45話 エルカ迷宮 宝箱の罠

 『悠久の風』のみんなとエルカ迷宮に向かっている。

 メンバーは、俺、シルヴィ、ユヅキ。

 それに臨時メンバーのミナとリン。

 総勢5名だ。


 エルカ迷宮の入口は、エルカ樹海にある。

 以前、『大地の轟き』の面々とともに狩りをしたあたりだ。


「ユヅキ。これがダンジョンの入口か?」


「うん。来るのは久しぶりだけど、ここだったはず」


 見た目は、ただのほら穴のような感じだ。

 MSCにおいて、ダンジョンはいろいろな種類があった。

 自然発生したダンジョンコアが造り出したもの、竜種や精霊など超常の存在が造り出したもの、大昔に人為的に造られたものなどだ。


 竜種や精霊が造ったダンジョンは厳かな空気があり、難易度も高い傾向がある。

 そもそも、高山や深海など人が踏み入ることすら難しい場所にあることが多い。

 大昔に人為的に造られたダンジョンは、価値の高い宝に期待できるため、優先的に攻略される。


 ただのほら穴のようなこのエルカ迷宮は、おそらく自然発生した普通のダンジョンだと思われる。

 俺たちは中に入り、進んでいく。

 ホーンラビットやゴブリンと何度か遭遇したが、問題なく撃破した。


「よし。順調だな」


「そうですね。しかし、わたしたち以外の人影がありませんね?」


 シルヴィがそう言う。

 確かに、ダンジョンに入ってからここまで、誰にも会っていない。


「前にも言ったけど、ここの1階層はあまりおいしくないんだ。ホーンラビットやゴブリンくらいしか出ないから、エルカ草原で狩りをするのとあまり変わらない」


「ああ、そうだったな。それに、エルカ草原よりも町までの距離が遠いから、いざというときの撤退も不便だと」


「うん。僕たちみたいに、1階層のボスに挑戦するなら話は別だけどね。あと、たまに見つかる宝箱にも期待したいな。基本的には大したものは入っていないけど……」


 ユヅキがそう言う。

 1階層での戦闘自体は問題なさそうだ。

 宝箱がないか探しつつ、奥に進んで階層ボスに挑戦しよう。

 俺たちは、どんどん歩みを進めていく。


「あれ? あそこに何か見えるのです」


 ミナが前方を指差し、そう言う。


「おっ! あれは、ユヅキっちが言っていた宝箱じゃねえか?」


「そうみたいだね。一応罠にも警戒して……」


 ユヅキがそう警戒の言葉を口にする。

 しかしーー。


「わたしが開けてみます! いざ!」


「ボクも見たいのです」


「あたいも興味あるぜ!」


 シルヴィ、ミナ、リンが宝箱に駆け寄る。

 みんな、初めての宝箱に興奮している様子だ。

 確かに、何が入っているかわからない宝箱は、いち早く開けたいよな。

 俺も気持ちはわかる。


「ちょ、ちょっと待って……」


 ユヅキが慌てて後を追う。

 宝箱には、罠が仕掛けられていることがある。


 まあこれぐらいのダンジョンの1階層なら、大した罠は仕掛けられていないだろうが。

 そもそも、罠自体の設置率も低いし。


 とはいえ、念には念を入れて慎重に開けたいユヅキの判断は適切だ。

 冒険者歴の浅いシルヴィ、ミナ、リンがややはしゃいでしまっているといったところである。


 カパッ。

 シルヴィが勢いよく宝箱を開ける。

 そして、中から謎の白い液体が噴出された。


「あ、ああああぁっ! 目が、目がぁっ!」


 シルヴィがのたうち回る。

 謎の白い液体が目に入ってしまったようだ。


「うっ! なのです」


「おおっ?」


「だから言ったのに……」


 ミナ、リン、ユヅキがそう言う。

 彼女たちの顔にもいくらかかかってしまっている。


 まさか、失明や命の危険すらある劇物じゃないだろうな?

 そんな悪質な罠は、この程度のダンジョンの1階層にはないはずだが……。


「シ、シルヴィ! それにみんな! だいじょうぶか? ポーションはあるぞ!」


 俺はストレージからポーションを取り出し、使う準備をする。

 前に用意していたポーションはユーヤに使ってしまったので、新しく買っておいたのだ。

 『悠久の風』にはまだ『治療魔法使い』がいないので、ポーションは必需品である。


「あう……。ポーションはだいじょうぶです。毒物ではないようですので……」


 シルヴィが目を閉じたままそう言う。


「この白い液体は、何なのです? 何だか臭いのです」


「あたいは聞いたことがあるぜ。これは、ホワイトローションじゃねえか?」


 ミナとリンがそう言う。

 ホワイトローション。

 MSCでも登場したアイテムの1つだ。

 白い粘液であり、臭い。


「美容にいいらしいよ。ギルドに持っていければ、そこそこの値段で売れたはずだけど……。どうやら、勢いよく開けたら噴出してしまう罠が仕掛けられていたようだね」


 ユヅキがそう言う。

 何という地味なトラップだ。

 ホワイトローションに毒性はない。

 臭い粘液をかけられて、多少の不快感がある程度である。

 即死レベルのトラップじゃなくてよかったとも言えるが。


「美容にいいのですか。せっかくなので、塗っておくのです」


「おう。あたいもそうするぜ」


 ミナとリンが、自分にかかったホワイトローションを塗り拡げていく。

 どの道もう売り物にはならないので、この判断自体は間違っていないが……。

 なんかこう、背徳感のある光景だな。

 美少女たちが、白い粘液を自分の顔に塗っていくとは……。


「うーん……。僕も、一応そうしておこうかな……」


 ユヅキはあまり美容に興味がない様子だが、ミナやリンにつられて同じように塗り始めた。


「あうー。わたしは目を開けられません……。ご主人様、きれいな水を出していただけませんか?」


 シルヴィは目にまともにくらってしまったので、それどころではない。

 劇物ではないので直ちに失明などはしないだろうが、放置しておくのもよくない。

 俺はポーションをストレージに収納し、代わりに飲料水を取り出す。


「ほら。シルヴィ。これで洗い流せ」


「ありがとうございます。ご主人様」


 シルヴィが目の粘液を洗い流していく。

 そしてしばらくして、俺たちは再出発した。


 思わぬハプニングはあったが、大きな問題はない。

 目指すは、1階層の最奥。

 そして、階層ボスの撃破だ。

 気を引き締めることにしよう。

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