第5話:しかしまわりこまれてしまった

「脱走者に罰を! 」


「脱走者に罰を! 」


 名もなき旅人が振り向くと同時にシュプレヒコールのように兵隊たちの声が洞窟内に響く。しかし明るい声に反して兵隊たちの顔はまるで微動だにしない。


「静粛に」


 厳格な声に兵隊たちは中央に道を開けると同時に歓喜の声が段々小さくなっていく。しばらくすると中央の道から長い金髪の男がこちらに歩いてくるのが見えた。その男はマントを羽織っており、コーシャスの偉い人だと推測できる。


「アンリ・アルベルト。ようやく貴様を見つけたぞ。観念しろ! 」


「は、はい……ごめんなさい……」


 睨みつける金髪の男にアンリは青ざめた顔のまま頭を下げ続けている。だがその態度が金髪の男の怒りに油を注いだようだ。


「貴様っ!脱走したのにその態度とはというのがないのか! 」


 金髪の男は突然アンリの腹に蹴りを入れた。彼女は抵抗出来ずそのまま崩れ落ちていく。

 名もなき旅人は恐怖で立ち竦む。久々に足元から戦慄せんりつが這い上がってくるような感覚に襲われていた。

 忘れていた。目の前にいる兵隊たちは血も涙もないやつだったことを。名もなき旅人は腹を抱えているアンリに駆け寄ろうとした時、金髪の男が声を張り上げた。


「こいつを捕らえろ! 」


「仰せのままに! 」


 兵隊たちは声を上げるとすぐさまアンリを拘束をし始める。


「嫌! 離して! 」


 アンリは抵抗しながら兵隊たちを振り払おうとする。しかし数秒後には動けないほどに両腕を拘束されてしまった。


「ふん、まだ時間もある事だしファーブロス管理学校パブリックにぶち込んでおくか」


 金髪の男は鼻で笑うと今度は名もなき旅人の方に視線を向ける。


「さてと、次は貴様だ」


 金髪の男はニヤリと笑うと顔を近づけてきた。整った顔に透き通るような紫色の瞳が視界に入る。吐息が鼻にかかり思わず顔を背けそうになるが、男は力づくで正面を向かせてくる。


「貴様、何者だ」


「俺はただの旅人だ。名乗るほどの名前もない」


 名もなき旅人は彼の名前を呟く。するとハッとしたように男は自ら遠ざかると笑い始めた。


「旅人? くくっ、こんなガキが旅人か! 」


 あまりにも不愉快な笑い方に名もなき旅人は内心むっとした。今にでも顔をぶん殴りたくなるが拳を作りながら必死に堪える。あまり暴力に訴えたくなかったのだ。


「シャルル隊長、ガキで悪かったな」


「失礼、何故オレの名前を知っているのか? 」


 内心ギクリとするような指摘に冷や汗が流れる。口を滑らせた数秒前の自分が嫌になりそうだが過ぎたことは仕方がなかった。


「シャルル隊長は常勝無敗の軍隊を率いる隊長として各国で有名になっているからな。知っていて当然だ」


 本当は彼の名前など聞いたことは無い。しかし相手をおだてるために嘘をつく。名も無き旅人の良心がチクリと傷んだが今はそんな余裕はなかった。何か口でも滑らせたら大変なことになってしまう。


「そうか。ならばここに来るということは何を意味するか分かるよな? 」


 数年前にコーシャスに迷い込んでしまった人達が捕まり、次々と首をはねたという噂話を聞いたことがある。真偽のほどは定かではないが血も涙もないコーシャスの人々ならばやりかねないだろう。

 名もなき旅人は渋々頷く。噂とは言え死を半ば覚悟していた。


「選択肢をやろう。明日の儀式に参加するかここで死ぬか選べ」


 シャルル隊長は満足げにニヤリと笑う。まさか選択肢があるとは思わなかった。恐らく名も無き旅人を子供だと勘違いしたからだろう。

 名もなき旅人は青雲の肆フォース・ファイトに参加するしか手段はなかった。1度運良く青雲の肆フォース・ファイトを突破した。だからこそ再び参加しても突破出来るかもしれない。根拠や確証は全くないがそうだと思う確固たる自信はあった。

 少なくとも生き残る確率がゼロか5分の1ならば誰でも5分の1の方を選ぶはずという考えは元からなかった。


「儀式に参加します」


 名もなき旅人は唾を飲み込んで言った。


「そうか。こいつもファーブロス管理学校パブリックにぶち込んでおく。こいつも捕縛しろ! 」


「隊長の仰せのままに」


 名もなき旅人の周りにぞろぞろと兵隊たちが近づいてくる。ここで抵抗することも出来たがあえて無抵抗になっておく。するとあっという間に両腕を拘束されてしまった。シャルル隊長は名もなき旅人を一瞥いちべつすると部下たちの方を向く。


「行くぞ。鐘が鳴るまでにはマグナバリーには着かないといけないからな」


 その声は冷酷な隊長らしく低く抑揚に欠けていた。



 ゴーン……ゴーン……ゴーン…………

霧雨が降る中でも時計塔の鐘は鳴り続けている。しかし最初に聞いた時よりも大きく鮮明に聞こえた。


 名もなき旅人は横にいるアンリに目を移す。彼女はうつむいたまま前を見ようとはしない。軍隊の手によって1度逃げ出したはずの場所へ連れ戻されたことに絶望しているのだろう。


 しかし名もなき旅人にとっては大きな賭けになるが千載一遇のチャンスだった。青雲の肆フォース・ファイトは総統もお目にかかるはずだ。こうなってしまえば名もなき旅人は祈ることしか出来なかった。自身とアンリが青雲の肆フォース・ファイトで生き残れることを。


 しばらくは蒸気機関車による移動だった。しかしマグナバリーに着くや否や下ろされて街の中を無言のまま歩き続けた。時折通りかかる人々がちらりと見ることはあっても殆どは無関心のままこちらを通り過ぎていく。

 しばらく歩いていると建物が段々と増えていき、遠くから時計塔が見える。その右横には城のような建物が見えたがそれが何かを判別する前に左へ曲がり見えなくなってしまった。

 更に歩いていくと建物がぽつりぽつりと少なくなっていき、ほぼ見かけなくなったところで全員の足が止まった。名もなき旅人は目の前を建物を見る。そこには収容所のような禍々まがまがしさを漂わせた建物が鎮座していた。


 管理学校パブリックはコーシャスの各地域に建てられている。その中でも首都のマグナバリーにあるファーブロス管理学校パブリックは屈指と言われていた。名も無き旅人とアンリは兵隊たちに連れられてファーブロス管理学校パブリックに足を踏み入れていく。


 そこには一風変わった孤児院のような景色が広がっている。そして目の前に緑色の軍服を着た女性が立っていた。


「ようこそ、ファーブロス管理学校パブリックへ」


「あぁ。至急管理学校パブリックの長を呼んできてくれ」


 シャルル隊長は無表情のまま女性に言い放つ。すると女性は軽く礼をした後にスタスタと走り去っていく。

 かなりの間待たされただろうか。シャルル隊長が欠伸をしかけた時、遠くからこちらに向かってくる男が見えた。その男はシャルル隊長に気づいたのか道化師のような笑みを浮かべると口を開いた。


「やぁ、シャルル。待たせて悪かったね」

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