第12話 たか子を困らせるツミダいや光田の正体
たか子は、まじまじと先輩バイトの話を聞いていた。
今まで、たか子の周りには精神障碍者は存在しなかったからである。
確かに、企業は障碍者を雇うと税金対策になるという話は聞いたことがあるが、その張本人が光田だったのか。
「でも、人間誰でも一歩間違えれば障碍者よ。ツミダさんも、更生できたらいいのにね」
「ダメだよ。あの女、もう頭にきちゃってるもの。99%不可能だよ」
たか子はシークで出会った女を思い出した。
その女は、若い頃、同じ会社員だった同棲相手に妊娠を告げた途端に別れを宣告され、中絶を迫られ、泣く泣く田舎に帰っていったそうだ。
しかし、その同棲相手の男は、それから半年もしないうちに、得意先の短大卒の新入社員とつき合いだし、一年後は正式に結婚するという。
男って怖い。女性を性の対象にしか見ていないのだろうか。
シークで出会った女は、まだ、幾分前向きの姿勢で、そして何より脳の方が、完全とまではいかなくても、正常に近かった。
だからこそ、団体行動がとれるのだ。しかし、ツミダいや光田は多分、脳にも障害をもっているのだろう。できれば、関わりたくない相手だ。
でも、たか子はこの体験をシークで生かす材料にしていこうと思った。
「松井、悪いけどこれから、あんたは光田と組んでホールまわりをしてくれないか」
しゅうまい屋でバイトして三か月目。皿洗い専門の新人からホール周りへと昇格のチャンスである。
光田は、バイト仲間から徹底的に避けられている。表面は、当たらずさわらずのまるで腫物に触れるみたいな態度であるが、その本質は、関りたくないという危険物取扱いの逃避する態度、見え見えである。
たか子は、光田が少し哀れに思えてきた。しかし、バイト仲間は自己保身のためには、光田を避けるのは致し方ないかもしれない。この不況の折、失職するのは辛いことだ。
「いらっしゃいませ。しゅうまい二人前と天津飯と海鮮焼き飯ですね」
光田は、たか子の存在が余程気に入らないのだろう。
わざと身体をぶつけたり「邪魔な奴」などと聞えよがしに言ったりしてくる。
不意にたか子は、足をすべらせた。そして客に注文通り出すはずのラーメンの汁をこぼしてしまった。
不幸中の幸い、客には汁がかからず、床に一口大、こぼしただけだ。
後から、モップ拭きすれば済むことだろう。しかし、客にかかれば面倒なことになる。
「ああ、申し訳ございません」
謝った相手はなんと、たか子が昔、通っていた老舗喫茶店の老オーナーだった。
もう後期高齢者を過ぎているだろう。たか子は、十年この老舗カフェに通っている。モカ珈琲の味と香りは、超一流だ。高価な珈琲豆を使用しているのだろう。
築四十年のまさに、レトロな感じのする老舗カフェで、いつ行ってもすいているので、このコロナ渦では三密を避けるためには、かえって好都合である。
何が幸いするかは、わからないものである。
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