第3作 ストーカー
私がアイドルとして活動を始め、8年が経つ。最近は人気に火が付き始め、TVの出演も決まっている。特に若年層からの支持は強く。熱狂的なファンも少なくなかった。
活動当初から支えてくれたマネージャーは私の事を「100人に1人の逸材だ!」、といつも褒めてくれた。親のように親身になってくれて、同時に私も慕っていた。顔もどこかお父さんをイメージさせるような、無骨ながらも人情に溢れる、おじさんだったのも親しみやすかった要因だろう。
そんなマネージャーの行方が先週、急に分からなくなったという。そういった連絡が数日前の夜、私のもとに入った。
いきなりだが、今日は新しいマネージャとの顔合わせの日。前のマネージャーとは打って変わって若く働き盛りの好青年、といった印象を抱いた。
「初めまして、前任者の
本下さんは深々と頭を下げ大きな声で挨拶をした。そして、手渡された名刺を受け取り、私も挨拶を返す。
正直なところ、内山さんに比べて少し不安な印象を抱いた。だが、TV出演などの活動を通して、この人と二人三脚で頑張ろう、と前向きに思考をシフトする。
「それにしても、内山さんはどこに行ってしまったのか。社内では高跳びしたとかって話でね。あの人、結構、遊んでたみたいだから」
元下さんが言う、その話に少し不快感を覚える。内山さんがギャンブルが好きなのは知っていたし、夜には複数の女性のもとへ出向いているのも知っていたが、今から頑張っていこう、という時に高跳びをするような人ではない。内山さんは、ダメな方の大人ではあったが、仕事に対する情熱だけは本物だったのだ
「そういえば、マネージャーを担当するにあたって、これだけは注意してくれ、みたいなものはありますか?」
場の空気を変えようと明るく振舞う本下さん。その言葉を聞いて思い出すように、私は身を震わせた。
「......夜な夜な誰かに付けられているんです」
「ストーカーってやつですか」
夜遅くの帰り道、誰かに付けられて不安な日々を繰り返していた。
「はい、この二週間はなぜかピタリと止んで大丈夫なんですが、きっとそのうちまた付けられると思います。そう考えると怖くて」
「分かります。警察には?」
「連絡しました。でも、証拠が無いからって後回しにされて」
そのままズルズルと時間だけが経つ。なにも事件が起きていないからいいものの、何かあってでは遅すぎる。毎日、不安にかられる私の身にもなって欲しい。
この対応には前のマネージャーである内山さんも一緒になって怒ってくれて、ストーカー被害に関してはかなり頼りになっていた。私が事務所を出る前に近辺の調査をしてくれたり、他のマネージャーさん達にも積極的に犯人逮捕の強力を募ってくれていた。でも犯人は捕まることは無かった。
「分かりました。僕からも警察に相談しておきます」
そういって本下さんは胸を張った。
初めは若いこともあって少し不安だったが、意外と頼りになるのかもしれない。
このあと一時間程、仕事の話をしたが、本下さんは人当たりがよく接しやすい人だった。
「今日はこの辺にしておきましょう」
本下さんが話を切り上げ、顔合わせは終了する。この後の私の予定はダンスのレッスンが入っていて、本下さんとはここで別れることとなる。またライブやイベントの日程が決まったら連絡をくれると言っていた。
「あ、外雨降ってますよ。傘持ってましたっけ?」
本下さんの目線を追って、窓の外を見てみると青かった空は雲で覆い隠され、大粒の雨が窓越しでも分かる音の勢いで振り出していた。
「よかったら僕の車出しますよ。ストーカー被害も怖いですしね」
「あ、でも私、折り畳み傘持ってます。ダンス教室も歩いて五分くらいですし、このくらいなら大丈夫ですよ」
別館のビルの中にあるダンス教室までは一本道で、歩いて五分に満たない。それに外は暗いが時間はけして遅くはないので、ストーカー被害も大丈夫だろう。
こんなことで、自分の担当のマネージャーに甘えているようでは、この先私はやっていけない。そう思い私は本下さんの提案を断った。
「じゃあ、また仕事のスケジュールが決まったら連絡しますね」
「はい、ありがとうございました」
深々とお辞儀をして、本下さんのいる部屋を後にした。
外に出て傘をさす。1分くらい歩いたところで私はイヤな違和感を背後に感じた。
この感じ、知っている。雨の音がノイズとなって聞き取りにくいが私の少し後ろにもう一つ足音がある。
無差別に歩いているのではなく、明らかに私を付けていて、それは私の歩みに同調するかのような足音から分かった。後を追う事によって無意識に歩調が合わさっているのだ。
ストーカーだ。ここ二週間は後を付けられていなかったのに、なんで昼間のこんな時間に、そんな疑問が頭の中を渦巻いた。
周りに人だって歩いている。ストーカーは夜の人気のない道を選ぶんじゃないのか、疑問は段々膨れ上がる。
奇妙な恐怖に支配されそうになっていると、足音は急に大きくなった。
私は急に恐ろしくなり、歩みを速めた。すると、後ろの足音は水たまりを跳ねる音に変わり、私の肩に重い重心が掛けられた。
肩に触れられた手に驚いて後ろを振り返ると、大きなコートに身を包む明らかに怪しい男が至近距離に立っている。反射的に大きく息を吸い、恐怖の悲鳴が音を立てようとした、その時、男の大きな、しわくちゃな手が私の口を覆い隠す。
「勘違いしないでください」
そういうと男は私の口を開放することなく、ポケットから何かを取り出して見せた。
「警察ですよ」
警察手帳だ。
男は周りにいた人たちにも警察手帳を見せるように掲げた。
私の口が解放される。
「警察が何で私に?」
当然の疑問を口にすると私服警官はこう連ねた。「実は、ある殺人事件について聞きたいことがある」、と。
殺人事件? 全く身に覚えがない私は更に疑問を重ねていく。
「殺されたのはアナタのマネージャーをしていた内山という男です。昨日、山の中で死体が発見されました」
「え⁉」
心からの驚きが声になって飛び出した。
「警察は今、犯人の目星を付けかねている状態なんですが、なにか心当たりは? 例えば被害者に恨みを持つ人物とか」
「心当たり、と言われても.........内山さんは大層な遊び人だったので、恨みも人一倍買ってたかもしてませんし、私を積極的に売り出すために、結構頑張ったって聞いていたから、その線で恨まれてる可能性もあるかもしれないです」
良い意味でも悪い意味でも破天荒な内山さんを恨んでいる人物など私には把握できなかった。だが、一つ言えるのは私の知る限り、表立って内山さんを悪く言う人はいなかったはず。
「そうですか、じゃあ最近になって被害者の身の回り、もしくはアナタの身の回りに現れた人物はいますか? 」
「そんなこと聞いて何になるんですか? 」
「もしかしたら、何か目的があって被害者を殺したのかもしれません。例えば自分にとって被害者が邪魔な人物とか」
警官の話を聞いて、ゾッとする。もし、内山さんを殺した犯人が私のストーカーだったら。もし、ストーカーが一ヶ月、私に手を出すことなく淡々と計画を練っていたのだとしたら。もし、その計画に内山さんが邪魔だったとしたら。
もし、事務所を出る時、甘えて車に乗っていたら私は一体どうなっていたのだろうか。
三分で読める短編集の世界 早乙女・天座 @tennza
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