第陸章 神子の旅の真相

 新しく仲間になった紅葉の言葉の意味を知るために彼が会ってもらいたいという人物がいる山へと向かう。


そこはかつて瑠璃王国の都があった場所の近くであり、旧時代の遺跡群が今もいたるところに残っている場所である。


「この光王山こうおうざんの天辺にあいつがいるはずだ。何しろ俺がそこで待っててくれって頼んだからな」


「それで、紅葉様が会って欲しいという方は一体どんな方なのですか?」


紅葉が山の麓へと着た時にそう声をかけた。その言葉に神子はずっと疑問に思っていたことを尋ねる。


「俺のことは紅葉でいいぜ。紅葉様なんてよそよそしくて親しみを感じない。俺達は今旅をする仲間なんだからさ。敬ったり崇められたりする存在とは違うんだからよ」


「は、はい。分かりました」


彼女の言葉を聞いた途端溜息交じりにそう話してきた彼へと神子は慌てて謝った。


「ま、これからは気を付けてくれよな。さーてと。そんじゃ張り切って山登りしようか。あ、この山は結構登るのがきついからな、俺の加護の力を付与すっからちょっと待ってろ」


「加護の力を付与されると何かが変わるのですか?」


彼女への話はこれで終わりだとばかりに笑顔になりそう宣言する紅葉へと文彦が尋ねる。


「山神の加護を受けた者は山にいる間は身を守ってもらえる。だから歩き疲れたりとか怪我をしたりする心配はない。信乃や神子さんそれに文彦じゃこの峻厳な山を登るのはつらいだろうし、途中で怪我でもされるとあいつが機嫌悪くなるからよ」


「はぁ……成る程」


彼は説明を受けたがいまいちよく理解できていない様子の顔をして頷く。


そうして加護の力のおかげなのか道中一度も荒魂などと出くわすこともなく、足が疲れることもなく、怪我をする者もおらず順調に山を登り気が付いたら頂上までたどり着いていた。


「おーい。蒼待たせたな」


「……お前がいない間。こっちはとても大変だったんだぞ」


山頂にある大きな大木の上へと向けて大声をあげる紅葉に答えるように、不機嫌そうな少年の姿をした人物が上から降りてくる。よく見るとその背中には黒い羽が生えていた。


「まあ、そういうなよ。信乃を無事に育て上げることが俺の役目だったんだからよ」


「……まあいい。信乃、大きくなったんだな」


彼の言葉に少年が信乃の名前を出されて仕方ないといった感じになると笑顔で彼女へと声をかける。


「え、あの……どこかでお会いしたことありましたか?」


「覚えていないのも無理はない。お前が赤ん坊の時に会ったきりだからな」


自分へと声をかけられるとは思っていなかった信乃が慌てて尋ねると少年が微笑み答えた。


「そ、そうなのですか。あの……す、すみません」


「謝ることはない。それより、紅葉達がいない間この国に起ったことを説明しよう。お前達がいなくなった後もあいつが放った破魔矢の信託を受けた神子達が旅立って行ったが結局今まで通り誰1人として無事に帰ってきた者はいなかった」


「やっぱりか」


その言葉に申し訳なさそうに謝る彼女へと答えてから紅葉へと視線を戻した彼がそう話す。それに彼がやはりといった感じで頷く。


「ちょっと待て。今まで信託を受けた神子が無事に帰ってこなかったってどういうことだ?」


「それを説明する前にお前達が知らなくてはならない事がある。お前達の旅の目的である悪しき存在と言うのは聖女伝説を生みだした瑠璃王国の姫が破魔矢に封印した邪神の事だ」


亜人が怪訝に思い尋ねる。それに答えるように少年が淡々とした口調で語り出した。


「だが、邪神は二度と復活しないようにと厳重に封印されたんじゃなかったのか」


「100年前に起こった震災により祠が破壊され奴は目を覚ましてしまった。それから目覚めた邪神はかつて自分を封印した瑠璃王国の姫の血をひく者へと復讐のため次々と殺していったのだ」


「そんな……」


伸介の言葉に彼がそう説明するとその事実を知った神子が悲しそうな顔で呟く。


「瑠璃王国の王はこのままでは皆殺しになると思い、重臣の1人に国を譲った。そして江渡の時代が始まったのだ。王や王妃は命を落としたが当時赤ん坊だった王子を江渡の殿様がかくまい信頼する貴族の者の養子にしたのだ。また生き残った者達も邪神の目をかいくぐり日ノ本中へと散り散りにしてかくまった。そうすることで1点に集中させられないようにしたのだ」


「それが本当だとしたら、この信託が行われるようになったのは邪神を封印するためってこと」


少年の話を聞いていた弥三郎が首をかしげて尋ねる。


「それは違う。この破魔矢はかつて瑠璃王国の姫が邪神を射貫いた時の物。つまりこの破魔矢の信託は邪神がいけにえとなる娘を選ぶため放ったものだ」


「なんだって?!」


それに首を振って違うと答えると事実を説明した。その言葉に伸介が驚いて目を見開く。


「邪神はかつて瑠璃王国の姫に射貫かれた時に力を失ってしまった。だから依り代となる仮の体が必要だった。邪神が元の力を取り戻すまでの仮の器。それが神子なんだ。今まで信託を受けた神子や同行した者が誰1人として無事に戻ってこなかったのは神子が邪神のいけにえであり、同行した者は皆奴に殺されてしまったからだ」


「成る程……真実を知れば民は動揺する。それじゃあ都合が悪いから当時の国の連中は神子は神に選ばれ女神となってこの地を見守っているのだって後付けして綺麗な話だけを広めたってわけか。……どうりで父上がこの話を濁したがるわけだ」


話しを聞いて納得した様子で喜一が独り言を呟き考え深げな顔で黙る。


「待て、その話が本当なら。こいつも次のいけにえに選ばれたって事か」


「信託を受けたのだからそういうことになるだろうな。このまま何も知らずに邪神の下へ行けば今までの神子同様いけにえにされかれなかったな」


伸介が険しい目でそう尋ねると少年は肯定して頷いた。


「……今ならまだまにあうんだろ。ならこんな旅もう止めちまえ。そうすればお前がいけにえにされることも死ぬこともない」


「え?」


彼の話を聞いて伸介が神子へとそう言い聞かせるかのように話す。なぜいきなりそうなるのかといった感じで彼女は驚いた。


「何処にいたとしても邪神からは逃れられない。神子が生き続けている限り奴は神子を探して世界中へとその触手を伸ばすだろう。つまり旅を止めたところで邪神が生きている限り狙われ続けるという事だ」


「それならどうすればよろしいのですか」


彼の気持ちはわかるがそれでは意味がないといった感じに少年が説明すると文彦が困った顔で答えを求める。


「何のためにこの話を私達にしたのかよく考えてごらんなさいよ。つまり私達が邪神を封印するのではなくて本当にこの世から消し去ってしまえばいいって言いたいんでしょ」


「その通り。邪神がいる限りこのまま世界は邪神の影におびえながらあり続けなくてはならない。だからこそ今回の旅で邪神を本当に消し去ってしまえば世界は本当の意味での平和となる」


そこに今まで黙って話を聞いていたレインが口を開くと紅葉がそうだといった感じで頷き話す。


「だが、今までも失敗してきたと言うのに私達だけで本当に成功するのか?」


「ああ。今までは失敗したかもしれないが、今回はもしかしたら成功するかもしれないだろ。なんせ信託を受けし神子の側には白銀の聖女と光の女神がいるしな。後は腕輪を受け継ぎし者さえ現れてくれれば鬼に金棒みたいに怖いものはなくなるぜ」


隼人が成功するとは限らないだろうといった顔で彼に尋ねると紅葉がそれに答えるように語りにやりと笑った。


「腕輪を受け継ぎし者とはあの伝説の聖女の血をひくものが本当に存在しているのですか」


「ああ、いるぜ。そいつからこっちに来てくれれば手っ取り早いんだが、今はどこで何をしてるのかなんか分かんねえからな。ま、運命が引き合わせてくれるのを待つしかないだろう」


文彦が伝説上の人物が実在していたことにも驚いたがその血をひくものが存在していることに更に驚愕して尋ねる。


紅葉が何を当たり前な事をといった感じで答えるとそう続けて出会えることを願った。


「それで、おれもこれからは共に行く。紅葉だけ信乃の側にいるなんてずるいからな。おれも信乃のことを守りたい」


「えっと、それはつまりあなたも仲間になってくださるということですか?」


話しに区切りがついたところで少年が口を開くと神子がまさかといった感じで聞く。


「ああ、そうだ。……自己紹介が遅れたな。おれは蒼。この山を守るカラス天狗だ。神子、これからよろしく」


「は、はい。こちらこそよろしくお願い致します」


蒼と名乗ったカラス天狗がふわりと笑うと彼女はそれに慌てて答え頭を下げた。


「邪神は迷いの森の奥地にいる。だが、まずはそこを目指す前に王都にいる「星読み」の一族に会いに行こう。やつは今お城に仕える陰陽師として都にいるらしい」


「あ、多分それ俺の知り合いだ。神子さん達に会ってもらいたいっていったやつ覚えてるか? そいつも星読みの一族なんだよ。だから蒼が言っている奴と同一人物かなって思って」


蒼の言葉に喜一が声をあげた事で全員の視線を受けることになる。それを受けながら彼が笑って説明した。


こうして新たな仲間を加えた神子一行の旅は続く。邪神の居場所を教えてもらえたことにより彼女等の目的地は明らかとなったが、その前に王都にいるという「星読み」の一族に会いに行くこととなった。

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