第16話 光田は息子によって救われた
たか子はふと、我に帰った。
まるで異次元空間のような派手なつくりのラブホテル街、トレンディなファッションや電化製品店が立ち並ぶ繁華街から、一歩裏通りに回ると、こういった空間が存在しているのだ。
もちろん、アウトロー関係者も多いという。売春=アウトロー、お決まりのパターンだ。
たか子は、目を疑った。
なんと、光田が厚塗りの濃い化粧をして、実年男性に連れられているのだ。
光田のバイト時代には見たこともない、濃いファンデーションに真っ赤な口紅、金色の大きなイヤリング。やはり光田は、元の世界に戻ったのだろうか。
バイト仲間の噂によると、光田は山陰地方出身で三人の息子を残したまま、離婚させられ、都会に上京したこともあったが、騙されて風俗に身を堕とすことになったという。昔からよくある不幸な女性の典型である。
しかし、光田を救う手立てはないのだろか。絶望の穴から這い上がることはできないのであろうか。
神は光田を、見捨てたのだろうか。
その瞬間、光田の前に、若い青年が立ちはだかった。
「おかあん。さあ、俺と帰ろう。俺がおかあんの借金を払っておいたからな。
ようやくこれで、おかあんは自由の身になったんだ」
光田は心底驚いたように、青年を見つめた。
光田の連れの実年男性は、バツの悪そうな顔をしてあわてて去っていった。
青年は、光田の腕を引っ張り、駅の出口へと連れて行った。
光田は、いかにも安堵の表情を浮かべ、息子に寄り添っていた。
これで、光田はいったん、救われたことになる。光田の息子を思う気持ちが、神に届いたのだろうか。
たか子が、シークに行った途端、若いスタッフから声をかけられた。
「ねえ、松井さん。あなたのバイト先のシューマイ屋に、光田っていう女性がいたでしょう。実は私の高校の同級生が、光田さんの息子と同じ学年だったんだよ。
彼は秀才で、事業に成功し小金持ちなんだって」
なんという偶然、いや、この世の偶然の積み重ねが必然だというが。
「そこで私は、これは放ってはおけないということで、光田さんの息子に連絡をとって、一部始終を話したというわけ」
そうか、そういう裏があったのか。
しかし、光田の長男も偉いな。離れて生活していた母親の借金をすべて立て替えたのだから。
光田が息子を思う、親子愛のなせるわざだったんだな。
たか子は、光田と出会えたことで、少し自信を身につけた。
これで、性犯罪者と向き合える勇気がでてきたように思う。
性犯罪被害者のイメージは、暗い、怖い、突発的になにをしだすかわからない。
身体が弱く、力仕事ができず、風邪をひきやすく、いったんひいたらもう治らないという。挙句の果てに、麻薬、売春に走る恐れがある。
そういった先入観を持たれると、世間体や就職に不利だから、たいていの人は、ひた隠しにし、心の闇に葬り去ろうとするが、そういうわけにはいかない。
まるで、修正液を上塗りするかのように、性犯罪の被害者だった過去を隠し、表面上は明るい自分を演じたりする。
でも、そんなこと長続きするはずがない。
根本的に、傷を癒さなければ永遠に解決せず、麻薬、売春に走ってしまう。
ひょっとして、明日あたり、あなたの隣にもそういう人が出没するかもしれない。
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