第伍章 光の女神と白銀の聖女

 それから数日が立ち。神子達は弥三郎がどうしても寄りたいという町までやって来る。


「ぼく達はここで。神子様この町はいろんなお店があるからきっと楽しめると思うから、ゆっくり見て回っていてね」


「はい」


大通りまで差しかかると足を止め弥三郎がそう言ってきたので彼女はそれに返事をした。


「気をつけろよ」


「武運を祈る」


伸介が言うと隼人も真顔でそう告げる。


「無茶はしないでくださいね」


「なんかあったらいつでも頼れよ」


心配そうな顔で文彦が話すと喜一もそう言って見送る。


(皆さんどうしたんだろう?)


まるでこれから戦にでも行く人を見送るかのように皆が口々に言った言葉に神子は不思議に思うも、声に出して聞くのも尋ねづらい雰囲気だったので黙ってやり取りを見守った。


「有難う」


「……それでは弥三郎様まいりましょう」


「うん。神子様また後でね」


笑顔で答える彼へと亜人がそっと声をかける。それに返事をすると神子へと手を振り立ち去っていった。


「さて、そんじゃ神子さん。俺達はのんびり町を見物しようぜ」


「何処か行きたい所はありますか? 神子様の行きたい場所について参ります」


2人が見えなくなるまで見送っていたら喜一が笑顔でそう声をかけてくる。文彦も行きたい所はないかと尋ねてきた。


「この町は織物が盛んな町だと聞いております。せっかくですので織物屋を見てはどうだ」


「織物屋以外にもかんざしやくしを売っている店もあるらしい。お前も女なんだからそういう店に興味あるだろ」


「私には綺麗な着物もくしもかんざしも似合わないと思いますけど、大きな町ではみんなお洒落をするものなのですか?」


隼人が説明すると伸介がそう提案する。それに困った顔で神子は尋ねるように言った。


「神子さんはちょっと前までただの村娘だったんだっけ。そりゃ村にいたら縁遠いかもしれないけど、せっかく世界を旅してまわってるんだ。ちょっとくらいそういう店に寄り道しても神様も怒ったりなんかしないと思うぜ。それに神子さんは俺が今まであった中で一番きれいな女性だって思う。だから自分に自信持ちなって」


「き、綺麗な女性だなんて……この国には私なんかより綺麗な人が沢山いるのにそんなこと言ったら世の女性の方達に大変に失礼ですよ」


にこりと笑って喜一が言うと、告げられた言葉に驚いて慌てて世の女性に対して失礼だと話す。


「俺もおまえは高飛車な貴族の女なんかと比べたらもっと美人だと思うぜ」


「あ、それは僕も同意見です。神子様はとてもお綺麗ですよ」


「私もそれには頷けるな。神子様も綺麗な着物を着て髪を結ってかんざしを挿して歩いてみるといい。そうすればそこら辺にいる男共が振り返ると思うぞ」


「も、もう。皆さんそろってからかうのは止めて下さい」


伸介が言うとにこりと微笑み文彦も同意する。隼人までもが笑顔でそう言ってきてとうとう神子はからかわれているんだと思い抗議の声をあげた。


「別にからかってなどおりません。私は事実を申し上げたまでだ」


「僕もです」


隼人が心外だといった感じで説明すると文彦も大きく頷き同意する。


「お前が思っている以上にお前は綺麗なんだってみんな思ってるんだから認めろよ」


「まあ、まあ。初々しくてかわいいじゃないの。神子さんも鏡で自分の顔を見れば納得するんだろうけどな~」


伸介もにこりと笑い言うと喜一が神子が自分の顔を見れないことが残念だといった感じに話す。


「もう。いいかげんに――――」


「神子様御一行み~つけた」


「「「「「!?」」」」」


流石に怒って口を開いた時誰かの声が聞こえてきて皆驚いてそちらへと振り返る。


「いや~。こんなに早く出会えるとは思ってなかったからラッキーだな」


「……」


声がした方を見ると裾の方が金色になっている焦げ茶色の髪の男がニヒルに笑いながらこちらを見ており、その背後に隠れるようにして銀色の髪の少女が立っていた。


「誰だ」


「俺は紅葉。こっちは俺の可愛い娘の信乃だ」


警戒して身構えながら隼人が言うと男は微動だにせずに、にやりと笑い名乗ると背後にいる少女を見て説明する。


「娘さんですか」


「似てねえ親子だな」


神子が娘と紹介された少女を見て言うと伸介が警戒して低い声になりながらそう尋ねた。


「血は繋がってないからな。俺は信乃の育ての親であり翠宝山すいほうざんの主だ」


「翠宝山の主とはどういう事ですか」


紅葉の言葉に不思議そうに文彦が問いかける。


「鈍いな~。普通翠宝山の主って聞けば大抵の人間は気付くだろ……俺は翠宝山に住む天狗だ」


「「「「「天狗様!?」」」」」


「そうだったんだ」


溜息を吐き出しやれやれといった感じで首を振るとそう答える彼へと神子達は驚く。なぜか信乃も一緒になって目を丸くして呟きを零していた。


「って、あんたは知らなかったのかよ」


「は、はい……紅葉はこちらの世界の事も自分の素性も何も説明してくれなかったの、で」


それを聞き逃さなかった伸介が呆れて尋ねると彼女は怯えた様子でもじもじしながら小声で答える。


「ちょっと待って。こちらの世界ってどういう意味だい?」


「詳しい話は場所を移してからでいいかな。とても大事な話になるからさ」


「は、はい」


喜一が引っ掛かりを覚えて尋ねると紅葉が真顔になりそう説明する。神子が返事をしたことで彼に促されるがまま歩きある建物の中へと入っていった。


「まず俺は翠宝山のお山を守る天狗だってことはさっき話した通りだ。俺は15年前ある男に頼まれて当時赤ん坊だった信乃を預かった。そして時が来るまでは安全な場所で育て上げる必要があった為、時空を超えてここではない別の世界で信乃を育てたんだ」


「別の世界?」


建物の2階へと上がるといずまいを正した紅葉がそう語り始める。その言葉に神子が不思議そうに首を傾げた。


「あんた達も昔語りで聞いたことあるだろ。聖女伝説を生んだ瑠璃王国の姫がここではない別の世界で育ちこの国へと戻ってきた事。そして腕輪を持ちし者が時空を超えてこの世界へとやってきて瑠璃王国の姫と共に邪神を破魔矢へと封じ込めた事」


「その話はとても有名だからな。子どもの頃から耳にたこができるほど聞かされた覚えがあるぜ」


彼の言葉に喜一がうんざりするほど聞いたといった顔で答える。


「信乃もまた瑠璃王国の姫同様に別の世界で育ち、時が来た為こちらに戻ってきた。……信乃。お前には話してなかったことがまだある。実はお前は瑠璃王国のアオイの血をひく末裔なんだ」


「「えっ」」


「はぁ?!」


紅葉が説明すると数拍黙り信乃の顔を見てそう話した。その言葉に神子と彼女は驚き同時に声をあげ。伸介も心底驚いた顔で信乃を見やった。


「なんと……」


「まじかよ」


「瑠璃王国の……末裔だと」


文彦も驚き言葉を呟くと喜一が盛大に驚いてまじまじと彼女の顔を見る。隼人も瑠璃王国の末裔の者が目の前にいる事実に理解が追いつかず驚く。


「神子さんが信託を受けたって蒼いから聞いてこっちの世界へと戻ってきたのさ。お前達が倒さなければならない存在を倒すのには白銀の聖女である信乃の力が必要不可欠だからな」


「白銀の聖女って?」


紅葉の言葉に神子が不思議に思い信乃へと尋ねる。


「ご、ごめんなさい……わ、私もよく分からないのですが。紅葉が言うには私には人を癒す力や守る力があるのだと。その力が神子様のお役に立つんだって言われました」


「神子様の治癒術の様なものでしょうか」


その視線を受けた彼女が共同不審な態度で目線を宙へと彷徨わせながらか細い声で説明した。話を聞いた文彦がそう問いかける。


「もっと強烈な奴だ。神子の治癒術は傷を塞ぐ程度だが、信乃の場合は傷そのものをなかったかのように再生し、体力も元通りに回復させる。さらに守りの力ってのは荒魂や悪鬼、魔物などを遠ざけたり、回避したり結界を張ることで攻撃を防げることができる」


「そんな力が私に本当にあるとは思えないのだけれど……でも紅葉が私に嘘をついたことなんて一度もないから、だから私は紅葉の言葉を信じて、この世界にきたんです。皆さんを守ることが私に課せられた使命だって紅葉が言うから……」


それに紅葉が首を振って違うといって説明した。それを聞いていた信乃が困ったような顔になり話すも彼のことを信用しきっているといった様子でそう言い切る。


「お前達。神子の旅についてどの程度知ってるんだ?」


「神子は悪しき存在をこの破魔矢で射貫き封じる事。それが出来たら神子は神の下へと行き女神になりこの世界を守るのだと聞きました」


彼の問いかけに神子は自分が聞いた通りのことを口に出して答えた。


「なるほど……まあ。世間ではそう言われてるとは聞いていたが。まさか本当に伝書がねじ曲げられて伝えられてるとはな……」


「どういうことだよ」


それに何事か考え深げな顔で呟く紅葉へと怪訝に思い伸介が尋ねる。


「……お前達に会わせたい奴がいる。そいつの所に行けば俺がさっき言った言葉の意味が分かるさ。ってことでこれからよろしくな。神子殿御一行様」


「よく分かりませんが。天狗様と瑠璃王国の末裔の方がご一緒についてきてくださるなんてとても心強いです。よろしくお願い致します」


それには答えずにそう話すとこれから共に旅に同行するからよろしくといった感じで笑う。そんな彼へと神子も山の神である天狗様や瑠璃王国の末裔の人が一緒についてきてくれるなんてとても心強いと感じて笑顔で了承する。


こうして白銀の聖女と山の神である紅葉が仲間入りを果たした一行は宿屋を借りてそこで一晩過ごすと、翌日戻ってきた弥三郎と亜人とも合流して旅を再開した。


町を出て山道を進んでいると前方から旅人だと思わしき女性が歩いてくる。


「ん。ちょっと待ちな」


「な、何でしょうか?」


すれ違う時に女性が立ち止まりまじまじと神子と信乃の姿を観察してきて、その居心地の悪さに聖女が怖々といった感じに尋ねた。


「あんたが今信託を受けて旅をしているっていう神子さんで、あんたは瑠璃王国の末裔の人なんじゃないの」


「!?」


女性の言葉に信乃は驚いて目を瞬く。


「ははっ。流石、目利きの良さは相変わらずのようだな。帝国の末裔の光の女神ちゃん」


「あんたこそよく私が帝国の末裔の者だって分かったわね。その通り。私はかつて瑠璃王国の姫と共に邪神と戦った帝国の王子、アレクシルの血をひく末裔のレインよ。私のことはレイって呼んで頂戴」


大きな声で笑う紅葉へと皆が視線を向けると彼がそう言ってにやりと笑う。それに女性もにこりと笑い答えるように名乗った。


「帝国の末裔!?」


「瑠璃王国の末裔の次は帝国の末裔かよ」


神子が驚いて目を白黒させる横で伸介がありえねえって感じで呆気にとられる。


「生きているうちに偉人の末裔の方達両方にお会いできるとは……僕達はとても恵まれているのでしょうか」


「こんな偶然あるものなのかな。ねえ、亜人ぼく夢を見てるわけじゃないよね」


文彦も驚きすぎて頭が混乱している様子で呟くと、弥三郎が自分の頬っぺたをつねりながら亜人に尋ねた。


「弥三郎様これは現実ですので、ご自身の頬っぺたをそんなに引っ張ってはなりません。引っ張るなら隣にいる遊び人の頬っぺたでも引っ張ってくださいませ」


「何でだよ! お前の頬っぺたを引っぱればいいだろうが」


その行為に慌てて亜人が止めるとそう言って聞かせる。彼の言葉に喜一が抗議の声をあげた。


「……とりあえず落ち着いたらどうだ。神子様も動揺しすぎて口が空きっぱなしだぞ」


「は、はひ……」


驚きすぎて逆に冷静になってしまった隼人がそう言って皆を諫めると、神子へとそっと声をかける。その言葉で現実に引き戻された彼女は恥ずかしさで頬を赤らめながら慌てて口をつぐんだ。


「で、あんた達今悪しき存在を倒すための旅をしてるんでしょ。うん、よし決めた。私も一緒についていくよ。瑠璃王国の末裔であるあんたと帝国の末裔である私がここでこうして出会ったのにも何らかの意味があるんだと思うしね。だから私も神子様の旅に同行するよ。こう見えても私剣の腕には自信があるんだよ。光の女神の異名は伊達じゃないって事。戦いなら私に任せて、あんたと神子さんくらいなら楽に守れるからさ」


「おお、さすがはアレクシルの血をひいてるだけはあって言うことがちがうな。頼もしい限りだぜ。な、神子さん」


「へ。そ、そうですね。えっとレイさんよろしくお願いします」


にやりと笑いレインがそう言って仲間入りを宣言すると紅葉が含みのある笑いをして神子へと同意を求める。それに彼女は驚いたものの頷き答えた。


信託を受けし神子と白銀の聖女と光の女神。彼女等が出会った事によりこの旅は古から続く邪悪な存在との因果により新たな運命の幕開けとなるのであった。

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