第20話 仲良し
「……はぁ〜。またやってしまってしまった」
晴天の青空に恵まれながら徒歩通学中の俺は大きくため息をついていた。
「もう傷は完治したんだから20分早く家を出る必要はないだろうに……」
それを昨日学習したはずなのに、翌日である今日も見事20分早く出てしまったのだ。すでに登校ルートの半分まで来てしまっているため引き返すのも億劫。
「明日は絶対に気をつけよう。そうすればあと20分は眠れる」
昨日は千佳に指摘されたばかりなのに普通に夜更かしをしてしまった。その原因はこれまた千佳に指摘されたゲームや漫画、ライトノベルに没頭していたからだ。もはや習慣になりつつある。
『お兄ちゃんが受験生の時はもっとシャキッとしていたのに』
「…………」
千佳に言われた言葉を思い出す。
「確かに、受験生の時に比べて大分だらけているよなぁ〜……」
千佳に指摘される前からずっと自覚はあった。それでも改善しようと思わなかったのは受験当時の反動によるものだろう。受験生の時は帝学園に合格する想いで切羽詰まった地獄の日々を過ごしていたから。合格した今となってはそれに反比例するように、地獄の日々から解放され身も心もだらけてしまっている。
「何か『きっかけ』があれば……なんて言うのは言い訳か」
きっかけがあれば人間は最も行動を起こしやすい。でも、必ずしもきっかけがないと行動を起こせないわけではない。
自分がただこうなりたい、あれやりたいという、上手く言えない抽象的な願望でも行動を起こすことは可能。
だが今の俺にはその両方が欠落していて、行動を起こすことに繋がらないでいた。
それは『あいつら』の影が頭の片隅にチラついているからだ。今も俺をさげすむように馬鹿にしている笑みを向け続けている。意識から遠ざけようとしても、がんこ油のようにこびりついたそれが解消されることはない。
「……めんどくせぇ」
俺は頭を乱雑に掻く。頭の中にこびり付く邪念を追い払うように。だがそんな八つ当たりみたいなことしても当然変わらない。頭の中がごちゃごちゃしていて気持ち悪いし、重く感じる。
どうやら『あいつら』との問題を解決させない限り、新たな一歩を踏み出すことは出来なさそうだ。
★
自分の教室に着いた俺は引き戸を開けて中に入る。自分の席に目を向けてみれば、そこには目を疑う悲惨な光景が。
「––––––は?」
そこには、俺の机と椅子が横に倒され、引き出しから無惨に飛び散っている教科書やノートが。
「……な、なんだよ、これ……」
目の前の光景に頭の整理がつかないで立ち尽くす俺だったが、すぐさま自分の席へと向かい正常に戻し始める。
(誰がやった……!?)
床に散らばった教科書やノートを回収しながら犯人の予想を立てる。頭に浮かんできた人物は『あいつら』だった。
(やっぱり臭男のやつらか!?)
ここ最近で俺に矛を向けてきたのはあいつら以外にいない。それに、俺を特別棟まで連れ出して、脅しのみならず、鉄拳制裁してくるぐらいだ。このような悪事をしてきてもおかしくない。
(もしやるなら……昨日、か)
昨日俺と白雪は臭男達を置いて学園を出た。その後、臭男達がどうなったのかは知る由もない。だがあの後、臭男達が俺達の教室に入るタイミングはいくらでもある。あの時は放課後から30分以上は経っていたから人もいないはずだし、犯行動機だって合う。
だがこれは俺の憶測でしかなく、証拠を掴んだわけではないため責めることは出来ない。今は黙って大人しくしている方が得策だろう。奴らの犯行を目撃するまでは。
(とりあえずは、何事もなかった程で過ごすことにするか……)
自分がいじめの被害に遭っている事実を周囲に知れ渡るのは非常に居心地が悪くなる。すでに教室の中で談笑している4人のクラスメイトには目撃され勘付かれてしまっているだろうが、そこは俺の強引な思い込みで何も見られていないということにして済ませることに。
床に散らばっていた教科書やノート類を引き出しの中にしまい終え、いつも通りの座席へと直したところで席に座る。
(……まさか、クラスメイトが犯人っていうことはないよな?)
仮に臭男達が犯人ではないとすれば、疑いの目は必然的にクラスメイトへ向けられる。
犯行時間が昨日であれば犯人を絞り出すのが極めて困難になるが、もし犯行時間が『今朝』だったら?
帝学園は部活の朝練が関係していることから、教室には早くて7時には入れる。
(教室の中に朝練をやっているやつは…………なるほど、分からん)
クラスメイトに朝練をやっている人がいればその人が最も怪しい人物となるのだが、クラスメイトの情報に乏しい俺にはその糸口を見つけ出すことは出来なかった。
(いや、そもそもあの4人がグルという可能性もあるよな)
考えれば考えるほど、全ての人間が疑わしく見えてしまう。
そもそもの話、これだけの材料で犯人を推測しようとしているのが間違いだった。
犯行時間だけで犯人を推測しようならば、学園中ほとんどの人間が犯人の対象になってしまうからだ。
(ま、ひとまず様子見だな)
現状それしか出来ないと理解した俺は、何事もなかったかのようにラノベを読み始めた。
★
ラノベを読み始めてから10分後にアリアと黒崎が教室に現れた。
「おはよう、林くん」
「おはよう、きよ君」
「おう、おはよう。珍しく二人なんだな」
「今日は二人で待ち合わせをして一緒に登校したのよ」
なるほど。どうりで今朝黒崎がいなかったわけだ。登校時間がいつもより遅いのはアリアに気を使って合わせたってところか。
「そうだったのか。仲いいな」
素直な感想が漏れる。すると黒崎はアリアの頬をツンツンしながら言う。
「赤坂さんが私と一緒に登校したいって言うからさ〜」
「嘘つかないで。あなたが最初に言い出したんでしょ?」
「でも、すぐにオッケーしてくれたよね? 嬉しそうな顔をしてさ」
「してない」
「してた」
「してない!」
「してた!」
「お前ら本当仲いいな!」
ため息をついてしまうほどにちっぽけな事で言い争う二人は本当に仲が良さそうで、見ているこちら側としてはほっこりしてしまう。二人の小言から分かることは、一緒に登校をしたいぐらい相手のことが好きということ。その事に俺自身も嬉しく思い、心が温まる感じがした。
「ところで林くん。昨日の話を聞かせてもらえるかしら?」
「あ、私も聞きたい」
昨日の話というのは臭男の件であることは察することが出来る。
アリアと黒崎は自分の席に荷物を下ろし、黒崎がこちらに戻ってきてから俺は話した。
「別に話す程でもないんだけどな〜。それでも聞きたいか?」
「ええ。ちゃんと何があったのか聞かせて欲しい」
アリアがそう言うと黒崎がうなずく。二人は真剣な顔をしていて、若干圧のある空気が漂っていた。
「……まぁ簡単に言うとだな、俺がお前達と一緒にいることが羨ましいって言われて、その為に俺がアドバイスをしてあげただけだ」
物騒な事件を柔らかいニュアンスに変えて伝える。俺が二人と離れるよう脅されたことは言わなくていいだろう。余計な心配をさせるだけだしな。
「え? それだけ?」
「ああ。だから言ったろ? 話す程でもないって」
俺の話を聞いた二人は想像していたのと違ったからか、拍子抜けしてしまう。
「……それで? あなたは何てアドバイスをしたの?」
「アタックしろって」
「……それはどちらかというと、あなたに実行して欲しいわね」
「うんうん、分かる分かる〜」
二人が腕組みしながら言う。
「え? なんで急に俺になるの?」
俺が問い返すと、二人はなぜか俺と目を合わせようとしない。
「さぁ? なんででしょうね」
「まぁ、きよ君は意外と鈍感だからね〜」
「……」
なんだか貶されているような気がする。しかし、理解出来ないものは仕方がないだろう。
(アタック…………アタックは日本語で『攻撃する・襲う』という意味。––––––ま、まさか!? そういうことか!!)
謎が解けたようにピカッと一筋の光が頭をよぎる。
(俺はいつもアリアに何かと手刀を喰らわせられていた! つい最近では黒崎も俺に対して当たってくるようになってきて、それは男だったら反撃の意志を見せてみろという遠回しのメッセージだったのかもしれない!)
だがそうは言っても、男が女の子相手に反撃っていうのもなぁ〜……。
「いや、やめとく。いくら男でも二人に反撃したら返り討ちに遭いかねないからな(笑)」
正直な感想を告げる。すると、何故か二人は目元の影を濃くし、満面の笑みを向けてくる……。
「林クン? それはどういうことかしら?」
「キヨ君? 私にもちゃんと説明して?」
「…………(汗)(汗)(汗)」
あれ? おっかしいな。目の前に邪悪なオーラを漂わせている堕天使と大魔王がいるぞ? これは幻術か?
「うおおおおおおおおりゃぁぁあああああ!!」
俺が幻術を解く方法を頭の中で模索していると、黒崎が素早い動きで俺に仕掛けてくる。
逆エビ固めだった。
「ぬぅううおおおおおおおおおおおおお!! 腰がアアアアアアアアア!! ギブ! ギブ! ギーブ!!」
「赤坂さん! 今だよ!」
「ええ!」
黒崎の合図にアリアが大きくうなずくと、得意の手刀を俺の脇腹に容赦無く突き刺す。
「ぐふぉおおおおおおお!! もうお許しをおおおおおおおおおおお!!」
見事な連携攻撃に改めて二人は仲が良いなと実感すると同時に、やはり返り討ちに遭う恐怖も実感させられた俺だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます