第18話 最悪な確定演出

 マックを出て帰り道の交差点で白雪と別れた後、俺は自宅に向かって歩き出す。

 白雪の家庭事情を聞いて、自宅に着くまでの間はそのことばかりを考えていた。

 白雪が俺に対してここまで尽くそうとしてくれるのは、ある意味で俺が家庭を守ったことによる恩返しなのだと。


「いや〜、あっぶねぇ〜……」


 佐藤先輩の一件で俺は警察に通報する気は多少あった。比率で言えば『警察に通報する』、『警察に通報しない』7:3ぐらいだ。

 あの時は佐藤先輩が潔く反省の意を示したからその割合は逆転したのだが、あのまま俺の警告を無視して悪事を続けるようものならば、俺は容赦無く警察に通報する気でいた。

 俺やアリアをあそこまで酷い目にあわせておいて、自分だけノコノコと平和の日常を送ることに納得がいかないからだ。

 罪を犯した者は罰を受けるべき。それは至極当然のこと。

 自分に問題があるならまだしも、相手の利己的な理由だけで誰かを陥れ、傷つける行為は決して許せるものではない。

 でも俺は、ちゃんと自分の犯した罪を反省し、改心した誠意と態度を行動で示してくれれば許していいと思っている人間だ。

 佐藤先輩からはそれを感じ取れた。あの土下座と謝罪には、家庭や妹に対しての想いが深く込められた反省であったのだと。


「本当に、よかった」


 俺はあの時、きっと正しい選択をしたのだと思う。そのことに少しだけ自分を誇れるような気がした。

 そんなことを振り返っているうちに、いつの間にか二階建ての自宅に到着していた。

 俺は玄関を開け、中へと入る。


「ただいま〜」


 静かな家内に間延びしたあいさつをすると、二階へと繋がる階段から「おかえり〜」と同じく間延びしたあいさつを返しながら出迎えに参った妹が登場した。

 名前は『千佳(ちか)』。青紫色の髪をツーサイドアップに仕上げた中学三年生。中肉中背でありながらも、6歳から習い続けている武道によってシュッと引き締まった体へと仕上がっている。武道は空手と合気道を習っており、空手は黒帯、合気道は初段まで登り詰めている恐ろしい妹である。

 学校から帰って来てまだ着替えていない為、セーラー服姿のままだ。

 そんな千佳は玄関で靴を脱ごうとしている俺を、腕組みしながらジト目で見下ろす形で問いかける。


「お兄ちゃん、お話があります……」

「えぇ……」


 千佳にその一言を告げられ、俺のテンションはジェットコースターのように急降下し始める。

 なぜなら、千佳がそのセリフを放つ時は過去の統計上100%俺に対して物申すことがある時だからだ。しかも100%俺が悪い時の場合に起こりうるため、素通りすることも躊躇われる非常に厄介なものだ。

 これは言い換えれば、最悪の確定演出とも言える。


「じゃあ、いつも通りお兄ちゃんの部屋で話すね」

「はい……」


 千佳の物申す場所は決まって俺の部屋で行われる。それは年頃の女の子だから部屋の私物を見られることに抵抗を感じるのかもしれない。それを言ってしまえば俺だって年頃の男の子でしょうにとツッコミたくなるが、俺の部屋には見られて恥ずかしい物は置いていない為、消去法的に俺の部屋で刑が執行されることになったのだ。

 俺と千佳は一緒になって部屋へと入り、俺は鞄を机の上に置いたあと、既に沈黙の圧を放ちながら正座をして待機している妹の前に同じく正座して言葉を待つことに。


「さてお兄ちゃん。見ての通り、千佳は大変不機嫌です。一体なんででしょう?」


 千佳にそう問われた俺は唯一持ち前である自頭の良さをフル回転させ、千佳の機嫌を損なわせた原因を脳内タイムスリップで振り返っていた。

 ––––––そこで俺は、思い当たる節を見つける。


「…………」


 もしかしてだけど〜♪ もしかしてだけど〜♪ 濡れ衣着せられ怒っているんじゃないの〜♪

 どぶろっくの『もしかしてだけど』を内心歌いながらふざける。そうしないと千佳による無言の圧力でいっぱいの空間の中、恐怖と不安に潰されてしまいそうになったからだ。

 濡れ衣……そう、濡れ衣だ。千佳の機嫌が悪い理由は頭の片隅で既に答えは出ていた。

 それを本人の前で口にすることをためらってしまい、沈黙を貫いていると千佳は事の成り行きを淡々と語り始めた。


「今日の16時半ぐらいだったかな。千佳が学校から帰って来てしばらくすると、インターホーンが鳴ったんだよね」



 ––––––。

 ––––––。

 ––––––。



 ピンポーン。


「は〜い」


 家のインタホーンが鳴ったので千佳が玄関を開けてみると、そこには緋色の髪を腰辺りまで伸ばした黒のスーツ姿の女性が立っていた。

 モデルのように背が高く、胸を張った堂々としたたたずまい、鋭い目つき、百戦錬磨のような強い顔つき。

 それを上から見下ろされる形となった千佳は反射的に身構えようとしてしまうが、彼女の口から出た言葉を聞いてその必要はなくなった。


「はじめまして。アタイは帝学園で保健室の先生をやっている『夜桜月代(よざくらつきよ)』と申す。林清正さんはいるかな?」

「いえ。兄はまだ帰って来ておりませんが……」


 帝学園の先生がなんでここに!? と疑問だったけど、どうやらお兄ちゃんに用があるらしい。

 いつもならこの時間には帰って来ているはずのお兄ちゃんがいないことも疑問だけど、先生がわざわざ家に訪れるぐらいだ。きっと何か緊急を要する案件なのかもしれない。


「あのっ、よろしければ私の方から兄に伝えておきますけど」

「ふむ。それでもいいんだが……お前さん何人兄妹?」


 急に兄妹関係について問われたので千佳は素直に応じる。


「二人、ですけど……」

「なら、伝言の必要はないようだ」

「え?」


 夜桜先生という方は不適な笑みを見せながら千佳に告げる。


「これから話すことは、『妹』であるお前さんにも関係しているからな」

「!?」


 千佳は一瞬だけ心臓が飛び跳ねたような衝撃を覚える。帝学園同士、てっきりお兄ちゃんに対しての要件だと思い込んでいたから。

 それなのに、帝学園でもない千佳にも関係している話って一体……。


「時間を取らせるつもりはない。だから単刀直入に聞こう」


 発せられる言葉を聞いて、千佳は目を見開いて驚いた。


「お前さん、兄にひどい暴力を振るったらしいな?」



 ––––––。

 ––––––。

 ––––––。



(あぁぁんのイケメン風セクシーナイスボディ女めえええええェェェッッ!!)


 千佳の話を聞いた俺は、世界の中心で怒りを叫ぶ。

 やはり犯人は体育の時に俺が佐藤先輩に負わされた傷を唯一曝露してしまった保健室の先生だった。


(あの件は解決したと思っていたのに、それは俺の思い込みだったか! くそ! つうか人の家に訪問するぐらいなら俺に相談しろやアアアアアアア!!)


 千佳にはこの事を隠し通そうと思っていたのに全てがパーである。

 いや、違うか。もしかしたら元々これが狙いだったのかもしれない。俺が隠し通そうとするならば別の当事者に聞けばいいだけのこと。保健室の夜桜先生は鼻から俺ではなく妹から事情を聞くつもりで動いたに違いない。

 おかげで目の前の千佳もプルプルと肩を震わせお怒りの様子だ。


「……最初聞いた時は意味不明だったけど…………––––––お兄ちゃんッッ!!」

「は、はいぃぃ!!」

「どうしたら千佳がドーナツを食べられただけでお兄ちゃんをアザになるまで暴力を振ることになるのぉ!?」

「いやっ、それはだな––––––」

「お兄ちゃんのせいで、千佳はものすっっっっご〜〜〜〜く悪い印象を持たれたんだからね!?」

「ごめんなさあああああい!!」

「そもそも! 千佳がお兄ちゃんに暴力を振るうなんてこと、一度でもありましたか!?」

「ありませえええええん!! 断じてありませえええええん!!」

「何があったのか知らないけど、妹である千佳に濡れ衣を着させるなんて信じられません! 最っっっ低です! お兄ちゃんのバカ! 変態ッ!!」

「最後のはよく分かりませえええええん!!」


 リアルで千佳に濡れ衣を着させるのは確かに変態かもしれないが、怒りの感情に身を任せているせいで思考がおかしくなっているのだろう。もちろん、千佳に対してはれんち行為をしたことは一切ない。当たり前だが。


「ついでに言わせてもらうと、最近のお兄ちゃんは生活がだらしないです! 制服は脱ぎっぱなし! 夜更かしは当たり前! 休日はだらだらとしながらゲームや漫画ばかり!」

「一応、活字(ライトノベル)も読んでいるヨ?」

「そういう問題じゃありません!!」

「はいぃぃぃ!!」

「お兄ちゃんが受験生の時はもっとシャキッとしていたのに、今は身も心もだるんだるんじゃないですか! なんですか!? だるだるイングリッシュでも目指しているんですか!?」

「いや懐かしいなおい! ピラメキーノじゃん! もう何年前の番組だよ!」


 それからも千佳のお説教は続き、俺はただ身を縮めながらじっと正座をさせられた。


 ––––––1時間後。


「……言いたいことは以上です」

「す、すみませんでした……」


 ふんすッ! ってセリフがぴったりの可愛らしく頬を膨らませる千佳。

 それに対し俺はプルプルと全身を震わせながら必死に我慢している態度を取っている。

 俺に言いたい事を言い切った千佳は先程までの不機嫌は解消されたようで、今は清々しい感じで普段通りの千佳に戻っていた。

 そんな千佳は俺の異変な様子に気づき、首をわずかに傾けて疑問を口にした。


「? お兄ちゃんどうかした?」

「あ、足が痺れた……っ」

「ふぅん……(ニヤリ)」


 正座から解放された俺が足に向かってハンドパワーを与えているかのようなポーズを取っていると、千佳が俺の痺れた足を見ながら小悪魔っぷりの笑みを浮かべ……。


「えいっ」


 ツン––––––。


「ぬぅうおおおおわアアアアアアアア!! やめろー! 足を突くなぁああ!!」


 千佳が面白いおもちゃを見つけたように、俺の痺れた足をツンツンし始める。おかげで足先からは鳥肌が立つほどに強い電流が走りはじめ、俺の両足をこれでもかというぐらいに麻痺させる。その間、俺に逃げる術は当然なくて……。


「あははっ! お兄ちゃんの反応おもしろ〜い! えいえいっ」

「どぅうおおおおおおおおおお!! ストップストップ!! マジでキツイから!!」

「そんなにビリビリするの?」

「するする!! だからもうやめてくれ!」

「分かった。じゃあ代わりにマッサージしてあげるね?♡」

「お、おう。それならいい……ってぎぃいやああああああああ足ツボはアカーーーーーーーン!!」


 人生で味わったことのない強力な電流に悲鳴をあげ、宮川大輔みたいなリアクションを取ってしまう俺。

 千佳はお詫びに癒しを提供してくれるのだろうと、てっきり肩や背中などをマッサージするかと思っていたが、どうやら最初から足ツボ一択だったようだ。足が痺れている事を知っておきながらこの始末なのだから大分外道である。


「これこそ! 電気マッサージ!」

「上手くねぇぇんだよぉぉぉおおおおおおおお!!」


 その後、俺は千佳のおもちゃにされながら永続的に電気マッサージ(?)を喰らうはめに。

 約5分の末、ようやく足の痺れは解消された。


 この後、千佳にめちゃくちゃ説教をした。

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