第15話 修復
アリアと黒崎の一件を終えた週明けの月曜日。
雲一つない晴天の青空に恵まれながら、俺はいつも通りの時間にいつも通りの道をたどって登校中だ。
いや、いつも通りの時間というと少々語弊が生じるか。
普段ならあと20分は家でゆっくりできるはずなのだが、最近までは佐藤先輩によって負わされた傷が全身に響き歩くスピードが減速していたため、遅刻しないよう余裕を持っていつもより20分早く家を出ていたというのが真実だ。
それが最終的に一ヶ月ほど続いたため、今は習慣になってしまっていた。
俺は自分の腹部分に手を添える。
「……もう、大丈夫そうだな」
自分の体は一番自分が知っている。どこが痛むのかも自分にしか分からない。
痛んでいた部分を手でグッと押し込んでみた。つい最近までは顔を歪めてしまうほど痛みに襲われていたが、今はそれが全くない。
––––––俺は完治したのだ。
大きなあざも傷も綺麗になくなっていて、今は元どおり。
本来なら素直に喜ぶべきことだが、それでも今は気分が浮かなかった。
『傷』というのは何も表面の部分だけとは限らない。
『心』にも傷を負うことだってある。だがそれは、体の傷とは違って目視することのできない非現実的な表現。
体であればどれぐらい傷ついているのか、どれぐらい修復したのか、それこそ完治したのかが一目で分かる。
だが『心』は、それが分からない。
アリアと黒崎の一件から初めての顔合わせになる今日。
あの壮大な出来事をなかったことにするなんて出来るはずがない。結果的によい形で終わりを迎えることはできたかもしれないが……。
それでも俺は帰宅部メンバーに生じた『傷』がどこまで修復されたのか、それだけが不安だった。
★
無事学園に着き、自分の教室に入ってみれば視界に映ったのはいつもと変わらぬ光景。
時刻は8時ちょうど。8時30分から始まる朝のホームルームまで時間があるため、登校するには早い時間だ。だからクラスメイトも8人ほどしかおらず、その少人数による会話だけが聞こえてくる教室内は比較的静かだ。
でも、俺はすぐに気づいてしまった。この時間の見慣れた光景の中で、『ある人物』がいないことを。
––––––黒崎優香が、いない。
いつもならこの時間にはいるはずの彼女がいないのだ。
それに気づいた瞬間、俺の心臓の鼓動は早くなり、呼吸が浅くなるのを感じた。
嫌なイメージが浮かび上がってくる。
自分でも不謹慎だと思った。それでもそのイメージが浮かんでくるのは黒崎の放ったあのセリフが衝撃的過ぎたからだろう。
『ここから飛び降りれば、好きな人に会えるかな?』
「…………」
あの一件のあとは帰宅メンバーで楽しく話をしながら帰った。
もちろん、心から楽しんでいたかと言えば嘘になる。あのような不祥事を起こしてしまったあとに、普段通りの自分達でいられることは難しい。
一度傷ついてしまった関係を元通りへと修復するにはそれなりの時間が要する。
だが、いくら膨大な時間をかけようとも、対象となる『もの』がなければそれは意味を成さない。
帰宅メンバーの一人である黒崎優香という人物が生きていなければ……意味がないのだ。
もしあの後、俺達のいないところで命を絶ってしまったと考えると……ゾッとする。
「おはよう、林くん」
10分ほど不吉な考えを頭の中で反芻していると、不意に隣から声をかけられた。
「……あっ。おはよう、アリア」
一際異彩を放つベージュ色の髪をした超絶美少女、アリアだ。
普段通りの顔色と口調で告げる彼女は、いつもと変わらずといった様子。
黒崎との一件がありながらもそのことに安堵した俺は、さっきまで苦しく感じていた胸が少し楽になった気がした。
アリアは自分の席に着いて、通学用鞄を机の側に備え付けられた取手に引っ掛ける。
「どうしたの? いつもより顔色が悪いわよ?」
「いや、ちょっと寒くてな」
黒崎が自殺したんじゃないかなんて素直に言えるわけないので、あながち嘘ではないセリフを告げて誤魔化す。
「もしかして、風邪でもひいた?」
「いや、寒気を感じるだけで体調は万全だ」
「どこが万全なのよ……」
ジト目でそう指摘されて初めて気づく。黒崎のことを気にしすぎて、セリフに矛盾が生じてしまっていることに気付かなかった。それだけ内心穏やかではないのだろう。
今すぐに黒崎が登場してくれれば、この落ち着かない心臓も吐き気を催す息苦しさもおさまってくれるのに。
「もしかして、黒崎さんのことで心配しているの?」
「!」
アリアがピンポイントで予想を的中するものだから、ビクッと体が反応して驚いてしまう。
その瞬間を目撃したアリアは『やっぱりね』と言わんばかりに、一度ため息をついたあとに告げた。
「彼女なら大丈夫よ」
「え?」
「だって黒崎さんは私のライバルですもの。ここで立ち上がらなければ私のライバルとしてふさわしくないわ」
「アリア……」
二人が和解の握手をかわした時、互いに友達(ライバル)として一緒にいて欲しいって誓い合った。
あの言葉が本音なら黒崎はもう一度立ち上がり、この場に現れるはず。
確証があるとは思えないが、友情が芽生えたあの瞬間の二人にしか分からない熱意というものがあったのかもしれない。
ライバル関係というのは必ずどこかでぶつかり合う。
自分が越えるべき存在として立ち塞がってくる。
黒崎優香という女性は、前よりも強くなってアリアの前に現れる。
顔には出さないが、言葉の中に熱く込められた期待が先程のセリフからは感じ取れた。
「ほら、噂をすれば」
「えっ?」
アリアの視線が教室の後方ドアへと向けられる。俺もそれにつられて視線を向けてみれば、そこには黒髪バージョンのアリアと称してもおかしくないほどの超絶美少女が立っていた。
俺達のことを見てどう思っているのか知らないが、顔は緊張しているかのように強張っている。
「黒崎……!」
感動によるものか、衝撃によるものか分からないが、俺は反射的に立ち上がり彼女の苗字を口にしていた。先ほどまで黒崎の安否を気にしていたからだろう。
俺がそう口にすると、帰宅部メンバーの一人である黒崎優香は何も言わず自分の机の上に通学用鞄を置き、その後こちらへと向かってくる。
そして、俺達の前に立って黒崎があいさつをかわしてきた。
「おはよう。きよくん、赤坂さん」
「ああ、おはよう。––––––え?」
聞き間違いだろうか。今、『きよくん』って聞こえたような……。
俺がポカーンと口を開けてまぬけづらを披露していると、いつの間にか頬を朱色に染めている黒崎が言った。
「……ごめん。変、かな?」
「いや、別に変じゃないけど……」
実際のところは変。かなり変! 主に黒崎の様子がね!!
ドキッとしちゃうのは他人にあだ名で呼ばれることに慣れていないというのもあるが、注目すべき点はそこじゃない。
黒崎が、恋する乙女みたいになっているということ!
あちこちと視線を泳がせつつも、時々チラッと俺の方にも視線を向け、両手を後ろに組んでそわそわしている感じはまさしく恋する乙女!
今まで見せたことのないその仕草に、小っ恥ずかしいあだ名呼びはDの意志を継ぐもの(童貞)としてはクリティカルヒットしてしまう。
普通の男子なら『こいつ、もしかして俺のこと好きなんじゃね!?』と勘違いしてしまうこと間違いなしだと思う身ぶり手ぶりだが、俺は決してそう思わないよう自制心を保つ。勘違いはしていけない。絶対に。
「そっか。じゃあ……これからはそう呼ばせてもらうから」
「あいよ……」
人にあだ名で呼んでもらう。きっとそれは関係が深まった証でもあるのだろう。
一般的にあだ名で呼んでもらうにはそれなりの時間と信頼を得なければそこに至ることは難しい。
よっぽどノリの軽いテンションあげあげ陽キャラ君の類じゃなければ、軽々とあだ名で呼ぶことに抵抗を感じるはず。
黒崎は誰とでも打ち解けるコミュニケーション能力が高いが、チャラい陽キャのように軽々しさは感じられない。ちゃんと相手の気持ちに寄り添い、少しずつ距離感を縮めていく誠実さというものがある。そうして仲良くなってからあだ名で呼び合うのだろう。
帰宅部メンバーで過ごした日々を踏まえれば、俺があだ名で呼ばれることも決してレアのことじゃない。やはり、勘違いはするべきではないな。
「男であだ名を呼ぶのは、あんただけなんだからね……」
小声でつぶやく黒崎。
おっと訂正。めちゃくちゃレアだった。これは勘違いしちゃうかも! てかこれ、いわゆるツンデレやんけ!! うおおおおおおおおおおッッ!! 初めて生で聞けた!! まさか三次元で聞けるとは!!
「林くん、朝から女の子を凝視しながら興奮するのはやめなさい」
「してねーよ!!」
普段見せることのない黒崎の新鮮な姿にいつの間にか見惚れてしまい、隣の席であるアリアから冷たい眼差しで横やりを入れられる。すいません興奮していました。
すると、黒崎がいたずらな笑みを浮かべ始めアリアの隣に立ち、透明感溢れる白くて柔らかそうなほっぺたをツンツンしながら言う。
「あれ〜? もしかして赤坂さん妬いているのかな〜?」
「そ、そんなわけないでしょ。それよりもツンツンしないで」
「あっ、もしかして赤坂さんもあだ名で呼んでもらいたいとか?」
「……別に? そんなこと誰も言ってないでしょ?」
と言いつつも、そわそわしながらどこか期待している様子のアリア。黒崎のツンツン攻撃にも抵抗しない辺り、君は相変わらず素直じゃないね。
「しょうがないなぁ〜。じゃあ、こう呼んであげる」
「……」
「赤ちゃん」
「やめて」
「えぇ〜? 似合っていると思うけどな〜。ほら、ほっぺたも赤ちゃんみたいだし〜?」
黒崎はおもちゃを手にした子供のようにエスカレートしていき、アリアのほっぺたをツンツンのみならず両頬をビヨ〜ンと引っ張ったり、ギュ〜っと押してタコの顔を作ったりと遊び始めた。
アリアは嫌そうな顔を浮かべているものの抵抗することはしない。
俺は見た目にそぐわないアリアのあだ名とタコみたいな顔を見て、思わずツボりそうになる。
「ぷぷっ、赤ちゃんだって(笑)」
「林クン? そんなに赤ちゃんとして生まれ変わりたいのかしら?」
「いえ、今を生きていきたいです!! どうかお許しください!!」
キラーンと手刀を掲げ、これで抹殺したろかと言わんばかりに脅してくる赤ちゃん。最近の赤ちゃんは物騒ですね(汗)
ツボりそうになると抑えきれないのが普通の反応なのに、アリアの手刀を見せつけられると一瞬にしてそれが消えるのだから不思議だ。細胞レベルで防衛反応を感じているのかもしれない。
「あははっ! ほんと二人とも面白いなぁ」
アリアの頬をつまんでいた両手を自分のお腹に当て、ゲラゲラと笑い出す黒崎。
「いやいや! 面白くないから! 確かにさっきのアリアの顔はタコみたいで面白かったけど––––––ハッ!!」
思わず口が滑ってしまい、俺は恐る恐る視線をアリアへと向ける。そこには既に準備万端の手刀のアリアが……。
「大丈夫よ林くん。すぐ楽になるわ」
「ねぇ、満面の笑顔で死刑宣告はやめてくれない!?」
「次回、林死す!」
「おいこら黒崎! お前もデュエルスタンバイしてないで、バーサーカーソウルを発動したアリアを止め––––––ぐふおぉぉ!?」
「誰がばーさん化魂(ソウル)ですって? 私はまだピチピチの15歳よ。失礼しちゃうわね!」
「だ、誰もそんなことは……言って……ガクッ」
「あっははははは!! もう笑わせないでよぉぉ!」
脇腹に手刀がダイレクトアタックされた俺はライフが0となり、うつ伏せ状態で床にはいつくばる。そんなデュエリストが敗北する瞬間を見届けた黒崎は目尻に涙が浮かび上がるほどに大笑いをし始めた。
笑いすぎて苦しいのか、もう耐えられないと訴えるかのように俺の背中をバシバシと追加攻撃をしてきた。もうやめてぇ! 林のライフはとっくに0よ!!
死体同然の俺は、なんとか根性を振り絞って二人を見る。
アリアは腕を組んで窓の外を見つめながら微笑んでおり、黒崎はあいからわずツボっていた。
––––––良かった。いつも通りのあいつらだ。
例の件でこんな当たり前の日々はもう来ないんじゃないかと不安だったが、それは心配無用だったようだ。
また温かい日常を取り戻しつつあることに俺は安堵した。
自分らしさを取り戻した黒崎優香が戻ってきれくれたことに嬉しく思った。
喧嘩し合っていた二人が本音をぶつけ合い、真の友達として一緒にいてくれる尊さに心が惹かれた。
心揺さぶれた瞬間をビデオに保存して、いつでもその体験を感じられる機能があればいいなと思うのだが、残念ながらそんな神秘的な機能はこの世に存在しない。
だから俺は、思い出として記憶に保存するんだ。
幸せに浸りたい時に、いつでも思い出せるように。
俺達の幸せは確かにそこにあったのだと、胸を張って誇りを持てるように。
そんな当たり前で幸せな日常が続くことを、これからも願うよ。
「そういえば、神林来るの遅いな」
帰宅メンバーの一人である神林の不在に気づいた俺は、教室前方の上に取り付けられた時計を見ながら言う。
時刻は8時25分を回っており、朝のホームルームまで5分を切っている。
いつもだったらとっくに教室にいるはずなのに、この時間まで姿がないのは違和感でしかない。
「そうね。寝坊でもしたのかしら」
「神林は寝坊するようなやつには見えないけどな」
俺が知る限り、神林が遅刻や欠席をしたことはない。
少し心配な部分もあるが、いずれにせよ朝のホームルームで分かることだ。
★
8時30分になり着席のチャイムが鳴ったところで、俺達三人のトークはお開きとなった。
それと同時に担任の先生が入室してくる。
先生が教壇の上に立ったところで学級委員である黒崎が、「起立、礼、着席」の号令をかけ、朝のホームルームが始まった。
「はい、では出席を取りまーす!」
学生名簿を手にし、出席の確認を取る先生。
入学当初から変わらず元気いっぱいに振る舞う姿を見ると、不思議と元気をもらえるような気分にさせられる。
先生は生徒全体を見渡し空白の席を確認した後、名簿に記入しながら言う。
「今日は神林さんだけが欠席っと。––––––神林さんは高熱でしばらく学校を休むと連絡がありましたので、みんなも体調管理には気をつけるようにね」
神林が高熱で欠席ということを聞いて、俺達には思い当たる節があった。
それは先週のアリアと黒崎の件。
あの時は大雨が降っているのにもかかわらず、神林は雨に打たれながらじっと待つ時間が多かった。それが起因して高熱の風邪でも引き起こしてしまったのだろう。
俺達も結構雨には打たれていたが、幸い体調を崩すことはなかった。免疫力による恩恵か、たまたま運が良かっただけか。
何はともあれ、神林がしばらく学校を休むという現実を受け入れ、しばらくは帰宅部メンバー三人で過ごすことになりそうだ。
★
帰りのホームルームを終え、帰る支度をする俺。
今日は神林が不在という初めての出来事で寂しい気持ちではあったものの、アリアと黒崎の存在によってなんとか気分をカバーしきれた。
食堂で一緒に食べた時に「神林のお見舞いにでも行く?」という話し合いをしたのだが、残念なことに全員神林の連絡先も家の場所も分からないという事実に気づく。
担任である先生なら知っていると思うが、聞いたところでプライバシーの関係上教えてくれることは無いだろう。
色々と考えてみたものの、名案が思いつくことはなかった。俺達は仕方なく断念することになり、神林が復帰したらまたみんなで予定を立ててどこかへ行こうと決めてこの話題は打ち切りとなった。
「おい、林」
「うおっ!」
急に横から声をかけられびっくりする俺。
声の出先に目を向けてみれば、話しかけてきたのは白雪だった。
長い銀髪を腰辺りまで伸ばした小柄の女の子。豪邸のお城に住んでいるお姫様のような可愛さがあるものの、相変わらずキリッとした顔つきとポケットに手を突っ込みながら仁王立ちする大らかな態度からは器の大きい男気を感じる。
特徴的なのはどの生徒よりも群を抜いて背が小さいということだろう。見た感じ140センチあるぐらいかだ。小学生のコスプレをして学校に侵入してもバレないんじゃね? と思うぐらいに小さくてなんだか庇護欲がそそられる。
「今度はどうしたんだよ。あの件のことだったらもう気にしなくて大丈夫だぞ?」
白雪との絡みはこれで二回目になるのだが、一回目は三年生の教室まで連れてかれ、白雪の兄である佐藤先輩と一緒になって土下座をされた思い出がある。
今回もそれと関係がある要件かと思い、先走って念を押したのだが白雪は首を横に振り否定した。
「いや、今回は違う。お前に注意喚起させるために来た」
「え、注意喚起?」
なんか物騒なニュアンスを感じるが、聞いてみないと始まらない。
「教室後方の出入り口を見てみろ。こっちをガン見してくる連中がいるはずだ」
そう言われ、教室後方の出入り口を見てみる。すると白雪の言った通り、こちらをガン見してくる坊主頭の男子が三人いる。なんならガンを飛ばしているかのようにも見える。ゴツゴツとじゃがいものような輪郭をしていて顔が濃いうえに、細い目つきでこちらを射抜いてくる連中は見た感じ人柄が良さそうには見えない。
連中の近くを通る人達も、心なしか距離を置いているような気もする。
「……確かにいるな」
「私は廊下側の一番後ろの席だからあいつらの話し声が耳に入ってきてな。……あまり歓迎されているような感じではなかった」
「……そうか」
浮かない様子で告げる白雪。
一瞬だけ言葉選びに悩み、柔らかいニュアンスでそう告げたのは俺を気遣ってのことだろう。本音を隠さずに言えば、きっとそこでは俺のことを悪く言っていたのかもしれない。
だがそれも、話を聞けば分かることだ。
「気遣ってくれてありがとな、白雪」
「いや、礼を言われるほどじゃねぇ。とにかく気をつけろよ」
「ああ」
白雪に注意喚起された俺は、緊張や恐怖のようなドキドキを胸に抱きながら連中に向かって歩いて行く。
廊下に出て、連中と向き合った俺は単刀直入に問う。
「俺に何か用か?」
そう問うと、答えるよりも先に連中の一人からいきなり肩を組まれたものだからびっくり仰天。
顔のすぐそばには男の顔があり、独特の汗の臭いが鼻にツーンと入り不快な気分にさせられる。お前ちゃんと風呂に入っているのかよ……。
そんな臭いにやられて俺が顔を歪めていると、肩を組んできた男子が言う。
「よぉ、お前が林だな?」
「……そうだが?」
口を開けば口臭が。こいつほんと臭いな。
あまりにも臭いので距離を取ろうと身を引こうとするのだが、反対側の肩をガシッと掴まれて逃してくれない。
「おいおい、そんなに嫌がるなって。俺達はお前にちょっと聞きたいことがあってこうして仲良く話をしたいだけなんだからよぉ」
嫌がっている理由はお前の固有スキル【放たれしアンモニア】のせいなんだけどな。
それに脅し口調と態度のどこに『仲良く』の文字があるのか教えて頂きたい。
「まぁここで話すのもあれだから、ちょっと場所を移ろうぜ。はやしくん!」
わざとらしく俺の名前を強調させて、廊下を行き来する人達に仲良しアピールを見せつける臭男(くさお)。
肩を組まれたままどこかへと連れて行かれる俺は側から見れば不良に絡まれている弱者という絵面だ。
連れて行かれる前、アリアと黒崎が止めに入ろうとしたが俺は手で制して『大丈夫だ』とメッセージを伝えて止める。ここで騒がれて注目を浴びる方が後々めんどくさいことになるからな。
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