第4話 あずさからの驚くべき告白
私はなんとなく、昼間会ったロングコートの女性ーあずささんは、私の封印していた辛い心情を理解してくれそうな気がした。
この人なら、私の素顔を見せても大丈夫であるなんて、母親に似た感情を抱き始めていたのかもしれない。
早速、スマホであずささんから頂いた丸い名刺の電話番号にプッシュしてみた。
「もしもし、昼間、しゅうまい屋で名刺を頂いた者ですが」
「ああ、松井たか子さんね」
えっ、どうして私の名前を知っているんだろう。
スマホの向こうの声が、私を見張っている不思議な生き物のように思えてきた。
「やっと、会えたわね。あなたを探し続けていたのよ」
えっ、ひょっとして十年前、私が小学校六年のとき、うずくまっていたロングヘアの白いスーツの女性のこと!?
なんだか、怖くなって反射的に電話を切ろうとした。
「私はね、ずっとあなたにお礼を言いたかったの。私、あなたのお陰で一命をとりとめたんだもの」
「はあ?」
「十年前、私の姉はね、不倫相手の妻から脅され、痴漢のえせ被害者を演じさせられていたの。
それを救ってくれたのが、ほかならぬ当時小学校六年生だったあなただった」
いきなり十年前の記憶の映像が蘇ってきた。
「ひょっとしてロングヘアで、白いスーツを着ていた女性ですか?」
「えっ、よく覚えてるわね」
やっぱり、あの事件と関連があるのだ。
「一度だけだけど、痴漢のえせ被害は成功したわ。加害者にでっち上げられた男性から五十万円せしめたの。そうしたら、味をしめて不倫相手の妻は、姉にもっと金を稼いでこい。さもなければ、不倫を世間に公表してやると言って、姉を脅し続けたの。
不倫は家庭を壊す、最低のものだとは聞いていたが、恐喝やえせ痴漢に発展するとは想像もしていなかった。
罪は罪を呼ぶ。借金のように、雪だるま式に堕落している。
でも、私は性犯罪の被害者であるということを理由に、世間の渦に巻き込まれ、堕ちていきたくない。
私は、あずさと名乗る女性に会うことに決めた。
繁華街の少し外れた、路地裏にあるレトロな感じの小さな老舗喫茶。昭和の香りが漂っているようで、かえって落ち着く。
約束の時間より、少し早く行くと、あずさの姿が目に入った。
ミニスカートでもなければ、ロングコートでもなく、地味な紺のグレーのスーツを着ていた。すっぴんだろうか。化粧をおとせば、目の細い小さなつくりの平凡な顔立ちの女性である。
あずさの着ているスーツは、私の出身高校の制服に似た、リクルートスーツのような地味なデザインである。それとも、人目を避けるようにわざと、地味目にしているのであろうか。
「十年前、あなたは私の姉に声をかけたでしょう。あのとき姉は、エセ痴漢の被害者役に嫌気がさして、逃げ出しリストカットしていたの。
そんなとき、声をかけてくれたのがあなただった。いや、あなたじゃ失礼ですね。たか子さんだった。
たか子さんは、姉が昔から憧れている子役女優に似ているのが原因となり、気を取り直したんだって。姉は、あなたをケータイの画面に撮影し、それをずっと保管していたの」
たか子は驚いた。現在ならたいていスマホに代わっているが、十年も前のケータイ写真を未だに保管しているとは。
「へえ、そんな事実があったとは、初耳ですね。
それで今、お姉さんは、お元気にしてらっしゃるのですか?」
あずさは淡々とした調子で
「姉は、一か月前、心不全で亡くなりました。
まあ、小さい時からりんごのほっぺたと言われ、あまり心臓は丈夫な方ではなかったんですけどね」
たか子は驚き気味に会話をつないだ。
「へえ、そうだったのですか。私はまた、そんな事情があるとは夢にも存じ上げませんでした。お姉さまのご冥福をお祈りいたします。
それじゃ、私はこれで失礼させて頂きます」
代金を伝票の上に置こうとすると、あずさはそれを拒否した。
「いや、私から呼び出したのだから、ここは私が払います。
実は、あなたにお会いするのは、それだけが目的じゃないんですよ」 」
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