第3話

 「ちょっとお姉さん、一体何をしているんですか」


 背面から(背面からでは黒いマントしか見えないのだが)でも分かる希有な服を身に纏う、恐らく成人済みであろう女性に、新人警察官の秘乃目ひのめ多々良たたらは話し掛けた。


 秘乃目は、まさか黒いマントの下が探偵服だと、まさか魔法のステッキと虫眼鏡を同時持ちしているだなんて思いもしなかったため、これからこんな特異な人物と話さないといけないのかと思うと、自分の選択が間違ったかのように思えた。


 しかしそこは、自分は警察官なのだと、悪を捕まえる、善良な市民の味方なのだと言い聞かせ、一歩後ろに下がった足を元に戻した。


 だが秘乃目は、やはりそれでも帰りたいな、と、これから思ってしまうのだった。


 ブランコから降りて、目を輝かせながら振り向いた、あまりにも怪しすぎる成人女性によって。


 「《お姉さん》って言いました?もしかしてポリスさん、私のことを《お姉さん》だと認知しているんですか!」


 「え!あの、なにを、して」


 秘乃目の予想としては、まず振り向き、相手が警察官という普通に過ごしていればあまり関わることのないような人物であると認知した瞬間に、多少なりとも萎縮してしまうものだと思っていたのだが、なぜか彼女は逆に興奮してしまっている。


 いやまぁ、興奮して激昂したり暴れまわったり、そういう人は少なからずいるのだが、彼女の興奮はそういったものではなく、性的興奮というかなんというか。とにかく姿から性格まで奇異な人物だなと、秘乃目思った。


 「私のことを《お姉さん》と言いましたよね!」


 「い、言いましたけど」


 「やっぱり!ほらみてみなさい聞いてみなさいよ小学生!私はまだ《お姉さん》なのよ!」


 成人女性が降りたブランコに座る、恐らく小学一年生であろう少年は、しかし彼女の言葉を無視してブランコを漕ぎ始めた。


 「あの、お二人の関係というのは」


 「え、今日初めて出会ったばかりの善人と悪人という関係ですけど。あ、小学生が悪人です、私のことを《おばさん》呼ばわりしてくるんですよ。私はまだ24歳なのに」


 「ま、まぁ子供から見れば成人以上の大人は《おじさん》に当たっても仕方がないですよ。なにせ年齢差がそれなりにありますから」


 「確かにそうかもですけれど、しかしですよ!見てくださいよ私の肌の艶を!軽く見積もっても17歳だと思えませんか!」


 本当に何を言っているのか分からない。秘乃目は、とりあえず愛想笑いで誤魔化した。


 そもそも、彼女は自分で17歳の肌艶だと豪語しているが、しかしそれ程綺麗と言える肌でもなかった。見知らぬ相手に失礼な話ではあるが、かなり肌は荒れており、その痕が彼女の顔に年齢を上乗せするような、そんな感じだった。


 なので、やはり少年が彼女のことを《おばさん》と言うのは、無理のない話ではあると、秘乃目は思ったが、流石に口にはしなかった。


 口にするのは、この場を終息させる為の言葉だ。


 「ま、まぁ子供の言うことですし、お姉さんもあまり気にせず、受け流すようにしてください。ざっくばらんに自分の思うことを言うのは子供の美点ですし、目を瞑るのが大人ですよ」


 「《お姉さん》、ふふふ……分かりました」


 不気味な笑い声と共に、《おばさん》《お姉さん》問題は終息した。


 怪我人も出ておらず、成人女性もなんら犯罪行為も犯していないので、女性への注意だけを終わらし、心置きなく秘乃目はパトロールを続けようと公園の外へ足を向けた、その時だった。


 「天網恢恢疎にして漏らさず!嫌がる子供を無理やり引っ張るのは悪です!」


 奇っ怪な格好をした成人女性は、露骨に怪しすぎる黒い服を身に纏い、小さな少女の腕を引っ張る男を睨み付けながら、そう言ったのだった。

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