第2話

 「ささ!着いたわ!舞ヶ浜公園!」


 舞ヶ浜公園。そこはマキの住む翠山市の隣に位置している舞ヶ浜市にある、小さな小さな駅前公園である。ブランコ、滑り台、低めの鉄棒に小さな砂場と、狭さの割には多めの遊具がある公園である。


 そんな公園でマキは、いつもの決め台詞を言う。


 「天網恢恢疎にして漏らさず!どんな悪も必ず懲らしめる!魔法少女名探偵マキ!」


 捕らえるではなく、懲らしめるとなった辺り、先ほどのサラリーマンへの不満がまだ溜まっているのかもしれなかった。


 例えば、煙草ではなく、煙草を吸っていた口を虫眼鏡で殴打してやりたかったりとか、そんなことがしたかったのかもしれない。


 「しかし、私自身が悪人になってはいけない。私は悪を懲らしめる魔法少女なのだから」


 探偵要素は、彼女の意識には毛程もなかった。


 まぁ、実際は魔法少女要素も無いのだが、しかしそれを自覚してしまえば彼女は、コスプレ趣味のある20代後半に差し掛かる無職の女性という、絶対に口に出来ない肩書きを語るしかなくなってしまう。


 自分でもそれを自覚しているのか、だからこそ彼女は、現実逃避として魔法少女という架空の職業に就いていると思い込んでいるのかもしれなかった。


 そんな無職女性マキは、道行く人の視線など気にせず、狭い駅前公園のブランコに座り、狭い公園内で遊ぶ子供達を眺めていた。


 「みんな学校をサボった悪人かと思ったけど、そういえば今日舞ヶ浜市の、というより駅近くの小学校は創立記念日だったわね」


 流石に悪人だからといって子供を殴打したりはしなかっただろうが、しかし問題事になったのは事実なので、マキが創立記念日に気付いたことは子供達としても、そしてマキとしても幸いなことであった。


 まぁしかし、マキが創立記念日に気付いたとしても気付かなかったとしても、結局子供達とのいざこざは避けられず、問題事になるのだが。


 「おばさん何でそんなかっこうしてるの?」


 一瞬、自分の姿が周りから浮いていることは理解出来ずとも、自分の年齢はちゃんと理解しているマキは、少年が言っている《おばさん》というのが自分だとは気付かず、気にせずブランコを漕ぎだそうとしたが、そもそも目を合わせて言われてしまっているので、少年の言う《おばさん》が自分であることに気付くのに、そう時間はかからなかった。


 しかし、気付いたには気付いたが、たとえどんな女性でも《おばさん》と言われてすぐに認めようだなんて思わないだろう。20代前半であるなら尚更だ。


 なのでマキは、自分の声が少し震えているのに気付かないまま、「私のことかな?」と訊いた。


 純粋無垢であどけない、恐らく小学1年生程であろう少年は、しかしマキにはどんな悪人なんかよりも咎人に映ったことだろう。


 少年は、縦に首肯した。その上、「《おばさん》いがいに《おばさん》いないよ」とまで言うのであった。


 「てて、天網恢恢疎にして漏らさず!悪意のある発言は、ゆ、ゆるせません!私はまだ24歳ですよ!」


 決して少年には悪意などはなく、そもそも小学校低学年の彼からしてみれば、24歳も44歳も、相違無く同じ大人で、同じおばさんだと思ってしまうのも無理はないだろう。


 だが、言われた側であるマキからしてみれば、やはりそれは悪意が、たとえこもっていなくとも悪意があると思い込みたくなるもので、なにせ悪意の混じっていない本心から言われたのだとすれば、それは事実という、中々心に刺さるものがあるから。


 「訂正しなさい!私のことを《お姉さん》だと訂正しなさい!」


 通勤ラッシュは過ぎ、時刻は大体9時。しかしここは駅前公園であり、この時間からでも駅を利用する人は数多くいる。


 そんな人目につきやすい場所で、大の大人が子供に向かって「お姉さんと言いなさい!」と脅迫にも似た行動をしていれば、それは警察を呼ぶ理由になりうるのは当然だろう。


 だがしかし、今回は警察を呼ばれることはなかった。


 何故なら、丁度警察官が駅近辺をパトロールしていたところ、奇抜なファッションをした成人女性が子供に向かって叫んでいるのを見かけたので、それはそれは自然な流れで話しかけたのであったから。


 決して誰かがマキのことを怪しいから通報をして警察が駆けつけた訳ではなく、警察官自らがマキのことを怪しんでの行動だ。まぁ、どちらにせよ同じ事ではあるが。


 「ちょっとお姉さん、一体何をしているんですか」


 背後から聞こえた威圧感のある声に、マキはすぐさま反応し振り向いた。いや、威圧感のある声に反応したのではなく、その声で言われた《お姉さん》という一単語だけに反応して、マキは振り向いたのだった。


 なぜか目を輝かしながら振り向いてきた独特なファッションをした成人女性に、警察官はある種の恐怖を感じたのだった。

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