329話 セリアの脱水症状

 エルカ迷宮の浅層にようやく戻りつつある。

 そんなとき、行き倒れの女性を見つけた。

 俺もよく知っている人物だ。


「おいっ! 大丈夫か!?」


 俺は急いで、彼女に呼びかける。

 青髪の下から生えている猫耳。

 愛嬌のある顔つきに、バランスのいい体付き。

 間違いない。

 この人は、冒険者ギルドの受付嬢セリアだ。


「ううっ……」


「意識はかろうじてあるか……。おい、しっかりしろ!」


「ううっ……。こ、ここは……?」


「よかった。まだ助かるぞ!」


「……コウタさん?」


「ああ、俺だ。コウタだ」


 俺はセリアを安心させようと笑顔を作る。


「よ、よかったですにゃ。無事だったんですにゃあ……」


「俺たち『悠久の風』は全員無事だとも。セリアこそ、なぜここで倒れていたんだ? どこか怪我をしているのか?」


「いえ……違うですにゃ。これは……水分不足で倒れたのですにゃ……」


「脱水症状ってことか? だが、海猫族のセリアなら、水魔法で水を出せるんじゃないのか?」


 俺たち『悠久の風』は、『水魔法使い』の取得のためにいろいろと頑張った。

 元々の適性が低めの者ばかりだったので、それなりに大変な試みだった。

 だが、海猫族のセリアであれば、水魔法使いのジョブを持っていても不思議ではない。


「魔力なんてとっくに尽きているのですにゃ……。昨日から何も飲まず食わずなのですにゃ」


「何だって!?」


「ううっ……。ギルド職員として、行方不明者の捜索に来たまでは良かったのですが……。途中で強制転移の罠を踏んで、1人このザマですにゃ」


「なるほど。そういうことだったのか」


 俺は納得する。

 どうやら彼女も強制転移のトラップに引っ掛かったらしい。

 俺たち『悠久の風』のように迷宮深部への転移でなかったことは、不幸中の幸いだった。


「他の人たちは? 一緒に迷宮に入ったんじゃないのか?」


「わかりませんにゃ……。私も必死でここまで来たのですにゃ。みんながどこにいるのか、生きているかどうかもわからないのですにゃ。一度引き返しているか、私の捜索のために無理して進んでいるのか、どちらかだとは思うのですにゃ……」


「そうなのか……」


 俺は少し考え込む。

 行方不明になった俺たちを探しに来てくれたセリア。

 それはありがたいことだし、感謝すべきことでもある。

 このまま放っておくわけにはいかない。


「捜索してくれてありがとう。ここからは、俺たち『悠久の風』と共に町まで帰ろう。それでいいよな?」


「もちろんですにゃ……。助けに来たつもりが、立場が逆になってしまったですにゃ。本当に、ご迷惑をおかけしますにゃ……」


「気にしないでくれ。美人を助けるのは当然のことさ」


 冒険者ギルドの受付嬢という接客業を担当しているだけあって、セリアは相当に可愛い。


「び、美人……? そ、そんなことはないと思うのですにゃ」


「いやいや、十分すぎるぐらいだよ。セリアのような魅力的な女性に出会えて嬉しいよ」


「あぅあぅあぅ……」


 顔を真っ赤にするセリア。

 こういう反応は新鮮だな。


「さあ、いっしょに帰ろう」


 俺は倒れている彼女に手を差し伸べる。


「ありがとうですにゃ。……あっ!?」


 彼女は俺の手を掴みそこねて、再び地面に転がってしまった。


「だ、大丈夫か!?」


「うう……。喉が渇いて死にそうですにゃ……。それに、魔力不足で力が入らないのですにゃぁ……」


 セリアが力なくそう言う。

 脱水症状と魔力不足の合併症か。

 このまま放置するとマズイ。


「わかった。まずは、セリアの症状を何とかしよう」


「み、水があるのですかにゃ? それとも、魔力回復のポーションでも持っているのでしょうかにゃ……?」


「いや、両方違う。もっといいものさ」


 俺はセリアに対してニヤリと微笑みかけたのだった。

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