第14話 光田の過去は やはり闇に包まれたものだった

 ある日、たか子がホール周りをしている間、光田はカウンター内でヤジを飛ばし続けるのだった。

「早くやれ、あほ」

「なんだあ、その不貞腐れた態度は。ぐじゃぐじゃ言われるのは、お前がトロいからじゃろうが」

 客は、明らかに不快そうな表情を浮かべている。まるで安手のコントみたいである。思わず、たか子は笑いだしてしまった。

 すると、光田は急にカウンターから飛び出し、たか子の腕を引っ張り、ドアの外へ連れ出そうとした。

「なにをするのですか? 警察を呼びますよ」

 光田は、あきれ顔で笑いながらカウンターへと戻った。


 その様子を見て、黙認いや関わりたくない他人顔の店長は、私と光田を呼びつけた。

 光田は口を開いた。

「私、こいつ大嫌い。こいついつも食材の置き場所が少しずれてるのよ」

 なに、見当違いのこと言ってるんだ。

 私は力仕事のできない光田の尻ぬぐいをしてあげてるんだ。

 だいたい、物の置き場所なんてズレるのは当たり前のことである。

 店長もたか子もあきれ顔で、無言のままである。

「私には三人の息子がいる。この松井よりも、よっぽどしっかりしている筈だ」

 何をわけのわからないことを言ってるんだ。

 そういえば、光田は山陰地方出身で、三人の息子を残したまま、都会にやってきてスナック勤めをしていたとは聞いていたが、もし本当にスナック勤めなら、もっと容姿端麗で、話術もうまく、コミュニケーションもとれている筈である。

 

 店長は、半分あきらめ顔で言った。

「光田さん。あの腕引っ張りの件と言い、あなたのどなり声のおかげで、客から苦情がでてきているんだ。

 一週間して、売上に響くようなら退店告知を出すので、そのつもりで」

 光田はさすがに動揺している。

 あと、一週間の辛抱だ。たか子はほっとしたような、安堵の表情を浮かべた。

 バイト仲間も完全に光田を避けているようである。いや、もう光田の話題をだすのもおっくうがってきている。

 

 たか子は仕事の帰りにときどき立ち寄るカフェがあった。

 たか子がブラック珈琲の香りを味わっていると、ふと、厚化粧の大きなイヤリングの女が、斜めに座っていた。

 あっ、信じられないことだが光田本人だ。しかし光田は職場では大きなイヤリングどころか、口紅さえもつけないほどのすっぴんである。

 そんな光田が、まるで別人の如く、素顔を隠すような厚化粧をしている。

 光田の前に、いかがわしい中年男が座り、光田と小声で話し込んでいる。

 たか子は、自分とは別世界のいかがわしい世界が広がるようで、見てみないふりをしたが、とつぜん、光田は立ち上がり、中年男の腕を組み寄り添うようにして、カフェをでた。


 翌日、光田は出勤していなかった。やっぱり自己退職したのだろうか。

「ねえ、朝からすげえ噂、光田ってさ、以前風俗嬢だったんだってさ」

 やはり、たか子の予想通りである。光田はやはり性病の毒が頭に回っていたのだ。たか子の勤めるシークにもそんな女性は何人か存在している。

 私は、光田をシークに呼ぶべきだろうか。それこそが人助けの筈である。

 女性は、いやこの頃は男性でも同じであるが、一歩間違えれば誰でも性犯罪被害者になる危険性をはらんでいる。

 決して、別世界の出来事ではない。被害者にもスキがあった、いや被害者の方から誘惑したのではないかなどという意見はあるが、それを言い出すと外出すらもできなくなる。

 性被害の被害者は、逃げ出そうにも身体がフリーズして、一歩も進めなくなってしまうという。そんな人を誰が責められようか。

 シークの被害女性を見ていると、皆、きわめて平凡でおとなしい女性が多い。

 そんな女性を、誰が責められようか。


 


 

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