文化財保護法施行記念日 前編


 ~ 八月二十九日(日)

 文化財保護法施行記念日 ~

 ※山紫水明さんしすいめい

  自然の景色が美しい様




 例えばテーマパークであるとか。

 例えばアトラクションであるとか。


 非現実を得ることの楽しさは。

 誰しも共通の認識なんだと思う。


 そう言った意味で。

 この町は。


 俺たちを、総出で異世界へと導いていた。



「こういうの……、市で保存してるの?」


 秋乃が言う。

 『こういうの』。


 行政機関という括りで保護するという側面も、確かにあるだろうけど。


 でも。

 俺の答えは違う。


「こういうのは、町のみんなで守ってるんだと思う」


 そこまで口にしておきながら。

 間違いに気付いたけど。


 素直に感心しているこいつの気持ちを。

 惑わせる必要もなかろうと。


 俺は、正解を口にすることをやめた。



 『こういうの』は。

 町のみんなで守っているのではない。


 それは、『こういうの』が生まれてから。

 今まで積み重ねた歴史を見れば自ずとわかる。


 去年までの姿に対して。

 今年はその上に。

 もう一つ、重ねた年輪。


 つまり、『こういうの』は。

 町のみんなで。



 ずっと造り続けているんだ。



 ……たまに。



 『こういう』失敗を繰り返しながら。



「うがあああああ!!!」

「ひやあああああ!!!」



 ぼふん! ぼふん! ぼふん!



 エアバズーカから打ち出されたピンクの発泡ボールを食らったトラが。

 何事も無かったかのように、元いた茂みへ戻っていく。


 すると秋乃は。

 今まで出会った三匹の猛獣すべてを見事に屠った秋乃は。


 ベニヤの壁にもたれて、全身で息をしつつ。


 猛獣を撃退する都度、必ず口にしていたセリフを。

 俺に向かって呟いた。


「弾切れ……」

「宵越しの金を持たないタイプ」


 二人で十発ずつの弾を貰ってゲームはスタートしたはずなのに。

 それが、あっという間に残り二発。

 

 叫び声と共に最初のカバに全弾撃ち尽くし。


 半分分けてあげた五発は。

 二匹目のジャッカルで使いきり。


 そしてさっきのトラにも。

 三発全てを浴びせやがったこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 ひゃあひゃあ言いながらも。

 楽しんでくれているようには見える。


 が。

 

「……全部で十匹の猛獣ってルール、覚えてる?」

「つ、次はどこから出てくるの……?」

「いや、既にもう二発しか無いのでゲームオーバーは確定なのですが」

「そんなことない…。勝負は、下駄を履くまで分からない……」

「はい、下駄」

「ひやあ!」


 ぼふん!


 他のお客さんを追って通りかかったサーバルへ。

 身体全体で、来ないでアピール。


 手渡した弾を慌てて銃にこめ、悲鳴をあげながらしりもちつきながら。

 短めのスカートからパンツを覗かれそうなかっこで放った弾丸は、サーバルの遥か頭上へ消えていったんだが。


「……あれ? プレイヤーの肩にタッチしてゲームオーバーにするのでは?」

「いや……。何と言うか、その……」


 サーバルの顔が書かれたヘルメットをかぶったスタッフが。

 ゲーム進行を無視して、おろおろし始めた。


 そして、自分の目とは遠く離れたサーバルの目を両手で隠しながら。

 秋乃の、捲れたスカートの方へヘルメットごと顔を向け。


「彼女の白い弾丸は! 間違いなく俺の胸を打ち抜いた!」


 ぼふん!


 俺は、最後の獲物をしとめると。

 苦笑いを浮かべた女性スタッフへ声をかけて、リタイアを宣言した。



 ――機材ばかりか、スタッフまでレンタルできるタイプの。

 屋外体験型アトラクション。


 子供だましのゲームかと思って挑んでみれば。

 さすがのプロ仕様。


 スタート地点で語られる熱いストーリー。

 演出用の音楽に、鳥や獣の鳴き声が響く。


 おあつらえ向きの、アップダウンに富んだフィールドに。

 ところどころ設置されたベニヤ壁。


 そこから飛び出す猛獣は。

 見事に擬人化したと言えるレベルの扮装で。


 軽快にフィールドを走り回って。

 プレイヤーたちを翻弄するのだ。


 だが。

 そんな猛獣たちを手なずける王が存在する。


「いつまで手を出しとるんだお前は」

「弾……」

「ねえよ。あればあるだけ全部使いやがって」

「い、今襲われたら大変……!」


 導入の物語から先。

 子供のように暗示にかかって、びくびくおどおどしっぱなし。


「コスパ最強」

「お、襲われたら守ってほしい……」

「それは大丈夫。獣はもう襲ってこない」

「な、なんで……?」

「なぜなら、このスタッフのお姉さん、実は最強のアマゾネス」

「なら安心」


 ぼふん!


 俺は。

 背中に弾を食らって見事に仕留められることになった。



 そんなところへ意気揚々。

 クリアー景品のお菓子を抱えて帰って来たのは。


 昨日出会ったお二人さん。


「いやあ! 面白かったね!」

「僕には、ただの短距離走でしたよ……」

「にゃはは! 全部あたしが倒しちゃったからね!」

「いえ、何度も言うようですが。最後の一匹は、僕の弾の方が先に当たっていましたよ?」


 そして可愛らしいケンカを始めたかと思うと。

 彼女さんが、膨れた顔を自分でパシャリ。


 昨日から。

 変な瞬間ばっかり自撮りしてるな。


「でも面白いことは確かなんだけどさ……」


 そこまで口にした、メガネの彼女さんが。

 ゲームスタッフが近くにいる事に気付いた彼氏さんに、肘で突かれて口をつぐむ。


 秋乃はともかく。

 他の三人の共通認識という事が分かったそれは。


 このアトラクションが。

 折角の、祭りの雰囲気を壊していないかなという危惧。


 きっと、若者のアイデアに。

 年寄りが難色を示すといったいざこざもあったんだろう。


 でも、結果だけ見て欲しい。


 今、こうして。

 一人の笑顔を生み出したのは。

 イベントを開催しようと言い出した、その人の功績だ。


「あはははははは! 四匹に二十発全部使っちゃったの!? うける!」

「こ、怖くて無理だった……」

「あちゃあ。じゃあ、無理に誘っちゃったかな? ごめんね?」

「ううん? めちゃくちゃ面白かった……」

「え? 怖かったんでしょ?」

「泣きそうだった……」

「面白かったの?」

「面白かった……」


 秋乃の返事に首をひねるメガネの彼女さん。

 きっとあなたは、ホラーがなぜ売れるのか理解できないクチだろう。


 秋乃は、なんでも楽しむことができるやつであり。

 そのなんでもの中には、加減にもよるが、怖いという感情も含まれる。


 でも、俺としては。

 せめてこの旅行中は。


 嬉しいことだけ。

 幸せなことだけ。

 美しいものだけ見て過ごして欲しい。


 そう感じている。


「へえ? 怖いもの見たさ的な? 嫌なもの見ても楽しいタイプ?」

「そうでもない……。朝、廊下で白目向いて寝てる立哉君見た時は幻滅した……」

「なにそれ?」


 美しいものだけ見て過ごして欲しい。

 そう、感じて、いる。



 ――午前中。

 女子二人はホテル内のエステに行って。


 ご機嫌になると共に、何となく打ち解けた雰囲気になった。


 秋乃は、肌がもちもちになったと喜んで。

 彼女さんは、大人っぽくワンホンヘアにしてもらって。


「こんなきれいな姿はレアだわ……」


 そんなことをつぶやきつつ。

 カメラで自分の姿を撮っていた。


 でも、正直な所。

 元気って文字に目鼻をつけたような彼女さんがリッチなヘアスタイルを選択したのは。

 ちょっと違和感。


 アトラクションで走り回って。

 団扇でおでこ全開になるほどの風を自分に浴びせるその姿。


 ポニテにでもすればよかったのに。


「立哉君だっけ? こんなに怖がらせて、彼氏失格よ?」

「彼氏じゃないのと、九発も弾をあげたから合格だと思ってる」

「そうだ……。弾を……」

「手を出すな。もう出せるのは尻子玉ぐらいしかねえ」


 厳密に言えば、もう二つぐらいなくはないが。

 お下品なので言えるはずも無……。


「他にもあるじゃん! キモガモガッ!?」


 のんびりスローモーな彼氏さんでも。

 必要な時には高速で動くようだ。


 そして、今までのパターンじゃ。

 このみっともない姿を自撮りするんだろうと思っていたが。


 メガネの彼女さんは。

 携帯を構えずに、するりと変わり身の術。


「はっ!? メガネだけだと!?」

「ふっふっふ! あたしの本体は、何を隠そうそのメガネ!」

「なら、僕はちゃんと確保していることになるのですが……」

「さあて! もたもたしてると時間がもったいないわよ? ちょっとお姉さん! 他にもアトラクションとか無いんですか?」


 そして、本体も持たずに地元のお姉さんらしき人を捕まえて。

 情報収集に余念なし。


「なんだか、生き急いでるな」

「あはは……。愛さんは、みんなと同じ時間で倍の刺激を受けることができるんです」

「なるほど。そういう考え方もアリか」

「はい。……僕は、そんな彼女だから惹かれたんです」

「うはははははははははははは!!!」


 彼氏さんが、彼女さんを見つめる瞳は優しくて。


 だからこそ。

 ここまで面白い。


「な、なんたる天然……っ!!!」

「え? ……ああ、違うよ!?」


 そう言うと、今まで見つめ続けていた本体を振りながら。

 彼氏さんは慌てて弁明を始めた。



 ……そんな姿を。

 なぜか、秋乃は無表情に。


 何も言わずに見つめ続けていた。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「愛さんは、技師の卵なのですよ」

「技師。……秋乃にも似合いそう」

「え? 意外なのですね……」


 天気の話や出身の話が終わると。

 次に当たり障りが無いのは、身の上話。


「こら! 真面目に描きなさいよ!」

「描いてますよ……」

「そうだそうだ」


 夏のやまあいの景色は眩しく輝いて。

 数十色もの緑色を揺らして奥深い感動を見る者に与えてくれる。


 でも。

 そんな奥深さなんか描けるはずも無いから。


「まあ、おしゃべりは百歩譲って許すとして。これだけの風景を前に、少年はそんなモチーフでほんとにいいのかな?」

「そんなとはなんだ失礼な」

「ああ、そうだね! ごめんね?」

「い、いえ……」


 別に怒った様子もなく。

 むしろ、謝られたことに恐縮するこいつを眺め続けて三十分。


 スケッチブックに、我ながら上手く描けた気がするのでここで終了。


 大きく伸びをしながらあくびをすると。


「う、動いたらダメ……」

「そうだった」


 何枚も何枚も。

 失敗しては描き直し。


 もう十ページを超えるくらいページをめくり続けていた秋乃は。


「描けた……」


 たった一枚しか描けなかった俺と。

 大して変わらぬ早さで筆を置く。


 そして。


「見せて……?」

「やはりそう来たか」


 写生コンテストなるイベントに参加することになった時から考えていた通り。

 秋乃の行動を予測することなど造作もない。


 お互いの顔を描く、なんてことになったら。

 こんな絵になるのが道理。


 さあ、不器用にひきつった苦笑いを浮かべる自分の顔を見て。

 無様に笑いやがれ!!!


「うはははははははははははは!!!」

「か、勝った……」


 なんたるカウンタースペル。

 俺のスケッチブックの上に重ねられた秋乃のスケッチブックには。


 秋乃よりも不細工な苦笑いを浮かべた俺の顔。


「まるで、すげえ苦しいウソついてる人の顔!」

「再現度九十九パー」

「まじでこんなか?」

「まじでこんな」


 これほどウソで固められた笑顔、そうそう見ねえぞ。

 秋乃のことを仮面仮面言うけど。

 俺も大概だな。



 ぱしゃ



 そんなところに聞こえたシャッター音。

 二人揃って、メガネのお姉さんの方へ振り向くと。


 また自撮りしているんだが。


「……ひとりでしか写らないのな」


 二人は、どちらかというと、べたべたとくっ付いているし。

 仲に至っては疑う余地もないほどいい感じ。


 それなのに。


「どういう意味があるんだろ?」


 俺は、自問に似た言葉と共に、秋乃へ振り返ると。


「そんな立哉君は、ある日おじいさんとおばあさんへ言いました」

「は?」


 ぺらり


「これから鬼を退治してきましょう」

「うはははははははははははは!!!」


 スケッチブックのページをめくると。

 おじいさんとおばあさんを前に、剣を掲げる俺の姿。


「あはははは! なにそれ!? 紙芝居?」

「あはは……。秋乃さんは、面白い方ですね」


 そう。

 こいつはいつもそう。


 俺の面白ネタを軽々超えて。

 周りに笑顔を振り撒くんだ。


「……随分書いてたようだが、もちろん続きがあるんだよな?」

「初期装備はこんな感じ……」


 そして次のページには。

 やたら精巧に描かれた、ファンタジーゲーム系の甲冑姿。


 一瞬感心したものの。


「ちょっと待て! それ、鬼がそこそこ雑魚キャラとして登場する類のヤツ!」

「正解です。始まりの村周辺で、鬼ばかりを退治しているゆるゲーマー」

「冒頭の大胆な宣言をよそに、毎晩実家で寝てるぞ、それ」

「宿代をけちるプレイスタイル」


 二人を腹から笑わせながら。

 秋乃による紙芝居はサクサクと進む。


「……ほんとに何枚も何枚も、小鬼ゴブリンを退治してるぞ、俺」


 逆に斬新。

 しかも、ページを追うごとに装備がリッチになっていくんだが。


「そろそろ敵キャラが可哀そう。なんだその禍々しい剣と鎧」

「既に最強装備」

「始まりの村で売ってるわけあるか、そんな伝説っぽい武器」


 そしてさらにページをめくると。

 これ以上は勘弁しろとばかりに二人が笑いだす超展開。


「…………なぜロボ出て来た」

「ある日、勇者が鬼の親玉を退治するために犬型巨大ロボに乗ってキジ型オプションパーツでひとっとび」

「サルが気になる」

「それを聞いて、鬼がいなくなってはライフワークである鬼退治が出来なくなると思った立哉君は」

「急に悪役になった!?」

「お供にサルを連れて勇者の前に立ち塞がる」

「サルだけ普通かよ……。まあ、こっちについてくれただけ良しとするか」

「ちなみにギャラはみたらし団子」

「きび団子にしろよせめて」


 秋乃はここで一息入れて。

 お茶を一口飲んだ後。


 俺たちにグミを寄こしてきたから。

 各自が十円ずつ秋乃の手に握らせた。


「生身で戦うの? あれと?」

「でも、最強装備なのであるいは……」

「こほん。勇者の果敢な攻撃も、立哉君にはまるで効かず」

「つええな俺」

「笑止とばかりにデモン・スレイヤーを振りかぶった立哉君」

「デモン・スレイヤーすげえ細かく描いてあるのな。感心するわ」

「だが、ここぞとばかり。味方のふりをして機会をうかがっていたサルに、背中から

みたらし団子の串で心臓をぶすり」

「待て待て待て!」

「あわれ、勇者の前に横たわる立哉君なのでした」

「フラグに気付かん俺のバカ! サルの時点で気づけよ!」


 つい夢中になってツッコミを入れながら。

 二人の、無邪気な大笑いを心地よく感じながら。

 秋乃の髪芝居を堪能していると。


 急にこいつは。

 スケッチブックを俺に手渡してきた。


「なんだ?」

「最期のセリフ……」

「俺に読めって? えっと……、俺を倒したところで、第二第三の俺が立ち塞がるだろう。覚えておけ。俺は四天王の中では最弱。一足先に、あの世で待ってるぞ」

「そして、そのセリフを口にした時の立哉君の顔」


 ぺらり


「うはははははははははははは!!! 最初に見た不細工な苦笑い顔!!!」


 ウソにしか聞こえねえよ絶対いねえぞ四天王!

 負け惜しみも甚だしいわ!


「あははははは!! 面白い! 採用!」

「何にだよ」


 お兄さんも大笑いしてるけど。

 メガネのお姉さん、笑いながらも心から感心してるみたい。


「おお……。なんだか、昔の情熱がふつふつと。久しぶりに物語でも書いてみようかしら!」

「こんなの書けるんだ。すげえな」

「それを言ったら、あなたの彼女さんの方が凄いわよ?」


 彼女じゃねえが。

 秋乃を褒められて、なんだか鼻が高い。


 妙に嬉しくなった俺が。

 照れくさくなって、返事もできずにいると。


 急に真剣な。

 どこか憂いのある表情になったメガネのお姉さんが。


 緑の山々を見つめながら。

 ぽつりとつぶやいた。


「……うん。このあとどうしようって思ってたからちょうどいいわ。情熱をぶつけるものを思い出させてくれてありがとう」



 どういう意味なのか。

 俺は、まるで分からずに秋乃の方へ視線を向けると。


 こいつも、お姉さんと同じように。


 何も言わずに、山をじっと見つめていた。




 夏のやまあいの景色は眩しく輝いて。

 数十色もの緑色を揺らして奥深い感動を俺たちに与えてくれる。


 でも。

 そんな奥深さがもたらす感動は。


 ひょっとしたら。


 悲しさの類なのかもしれない。




 後半へ続く!

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