第13話 光田はたか子を攻撃し始めたが負けないぞ

 老舗カフェのオーナーは、たか子が来店するたびに

「これからどこ行きはるのです? 今なにしてはるのですか?」と聞きこんでくるのである。長年、地元に住んでる人で、持ち家で家賃もいらない為、認知症防止のために、フェイドアウトを承知で営業しているらしい。

 それでも、二年ほど前までは、自家製ケーキを製造販売し、客も入っていたらしい。しかし、時代の流れと共に客は離れていった。

 理由は、近隣の老舗の店が閉店したのと、ネットカフェのような若者向きの店が開店したからだろう。

「あっ、ここで働いてはったんですか。久しぶりですね」

 老オーナーは、懐かしそうな嬉しそうな顔でたか子を見つめた。

 認知症が高まりつつあるのだろう。ひょっとして、たか子がラーメンの汁を床にこぼしたことすらも、気づいていないかもしれない。

「今からどこ行きはるんですか」

 相変わらずたか子のことを、聞きこんでくる。

 老オーナーの老舗喫茶に客として来店しているときは、うるさいと感じていたが、逆にこうしてたか子がミスした場合、認知症であることが幸いして(?)叱られずにすむ。

 認知症というと、相手が気を使わねばならない困惑といったネガティブなイメージがあるが、ときと場合によっては、プラスになることもあるのだと思った。

 たとえ若年性認知症でも、人に与えるものはある筈だ。


 光田のたか子に対する苦い態度は、日毎に増していった。

 バイト仲間は、皆光田を避けながらも

「気にすることないよ。あんな下の人間、マトモに相手にしちゃダメだよ」

 下の人間!? それはどういう意味だろうか?

 逆にいえば、私たちは光田よりは上に人間なのだろうか?

 

 光田は、食材の仕込みはするが、食材の運搬の方がまったくしようとはしないので、たか子は店長の命令で光田の手助け、いや尻ぬぐいをさせられていた。

 なぜ、たか子が光田と組むことを選ばれたのか? それは皆、光田を避けていたからである。だから、たか子が皆の犠牲になり、毎日光田の尻ぬぐいをさせられる羽目になったのである。

 しかし、光田はそのことには、気がついていない。むしろ、運搬こそがたか子の仕事だと思い込み、あたかも光田が仕込みをした食材を、たか子が勝手に運搬するなどという間違ったおかしな考えをもっているようだった。

「この荷物、運んでいいでしょうか?」

「なにを言っているの。そんなこと決まってるじゃない。そんなこともわからないの。だから、あんたはバカ女なのよ」

 バカは光田自身だ。あんたは全くの恩知らずだ。それともケンカを売って、たか子を加害者に仕立て上げ、退店に追い込もうとしているだろうか。

 そういう低劣な方法でしか、自己保身ができないのだろうか。

 そうだとしれば、不幸な女だ。それとも、たか子の想像もつかない底辺の世界で生きてきたのだろうか。

 たか子は、嫌がらせをする光田自身よりも、光田の背景にある不幸な闇を、好奇心半分で知りたくなってきた。

 

 

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