さよならを紅い実に添えて
レイノール斉藤
第1話
「おはよう」
「おはよう」
「そこ、どう?」
「陽当たりは悪くないよ。ただ、ちょっと空気が悪い」
「ああ、そうか……タバコ、止めた方が良いかな?」
「そう思う、いや、止めた方が良い、絶対」
「だな…水は?」
「少し」
台所に行き、コップに水を入れて、彼女に与える。
「もういい」
「そうか……」
半分残った水は自分で飲んだ。
「…………」
「…………」
「晃は今日休み?」
「……うん」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ。休みにしたんだ。こんな状態の芹菜を放って置けるわけないだろ?」
「別にどこにも行かないよ。行けるわけないでしょ」
「そういう意味じゃなくて」
「……」
「……」
「私、帰ってこない方が良かった?」
「そんなこと無い!嬉しいよ。またこうして会えて、話ができるなんて、もう無理だと思っていたのに……」
「でも、ちょっとがっかりしたんじゃない?これじゃ何もできないでしょ?」
「そりゃ、まあ、確かに昔のように抱き合うのは無理だけどさ、こうして芹菜が側に居てくれるだけで嬉しいんだ」
「そう……」
「……」
「……」
「芹菜は嬉しくないの?」
「……分からない」
「分からない?」
「もう、感覚が変わってきてるんだと思う。晃に会いたかったのは本当。でもそれだけ」
「……虫」
「え?」
「虫ついてる」
芹菜についている虫を取ってやった。そんな事すら自力で出来なくなってしまったのが堪らない。
「……それでも、俺は芹菜に側に居て欲しい」
「今はね、そう思うのも分かる。でも、その気持ちは少しずつ変わるよ。それが普通だし、そうあるべきだと思う。だから……」
その先は聞き取れなかった。芹菜から漂う香りが部屋に満ち、俺はそのまま意識を失っていた。
気がつくと、外は夕方になっていて、芹菜は枯れていた。文字通り、薄茶色の干からびた紐の様になって。
ただ、芹菜を植えていた鉢植えの土の上に、赤茶色の、歪んだ洋梨の様な実が
俺はそれを手に取って齧った。芹菜の味がした。一口噛む度に芹菜の生命が口内一杯に満ち溢れた。何度も何度も噛んで、芹菜を味わった。
全て食べ終えて、俺は一人、部屋の真ん中で静かに泣いた。
さよならを紅い実に添えて レイノール斉藤 @raynord_saitou
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