僕はヒーローになれない

@kawauso111

第1話僕はヒーローになれない

「さんた〜おはよう」


高校へ向かうため自転車に乗ろうとした俺に声を掛けてきたのは同じアパートに住む同級生の女の子だった。


「春香か、おはよう」


陰キャである俺にも分け隔てなく接してくれる稀有な子だ。もしかしたら俺のことが好きなのかもしれない。


「さんた、それはないよ」


心を読んでくるので普通に怖い。


「そんなことよりさ、さんたは朝のニュース見た?」


「ニュース?ああ、隕石が落ちるとかって、あの?」


「そうそう、このままだと3日後に日本のどこかに落ちるらしいよ」


「どうせヒーローがなんとかしてくれるだろ?」


この社会にはヒーローがいる。

ヒーローが犯罪や災害から守ってくれる。


「ちょっとさんたさぁ、言い方にトゲあるよ?昔はあんなにヒーローになるって言ってたのに……あっ」


言ったあとで気まずそうにする春香。

思ったことを素直に言葉にしてしまう隠し事の出来ない性格なのだ。


「もう気にしてねーよ。そんな子供の時の話しなんて」


俺はヒーローになるのが夢だった。本気でヒーローになることを夢見ていた。


「……ごめん」


「気にすんなって、マジで」


俺はヘコむ春香を励ます。

マジでコイツ俺のことが好きなんじゃ……。


「さんた、それはないよ」


あ、そうですか。


──────


授業中にふと思い出したヒーローを夢見た少年時代のこと。

俺の住む埼玉県神越市はヒーローのメッカだった。


その昔、未来視の能力を持つヒーローが10年以内に神越市に世界を救うヒーローが現れると予言した。


この予言をきっかけに神越にはヒーロー事務所、ヒーロー育成機関などが乱立した。

政府による支援が大きく最新鋭の施設がいくつも建設された。

今では予言は政府が大規模なヒーロー育成施設を置くための口実だったのではないかと邪推する者もいる。

予言をしたヒーローはもう引退し行方もしれないらしい。


そういう環境のおかげで神越のエリート校出身の有名ヒーローが社会で何人も活躍している。


そんな神越で育った俺はヒーローになることを夢見たのも当然のことだった。


そう当然のことだったのだ。


───────


学校から帰り一人暮らしのアパートの自室でテレビを観ていた。

日本に落ちるという隕石を破壊するために集められた錚々たる面々のヒーローたち。

現在、最強のヒーローと呼ばれているグロリアの姿が視界に入った。


「ヒーローに必要不可欠なものが一つだけあります。それは悪を恐れない正義の心です」


かつて聞いたグロリアの言葉が脳内に流れた。

その瞬間、テレビを消した。

最悪な気分だ。


最強のヒーローグロリアは俺の父だった男だ。

ヒーローの能力は子に受け継がれる。

グロリアの能力は電撃系だった。俺が10歳を迎えた時に能力が発現した。


しかし俺に発現した能力は電撃系ではなかった。

それを訝しんだグロリアは俺をDNA鑑定にかけた。

そこで発覚したのは俺がグロリアの子供ではなかったということだった。


当時の俺は理解が追いつかなかった。

父が家を出て行き、後を追うように母も居なくなった。

母の浮気で俺が出来たことがわかった、母曰くヒーローは遠征任務が多いから寂しかったそうだ。

相手も最悪だった、グロリアの仲間だった男だったらしい。

どんな制裁を受けたのか分からないが俺の本当の父親はヒーローを辞め姿をくらませたらしい。


10年育てた情からか、母が俺のことを捨てたからかはわからないがグロリアは俺が成人するまでは金銭的な援助をしてくれることになり俺は今のアパートに住むことになった。


幼かった俺は生まれ育った地を捨て新天地でやっていくことなど考えられなかった。


たまたま隣りのアパートに住んでいたのが春香の家族だった。

春香の両親は一人で暮らす俺を気にかけてくれた。

同級生である春香とも仲良くなれた。


俺は春香に理想のヒーローについて語った。

勉強も運動も喧嘩もすべてが平均になるよう真の実力を隠し、危機が迫った時にだけ真の力を発揮するヒーローが理想だと。


俺はそんな理想のヒーローになるため密かに道場へ通った。

そこで思い知った実力差、上には上がいることを思い知らされた。

更に俺がグロリアの息子だったことが発覚しイジメの対象となった。


俺がヒーローになる夢を諦めた理由の一つだった。


──────────


とある街の寂れたバーに数人の男たちがグラスを片手に会話をしていた。


「隕石はちゃんと引き寄せられてるみたいだな」


平和を守るヒーローに対し、能力を使う犯罪者をエビルと呼んでいた。

日本に落ちると予測されている隕石はエビルによるものだった。


「この隕石がオレたちC.Cによるものだって犯行声明を出さないとな」


そう言うとエビルのリーダーらしき男が高らかに笑った。

このエビルの集団はC.Cという組織だった。


────────


隕石落下予測日、前日。


隕石の落下地点が正確に予測された。

落下地点は大阪である。

それと同時にC.Cによる犯行声明が発表された。


「隕石を落とすことなんて可能なのか?」


「そういう能力を持つエビルならば可能かと……」


対策本部がエビルの犯行声明を受けて浮き足立つ。


「隕石が誰の仕業だろうと関係ありませんよ。我々ヒーローが隕石衝突を防ぐ。そしていつもの日常が訪れる。なんの問題もありません」


最強のヒーローグロリアの言葉に対策本部が冷静さを取り戻す。

これが最強のヒーローのカリスマ性である。


──────


隕石落下当日。落下時間は午前11時頃と予測されていた。


隕石落下地点とはほど遠い埼玉県神越に住むさんたはいつも通りアパートを出て駐輪場へ向かう。


「さんた〜おはよう」


春香から挨拶をされ、いつもと変わらぬ朝が始まる。

そういつもと変わらない朝が始まるとさんたは思っていた。


─────────


隕石落下が突如早まったという速報が流れた。

しかし大気圏で隕石がグロリアたちヒーローによって破壊されたことがその直後の速報で流れる。


こうして隕石による危機が去ったと思われた。


エビルの組織C.Cのリーダー格の男が神越にいた。


「ハハハ、愚民共!いつもと変わらない朝が来ると思ったろ?」


リーダーの言葉に仲間が答える。


「そういうコンセプトで隕石落とそうとするなら夜明けを狙うでしょ。今回の目的は神越に通学してる学生たちを殺すことって言ったでしょ」


神越の空には巨大な隕石が迫っていた。


「このままだとボクらも死ぬんじゃない?」


別の仲間が呟く。


「ハハハ、オレたちエビルが死を恐れてどうする?」


「いやエビルだけど死にたくはないでしょ」


「死なないさ、世界を救うヒーローが神越に現れるって予言があったろ?それが今日なんだよ」


「予言なんて信じてんのかよ」


「信じるさ、あの予言をしたヒーローはオレのお婆ちゃんだからな」


「お婆ちゃんってウソじゃん。隠居してたババアをやっと見つけ出してめっちゃ拷問して予言の日時を吐かせたんじゃん」


「やっぱりボクらのリーダーは頭おかしいね」


「そりゃリーダーの名前はCRAZY・CHILD、略してC.Cだからね。組織名まで同じなのは勘弁して欲しいけど」


「オレをそんなにdisるなよ。それに組織名はCRAZY・CHILDRENだろ」


「それが最悪なんだよ」


隕石は既に頭上へと迫っていた。


大阪に集結していたヒーローたちは埼玉の神越へ向かったところで最早落下に間に合わない。

何故神越へ落下する隕石に気付かなかったのか、それは隕石を引き寄せた能力を持つエビルとは別のエビルの能力。隠蔽によるものだった。


「あれ?メテオくん死んじゃってない?」


「まぁあの大きさの隕石を引き寄せる力を使えば死んでもおかしくないからな」


「礎だよ。ボクらの目的達成のためにメテオくんは犠牲になったんだ。ありがとう、メテオくん」


そう言うとエビルの一人がメテオと呼ばれる男の亡骸をビルから投げ捨てた。


このまま隕石が落ちれば国内から集められたヒーローを目指す優秀な学生やヒーローを育成する機関を破壊され将来的に大打撃となる。

C.Cは最悪な未来の訪れのためにこの計画を企てたのだった。


──────────


「ウソだろ……」


俺は緊急警報を聞きながら迫り来る隕石を呆然としながら眺めていた。


「さ、さんた!逃げなきゃ!」


春香の言葉は俺には届かない。

もうあと数分後にはあの隕石は落ちてくる。

間に合うはずがない。


「こ、こんな時にヒーローなら……マンガやアニメの主人公ならきっと自分の中の秘められた力が発現するはずなんだよ」


俺は死を目前にして春香の前で本音を漏らしていた。


「俺さ、グロリアの……お父さんの子供じゃないってわかってさ、めっちゃショックだった。親も離婚するしさ、お母さんも居なくなったし……でも神越から引っ越さなかったんだ。それは神越に世界を救うヒーローが現れるって予言があったからなんだよ!」


俺は春香に吐き出すように語った。


「そのヒーローが俺ならまたお父さんやお母さんと暮らせるんじゃないかって、そう思って……くそ!目覚めろよ!今あの隕石を壊せるような能力に目覚めてくれよ!」


本心をぶちまけたことで涙が止まらなくなった。


「さんた……」


「うわあああああああああああ!俺は、俺はヒーローになれない!」


いつの間にか俺は地面に伏していた。立ち上がる気力すら湧かない。

言葉のすべてを吐き出して少し落ち着いた俺に春香が声を掛けた。

それは励ましの言葉などではなく衝撃の言葉だった。


「さんた……あのね……秘密にしてたんだけど世界を救うヒーローって私なんだよ」


春香?何を言ってるんだ?

俺は理解が追いつかない。


「さんたが昔言ってたじゃん。何もかも平均で本当の実力を隠してて危機が迫った時にその真の力を発揮するのがさんたの目指してたヒーローでしょ?」


アパートに引っ越した時、まだヒーローの夢を見ていた時に春香に話した俺のヒーローの理想像。


「さんたの目指したヒーローを私は目指してたんだよ!」


春香の姿が変わっていく。

能力が完全に覚醒した証、それが変身だ。


春香は真っ白な騎士のような姿に変わっていた。

右手には白の槍を持っている。


「神越は私が守るよ!さんたは死なせない!」


やっぱり春香は俺のことを好……。


「いやそれはないよ、さんた」


あっ、そうですか。


春香は空へと向かって飛翔した。

次の瞬間、神越の空に浮かぶ雲がすべて消し飛んだ。


それと同時に隕石が破壊された。


そして空からゆっくりと春香が降りて来た。


「少し力を使いすぎたみたい……どう?カッコイイヒーローだったでしょ?」


立っていられないほど疲弊した春香を俺は支えた。


「春香……すげぇよ……本当のヒーローじゃん……」


俺の憧れたヒーロー。世界を救うヒーロー。

予言のヒーローは俺じゃなかった……でも春香に対して悔しさも嫉妬もなかった。


予言のヒーローが春香で良かった。

そう思ったらまた涙が出た。


「オイオイ、マジで隕石破壊しやがったぞ」


俺たちを取り囲んだ男たち。

エビルだ、とそう直感した。


「その女の子が予言のヒーローかな、今ここでしっかりと殺しておかないとな」


エビルから向けられる殺意。

俺は恐怖で足が竦んだ。


「ハハハ、男がそんなにビビるなよ。お前は見逃してやるから安心していいよ。女から離れてろ」


俺は震えが止まらなかった。


「離れねーの?じゃあ、とりあえず死ね」


男がそう言うと手のひらから光弾が放たれた。

俺は死を直感した。


「爆風のせいで死んだかどうかわからないな」


「武器かなんかで刺し殺せば良かったのにアホでしょ」


「あれ?もしかして生きてない?」


俺は咄嗟に能力を発動させていた。

小学生の頃に必死に訓練していたおかげだ。

中学、高校になってからも頻度は減ったが訓練は続けていた。


「え?変身してんじゃん、お前も能力使えんの?……てかその姿なに?くっ……ハハハハハハハハハ!」


俺の変身した姿にエビルたちは一斉に笑いだした。

俺の能力はタートルシールドという防御系の能力だった。

変身した姿も亀であり、その姿をエビルたちは笑ったのだった。


「さんたも変身出来たんだね……でもアイツら私のことが狙いみたいだから早く逃げて」


隕石を破壊した疲労からか春香の呼吸が荒い。いい匂いがするぜ。コーヒー飲んできたなと思った。


「う、うるせぇ……お前くらい守ってやるよ……」


「……さんた、めちゃくちゃ震えてるじゃん」


「む、武者震いだ!」


俺達の会話を無視するようにエビルたちは攻撃をしてくる。

タートルシールドというバリアが攻撃を弾く。


「は?あのバリアどうなってんの?くっそ硬いな」


「あんなビビってるクソガキのバリアをぶち抜けないとか有り得ないでしょ」


エビルたちも違和感に気付いたらしい。

能力の強度は精神力によって増減する。

かつてグロリアの語った言葉、ヒーローは悪を恐れない正義の心がなければなれないというのは精神力の強さを意味している。


俺がヒーローになれないと思ったのは自分の能力の特性に起因している。


「は、春香、安心しろよ……俺の能力はビビればビビるほど強度が増すんだよ……アイツらが怖くて怖くて仕方ねーんだ……だ、だから大丈夫だ」


「ぷっ……アハハハハ、さんたそんな能力だったんだね。ビックリしたよ」


「超だせぇ能力だろ?攻撃も出来ないしこの能力が分かって絶望したよ」


「ダサくないよ、私をちゃんと守ってくれてるじゃん。ありがとう、さんた」


あれ?もしかして春香、俺に惚れ……。


「うん、好きだよ、さんた。てゆーかずっと好きだった」


「え?」


マジかよ!


「ほら。私って力を隠してただけで実はめちゃくちゃ強いじゃん?だから強い男の人に何の魅力も感じてなかったんだ。さんたくらい弱くて守り甲斐があるダメ男が好きなんだと思う」


「誰がダメ男だ」


俺達は顔を見合わせて笑った。


「オイ!ガキどもイチャついてんじゃねーぞ!もうちまちま攻撃するのはやめだ!この辺一帯を吹き飛ばしてやる」


リーダー格の男の右手に強大なエネルギーが集まっていく。

あれは本当にヤバいかもしれない。


「大丈夫……ビビってるから守りきれるはず、怖くて漏らしそうだもん」


「いや流石に漏らさないでよ」


「ああ、わかってる!漏らしたらごめん!」


「わかってないじゃん!私に漏らした時の覚悟をさせるな!」


強大な光弾が放たれた。

守れるはず、守りきれるはずだ。


俺の覚悟とは反対に光弾は上空へと弾かれた。


目の前には大きな背中があった。

俺はこの背中を知っている。


「オイオイ!大阪からもう神越まで来たのかよ……グロリアぁ!」


「C.C……貴様がこんな手の込んだ計画を立てていたとはな」


「顔が怖ーよ、グロリア。まぁ今回はゲームオーバーだな。みんな、逃げるぞ」


リーダーの男が叫ぶ。


「逃がすわけがないだろう!」


グロリアの動きは目で追えなかった。

雷のような速度。

俺が気付いた時にはリーダー格の男が地面に打ち付けられた。


「痛てぇ……奥歯が折れたぞ、こりゃあ授業料だな」


そう言うとリーダー格の男の姿が徐々に薄くなっていく。


「じゃあな、グロリア。あと予言のヒーロー、これからよろしくな!」


そう言って消えたリーダー格の男。

最後に俺のことを凄まじい剣幕で睨んできて正直少し漏らした。

危機が去って俺の変身が解けた。

凄まじい脱力感。気を張っていたせいで能力の発動時間がとっくに限界を迎えていたらしい。

限界を迎えていた俺に最後の攻撃を防げていたかは疑わしかった。

本当に助かった。


「さ、さんた……なのか?」


ああ、変身が解けたから気付かれたか。

すげぇ気まずい。


「はは、まぁ、うん、……さんた」


春香の視線を感じる。さすがの春香も黙って見守ってくれているようだ。


「お前がその子を守ったのか」


「……一応、守ることしか出来なかったけど」


久しぶりに会う父だった男にどう接すればいいのかわからない。

それはグロリアも同じなのだろう。

沈黙が続く。


「……お前も立派なヒーローになったんだな」


それだけ言うとあとから駆け付けたヒーローたちに俺達の保護を任せ去って行った。

気のせいかもしれないけどグロリアは少しだけ笑っていたように感じた。


グロリア……お父さんから認められた気がした。

俺の目から涙が一筋流れた。


「良かったじゃん!お父さんと話せてさ」


「ああ……良かった……あと春香」


「ん?なに?」


俺はこの時気が大きくなっていた、と後の俺が語っている。


「俺のこと好きなんだよな。俺、今日めっちゃ頑張ったからご褒美にキスして欲しい!好きだ!春香!」


「調子にのんな!」


エビルからの攻撃は無傷で済んだが、俺は春香に殴られて全治2週間の大怪我を負った。

春香、マジでめちゃくちゃ強いわ……さすが予言のヒーロー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕はヒーローになれない @kawauso111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ