第2話 雇われ

「舐めんじゃねぇ!!!」


ロザートの側にいた海賊が、大きく剣を振り上げて走り出す。


ヒラリと、ロザートが後ろにかわし、刃がスローモーションのように振り降ろされる。


そのまま身をクルリと回転させて、すかさず海賊の首の後ろに向かって、殴るようにダガーの柄を食い込ませる。


「ぐはっ!」


呻いた海賊は、そのまま地面に転がりピクリと動かなくなる。


「お、おい!一気に行くぞ!!」


別の1人の指示に、3人の海賊もすぐに首を縦に降り、それぞれの武器を手に、ロザートに向かって走り出した。


「よっ!」


バッ!とロザートが軽やかに体をそらし、大きく半円を描いて飛び上がる。



体を捻り、両手それぞれのダガーで8の字を描く。



スタッ!と地面に着地すると同時に、4人の海賊の体の至る所から、真っ赤な血がぶしゃ!っと吹き出し、そのまま倒れ込んだ。



「えーと……2の…4の…5………あと1人ッスか……。」



「何、ぶつくさ言ってんだ!!!」



ロザートの背後に立っていた大男が、手にした棍棒を片手で勢いよく振り下ろす。


寸前のところで、ロザートは棍棒の先に手を置くと、片手で跳び箱を飛ぶように、宙に再び飛び上がった。




棍棒の先は、どごっ!と鈍い音と共に、石畳の一部に蜘蛛の巣のようなヒビを入れた。



目を見開いた大男の背中に、ダガーを食い込ませる。



直後、獣の爪跡のような傷を背中に残し、大男はそのまま倒れ込んだ。




「これで7人!ノルマ達成!」



右手のダガーを肩で背負い、ロザートが誰かに報告するように声を上げた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「虎にビビんなよ!あのガキを、降ろしゃあいいんだ!ついでにあのガキも売りとばすぞ!」




よほど自信があるのか、眼帯をつけた男が笑いながら斧を肩に担いだ。

それを聞いた数人も納得したように頷き、一斉に襲いかかってくる。



「エリーナ!食べちゃダメだよ!殺してもダメ!」



グッ!とエリーナにしっかり掴まったニーシャの言葉を理解したかのように、エリーナと呼ばれた虎は咆哮をすると片手で、襲いかかってきた海賊を数人なぎ倒す。


眼帯の男が斧を振り上げる。



しかし、それよりも先にエリーナが斧に噛みつき、そのまま眼帯の男を押し倒す。


その様子をあたふたしながら見ていたひとりの海賊。


「おい。今のうちにあのガキを…!」



しかし、もう1人にそう指摘されると、ハッとなにか思い出したかのように目を見開いたが、すぐにニヤリと笑って、エリーナとニーシャの背後に忍びよる。



二ーシャはエリーナにしっかりと掴まっていて、エリーナも目の前の敵に夢中で気がついていない。


その間にも、2人はジリジリと近づいてくる。


「今だ!」


小声でお互いが目配せをすると、同時に走りだし、二ーシャの髪の毛を掴もうと手を伸ばした。



「ギャー!ギャー!」


「な、なんだ!?鳥!?」



二ーシャの肩まであと数センチのところで、オウムが2人の海賊の顔に襲いかかった。


その声にハッと後ろを振り返る。


「後ろに2人!レオナルド!ありがとう!!」


2人は目をつつかれたのか、その場で蹲り目を覆っていた。


「さっきの5人に、この2人を入れて~……二ーシャもノルマ達成!」



勉強を終えた子供のように両手をあげて喜ぶ二ーシャ。

その手首をガッシリと掴む男の姿。


「へへへ。ちょっと、おいたが過ぎたなぁ?お嬢さんよ。」


歯が欠けた男は、ゲベへ。と笑いながらニーシャの手首をしっかりと掴んで離そうとしなかった。


「痛い!!離して!」



二ーシャのその悲鳴と共に、男の手首からブシュ!っと音がしたかと思うと、手首から赤い物が細く、吹き出た。


「うああぁぁああ!!!」



あまりの事に男は、思わず手を離し、もう片方の手で鮮血が溢れ出ている手首を押さえ込んだ。



「二ーシャ。油断大敵ですよ。」




メガネの位置を直したルーファス。


3人の海賊が刀で斬りかかろうとする。






がきぃぃん!





と音を立てて、ライフルを横に持って防ぐルーファス。




「おまえ!さっきからなんなんだよ!?銃使ってねぇじゃん!


「ぶっ壊れてんのか?ひひひひ!」






3人の言葉に何も反応を示さず、ただただ微笑みを絶やさないルーファス。


反対側からもう3人の海賊も武器をそれぞれ手にして「うおぉ!」と声を上げて襲いかかってきた。



ルーファスは、今度はもう片方の手で3人の攻撃を同じように防ぐ。






「へっへへ!おい!チャンスだぞ!こっちゃ6人!こいつは1人!!大勢で行けばなんて事ねぇ!!」





顔に傷がある海賊の言葉に、ほかの海賊たちも同意したかのように、「へへへへ。」と笑いだした。



「よぉ。何か言い残すことあるか?どうせ最期だし、聞いてやるよ!ひひひひひ!」


「そうですね……。」




周りの笑い声などお構い無しに、ルーファスはにっこりと微笑む。


しかし、眼鏡の奥から瞳を冷徹に見せると、その姿に誰もが背筋をゾッ!とさせた。



「やはり、銃の練習にもなりませんでしたね。」



と言うが早いか、持っていた2本のライフルから手を離す。

瞬間、6本の刀がいっせいにルーファスに向かってくる。


バッ…!


と、後ろに素早く飛んでギリギリのところで回避する。


地面に刀がくい込んだと同時に、左右のホルスターから銃を抜き、引き金を交互に連続で撃つ。








バババババン!!






6人の左腹に、それぞれ当たりその場でばたりと倒れる。




「7人達成。船長、手助け…………は要らないようですね。」






銃をホルスターにしまいながら、ルーファスは「ふふ。」と口元に笑みを浮かべながら呟いた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ドサッ!




目の前で倒れた仲間を見て、海賊は足をガクガクと震わせながらも、剣先だけはこちらに向けている。




「お前で8人目だ。……来いよ。」




船長の冷静な言葉にビクッ!とした海賊は、「わぁぁあ!!」と情けない声を上げながら、走り出してくる。





右手の両刃で、それを軽々と受け止める船長。左手はコートのポケットの中に入れたまま。

何回も斬りかかってくる攻撃を、片手だけで軽々と受け流していた。



「くそっ!くそっ!!くそっ!!!」




汗を流し、海賊はがむしゃらに剣を振り上げては下ろすを繰り返していた。





「……面白みがねぇな。」





冷ややかに言い放った船長は、身をヒラリと回転する。




ひゅん!と風を切った剣の勢いに負けて、そのまま前によろける海賊。

その瞬間を見逃さず、背中に両刃をつき刺す。



「ぐぁっ!」




小さく呻き声をあげると、そのまま前へと倒れ込む。







「これで8人…………あとひとりだな。」






船長が横目で自分の後ろにいる、ヴァルサという男を見る。



「ひぃい!」と喉の奥で悲鳴を上げたヴァルサという男に、歩を進める。





「ま、待て!!お前なんなんだ!?なんでこんなバカみてぇに強い!?」




ヴァルサという男の質問には全く答えず、船長は徐々に近づいてくる。




「来るな!来るなぁァァァァァ!!!」




ヴァルサという男が恐怖のあまり発砲する。






キィン!





当たる寸前のところで、剣を立てて受け止める船長。






「あ、あぁぁぁあ………!」




魚のように口をパクパクさせて、ドサリと腰を抜かす。






「な、何とか言え!!テメェなんなんだ!?名を名乗れ!!!」





負け犬の遠吠えのようにも聞こえる叫び声。


船長がようやく立ち止まると、ため息をついてみせる。






「………さっきテメェが言ってただろ。」







「は…?」







その言葉に、ヴァルサという男は顔を歪めて素っ頓狂のような声を出す。





「あははは!まだわかんねぇの?」





横から面白がるようにロザートが入ってくると、両手で船長を示すと、船長の代わりであるかのように紹介しだした。








「このお方こそが!シャルロッタ様に忠誠を誓う!俺たちの船長!!


正真正銘の!!

であらせられまっす!!!」






その名前に、誰しもが驚き口々に

「え?あの人が?」

「でも、それじゃああの男は?」

「2人いる…?」

と騒ぎ始めた。







「……ヴァルサ…………フォン…………グランド…………?おまえが………?」






目を丸くして、目の前にいるヴァルサを見上げる偽物。




「テメェのことは知ってる。テメェは『ソーコル』だろ。」




「へぁ!?」





ヴァルサの言葉に反応した、その言葉が図星であることを語っていた。



「あのインテリ女から話は聞いている。そこらじゅうで好き勝手やってるとな。……しかも、俺になりすまして悪事をするとは………。さっきお前が言っていた言葉をそのまま返す。……いい度胸だな……。」



低い声に、ソーコルは片手で静止しながら後ろへとたじろぐ。



「お、落ち着け!誰があんたみたいなすげぇやつの名前騙って悪事やるってんだよ!なぁ。冗談に決まってんだろ?マジになんなよ……!俺のお遊戯如きで……。」



「……これ以上御託を並べるな。反吐が出る。」



汚物を見るような目で見下すヴァルサに、ソーコルは目を見開いて硬直した。




「お前も海賊で船長を名乗るんなら…自分のした行いと言葉に、責任を取るんだな。でないと、足元をすくわれる。…………そして、これだけは覚えておけ。



無責任な行動の代償ほど、でかい物はねぇ。」






太陽の光に照らされた刀身がぎらりと光り、ヴァルサによって掲げられている。



「その身をもって償え。」



「ぎゃぁぁぁああああああぁぁ!!!!」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



誰しもが目を見開き、その光景を見ていた。











「大丈夫!?」




「シャルロッタ様!」




沈黙を破ったのは、赤い髪の毛をひとつに纏めた眼鏡をかけた女性だった。


シャルロッタと呼ばれた女性は、慌てて人だかりの方へ駆け寄ってきた。



「みんな無事!?」



「シャルロッタ様………その、ヴァルサが……。」



「報告は聞いてる!でも、ヴァルサがそんなことをする筈がないわ!何かの間違いよ!」


「あ。いえいえ。それは、誤解だったと我々も分かったのです。あの、そうではなくて………。」



村の男はそこで言葉を切って、後ろに視線を送る。

その先に、ヴァルサがいるということがわかる。シャルロッタは、人混みをかき分けながら中央へと向かう。




「!?」



目の前の光景に、目を開く。



見慣れたコートに、銀髪。

その足元には、人の手が見えた。



「ヴァルサ!?」



「……。ソーコルなら片付けた。あとはお前の部下にやらせろ。」



剣を鞘に収めながら吐き捨てたヴァルサ。

白目を向き口から泡を吹いたソーコルが、大の字で倒れていた。


「ヴァルサ……もしかして……!」


「こんな腰抜けやったところで、何の得もねぇよ。剣振り上げただけで気絶しただけだ…。」


キョトンとするシャルロッタは、すぐに「うふふ!」と口を抑えて笑いだす。



「だろうと思ったわ。…良かったわ。ご苦労様。あとはこちらに任せて。フェミア!サックス!お願いします。」




シャルロッタが振り返ると、二人の男が「はっ!」と敬礼する。身なりからして、少し上の立場の衛兵である事が分かる。


「お前達はこの海賊共を捕らえろ!」


空色の髪の毛をした男が、後ろに待機していた衛兵

に指示を出すと、彼らはそれぞれ縄で海賊達を1人残さず拘束した。


シャルロッタに支持を出された2人は、気絶しているソーコルを抱えて連れて行った。





「ヴァルサ。私の部屋へ来て。報酬を渡すわ。」


「……てめぇらは船に戻ってろ。」







彼女の後をついていくヴァルサに


「あいあいさー!」

「はぁ~い!」

「かしこまりました。船長。」


とそれぞれが、言葉で返事をした。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ドサリ。



「これが報酬よ。」


そう言って置かれた3つの袋。


ヴァルサが1つの袋を開けて中身を確認する。

いくつかの札束。1袋だけで1ヶ月過ごすには多すぎる金額なのは一目ですぐに分かった。






「………。」





「あら?不満かしら?」



何も答えないヴァルサに、シャルロッタは目をぱちくりさせる。




「無名の海賊にしては、ちと多くないか?」





「あぁ。まぁ、ソーコル海賊団のやり方には、目に余るものがあったからね。被害があちこちから出てて、困ってたのよ。」




シャルロッタは、肘掛椅子に座り直すと足を組んでヴァルサを見据える。


無言で袋を受け取ると、ヴァルサは出口に向けて歩き出した。


「……ヴァルサ。」



シャルロッタの言葉に無言で立ち止まる。

何も話さない彼に、シャルロッタは続けた。


「……あなたは…本当に不思議な人ね…。あなたのような海賊は、私のような存在は忌み嫌うと思うけれど?」



「……そんな海賊を使って、手に負えない事件を解決しようとしてる、お前の頭もどうだろうな?」



そこまで聞いたシャルロッタは、ガタン!と椅子から勢いよく立ち上がる。


「………を気にしてるのなら、背負う必要ないのよ?だって、父の件は……!」


「……べつに。俺はお前に忠誠する事を約束した。それだけだ。」




体を半分だけ向け、横目でヴァルサはこちらの方を向いた。

それ以上何も言わなくなったシャルロッタに、彼もまた無言で部屋から出ていった。

その扉を見つめたシャルロッタは、ベランダへと足を運ぶ。


ベランダから見える夕日を浴びて、キラキラと光る海。

それを目に焼き付けるかのように見つめる。


「父の件は………あなたのせいではないのよ?むしろ………助けようとしたじゃない………。」



胸の前で拳を握り、ポツリと呟いたシャルロッタ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「あー!船長~!おかえりなさぁい!シャルロッタ姉さんの話、終わった?」


「あぁ。」





ヴァルサが、ドサッと3つの袋を乱暴にテーブルに乗せる。

その拍子に口が開き、中から札束がそれぞれ姿を見せた。




「うっひょー!すっげー!」



「これが今回の報酬ですか?無名なのに、結構多いですね。」



「隣町へ船を出せ。」




「へ!?もう行くんすか?アジトには……。」



「今日は風がおかしい。島のアジトに向かう途中で嵐にあったら適わねぇ。だから今夜は隣町で休むぞ。」



「……ってぇことは…………酒飲んでいいんスか!?」




「好きにしろ。」




「イヤッホウ!!!」




ヴァルサとロザートのやり取りを見てクスクスと笑ったルーファス。




「隣町まで少し時間があります。船長。お茶をお入れしましょうか?」




「いや。いい。部屋で休んでくる。お前らも適当に休め。」




「かしこまりました。お休みなさい。船長。」




自分の船室に向かう船長の背中を見届けて、ルーファスは舵へと向かっていった。








机にバサリと乱暴にコートを置き、ヴァルサはベッドへ、仰向けで倒れ伏した。



蘇るのは、シャルロッタの言葉。




『………を気にしてるのなら、背負う必要ないのよ?』






「…………気にはしてねぇ。だが………。」





ベッドに寝転んだまま、ヴァルサはポケットに手を入れると、掌ほどの大きさの懐中時計を取り出した。


シンプルな形の時計を、チェーンを指でつまんで吊るすように眼前に持ってくる。ゆっくりと回転したその懐中時計の後ろには、歪な窪みがあり、中央には焦げたように黒い跡が見られた。




「………約束はした。」





物思いに老けながらヴァルサはそう呟くと、右手で懐中時計を掴むと、そのまま額に当てて大きく息を吐いた。





























































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