第6話
最寄り駅からの帰り道は、大きく遠回りをして帰った。
駅舎を右に曲がった通路を真っ直ぐ進むと、アパートが建ち並ぶ団地に着いた。
そこでマキは丁寧に剪定された植木の中にアダルトな本を隠す中学生を見かけた。
そんな少年を同じアパートの住人であろう人物が叱った。
自分ならあの程度なら見逃す。そう思ったマキだった。
団地を少し進んだところには小学校がある。今日は午前中だけの授業のようで、ついさっき下校が始まったようだ。
一斉に正門から出る小学生を見ていると、一つの集団に目がとまった。
6人程の集団で、その内の一人に全員のランドセルを持たせていた。
「間違いなく、虐めだわ」
虐めを経験したマキは、それだけは見過ごせなかった。
「天網恢恢疎にして漏らさ―――」
「はいじゃあ次誰が持つか決めよ~」
そう言って集団は全員でじゃんけんをして、じゃんけんに負けた先ほどとは違う少年が全員のランドセルを持って、談笑しながら歩き始めた。
小学校を過ぎるとコンビニがある。
暑さに耐えきれなくなったマキは、特に何かを買うでもなく、ただ涼むためだけに入店した。
そこでマキは見た。
「ちょっと、この商品に異物が入ってたんですけど」
そう言って、半分ほど食べられているショートケーキを若い店員に見せる年の食ったおばさん。
「間違いなくいちゃもんおばさんだわ。助けなくちゃ」
ステッキを握りしめ、いつもの決め台詞を言おうとした瞬間だった。
「返金しましょうか?」
「いいのよ、返金とかはいいから。念のためこのお店にも言っておかないといけないかと思っただけだから。ちょっと電話を貸して頂戴、製造元に電話するわ」
「あぁ、はい、どうぞ」
いい人だった。
マキは「あ、ホントですね、なんでしょうかこれ」という若い店員の声を聞きながらお店を出た。
それからマキは、様々な悪を見ようとした。
見ようと目を凝らすも、見える景色は熱で歪んだ景色だけだった。端から見れば、自分も歪んでいるのかもしれないと、マキは思った。
コンビニを左に曲がり、そのまま直進をすると大きめの道路がある。
その道路を横断する、沢山の荷物を持った老婆に駆け寄り、荷物を持ってあげて一緒に横断する青年を見た。
道路を横断して直進すると、高校がある。
忌々しい思い出したくもない思い出しかない中学校、その校庭を見た。
どうやら体育の授業をしているらしく、走り高跳びのお手本を、女性の体育教師が見せていた。
その女性は、マキを虐めていたカースト上位の女だった。
軽々と棒を飛び越える彼女を見て、生徒達は拍手喝采をした。とても慕われているようで、腹立たしく、妬ましく感じた。
―――私は、高校時代のハードルすら飛び越えれていないのに。
高校を左折すると、ようやく住宅街へと辿り着いた。
住宅街の内の一つの家の前で、一人の女性が茶色い毛並みの野良子猫にエサを与えていた。
そういえばつい先週、あの子猫にそっくりな大人の猫が轢かれていた。
きっと、その轢かれた猫の子供なのだろう。
マキは猫アレルギーなので、いくら親猫が死んだと知っていても子猫を助けることは出来ない。そう無理やり自分の肩を持った。
ようやく家に着いた頃には、日は随分と傾いていた。
夏の夕陽が、空を赤紫に染めていた。不穏で、どうも不安に感じてしまう、人の心をごちゃ混ぜにしてしまいそうな空だった。
我が家からは、ハンバーグにかけるソースの匂いが
無職のどうしようもない自分の為に、母は料理を作ってくれていた。
そんな母親に罪悪感を、自分自身に無力感をおぼえてマキは、呆然と立ち尽くしていた。
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