第5話


士爵とは騎士に与えられる称号。

父親の爵位は実子であろうと継げない。

父親が亡くなれば爵位は国に返され、残された妻子には何も与えられない。

この国の一代貴族は騎士が与えられる士爵と、そのほかの功績により与えられる準男爵。

その一代貴族はいわば名誉爵位。

爵位を国に返しても慰労金は支払われない。

ただし下級貴族である子爵や男爵と婚姻が可能のため、本当の貴族になりたい子息令嬢が目の色を変えて次期当主を奪い合う。


そんな中で伯爵家の御曹司を掴まえて妊娠までした士爵令嬢。

そんな彼らは垂涎の的だった。

しかし、ここに不穏な動きが……


「え? どういういうことですか⁉︎」

「何がだ?」

「娘は伯爵家の跡取りを」

「当伯爵家の次期当主は長子クレイズ。その次の跡取りはクレイズの七歳になる長子。それはすでに貴族院に提出済みだ」

「ですが、ソフィー殿は『伯爵家の御曹司』で」

「何か誤解されているようだな。御曹司とは次期当主以外で親の脛をかじって独立していない者の総称だ」


士爵夫妻は声も出ない。

「娘が次期侯爵家当主に選ばれた伯爵家の御曹司を射止めた」と周囲にそう自慢していたのだ。


しかし、蓋を開けたら思い描いていた内容ことと違う。

娘は婚約者のいる男との不貞を働いていた。

すでに年齢を理由に騎士を引退していた士爵家当主。


教室で大々的におこなった婚約破棄騒動。

相手は次期侯爵当主の上、父は国軍の総大将。

後見人に宰相である公爵。

そして次期侯爵家当主となる令嬢の第一子を次期当主にすることは国王陛下に認可されている。

……相手が悪すぎた。

現国王陛下の従兄弟を二人も敵に回せばタダでは済まされない。

それもマリーナは下手を打った。

腹の子を公爵家の跡取りにして自分が公爵夫人に収まろうとした。


そのため通常の慰謝料とはケタ外れな慰謝料を両家に支払うのに、士爵となるときに与えられた大切な剣をも手放した。

無理をしてでも慰謝料を一括で支払ったのは、それもこれも『娘が侯爵夫人になれる』と思いこんでいたからだ。

侯爵家が手に入るなら、伯爵家の縁戚になれるなら、外戚に加われるのなら。

今まで見下してきた連中を……見下せる立場に立てるなら。

目指すは上位貴族の仲間入り!

それが彼らのここ数日の行動指針だった。


「ソフィーは無爵位だ。それでも婚姻すれば侯爵家に入婿となりとして良い生活ができたものを。何を好き好んで平民に身を落としたのやら」

「平民……我が家は士爵です」

「それは当主、あなたが生きている間のみ。名誉爵位なので退位しても慰労金はでない。そのことはご存知のはず」

「そんな、では……我が家は……」


言わずもがな、平民の立場だ。

それも借金はないが金もなく職もない。

残されたものは士爵になって借りた賃貸物件。

その家賃が支払われておらず、すでに契約が解除され家に残っていた愚かな二人組が追い出されたことをまだ知らない。


「あ、そうそう。そなたらはがすんでおらぬそうだな。本来士爵を返上する際に王にお返しする『士爵のつるぎ』まで売却されていたと騒ぎになっておる。王の期待を裏切り国を捨てられる意思がある、つまり国家反逆罪の意思ありと」


その伯爵の言葉に、士爵は慌てていとまを告げて妻と出ていく。

そんな士爵夫妻の背中に伯爵は言葉を発した。


「すでに騎士を辞めて爵位を持たぬ身が簡単に王城にはいられると思わないでくれ。士爵は王よりお預かりした剣を生涯お守りするために与えられる爵位。剣を手放した以上、爵位も手離したんだよ」


本来なら退去する際は相手からの言葉を受け取ってから下がるもの。

もし伯爵の言葉を聞いていたら、この先の運命も大きく変わっただろう。

しかし伯爵の言葉は、部屋に残っていた執事や護衛たちしか届かなかった。

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