第6話 元風俗嬢のあずさが設立した会社シーク
目の前にあずさは、元ナンバー1風俗嬢だったせいか、やはりどことなく上品で、十年前の忌まわしい過去をたか子に語った。
たか子にとって、あざさは別世界の人であることにはかわりがないが、あと一歩方向性が狂えば、たか子自身も目の前のあずさになってたかもしれないということだけは、確かだった。
たか子は、気になっていたことを聞くチャンスだと思った。
こんなチャンスは今しかない。自分にとっても、あずさにとっても、封印していた過去をほじくり返す必要がある。
「あずささんでしたね。私は車に引きずり込まれたあと、実際にレイプされたのでしょうか?」
あずさは深刻な顔になり、一瞬苦痛で表情を歪め、うつむいた。
「今だから言うわ。あなたは、レイプはされていなかったことは断言できる。
しかしね、下着を脱がされた状態だった。奴らはケータイの写メールで、あなたの顔と下半身を投稿雑誌に掲載するつもりだったらしいわ」
「奴らってどういう連中なんですか?」
「ケータイの犯罪サイトで知り合った連中よ。身元も割り出せないわ。
姉の不倫相手の妻が金にあかして犯罪サイトで、そういった連中を雇い入れたのよ。元はといえば、姉の不倫が、すべての不幸の発端ね。諸悪の根源とでもいうんでしょうかね」
随分、淡々とした物言いで、あずさはピンク色のライターを取り出した。
「私は不倫した姉というよりも、姉の不倫を憎んだわ。だって、そのせいで私は、犯罪サイトの連中からレイプされたんだから」
こんな衝撃的な事実を、まるで別世界を語るような口調で語るあずさを、たか子は不可思議な感情を抱き始めた。
あずさは、ピンク色のライターをさわりながら語り始めた。
「私が風俗嬢になったのも、レイプされたことが大きな原因ね。
風俗をやめた後も、私は自分の過去が暴露するのが怖かった。
外出するときもサングラスをかけ、客に源氏名で呼ばれたらどうしようかと怯えていたわ」
たか子はゆっくりとうなづいた。女性としてはわかる気がする。
急にあずさの表情は、明るさと活気を取り戻してきた。
「でも、隠すことに疲れたの。いくら覆いをかけても、いつかははがされるときが訪れるし、過去って隠せば隠すほど、自分がそれに縛られていく。
それより、過去をスタートラインとして、前向きに生きた方が賢いんじゃないかなと思うの」
そりゃ、理屈はそうだけど、でもそんなに割り切れるものなのだろうか。
ここまで割り切れるのは、よほどの勇気と過去を知られてもいいという覚悟が必要だったろう。
「名刺の裏に有限会社シークと印刷されてあったでしょう。
あれはね、性被害のカウセリングをする仕事なのよ。性被害者だけでなく、その家族も含めてケアしていきたいと思っているの」
強い人だな。私には真似できそうにもない。
そういえば、女性は傷を内面に隠蔽することができず、感情を吐き出し、それを表面化させることでしか、傷を癒すことができないという。
「あなたにどうしてもらいたいなんてことは、考えてないわ。
しかし、私はあなたにお礼を言いたかったの。あなたのお陰で、姉は不倫をやめたんだもの」
たか子は、むかつくものを感じた。
私はあずさの姉に、直接なにかをしたわけではない。
それに第一、そのお陰で車に連れ込まれ、レイプ一歩寸前だったではないか。
あずさは、ただ過去をきれいごとに変えたかっただけじゃないか。
過去を隠蔽するのが怖かったというだけの理由で、私に会いにきたんじゃないか。
少々頭がおかしいんではないか。ひょっとして、性病持ちで、その毒が頭に来ているのではないか。
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