「バカは黙ってて」の三重唱。つらい。

 思えば私の人生のピークはガラテア・ザ・モンスターキラーの称号を得た瞬間にまで遡る。それからは転がり落ちる一方だ。どうしてこうなった? どこかで挽回しないと……。


「今日のことはもう済んでしまったんだから言っても仕方ないわ。字の汚さで適度に減点されることを祈りましょ。ガラテア、明日の科目は何だったかしら?」

「明日は筆記が精霊学、史学、兵学、地理・地政学の四科目。午前中一杯それをやって、午後は実践格闘の実技試験」

「ふむふむ。貴女、兵学は大丈夫なのよね?」

「うん、任せて」

「胸を張って言う時こそ危ないんけどねー」


 チャロが絡んで来たけど必須三学の件があるから言い返すことができない。悔しいです。


「そうやって茶々を入れるんじゃないの。精霊学は山を張った分で行けるとして、残るは史学と地理・地政学ね。ならできるところまで貴女が解いて、残った問題の七割を私が肩代わりしてあげる。メクセラ、他は空欄で出したって問題ないんでしょ?」

「ええ。寧ろ余計な書き込みはしない方がいいでしょう。字が汚――」

「字の話はもーいーだろーっ!」

「じゃあ決まりね。ガラテア、実技の方は明日も全力でかましてやりなさい。今日の分の採点はメクセラの方でフォローをお願い。うん、まぁ何とかなるでしょう。これで行きましょ」


 どうにか話はまとまって、魔女たちは「呑みに行くから」と揃って部屋を出て行ってしまった。来た時も魔法で慌ただしく飛んで来たけど、今も階段をドタドタと。魔女ってみんなこうなのかな。


「でも静かになった――」


 広々とした部屋に一人。貴族が利用する宿だからしつらえも立派だ。半月前にはこんな状況に置かれることなんて想像だにしなかった。

 ポルックス、魔女大公領に残して来ちゃったけど、今頃はどうしてるかな? あーっ、早く終わらせて帰りたい。


「アカデミーか……」


 帝都ネビュラでは物を知らないことがどれだけマイナスかを思い知らされた。だからアカデミーに通うこと自体は前向きな気持ちでいる。ただ、学問のレベルの高さには驚くを通り越して絶望すら覚える。入学できたとして上手くやって行けるのかどうか……。


「それでも彼女にはまた会いたいな。なんていう名前なんだろう? 私の姫君」


 窓辺から見上げる空はほんのり茜色。

 私の髪が青空なら、彼女の髪は夜の空。星空を映すあの黒髪に、いつか触れることを許されるだろうか。

 全身の筋肉を駆使したダンスの動きに一分の隙もなく付いて来てくれた彼女。柔らかくしなやかで、壊れそうな体のどこにあれだけの力があったんだろう? 不思議で、魅力的な、私の姫君――。


「よし、合格しよう。合格して彼女に会って、その時には名前を教えて貰うんだ」


 再び彼女の手を取ることを許されたい。

 そんなささやかな願いが、明日の試験のことも、入学してからの不安も掻き消して、胸の奥に確かな希望の灯を点した。夕空に輝く宵の明星の如くに――。




 ***




 ゆったりとした部屋着に着替えて、暮れなずむ空に一番星を見上げていました。

 明日も通常の講義がある日ですから、一度は書斎に入ってペンを取りもしたのですけれど、気が付けば上の空になって、頭の中にはあの輪舞曲が流れているのですわ。

 今はベッドに腰を掛けて、寮室の窓から何を見るとでもなく。


「お嬢様。アリスです。そろそろお夕食のお時間ですけど、お疲れのようでしたら少し遅めになさいますか?」


 仕切りのカーテン越しに声をかけて来たのは侍女のアリスです。手際の点ではテレスに及びませんけれど、仕事熱心でハキハキとしたところはとても気に入っています。


「いつも通りで構いませんわ」


 春物のカーディガンを羽織ってリビングへ向かうと、アリスがテーブルに銘々器をセットしていました。


「テレスは下かしら?」

「はい。厨房と郵便物の確認に行きました」


 寮での食事は一階の共用厨房に雇いの料理人を入れて作らせます。私の部屋は三階ですから、でき上がった料理は厨房エレベーターで運ばれて、それを二人がカートに乗せて部屋まで運ぶのですわ。

 厨房エレベーターは精霊石式の滑車昇降機で、ボタン操作で動く便利な魔法装置です。寮室にも幾つかその手の魔法装置は置かれていて、給湯室には冷蔵庫。バスルームには洗濯機。あとは各部屋の照明も光精霊ランターンの精霊石を用いた物になっていますわ。


「ナディーン様、只今戻りました」

「お帰りなさいテレス。寮監室に寄ったそうね」

「はい。寮監に確認しましたら、夕方の便で一通手紙が届いていました。それとアリス」

「はい」

「あと十分もしたらお料理が上がって来るから、先に行ってカートを用意しておいて頂戴。私も直ぐに行くわ」

「分かりました。ではお嬢様、失礼して行って参ります」

「ええ、ありがとうアリス」


 テレスはアリスの退出を確認してから、一通の封書を差し出して来ました。


「これは――。お爺様から?」

「はい、私も印章を見て驚きました」


 私のお爺様は先代カーブラック公爵です。未だ壮健で不自由のないお体ですけれど、二年前にお父様に後を譲られて、今は悠々自適の生活を満喫していますわ。

 何故そうなったか。理由は多分にこの私にあります。

 お爺様は昔から私を、それこそ目に入れても痛くないほど可愛がって下さっていました。そして私のアカデミー受験が近付くと、公爵の孫ではなく娘として送り出せるよう、引退を決められたのです。

 勿論、周囲には冗談のように吹聴していました。けれど少なからず本心が紛れていたことは私には分かりました。

 何故ならお爺様は、私の胸にある新世界へ向けた秘かな野心を知って、応援すると仰って下さったんですもの。


「テレス。今から書斎で一人になります。夕食の支度が整ったらまた声をかけて頂戴」

「承知しました」


 角部屋の書斎に入って机に向かい、封書の封を切りました。中には便箋が三枚。ざっと見た感じ後ろの二枚は諸々の情報。主題は一枚目にまとめられているようでした。今はそれだけに目を通しましょう。

 内容は至って完結。お爺様らしい筆で明確に書かれていました。ええ、やはり私が胸に期す新世界の問題でしたわ。


「思ったよりも時間がないということですわね……」


 新世界とはネビュラ海を挟んだ西大陸にある帝国の版図を言います。帝国の西大陸進出は星歴五四〇年、今から九十年ほど前に始まったことですわ。けれど当時は南部を制して間もない頃で、直後にヘールボップ王国の侵攻もあり、帝国と北部同盟はやがて冷戦時代に突入して行きました。

 西部の版図拡大は遅々として進まず、いつしか本土の東大陸ではブランペインの物語に語られる反乱の時代へ。その後、西部開拓が本格化したのは星歴六〇五と言われるほどですから、そこから今日に至るまで三十年と経っていないことになるのですわ。


「けれどいよいよ西部開拓州でも郡制度が機能し始めるということですわね」


 西部は六つの州に別れ、現在各州を任されているのは全て伯爵家。本土の州ではそうした州総督の元に幾つもの貴族家が郡代として置かれています。

 お爺様の手紙によれば年明けから西部にも正式な郡代が設置されるとのこと。その数は各州に四郡ほどになるそうですわ。

 無論、それ自体はいい話です。私が枠の一つを取りに行ければ申し分のないこと。ただ問題は時期が早まったことにあります。お爺様の予測ではあと二年は先のはずでした。


「西部郡代の全ての枠が埋まるのに三年と見て、卒着後と考えればたったの一年ですわね。それだけの期間で最低でも男爵バロネスの叙爵を受ける必要があるということですわ」


 予測通りなら卒業後に三年の期間が見込めていました。その上、私は帝国御三家に名を連ねるカーブラックの娘。実力とは無縁の背景ですけれど、男爵バロネスの叙爵に大袈裟な功績は必要としませんわ。けれど全ては卒業後に三年の期間があると見立ててのこと。一年では当然難度も跳ね上がってしまいます。


「これはもう、在学中を準備期間と考えていたのでは到底間に合いませんわね」


 お爺様の手紙にも、今から動くようにとの示唆が見て取れましたわ。

 学業の場合、叙勲を見込める功績は大抵が大学に進んでからのことになります。けれどそれでは到底間に合いません。

 残された道は一つ。自由に内容を組めるサロン活動を通じて功績を上げることですわ。達成するには何より人材です。


 コンコン――。


「お嬢様。お夕食の支度が整いました。こちらへお運び致しますか?」

「いいえ、行くわ。ありがとうテレス」


 手紙を引き出しに仕舞って窓の外に目をやれば、夕暮れはすっかり闇に呑まれていました。


「やるしかありませんわ。余り多くを望んでいる時間もないことですし、世間に広く反響を得られるか、西部開拓に適した分野でこれと言える功績を目指しますわよ」


 新しい世界で自分の可能性を試したい。それを可能にしてくれるのが西部なら、石に齧りついても諦めたりはしませんわ。

 私は窓に映る自分に問いかけました。


「私のこの決意を支えてくれる人は見つかった? フォーゲットミーノットの彼がそうかしら?」


 ええ、私は貴方を忘れたりはしませんわ。秋になればまた会えるものと信じています。だから貴方も、


 私を忘れないでフォーゲットミーノット――。

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