第5話

「ただいまー。」

「あら、今日は帰り早いわね。」

「今日は部活オフなんだよ。それよりも顧問に今日はオフなんだから自分の進路について親御さんと話し合ってこいってさ。」

「進路?あんたそのまま持ち上がりで名城大学に行くと思ってたけど。」

「あー、まぁね。うち高校は進学校だけど大学は割と部活ちゃんとしててさ。大体バスケの先輩もそのまま大学でバスケ部に入る人がほとんど。」

「いいじゃないそれで。お母さん賛成だよ。そのまま持ち上がりで大学行けば学費安くなるし。それくらいなら奨学金じゃなくて行けるわよ。」

「いいよ。お父さんとお母さんに迷惑かけたくない。奨学金で行って社会人になったら働きながら返すよ。」

 僕はソファに座り携帯でインスタグラムを眺めている。リビングからドアを挟んだ向こう側でお母さんは晩御飯の準備をしながらこちらに耳だけ傾けている。リビングと台所を挟むドアは開きっぱなしで、後ろにいるのに料理の匂いが鼻まで届いてくる。どうやら今日の夕飯は肉じゃがらしい。それともう一つ漂う匂いの正体を嗅きわけながら、目はスマホを見ながら、鼻と耳を台所に傾けている。

「何言ってるのよまだバイトもしたことないくせに。いいのよ。そんな事気にしなくて。はい、コーヒー。ブラックでいい?」

 そう言いながらお母さんは昔家族で広島に行った時に買った不思議な模様の入った重ための陶器のマグカップを僕の前に置いた。肉じゃがともう一つの匂いの正体はコーヒーだったか。肉じゃがの甘辛い匂いのおかげでコーヒー豆の匂いがかき消されていたようだ。

「いい春人?奨学金なんてかっこいい名前してるけど、あれは借金なの。大学にお金借りて、それを利息付きで返す。そんなの借金と同じでしょ?だから甘えなさい。働くようになったら、たまにご飯ご馳走してくれるだけで岡さんとお父さん幸せだよ?」

 幸せ。お母さんとお父さんの幸せ。周りの友人の幸せ。そして僕の幸せ。一体どの幸せを優先すれば良いのだろうか?

 マザー・テレサは果たして幸せだっただろうか?人に与えるばかりの人生の彼女は本当にそれが良い人生だっただろうか?

 強盗・詐欺・殺人。法律で罰せられるべき彼らは自分が悪いことをしていると自覚しながらもなぜそのような行動に出たのか?自分の幸せのために人の幸せを奪う。彼らは法という一線を超えてしまったから犯罪となった。

 だが人はそういう生き物だと僕は思っている。原始人は生きるために他の生き物を狩り。戦国時代は自分の領土のために人を殺し。現代では自分の出世のために他を蹴落とす。

 人は法というものがなければ制御できないのだ。誰しもが犯罪にならないギリギリを生きている。

 自分の幸せのために。

「ありがとう。もう少し考えてみるよ。」

「ええ、そうしなさい。本当はもっと早くから考えるべきなのかもしれないけど、長く考えればいいってものじゃない。大事なのは自分が出した答えを尊重できるかどうかよ。」

「ありがとう。」

珈琲を一気に飲み干し、自分の部屋へ向かいベッドに体を預けた。

 そのまま天井を眺めながら、少し深い眠りについた。

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