第17話 佐藤兄妹の裏事情
白雪と一緒に学園を出た俺は、帰り道にマクドナルドに寄った。
お店に着くと、入り口付近にはドナルドが肩を抱き寄せるようなポーズの形でベンチに座っており、次々と訪れるお客さんにスルーされている。
「別におごってもらう気はねぇんだけどな……」
「気にしないでくれ。俺がそうしたいだけなんだから。それに、腹へっているんだろ?」
「……まぁ」
「なら行こうぜ。俺も小腹程度には空いているし」
「悪いな。そこまで言うなら甘えさせてもらうぞ」
白雪がうなずき、俺達は店内へと足を踏み入れる。
今回俺がおごろうと思ったのは言うまでもなく、臭男達から助けてくれたお礼をするためだ。
お礼の形は後々考えようと思っていたのだが、帰り道で白雪のお腹がぐ〜っと鳴ったので、その時丁度近くにあったマクドナルドでおごってあげようと思い、今に至るわけだ。
帝学園から徒歩15分ほどで着くこの場所には、ほとんど学校の制服を着た人達で席が埋め尽くされていた。
幸いファミリー用の席が空いていたので席を確保するために荷物を置き、財布とスマホの貴重品だけを持って注文コーナーへと向かう。
俺はダブルチーズバーガーの単品とファンタのグレープMサイズを頼み、白雪はというと……
「ビッグマックバーガーセットのLサイズを一つ、飲み物はコーラで。あと単品でダブル肉厚ビーフに照り焼きチキンフィレオを一つずつ……あとナゲットも一つ追加で。ソースはバーベキュー味でお願いします」
「かしこまりましたー♪」
白雪の怒涛の注文攻撃にいっさい戸惑うことなく完璧スマイルで承る店員。
(いやいやいや。確かにおごるとは言ったけど、注文し過ぎじゃね? 明らかに女子高生が食べる量じゃないと思うのですが……。まぁお金はあるからいいんだけどさ)
俺は店員にスマホを向け、電子決済を済ます。
さっきの臭男との一件でイライラし、やけ食いするつもりなのだろうか。それでも心配な注文量なので俺は念のために確認した。
「白雪、お前そんなに頼んで全部食えるのかよ?」
「安心してくれ。いつもこのぐらいは平気で食べる」
「マジかよ……」
最近の小学生はすごいなーと関心をしていたが、かろうじて白雪は女子高生であることを思い出す。
制服を見て気づいたものの、これが私服だったら絶対小学生と見間違える。大量に注文した商品が乗せられたトレーを店員から受け取る白雪を見て、ちゃんと席まで運べるかな〜と親目線で心配をしてしまった。はじめてのおつかい気分だな。
白雪に続いて俺も注文した品を受け取り、席に着いていただきますをした。
「ん〜! やっぱジャンクフードは最高にうめぇな!」
ビッグマックを大きくがぶりついた白雪の顔は、天に昇るほどに幸せそうだ。
「白雪は美味しそうに食べるな〜」
「そうか? 普通に食べているだけなんだが」
「いやマジで。CMに出演できるぐらい美味しそうに食べていたぞ。次のビッグマックのCMは白雪にしてもいいぐらいだ」
「ハハッ。ほうれい線が深くなっていたり、フットサル開始3分で肉離れになっちまうかもな」
「「アハハハハっ!」」
互いにおかしくて笑いだす。意外にも笑いのツボが似ているのかもしれない。ちゃんと話をしたのは今日がはじめてなのに、あっさりと打ち解けられた。
「今日は、本当にありがとな」
笑いがおさまったタイミングで、俺は改めて感謝の意を示す。
「白雪が来てくれなかったら、今頃どうなっていたことやら」
白雪はもぐもぐとリスみたいに咀嚼しながら俺を見つめている。
咀嚼物を飲み込んだあと、次はダブル肉厚ビーフの袋をめくりながらしゃべりだす。てか、もうビッグマックたいらげたのかよ……。速えよ。
「気にすることはねぇ。林には大きな借りがあるからな。何かあればいつでも私を頼ってくれてかまわないぜ?」
「ああ。ありがとう」
『借り』という言葉を聞いて、俺は白雪が土下座したシーンを思い出す。
あの時は佐藤先輩のところへ呼び出され、俺が佐藤先輩に痛めつけられた事実を確かめた後に、二人は揃って俺に土下座をしてきた。
あの時はアリアと黒崎の件で頭がいっぱいだったから追求するようなことはしなかったのだが、それを解決した今、土下座の真意を知りたい欲求に駆られてしまう。
二人が同じく口にした『必ず借りは返す』というやけに強い使命感の裏には一体何が隠されているのか、恩を返される身となった俺としては知る必要があるとも思えた。
「白雪は、どうしてそこまでして借りを返そうとするんだ?」
「…………」
白雪はいつの間にかダブル肉厚バーガーを全て口の中へと入れ咀嚼しており、すぐさまてり焼きチキンフィレオへと手を伸ばす。いや、だから速えって。
再びごっくんと飲み込んだ白雪は、一度コーラで喉を潤せたあとに話し出した。
「お前は命の恩人だからだ」
「え?」
急にスケールのでかいことを告げられ、頭の中は疑問符でいっぱいだった。
なぜなら俺は佐藤兄妹の命を救ったようなことはしていないから。
白雪はてりやきチキンフィレオを半分がぶりつき、何かを考えながら咀嚼する。
それを飲み込んだあと、ようやく口を開いた。
「……林には、話してもいいか」
白雪は一度瞳を伏せる。その後、スッと真剣な眼差しに変えて見せた。
「これから話すことは全部本当のことだ。聞いてくれるか?」
「……ああ。白雪がいいなら」
そういって白雪は残り半分のてりやきチキンフィレオをたいらげ、続いてナゲットをつまみながら話す準備に取り掛かるのであった。ねぇ君、どこにそんな胃袋があるの? ジャイアント白田ならぬ、ジャイアント白雪なの?
★
私の生まれ育った場所は普通の一般家庭だった。お父さんは中小企業のサラリーマンの正社員として職に就き、お母さんは夜勤パートの看護師として働いていた。
夜勤パートなのは保育所が近くに空いておらず、当時小学五年生だった私と、小学六年生だったクソ兄貴の面倒を見るためだ。
日本の経済成長が低下していくなかで、お父さんの給料だけでは子供二人の養育費をまかなうには厳しいようなので、お母さんも一緒に働いて少しでも満足に暮らせる家庭を築こうと頑張ってくれた。
私とクソ兄貴も少しでも両親の負担にならないよう、学校の成績や生活面でも問題なく過ごし、洗濯や掃除といった家事も手伝ったりした。
貧乏でもお金持ちでもない。両親に温かい愛情を注がれながら育った、至って普通の家庭だったんだ。
「だが、その年のクリスマスに悲劇が起こった」
白雪の声のトーンが一気に下がる。それは白雪の『悲しみ』の度合いを示しているかのようだった。
「両親が交通事故で亡くなったんだ……」
「!?」
驚愕の事実を告げられた俺はただ目を見開いて驚く。
「最初は何かの間違いかと思ったよ。今まで当たり前のように生活をしてきた両親が突然亡くなったなんて言われて…………すぐに現実を受け入れることは出来なかったな……」
白雪はその悲しい出来事を思い返すように険しい表情へと変える。つまんでいたナゲットには、込み上がってくる悲しみを抑えるかのように少しだけ押しつぶされていた。
「だがいくら現実から目を背けようとも目の前の事実が変わることはない。私とクソ兄貴が毎日泣き続けている間にも、すぐに祖父母が未成年後見人として私達の親権者となってくれた」
未成年の子供を残したまま両親が亡くなった場合、親権者になってくれる人を探さないといけなくなる。優先として祖父母が対象に選ばれるため、白雪の場合幸いなことにすぐに親権者になってくれる人が近くにいたということ。
「祖父母とは仲が良いから、なんとか私達の心の支えになってくれた。ずっと悲しみに満ちた私達を救ってくれたんだ。––––––でも、クソ兄貴はそれを受け入れなかった」
「え、どうして?」
「祖父母が年金暮らしだったからだ。満足に働けるような体力も残っていないし、何より私達のために貴重な年金を使わせることにクソ兄貴は強く抵抗感を持ったらしい」
「佐藤先輩が、そんな心配を……!」
「いや、そこ驚くとこか?」
「んー、いやだって……ねぇ?」
「あ……」
白雪は俺の体を見て察する。俺は佐藤先輩になんやかんやで約一ヶ月の傷を負わされた。しかも初対面の相手に容赦なくだ。
俺から見た佐藤先輩はとても優しい人とは思えなくて。それでも白雪の話を聞いて、佐藤先輩は祖父母の気遣いができる優しい心の持ち主だったことに驚いてしまうのは無理もなかった。
白雪は申し訳なさそうに視線を横に逸らしたあと、話を続ける。
「……お前は被害者だから信じられないと思うが、クソ兄貴は、本当は純粋で真っ直ぐな奴だったんだ」
「どういうこと……?」
「さっき祖父母に年金を使わせることに抵抗感を持っていたって言ったろ? そんな時、街を歩いていたらモデルのスカウトをされたんだ」
「スカウト!? スゲェな! まぁ確かにお前のお兄さん、モデルも顔負けするぐらいかっこいいもんな。スカウトされてもおかしくないか」
佐藤先輩のイケメン力は尋常じゃない。一般的にイケメン扱いされている人達も佐藤先輩の隣に並ぶだけでその魅力はかすれてしまうほどに。
「まぁ……それがきっかけでモデルをやることにしたんだが、これが大ヒットしてな。世間からも注目されるようになり、今は売れっ子モデルへと昇格しているわけだ」
「なるほど。じゃあ、モデルの収入でお金の面を解決したというわけだな?」
「最終的にはな。モデルを始めた初期の頃は平均月収5万ほどにしかならなかったが、中学二年の時には月収30万なんて当たり前になっていた」
「す、すげぇ……!」
「今となっては月収100万超えだ」
「ひゃっ、ひゃくぅぅぅぅぅぅぅ!?」
思わぬ金額に声を荒げて驚いてしまう俺。その異様な大きい声に近くに座っていたお客さん達から注目を浴びてしまう。
そのことに気まずさと羞恥を覚えた俺はすぐに我に帰り、自分の口元の横に手を添えてコソコソ話をするかのようにボリュームを下げて聞いた。
「今の金額、マジで?」
「ああ。本人の通帳をみて確認したから間違いない」
「……タハハ」
もはや言葉も思いつかない。自分と2歳しか違わないのに、学生でありながらも既にサラリーマンのボーナス以上に稼いでいることにお手上げ状態だ。もはや対抗心すら芽生えない。佐藤先輩は生まれながらにしての恩恵を贅沢に与えられすぎだと思う。それに比べて俺は……。
「でも、それがどう佐藤先輩と絡んでいるんだよ?」
両親を失い、祖父母に迷惑をかけたくなくて、自らの手で大金を稼いで生計を立てる。ここまでの話だと、『真っ直ぐで純粋』という点が見えてこない。
白雪は少しだけ重たそうな口を開いて喋り出す。
「クソ兄貴は、自分の力で大金を稼げるようになってから……よく『女』を家に連れてくるようになってな。そこからちょっとおかしくなり始めたんだ」
俺はここでなんとなく点と点が繋がりそうな感覚を覚える。
佐藤先輩が俺を痛めつけた時、『大抵の女の子は手に入る』と言っていた。『大抵』という単語から導き出されるのは、白雪の言うとおり多くの女の子を家に連れて行ったということ。
「元々クソ兄貴がモデルをやろうと決意したのは自分達の生計を立てるためだった。でも、それが十分すぎるぐらい満たされてしまったクソ兄貴はそれが当たり前だと錯覚し、いつの間にか素行が悪くなっていった。まぁ、単純に女遊びが増えただけなんだが」
それはきっと、貧乏生活から富裕生活に移り変わった感覚に近いのだろう。
貧乏生活を強いられている者は自分の欲求を抑えお金と真剣に向き合おうとする。それが何かの幸運によって大金を手に入れた場合、欲求を抑える必要もなくなってお金と真剣に向き合う必要性も貧乏生活に比べたら薄れる。
佐藤先輩はお金に困らないほど収入を得る術を手に入れてしまったから、本人の一番の欲求である『女遊び』にハマってしまったということ。年頃の男性というのも関係しているのだろう。そもそも『性』は人間の三大欲求の一つなので、それを満たすことは幸福にも繋がるし、常に体が求めているものだ。
一度その幸福に触れてしまった佐藤先輩は自身の恵まれた容姿を武器に、何回も女との体験をしているうちに歯止めが効かなくなっていったのかもしれない。
そう繰り返していくうちに、純粋で真っ直ぐだった心はいつの間にか汚れて横道に逸れてしまっていた。
「それでも、クソ兄貴のおかげで祖父母や私が助けられたことに変わりはない。そういった面では……感謝しているんだ」
自分の兄を褒めるのが恥ずかしのか、白雪はわずかに頬を朱色に染めて落ち着かない態度を見せる。
そんな羞恥心を払拭するように、白雪は結論を言い出した。
「つ、つまりだ! うちのクソ兄貴は警察沙汰になってもおかしくない下劣な行為をしてしまった。本当だったら警察に捕まってもおかしくない。––––––でも、お前はそれを許してくれた。それがどれだけ私達の救いになったことか……! 本当にありがと!」
なるほど。二人の土下座した理由は家庭の事情にあったか。
もし俺がアリアとの一件を警察に通報した場合、強姦罪と傷害罪の二つが問われることから、何かしらの罰を下されることは避けられない。
学園に関しては良くて停学、悪ければ退学になるだろう。それと同時にモデル活動にも支障をきたす。
佐藤先輩は世間から注目されるほどの有名人。そんな人が問題の一つでも起こせばすぐに情報は広がり、イメージダウンを引き起こす。そうなればモデルとして活躍することは難しくなるだろう。すると必然的に収入は0になり、裕福だった生活は再び貧乏生活へと逆戻り。
アリアを助けたあの時も、佐藤先輩がすぐに土下座をしたのはこの為か。
白雪は俺が通報しなかったことに感謝し、ここまで労り尽くそうとしているのだと理解する。臭男の件もその恩返しの一つに過ぎない。
俺はテーブルに額をくっつけていそうなほどに深く頭を下げている白雪に顔をあげるよう告げる。
そして白雪のらしくない弱気そうな目を見つめながら笑みを浮かべ、こちらも改めて感謝を告げた。
「こちらこそ、本当にありがとな」
その後、俺は真面目な表情に切り替えて真剣に告げる。
「でも、そこまで気負う必要はないぞ。前に言ったろ? もう気にしていないって。それに今日の件だってそうだ。白雪が身をもって助けてくれたことはとても感謝しているがあまりにも危険だ。今回はなんとかなったが、次はどうなるか分からない。もし俺に恩を返す責任が関係しているのであれば今後はやらなくていい。それで白雪が傷つく方が俺は嫌だからな」
白雪は俺に恩を返そうと体を張ってまで尽くそうとしている。だがそれで白雪が傷つくのはかえって俺が罪悪感に苛まれる。別に俺はボデイガードをしてもらいたいわけじゃない。なんならボディガードが傷つくぐらいなら俺が盾になりたいぐらいだ。
だから白雪の正義感ある行動は感謝半分、迷惑半分が正直なところなのだ。
せっかくの二人きりの場だ。今後のためにも、今のうちに釘を刺しておいた方がいいだろう。
「だから、俺が本当に助けを必要とした時に手を貸して欲しい」
俺はそうハッキリと告げた。
上から物言いをするつもりはない。あくまでも互いの為だ。
これで白雪自らの行動は多少なり防げることだろう。あとは今後の様子見といったところだな。
白雪はそのことに納得しきれない様子ではあったが、恩返しする相手にそう言われてしまえばそう従うしかない。下手に反抗すれば恩返しどころか迷惑にしかならないからだ。
白雪はそれを理解し、「分かった」とうなずくのであった。
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