第16話 勇敢なるお姫様

 男子連中に連れて来られたのは学園内にある特別棟だった。

 帝学園の造りは簡単に言ってしまえば『H』状になっており、片側に職員室やクラスの教室がある『一般棟』、もう片側に実験や実習用の教室がある『特別棟』の造りになっている。

 それを繋ぐように渡り廊下があるわけだが、俺らは一般棟から渡り廊下を通って特別棟にたどり着いた次第だ。

 特別棟はほとんど授業でしか使われないので、こうして放課後になれば不気味なぐらいに人の姿はない。

 だからこうして俺を呼び出し、誰の目も付かずにあんなことやそんなことをすることだって可能になってしまうわけだ。

 特別棟の二階へと上がり、廊下を曲がったすぐそこで俺を囲むようにフォーメンションを取り始める。俺を逃さないようにするためだろう。

 その後、厳しい目つきで臭男が口を開く。開かないで。


「単刀直入に聞くぞ。お前、赤坂と黒崎とはどういった関係だ?」


 これまたびっくり仰天。何を言い出すかと思えば、俺達の関係を聞いてくるのだから。


「どういったもなにも、ただのクラスメイトだが?」


 素直に仲良しの関係です、って答えるのは避けた方がいいだろう。こんな風に脅すような形を取ってまで、何を目的で俺にこんな問いをしてくるのか見えてこないからだ。

 だから俺はあえて本当のことは言わず、あながち嘘ではないことを答えた。

 ––––––が、そんな誤魔化しは通用しなかった。


「しらばっくれても無駄だぜ? お前達が仲良いというのは既に知っているんだからな」

「……」

「ただのクラスメイト関係の奴らが、いつも楽しそうに食堂で一緒にいるわけねぇだろ」


 なるほど。確かにそう言われてしまえば誤魔化すことは不可能だ。

 臭男の言う通り、俺はこれまで帰宅部メンバーと一緒に食堂で食事を交わしていた。

 もちろん、ただ置きものみたいに一緒にいるわけではなく、全員と楽しく会話を盛り上げながら幸せな時間を送っていた。

 そんな場面を何度も目撃されたとなれば、ただのクラスメイトと言い張るのは無理があるだろう。

 それに目撃されていたという観点からすれば、それは今に至ってのことじゃない。

 アリアは入学当初から異彩の美を持つ超絶美少女として注目を浴びていた。それに超人気モデルの佐藤先輩の告白を断ったという話題も相まって、今や学園内にアリアの存在を知らない者はいないほどに影響は広まっていることだろう。

 そこに黒髪バージョンのアリアと称してもおかしくない黒崎が加われば、もはや二人の存在を知らない方がおかしいレベルまで達しているに違いない。

 そこに場違いと思われるモブに等しい俺が混ざっていれば、違う意味で注目され疑問を持つ者も多く出てくるはず。

 中にはこうして臭男みたいに脅してまで詮索してくるような奴もいるわけだ。


「すまない、誤魔化すつもりはなかったんだ。俺の言葉足らずで誤解を与えてしまったようだから、もう一度弁明させてほしい」

「いいぜ。言ってみろ」

「見ての通り、俺はクラスでいつも孤独に過ごしているような陰キャでな。友達どころか、話しかけられる相手さえいない奴なんだ」


 臭男達は黙って聞き続ける。


「そんな俺を見て、クラスで一人にさせるのが可愛そうだと思ったのか知らないが、ある日アリアが俺に声をかけてきたんだ。一緒にお昼でもどう? ってな。クラスメイトに誘われたのはそれが初めてだったから、俺は嬉しくてオーケーしたわけだ」


 俺は淡々と続ける。


「そこから自然にアリアと食堂に行くようになって、気づいたらアリアの友達である黒崎も相席するようになった。それが結果的に長く続いて今に至るというわけだ。そこに他意はない」


 弁明を終えると、臭男達同士で目を合わせ始める。

『どう思う?』と答えを照らし合わせているかのような疑念の目つき。

 全員の答えを共有し終えたのか、再び俺の方へと向けられる。


「一応確認だが、嘘は言っていないよな?」

「ああ。何一つ嘘はついてない」

「そうか。じゃあつまりだ。お前の置かれている状況に同情した二人が飯を誘い、共にするだけの関係というわけだな?」


 飯を共にするだけの関係というのは嘘だ。だが、ここで素直に答えるのはリスキーのような気がした。


「ああ」


 だから俺は、嘘をつく。


「それ以上でもそれ以下でもない、と?」


 素直に答えるならノーだ。だがさっきの質問でイエスと答えてしまった以上、残された選択肢はイエスしかない。


「ああ。そうだ」


 ドスッ––––––。


「がはァ……!」


 そう答えた瞬間、臭男に腹パンされる。

 何か勘に触れる回答をしてしまったのだろうか。不意打ちで攻撃を喰らった俺は反射的に腹を抑え、止まりかけていた呼吸をすぐに整える。

 佐藤先輩に負われた傷が完治していたのが幸いだった。もし完治していない状態で腹パンを喰らっていたらこの程度では済まなかっただろう。

 臭男は険しい目つきで俺を見下ろしながら言う。


「嘘ついてんじゃねぇよ。お前さっき言ったよな? それ以上でもそれ以下でもないと」


 確かに言った。鮮明に覚えている。


「そんな奴が赤坂のことを下の名前で呼ぶとかありえねーだろ」


 俺はここでハッとなる。

 弁明したとき、俺は『アリア』と口にしていた。臭男の言う通り、それ以上でもそれ以下でもない関係の人が、相手を下の名前で呼ぶことはおかしい。

 幼馴染みや義妹などの関係であれば言い訳をすることも出来たのだが、俺とアリアにそんな繋がりはない。

 アリアと呼ぶようになってから早2ヶ月は経っており、もはやそれが当たり前となっていて違和感を持たなくなってしまっていた。

 しかもアリアは入学当初、馴れ合いを好まず孤高な人間としてのイメージが定着しており、周りからは近づき難い印象を持たれている。

 そんな人が俺に、しかも異性に下の名前で呼ばれているところを目撃すれば、誰だって不思議に思うし、何かしらの関係があると疑いの目を持つはず。

 最初から臭男は『そのこと』について探っていたというわけだ。


(くそっ、カマをかけやがったな! 脳筋野郎かと思っていたが、意外と頭が回るんだな、こいつ!)


 いや、違う。そもそも帝学園は日本で最も偏差値の高い高校。そこの生徒というだけで頭は良いのだ。見た目や憶測だけで甘く見ていた俺の失態によるもの。


「ついでに言わせてもらうと、お前も結構注目されているんだぜ? なんせあんな美少女と一緒にいるんだからな」


 それは入学当初から感じていたもの。アリアと初めて食堂に行った時も、歩いているだけで注目を浴びていた。もちろん好奇な眼差しはアリアだけに向けられていたもので、俺に関してはアリアとは真逆の不審な眼差しを向けられていた。

 その不審な眼差しを向けていた全員の意見を代弁するかのように、あの時佐藤先輩は俺に言った。


『君みたいなパッとしない陰キャは彼女の隣にふさわしくない。彼女の魅力をより引き出すには僕みたいな高スペックな人間じゃないとね』


 悔しいが、それが世間体の基準なのだ。アリアが俺のことを認めてくれても、世間の目はそれを祝福してくれない。

 実際、こうして納得いかない連中が俺のことを問い詰めてくるんだからな。

 俺が佐藤先輩みたいに見た目からしてかっこいい容姿の持ち主であったのなら、世間は心から祝福してくれるのだろう。

 そんな俺を軽蔑、嘲笑し、祝福してくれない人のことを思い浮かべると、心の底でうまく言葉では言い表すことのできない『わだかまり』が生まれたような気がした。

 臭男はまるでカツアゲをするかのように俺の胸ぐらを掴み始める。


「ほら、早く言えよ。正直に言った方が身の為だぜ? 学園生活はまだ始まったばかりだ。これから三年間辛い思いをしながら過ごすのは嫌だろう?」


 遠回しに脅しの言葉を告げてくる臭男。それに続いて他の二人も不適な笑みを浮かべながら『ヘッヘッへ』と悪党にぴったりの笑い声をあげる。こういう小馬鹿にしてくる連中を見るとめちゃくちゃく返り討ちにしたくなる気持ちに駆られる自分がいる。

 だからといって、ここで臭男達と殴り合いをしたところで俺は勝てない。

 臭男達は普段鍛えているのか、がたいがよく、制服越しからでも分かるほどに筋肉の盛り上がりも主張しているから力の差は歴然だ。なんならタイマンでも勝てないほどである。

 俺が決断に迫られ黙っていると、臭男はある提案を出す。


「しゃーねーな。そんなに言いたくねぇなら、お前にもう一つの選択肢を用意してやるよ」


 臭男が胸ぐらを掴んでいた手を離す。


「お前、明日から二人とは関わるな」

「!」

「会話を交わすことも、一緒に食堂に行くのも禁止だ。とにかく二人とは関係を断ち切る勢いで関わるな。そうすればお前には金輪際手出しはしないことを約束してやる。まぁ特別にあいさつぐらいは許してやってもいい」


 完全に上から目線で告げるこいつらは、臭い国の王様か何かなのだろうか。


「おらっ、どっちにすんだよ! 毎日学校でひどい目にあうか、二人と関わらないで平和に過ごすのか……選べッ!!」


 至近距離でそんなに叫ぶなよ。ちゃんと聞こえているわ。それに唾はかかるし、何より臭いので顔を近づけるな。


(さて、どうしたものか……)


 せっかく帰宅部メンバーが良好な関係を築きあげているというのに、再び危機の訪れである。

 メンバーのことを考えるのなら俺が全てを負う選択を取るべきだ。しかし、こいつらがちゃんと約束を守るのかという疑問がある。

 約束といっても所詮は口約束。簡単に約束を破ってしまうことも可能なのだ。

 約束を守るという保証はないし、それは実際に試してみないと分からないことだ。

 俺がアリア達に関わらないようにしても、こいつらは平気で俺に何か嫌がらせをしてくるかもしれない。事故に見せかけた嫌がらせなど演技力でなんとでもなるからな。

 詰まるところ、この選択肢は選択肢として成立していないというわけだ。

 もう一つ選択肢として加えるなら、『3ヶ月お試しキャンペーン』や『満足頂けなかった場合、全額返金いたします』ぐらいのサービスを設けないといけない。

 現状の選択肢では、こいつらの気分次第でいつでも変更することが出来てしまう自由極まりない仕様なのだから。


「その前に、俺から一つ聞いてもいいか?」

「あ?」

「なんでお前達は、ここまでして俺を引き離したいんだよ」


 俺がアリア達と連んでいることに納得できないのは理解した。だが、そんなの些細なことだ。

 俺が普段から一緒にいようとも、他の男子が手出しをしていけないルールはこの世にない。

 二人と交流を結びたいのであれば自分達からアタックしにいけばいいだけの話だ。

 俺はたまたま先駆者として特別な目で見られているのかもしれないが、それはとんだ勘違いだ。

 アリアと黒崎は俺のものではない。恋人関係であれば話は変わってくるが、今の俺達はそんな制限を課すような関係ではない。だから臭男達にだって絡む権利はあるのだ。

 それをしないで、納得できないからという理由だけで俺のことを排除しようとするのはお門違いもいいところだ。

 俺の素朴な疑問に対して臭男は言う。


「強いて言うなら、お前が特別な目で見られてムカつくからだな」

「特別……?」


 そう言われて、俺は思い出す。

 確かに二人とは色々あった。アリアが佐藤先輩に襲われたところを助けたり、黒崎が自殺しようとしたところを止めに入ったりした。

 運命に導かれるように間に俺が入って、なんとか救い出そうと必死になって、結果的に二人とは笑い合える関係になったんだよな。

 そういうきっかけがあったからこそ、自分では気づいていないだけで二人からは特別な目で見られているのかもしれない。


「認めたくはねぇが、あれは普通の相手には見せない目だ。なんでか知らねぇ。ただ釈然としねぇんだよ。なんでお前みたいなパッとしない陰キャごときが選ばれているのかがな」

「俺に言われても……」

「お前がいると俺達の入り込む余地がねぇんだよ。––––––で? そろそろ答えろよ。二人と何があったんだ? 言えよ!」

「悪いが、それはプライバシーに関わることだから俺の口からは言えない。聞きたいのなら本人から聞いてくれ」


 まぁ、二人に聞いても多分教えてくれないだろうけど。それはこいつらも重々承知のはず。だからこうして俺に聞いてくるのだ。


「おいおい、お前状況を分かってんのかよ? こっちは無理やりお前の口から聞き出すことだって可能なんだぜ?」


 臭男がそう言うと、他の二人が「ヘッヘッへ」と言いながらポキポキと指の骨を鳴らし始める。どうやら力尽くで聞き出すこともためらわない連中らしい。

 そこまでして俺を引き離させたい悪党ぶりにもはや称賛を送りたいところではあるが、あまりにもご都合主義な為、屈服するわけにはいかない。

 佐藤先輩みたく、あえてボコボコにされて警察に通報するという手段も取れるが、そういう自ら傷つくやり方はアリアに止められているので出来ない。

 だからといって、俺一人でこいつら全員を倒すことも出来ない。

 額にわずかな汗を浮かべながら状況を打破する方法を考えていると、登ってきた階段側の壁越しから女性の声が発せられた。


「関心しねぇな」


 女性の割には乱暴な言葉遣い。俺の記憶の中で、このような言葉遣いをする女性など一人しかない。いや、どちらかというと女の子と表現する方が正しいか。


「集団になって一人を追い詰める……てめぇら、それでもチ●ポ付いてんのか? ああ?」


 ––––––白雪だった。


「だ、誰だおめぇ!?」

「おい、今チ●ポって言わなかったか!?」

「ああ、俺もそう聞こえた。絶対にそう言ったよな!?」


 臭男と白雪が対峙している後ろで、白雪の下ネタ発言の確認をしている二人。……うん、今俺も同じ気持ちだわ。


「私は一年D組の佐藤白雪だ」

「D組だと……!? そうか、こいつのクラスメイトか。そんな奴がこんなところになんの用だ?」

「そうだな。言うならばお前達を潰しにきたってところか」

「はあ?」


 臭男が素っ頓狂な声を出してしまう。臭男のポカーンとした間抜けづらからは、「何言ってんだこいつ」と顔に書いてあった。

 数秒の沈黙後、臭男達はお腹を抱えながらゲラゲラと大笑いをし始める。


「ダーハッハッッハ!! おい聞いたかお前ら! こんなちっこい女が俺達を潰しにきただってよ! 笑わせてくれるぜ!」

「ガッハッハ!! 身の程知らずにもほどがあるだろ! 寝言は寝て言えよ、バーカ!」

「わかったらおうちにかえって、パパやママといっしょにおねんねしてもらいまちょ〜ね〜? ギャーハッハッハ!! だめだ! 笑いを抑えきれねぇ! ギャハハ!!」


 廊下に響き渡る笑い声。人もいないため、その薄汚い笑い声が嫌でも不快な音として耳に入ってくる。

 耳障りとも言えるそのストレスを怒りに変え、俺は握り拳をギュッと作る。

 爆笑している今なら奴らは隙だらけだ。そのチャンスを活かそうと、俺が拳を振りかざそうとした瞬間––––––。


 グチュッ––––––。


 全身に寒気が生じるような生々しい効果音が鳴る。


「––––––ギュッッッッッッ!?」


 そんな効果音が鳴った瞬間、臭男は素早く股を閉じ、両手で抑えたと思ったら泡を吹いてすぐにうつ伏せ状態に倒れてしまった。おまけに意識も定かじゃなくなっている。


「「勇男(いさお)ッ!?」」

(ほーん。あいつ『勇男(いさお)』って名前なのか。もう面倒だから『臭男(くさお)』でいいかな?)

「おいテメェ!! 勇男に何をした!」

「キンタマを握り潰した」

「は––––––?」

「いや、握り潰したって言うよりかは、握り締めたって言う方が正しいか」


 白雪は利き手であろう右手をグーパーしながら言う。

 どうやら臭男が倒れたのはキンタマ……つまり睾丸を握り締めたことによるものらしい。


(いやっ……睾丸はマズイでしょうォォォォオオオオオオオオ!!)


 俺は心の中で白目になりながら叫ぶ。

 男性なら一度は経験したことがあるのではなかろうか。睾丸に衝撃が加わった時の声にならない激痛を。あれ、マジでヤバイから……。一歩も動けなくなるから……。日本語が喋れなくなるから……。臭男、安らかに眠れ……。

 そんな下劣とも言える白雪の攻撃に残りの二人もドン引きしているのか、恐怖心を抱いているのか分からない表情で白雪と対峙する。


「て、てめぇ……! 卑怯だぞ!?」

「は? 卑怯なのはてめぇらだろうが。3対1の状況を作っておいて、どの口が言ってやがんだ」

「ぐっ……!」

「タイマンも張れる度胸がねぇお前達は雑魚中の雑魚だ。それを今から証明してやるよ」


 両手をコキコキと鳴らしながら白雪が一歩踏み出すと、連中の二人は反射的に一歩下がる。先程のキンタマ潰しが脳裏に浮かび上がっているのだろう。キンタマ持ちの男性であればさっきの攻撃を喰らってしまえば致命傷は避けられない。

 そんな弱点とも言える急所をぶらぶらとぶら下げている男性の体の構造は設計ミスと言えよう。


「や、やれるもんならやってみろよ! 行くぞ正男(まさお)!」

「おうよ美佐男(みさお)! びびることはねぇ! 二人がかりならさっきの技も出来ねぇだろうだしな!」


 こいつらすげぇな。共通して名前の最後に『さお』がついているなんて。まとめて臭男三兄弟と呼ぼせてもらおう。正男と美佐男には臭い認定して申し訳ないが類は友を呼ぶっていうし、いいよねっ☆

 自分に矛が向いていないことに安心し、後半超どうでもいいことを分析していた俺だったが、いつまでも浮かれているわけにはいかない。

 さすがの白雪でも、男が二人同時に迫ってきたら太刀打ち出来なくなるんじゃなかろうか。

 正男と美佐男は白雪に向かって襲い掛かる。


「ふん。馬鹿な奴らめ」


 グチュッ––––––。

 グチュッ––––––。


「––––––ギュッッッッッッ!?」

「––––––ギュッッッッッッ!?」


 ……心配無用だった。白雪は自身の小柄を活かした人間技とは思えないスピードで二人の間をかけ抜けると同時に、目に見えぬ早技で睾丸を握りしめたのだ。

 勇男同様、二人も股間を抑えながらうずくまり悶絶状態となる。

 白雪の周りにうずくまる臭男三兄弟。––––––勝負はついた。

 その瞬間を側から見ていた俺。小柄な女の子でありながらも男性3人に怯むことなく挑んだ彼女の姿は勇敢なるお姫様のようだった。勝利した瞬間になびく銀髪の姿は絵に書いたような美しさとかっこよさを兼ねていて、思わず見惚れてしまっていた。


「大丈夫か? 林」

「あ、ああ。おかげで助かったよ。ありがとう」

「教室でも言ったが礼には及ばねぇよ。こんな雑魚達ならどうとでもなる」

「そ、そうか……」


 いやいや、雑魚って……。見た感じ強そうだけどね? それとも俺が雑魚すぎるのかな?(泣)


「さて、こいつらどうするよ?」


 白雪が臭男三兄弟を見下ろしながら言う。


「いや、どうしろって言われてもな……」


 臭男三兄弟は未だに股間部分をギューっと抑えながら悶絶していて、しばらくは動けそうにない。おまけにロクにしゃべることも出来ないだろう。

 先生を呼ぶにしても俺達が特別棟にいることを疑われても困るし、何よりキンタマを握りしめられた結果を伝えるのがなんか恥ずかしい……。

 だからといって、このまま放置して立ち去るのもさすがに非道すぎるか。

 臭男三兄弟の後処理に頭を悩ませていると、勇男という最初に睾丸を握りしめられた奴が声を発した。最初にやられてから多少時間が経過しているから、少しは喋れるところまで回復したようだ。


「おい……さっきの選択、よく考えろよ?」

「……」


 やたら後半部分を強調してきた勇男のセリフからは、俺の取るべき選択肢はすでに定められているかのようだった。


「おいてめぇ。まだそんな口を––––––」

「白雪。もういい」


 白雪が臭男に突っかかりそうになるところを、肩を掴んで止める。

 俺の方へと振り向いた白雪の表情には怒りをにじませた納得のいかない様子が。


「なんで止める!? こいつには反省の色がない。身をもって思い知らせるべきだ!」

「それだと、こいつらと変わらないだろ」

「!」

「こいつらは既に戦闘不能だ。抵抗できない相手を痛ぶる行為をすれば、俺達はこいつらと同じになってしまう」

「それとこれとは違う! お前は何も悪くないのに、こいつらが一方的にしてきたことだ。自業自得だろ!」

「確かにそうかもしれない。でも、どうかこいつらにチャンスを与えてほしいんだ」


 俺はわずかに頭を下げ、白雪にそうお願いをした。

 白雪の言う通り、臭男三兄弟がしてきたことはあまりにも自分勝手で、その結果自業自得の報いを受けた。俺自身も、やはりそう簡単に怒りが消え失せるものではない。

 でも、人は過ちを犯してしまう生き物だ。『情』や『欲』を自制心でコントロールできなくて、気づいた時には既に遅かったなんてパターンもある。

 おそらく臭男三兄弟は、アリアと黒崎と一緒にいる俺に嫉妬し、それが我慢ならなくて今回のような行動に出てしまったのだと思う。

 もし俺の好きな人が他の男子といつも仲良くしていたら嫉妬ぐらいはする。だからといって悪事を働かせるような真似はしないが。

 だから俺は今回の件をきっかけに反省を試み、改心してくれることを望んでいるのだ。––––––佐藤先輩のように。


「……林がそこまで言うなら」

「ありがとう、白雪」


 俺のわがままなお願いをなんとか承諾してくれた白雪は、徐々に怒りが沈んでいった。

 俺はうずくまっている臭男三兄弟に向けて言う。


「別に説教じみたことを言うつもりはないが、お前達のしていることは間違っていると思うぞ? 仮に俺がアリアと黒崎に特別な目で見られているとして、お前達の行動で振り向かせればいいだけのことだ。俺はそれを邪魔しようとするつもりはないし、そもそも誰のものでもない。だから、今回のように悪事をするような真似はしないでくれ」


 悔しそうに歯軋りを鳴らす臭男三兄弟は特に反論することはなかった。


「それじゃ、お大事に」


 結局誰かを呼ぶことはせずに、それだけを告げて俺と白雪はその場を後にした。

 キンタマの痛みは時間が解決してくれるはずだからね。(汗)

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