第8話 新人ホスト隼人はあずさの弟だった
この男はよほど金に苦労しているのか、単なるエッチなだけなのか?
しかし、見るからに整然とした顔立ちのイケメンである。人に言えない理由ーたとえば借金のカタに債権者から盗撮を半ば強要させられているーでもあるのだろうか。
黙って様子を見ることにした。
ゆりと名乗る中年の女性客が
「隼人君、可愛い。ねえ、私この子気に入っちゃった。指名替えしちゃおうかな。
私の隣に座ってよ」
隼人の先輩は慌てふためき
「なにを言ってるんですか。ゆりさんの担当はこの僕です。浮気なんて許しませんよ。おい、隼人、お前は席につくのは十年早い。トイレ掃除でもしてこい」
「いや、そういう意味じゃなくて、隼人って一年前に死んだ私の弟にそっくりなのよ。じゃ、指名替えの代わりに、隼人君は私専属のヘルプということにしてよ。
それなら、担当のあなたの顔をつぶさないですむでしょう」
ゆりの担当は、なかばホッとしたように
「もう、ゆりさんの頼みともなれば、断われないな。
隼人、テーブル越しに座ってもいいけど、間違っても隣には座るなよ。それと、俺に注文もなしに、オーダーもとるな」
「合点承知しやした」
隼人は、お笑い芸人のような、おどけた真似をして笑いを誘った。
たか子は、週に一度はホストクラブに通うが、隼人とはそれ以来、接触はなかった。
私のことを忘れるはずはない。なぜなら、新人ホストは、客が許す限り、担当のいない客のところにヘルプしていくのが、義務だからである。
しかし、ヘルプの給料は担当である売上から発生している。だから、あくまで客とはつかず離れずで担当とは、うまくしていかねばならない。
たか子の担当は、売上ナンバー1だから、余り席にはついてくれない。だから、新人の隼人がヘルプとして隣につくことになっている。
隼人は、私を盗撮したことを覚えていて、意識して私を避けてるにちがいない。
私がもし、隼人に盗撮の過去があるなんてことを暴露すると、隼人は店から責められ、最悪の場合、解雇されるかもしれない。
また、こういった悪評は、ホストクラブ同志の横のつながりですぐ伝わるのが常である。
新人ヘルプホストは、三か月を過ぎれば固定給はなくなり、自分で客を開拓しなければならないのだ。
水商売のホストは、店を借りて個人営業しているようなものだから、大金を落としてくれる太客さえつけば、新人でもナンバー1になることも可能なのだ。
「ターちゃん、やばいよ。今月のナンバー1隼人らしいよ。全くどんな裏技を使ったのかなあ。教えてほしいよ」
「まあ、努力しかないんじゃないの。例えば女性誌を五誌くらい読んだり、話題の本、報道番組は欠かさず見て、トレンディな意見を客に提供するなんて話は、クラブホステスでもしていることだよ。
ただ、女性のホステスの場合はあまり賢こぶる必要はないが、ホストの場合は、頭いい男、この男からいろいろ学びたい、この男の話についていきたいというインテリイメージを売るのも大切だよ」
「そりゃ、わかってるけどさ、俺たちの仕事って浴びるほど酒を飲むだろう。
酔っぱらった後、心身共にフラフラで勉強する気にもなれないよ。
まあ、なかにはかえって目が冴えて眠れないという人もいるけどね」
「だから、その眠れないのを、根性と気合いで勉強時間にあてるのよ。
でも、これは私の個人的意見だけど、いくら男前で話題が豊富で努力家でも、人間的に信用できる人でなきゃ、担当ホストは遠慮させてもらうわ」
「でもそういう人って、見抜くの大変じゃないの」
「人を見抜くためには、洞察力が必要。だから、いろんな人を見抜く人間観察のために、人の集まるホストクラブに来てるのよ」
「なるほど。ターちゃんにとって、ここは人間観察道場の場か。
まあ、女は男でダメになるというから、男を見る目を養う場としてはホストクラブは最適だな。女囚は全員が男性絡み、そのうち半数が既婚者だというからな。
男が原因で、人生に穴を開けないようにして下さいね」
たか子はうなづいたが、私はただ癒されたいだけですよ。
ホストクラブは、女性が男性に気を使う必要などなく、男性が女性の会話に合わせてくれる。
それとちょっぴり、担当君にときめくという疑似恋愛。
このときめきの炎がいつまで続くかはわからないけど、自らの手で消したくはない。ホスト君というのは、一年以内に突発的に辞める人が99%だというから、せいぜい通えるうちに通っておこう。
きっと、素敵な異性の思い出が残るはず。
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