第5話 あずさが語った十年前の真実

 勘定を済まし去っていくたか子を、あずさは引き止めた。

「実は、あなたにお会いしたのは、もうひとつ重大な過去の事実を語るためだったんですよ。今まで封印しておいたが、ようやく暴露するときが訪れました」

 重大な過去の事実ってどういうこと? 封印するほど秘密にすべきことなのだろうか? きょとんとした顔のたか子に、あずさは、ゆっくりと微笑みながら、足を組み始めた。まるでそれは、大きな傷を負ったあと、立ち上がろうと覚悟をきめたしたたかな女性の表情だった。

 たか子は、あずさの余裕のある表情に、なんだか射すくめられそうな気がした。


 あずさは極めて冷静な表情で語り始めた。

「失礼を承知で言うけど、あなた、十年前、私の姉に声をかけたあと、車に連れ込まれたでしょう。実はあれは、私があなたの腕をつかんだからなのよ」

 あずさは、急にうつむき、恐怖でおびえるような蒼い表情になった。

「思い出したくないことだけど、私は、車で道を聞いてきた男に、車に引きずり込まれ『乱暴されたくなかったら、少女を連れ込んで来い』と脅されてたの。

 それで、たまたま車の窓から目についたあなたの腕をつかんだの。でも、車に載せたのは、私に乱暴しようと脅した男だった」

 やっぱりあの忌まわしい事件と、関連性があったのだ。


 あずさは続けた。

「本当は、あなたは私にとっては、恐怖の対象だったし、いちばん会いたくない人だったの。だって、初対面とはいえ、封印し消し去ってしまいたい過去を共有した人だもの」

 言葉とは裏腹に、あずさの物言いは淡々としていた。なんだか、一切の感情を押し殺した血の通っていないロボットみたいな固まった表情だった。

「私は性犯罪の加害者でもあり、被害者でもある。しかし、たか子さんは被害者の立場でしかない」 

 被害者?ということは、私はあの車の中でレイプでもされたのだろうか!?

 そして、あずさは加害者ということは、レイプ犯とグルになっていたのだろうか。

「失礼を承知でお聞きしますが、あなたは、レイプ犯とグルになって被害者を脅して金品を巻き上げてたんですか?」

 あずさは、面食らったような困ったような表情を浮かべた。

「まさか、そこまで汚いことはしないわよ。そんなことするくらいなら、私がレイプされたことが明るみになるのを承知の上で、警察に通報するわよ」

 ひとつの罪が新たな罪を生み出し、それが積み重なって、様々な悪が算出される結果となる。それを食い止める手段を探さなければならない。

「私のこと、雑誌とかで見たことあるでしょう。そう、私はご存知の通り、有名風俗嬢だったのよ」

 えっ!? 私は風俗雑誌を手にしたことはないが、その割には地味な顔立ちの平凡な感じの女性である。

「私も最初は、風俗嬢だった過去をひた隠しに隠してた。

 昔の客に会うのが怖かった。源氏名で呼ばれたらどうしようと、外出もはばかられ、外出するときは、いつもサングラスをかけていたわ。

 でも隠すのがしんどくなったのよ。自分の傷を隠しておくと、そこから膿が出て、身体全身まで犯されていくわ。

 だから、今はもう、風俗嬢だった過去を公開することにしているの」

 たか子は、別世界のストーリーをただ淡々と聞いていた。

 いきなり、あずさはバックから一枚の写真を取り出し、机の上に置いた。

 見ると、蒼いキャミソールを着た派手な化粧のあずさが、ベッドで横たわっている。

「これ、私の風俗嬢時代の写真。きつい顔してるでしょう。

 風俗って辛い仕事なのよ」

 たか子は、わけのわからないまま軽くうなづいた。

 マスコミでは、風俗経営者が「女性を救う最後のセーフティネット」などとうたっているが、たか子にとっては疑問だった。

 風俗関係者のなかには、性病の毒が頭にまわったり、ドラッグ中毒になる人も多いというが、あずさはそのどちらにも当てはまらないことが、唯一の救いだった。

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