第9話 隼人は悪の道の入り口から自ら逃避した

「おい、隼人。今日はお前がターちゃんのヘルプだ。くれぐれもそそうのないようにな。俺の顔を潰したら、売上分弁償だぞ」

 そういえば昔 ホストのドキュメンタリー番組で見たことがある。

 客が隣についたヘルプが嫌で、五分間で帰ってしまった客に対して、担当ホストが自腹を切って代金を払っているのである。

 幸い、客もヘルプホストもドリンクはまだ注文していなかったので、チャージ代五千円ほどだったのだが、担当ホストはあとからヘルプに

「俺の担当客の席には着くな。お客様に失礼だろう」と釘を刺されていた。

 たか子は、いくらヘルプが好みのタイプではなくても、はっきりと失礼なことは言えない。

 女性客のなかには「もうこんなヘルプ要らない」なんていう人もいるが、私はそこまで人の傷つくことは言いたくない。

 まあ、そういう人は自分も傷つけられたという過去をもっているので、自分も逆に人を傷つける方にまわったのだろうか。それだけ心が病んでいるのかもしれないが、人を傷つけることで、自分の傷を解消したくはない。


 いきなり隼人がたか子の前に座った。

「隼人です。よろしくお願いします」

「あなたでしょう。スマホで私を盗撮しようとしたのは」

「しっ、そんな大きな声で。こういうことは小声で話しましょう。

 だいたい、こういう場所で、するような話題でもないでしょう」

「いいじゃない。今回だけは見逃してあげる。しかし、今度したら、盗撮犯で警察行きよ」

 隼人は、安堵したかのような表情で

「合点承知しやした。なーんて、ギャグを飛ばしてる場合じゃないですよね。

 俺、実はね、あの盗撮は悪党から脅されてやったことなんですよ。本当ですよ、信じて下さい。ホストの嘘なんて思われちゃ困りますよ」

 本当かな? しかし、まあ話だけでも聞いてみよう。

 隼人は、何かを思い切ったような吹っ切れたような表情で

「俺ね、実は姉が水商売というか、風俗をやってたんですよ。そのことを、世間で公けにされたくなかったら、俺の言いなりになれ。

 そうでなければ、お前は行き場もなく社会から抹殺される。一度だけでいいから、女性の下着を盗撮し、その盗撮写真を渡せ。そうしたら、姉の風俗業は内緒にしておいてやるし、一度きりの盗撮も見逃してやるなんて脅され、頭はパニック状態、身体はフリーズ状態にになり、悪党の言いなりになってしまったんだ」

 そういえば、人間脅されると心身共に動かなくなり、逃げ出そうにも逃げ出せず、蛇ににらまれたカエルのように、相手の言いなりになってしまうという話を聞いたことがある。

「まるで、アダルトビデオ強制出演にだまされ、利用された女性みたいね」

 隼人は続けた。

「しかし、相手があなた、いやたか子さんだったことが不幸中の幸いだったよ。

 結局、俺は盗撮に失敗し、悪党もあきらめたけどね」

 もし、相手がもっと気の弱い未成年だったら、盗撮に成功してたかもしれない。

 そうすれば、悪党の思うツボで、隼人は盗撮専門に利用、いや悪用されていたかもしれない。

「でも俺、盗撮に失敗したことで決心しました。姉は姉の人生、俺は俺の人生を歩むしかない。姉の風俗体験のことで脅されても応じないでおこう。

 それが原因で、俺をいじめたり、軽蔑し去っていく人がいたとしても、それはそのときのこと。こんなことで、悪魔に魂に売り渡すなんて、惨めな末路が待っているだけ。まあ、水商売は企業と違って、家族も過去も関係がなく、現在の売上だけで決まりますからね」

 たか子は納得した。

 まあ、神の子であるイエスキリストでも最後は、世話をした人に裏切られ、十字架に架けられたんだからね。人の評価は、これからの自分でつくっていくしかない。

「まことにまことにあなた方に告げます。イエスキリストを信じ、敬虔に生きる者は、誰でも皆、迫害されます」(聖書)

 

 

 

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