第8話

 前半を終え、まだ後半の10分が残っているのに、ベンチから漂う空気感は正に敗戦のそれであった。

 スポーツや何か勝負事をしたかとがある人ならばわかると思う。そう。あれだ。あのなんとも言い難い絶対に口を開いてはいけないエレベーターのような空気感のあれだ。

 誰も口を開かない。肝心の顧問はというと、ベンチの監督席に座り遠くの方を見つめている。まるで俺は関係ないと主張しているかのような様だった。

 まぁ無理もない。監督。もとい顧問は某有名な体育大学出身で、俺は体力テストで学年1位だったが口癖の自他共に認める身体能力お化けだ。しかし如何せんバスケの知識は素人程度だ。元々野球一筋でやってきた人間が、たまたま新任で入った最初の学校が、たまたま野球経験者の中年の先生が多く、たまたま顧問のいないバスケ部の顧問を任されたのだから、時々アドバイスや指導が入るものの、それらは主に身体的な事についてだ。戦略的なことや技術的な事にはあまり口を出さない。なので試合中などは口を出さず、選手同士で話し合いをし戦略を考えている。

 練習に対する姿勢や礼儀作法には一段と厳しいが、首を突っ込みすぎない一線を決めて、内心もどかしいだろうが状況を弁えている監督をなんだかんだ僕は好きでいる。

 得点板を見た。

 18-4。

 もちろん僕達が負けている。10分間でたったの4得点。そのうちの2点はシュートファウルからのフリースロー2点だ。ここまで圧倒されたのは久しぶりだった。

 もしかしたら僕達は勘違いをしていたのかもしれない。自分達にワンチャンがあると。強豪校を下して全国へ。そんな漫画のような展開を。

 後輩達が心配そうに見ている。

 そんな僕達を見兼ねてか、スタメンでは無い6人目の3年生が口を開きかけると同時に休憩の2分のブザーが鳴る。そして誰に言われるわけでもなく、のそっとベンチから腰を上げる。

 そしてゾンビのように力ない手をぶらぶらとさせながらコートに向かう途中、秋山が僕の方に近づき耳打ちをした。

「外から打ってけよ。」

 そう言うと秋山は自分のマークマンの所へ少し小走りで去っていった。

 確かに、本来であれば点の取りやすいインサイドをあんなに完封されたら攻め方を変えてアウトサイドから得点を狙うのが定石であろう。

 アウトサイド。つまりスリーポイントシュートを意味する。

 しかしバスケットボールにおけるスリーポイントシュートとはあくまでアクセントだ。

 ゴールから遠い分、シュートの確率も落ちる。特に飛ばそうとする分、力がいる。力を出す分、溜めがいる。溜める時間分、スペースがいる。

 本来スリーポイントシュートは連発しない。カードゲームにおける、魔法カードのようなもので、メインはあくまでモンスターカード。魔法カードはゲームを面白くするために作られた、アクセントだ。

 しかし、カードゲームの世界には魔法カードを巧みに使いこなし、フィールドのモンスターを蹂躙するプレイヤーも存在する。

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