第7話 駿馬の憧憬 前編

駿馬しゅんめ憧憬しょうけい


 序


 夜の浜辺を一頭の馬が走る。毛並みが良く、月明かりに照らされるくらの載ってない背中は艷やかに光るが、何故か生気を感じない。その躍動やくどうする体躯たいくが走った跡も蹄鉄ていてつの跡が残っていない。

 その不可思議な馬の後を赤いバイクの女性ライダーが追う。

 どうやら、馬は亡霊のようなもので、後を追うライダーが退治しようとしているらしい。亡霊馬を追って、バイクの苦手な砂地を器用に走っている。この手の疾走しっそう系のあやかしは競走に負けると消滅することが有るため、躍起やっきになって追い抜こうとしているのだ。

 ヘルメットからブーツまで真っ赤なライダーはみるみるうちに追いつき、亡霊馬に並走する。生身の馬であれば汗が掛かりそうな距離だ。ライダーは更にアクセルをふかして馬を追い抜く。

 ライダーが勝ったと思った瞬間、馬が棹立さおだちになる。おやっと思ったライダーが振り向いた直後、前方の路面が消える。

「ウわァぁー?!」

バイクごとライダーは中に浮き、重力に従い落下し川に落ちる。

 亡霊馬はそれを見届けると興味を失ったのかきびすを返すと夜の闇に消えていった。

「チクショウー!」バイクもろとも川に落ちた真田スガルは脱いだヘルメットで水面を叩く。亡霊馬の退治は失敗だった。


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「やはり来たんだな」ロウソクの灯だけが照らす、社の中で背の高い筋肉質の男が祭壇の前の巫女に話しかける。

「私の見立みたてに間違いは無いわ、兄さん。もう、ここにいても強い力を感じる。…ただ余計なモノもついてきた」兄に似ず、小柄で細い巫女の少女が苦々しく吐き出す。

「余計なモノとは?」

「同業者。なかなかの能力ちから持ち。それに厄介なのをしたがえてる。もしかしたら兄さんでも正面から対峙たいじしたら危ないかも」

「そいつは面白い。少しは楽しめるか」男はニヤリと嗤う。

「兄さんにはもっといい相手がいる。もうすぐ会える」

「そうか、今から腕が鳴る」


「もう大変だったんだから」新しい制服に身を包んだ弥桜みおがまくしたてる。

「あの後、太刀守たちがみの里に父さんと行って、真田屋敷におつと就任しゅうにんの手続きと白桜神社の分社の造営ぞうえいの打ち合わせに通う事になったんだけど、父さん怖がっちゃって。あんな所に近寄っちゃダメだとか、大の大人が」弥桜のグチは続く。弥桜は真田三春さなだみはる斡旋あっせんで正式にバロンのお務めチームに配属された。今はバロン達と一緒に宿舎となっている下宿に向かって下校している。弥桜の荷物は犬神が学校に行っている間に運び入れてくれているはずだ。

「おじいちゃんも伯父さんも行っちゃダメだって言うし。別に取って食われるわけでもなし」弥桜はそう言うが聞いている輝虎てるとらはみんなの気持ちがよく分かった。普通の里人にとって真田屋敷は伏魔殿ふくまでんという認識だ。取って食わると思われててもおかしくない。長老を輩出はいしゅつしている家の人間でさえそうだ。しかし…

「ねえ、弥桜、聞いていいかしら?どうしてそうなってるの」夕姫ゆきが色々言いたいのをこらえて努めて平坦へいたんたずねる。

「えーと、こうしているのは色々事情がありまして、言うに言えないというか、未来の危機というか…」そう話す弥桜はバロンの腕に抱きついたままだ。学校を出てからずっとこうしている。正直、バロンは歩きづらかったが、腕に当たる弥桜の胸の感触が嬉しくって黙っていた。

「バロンにキスしただけでは飽き足らず、今度は拘束まで…ねえ、ずっとそうしているつもり?」夕姫が呆れて指摘する。夕姫も正直言えばバロンのこともあり、弥桜の参戦は歓迎してはいるが、度を越えたイチャつきは困る。

「わ、私はキスなんてしてないわよ。ど、どこかの美少女忍者と間違えてないかしら。私も太刀守の里で色々有って本当に大変だったの。バロン君分を補充させて」里で鷹崎たかさき家に投宿したのは良いが、待ってましたとばかりに山のような縁談を持ちかけられ、激昂げきこうした父、大三たいぞうが祖父や伯父相手に稽古という名の殴り合いのケンカにまで発展し、祖母が鉄拳で止めるまで続いた。この時、弥桜は祖母に似ているのかもしれないと思ってしまった。いずれにしろ、くたびれた。

「どっかの化け猫じゃあるまいし、バロンから栄養補給出来るわけないじゃない」夕姫も突っ込み疲れた。

「で、正式に俺達と怪退治に従事するんだ。雪桜ゆきおさん、よく許したね」輝虎が口を挟む。

「母さんは私の修行の為だからって許してくれたけど、父さんがねぇ」

「おじさんはどうだったの?」輝虎も大三の娘への溺愛できあいぶりは知っている。バロンが気の毒な位、彼女がいる自分と対応の差が激しい。

「絶対にヤダって言うもんだから、許してくれなかったらグレるわよって言ったの。そうしたらオロオロし始めて、母さんがなんか耳打ちしたら渋々許してくれたの。最近、あの二人なにか隠してるみたいなの。怪しい…」ここまで来ることをまったく隠していた弥桜が両親を怪しむ。

「俺やユーキはその手を使えないな。模範生もはんせいの吉野さんは効果あるけど、悪童あくどうって呼ばれてた俺達じゃあ、今更な」輝虎が肩をすくめる。

「僕もきっと駄目だな。あの父さんを許容する母さんなら『アラ、楽しみだわ』なんて言い出しかねない。じいちゃんに至っては『グレる』なんて言ったら応援されそうだ。まあ、何も反対されたこと無いけどね」バロンが自嘲気味じちょうぎみに話す。そうこうするうちに下宿にたどり着く。

 周囲に畑が広がる、古い木造の日本家屋だ。塀に囲まれた庭も広く、稽古もつけられる。

 この下宿は里の関係者が管理しており、朝晩ご飯が出る。少しは食事作りの負担が軽減する。管理人はミネという老婆だ。彼女が宿の管理から食事作り、果ては周囲の畑まで運営している。バロン達はすでに畑で作った野菜を頂いている。

「わあ、ここが私とバロン君の愛の巣になるのねぇ…」弥桜はバロンに抱きついたままホウッとため息をつく。夕姫がなんと突っ込んでいいものかと考えていると

「そこのオヌシ、真っ昼間からイチャつくでねえ」弥桜が小柄な老婆に叱責される。

「ミネさん、ただいま。えーと、この子は今日から新しく下宿する…」

「吉野弥桜です。よろしくおねがいします。あのぉ、これには海より深い訳がありまして…」弥桜が弁解しようとするが

「そんなのはどうでもええ。天下の往来でそんなことしてると痴女に思われっぞ」ミネがはっきり指摘する。

「ち、痴女?…」ショックを受け、ヨロヨロとバロンから離れる弥桜だった。

「ここにも若い連中が入れ代わり来るんだが、時々サカリがついたのがおかしくなる。やんなら見えないところでちちくりあいな」

「ちちくりあうなんて、そんなぁ…み、吉野さんとはまだ、そこまでの仲じゃないですよ」バロンが不本意だと否定すると、弥桜がプクッとふくれるが、

「いずれわかる、いずれな」ミネは家屋に入っていく。四人も続いて入る。それを後方から見ていたものがいる。

「…思ったよりもガードがかたそうね。今日はここまでにしておくか。学校でもチャンスがあるだろうし」


「よう、お帰り」下宿にいた犬神が出迎える。

「…犬神サン、弥桜が来るの知ってたんだ。っていうか弥桜をここまで連れてきたの犬神サン?」夕姫が腰に手を当て犬神を問い詰める。

「俺も直前まで知らなかったんだよ。でも姫に口止めされていたんだ。びっくりさせたいって。それから吉野さんを連れてきたのは大三さんだ。俺は荷物を運んだだけだ」犬神の言う姫とは師条三春といい、バロンのチームの上司に当たる。

「…男は言い訳ばっかり。それにしても三春さんもけっこうお茶目ねえ」三春の兄、光明とは幼い頃から交流が有ったが、三春は真田屋敷の離れから出てくる事が少かった上、夕姫と性格が余りにも違うため、歳は近いが一緒に遊んだ記憶はない。小、中学校では生徒会長だった三春を遠くから見たくらいで性格なんてよく知らない。知っている事と言えば物凄いブラコンということ、従兄弟いとこ真田龍光さなだたつみつ懸想けそうしていることくらいだ。

「そう、私が三春さんにお願いしたの。お務めに参加する条件の一つに」弥桜が得意げに言う。

「一つって、他にも条件付けたの?」夕姫が疑わしげに問う。

「うーん、オトメのヒ・ミ・ツ」弥桜は思わせぶりに口を割らない。夕姫はイラッとしないでもなかったが、輝虎相手ではあるまいし鉄拳は封印した。しかし、夕姫には弥桜がトラブルを持ち込んできたような気がして仕方がない。まあいい、どうせバロンに引き受けてもらおう。

「それでこっちの怪ってどんななの?」弥桜がお務めの内容を尋ねる。

「そうだな、良くも悪くも野生的かなぁ。都市部みたいに陰湿なのは少ないような気がするなぁ。まだ荒っぽいのには会ってないけど」バロンが転校してきてからの一週間で対処した怪についての感想を述べる。

「そうだな、ワルガキみたいのには会ったけど、おっかねえのはまだだな」

「…一応言っておくけど、ここの前任チームはリタイアしてるから」夕姫は脅すように言う。居間になっている部屋の座卓につき、用意してあったせんべいを食べながらだが。

「えっ?」

「ここの怪の難易度もあるけど、謎の妨害が入って再起不能だって」パリパリとせんべいをパクつきながら何でもなさそうに話す。

「弥桜も正式にお務めに就いたのだから覚悟しなさい。自分の身が可愛いなら、悪い事言わないから荷ほどきする前に帰った方が良いわよ」夕姫はあえて突き放すように言う。

「うう、平気よ。愛があるから大丈夫だもん」またバロンの腕に抱きつく。

「み、弥桜ちゃん!なんか今日はすごく積極的過ぎない?僕、嬉しくない事はないけど、ちょっとびっくりしてるよ…あれ、ペンタ!そうかペンタも来たんだね。おー、よしよし」声を掛けられた黒猫ペンタがバロンの膝の上に乗る。そのため、自然に弥桜が引き離される。バロンには秘密だがペンタは化け猫である。邪魔をされた弥桜にはペンタが笑っているように見えた。弥桜は心のなかで悪態をついたが、バロンの手前大人しく引き下がった。

「でも本当に何で来たの?大人しく白桜神社で待ってれば良かったじゃない」今日の夕姫はキツい。

「それはそのぅ、私が来ないとバロン君の貞操ていそうが守られないっていうかぁ、悪いオンナに引っ掛かりそうだっていうかぁ」弥桜の歯切れは悪い。

「ぼ、僕のテイソー!」バロンは驚いて声が裏返る。

「アラ、心当たりあるのかしら。でも残念ね、スガル姉はいないわよ」スガルを悪いオンナと断定する夕姫だったが

「実はスガルは近くにいるんだ」黙って話の行く末を見守っていた犬神だったが、スガルの名前が出た以上口を挟む事にした。

「もう少し北の海岸線なんだが馬の怪が出たって情報が入ったんで調査しに来てるんだ」

「馬?牛頭ごずの対で馬頭めずとかじゃないわよね?」牛頭に酷い目に合わされた夕姫はイヤそうに確認する。

「イヤ、二足歩行じゃ無いらしい。普通の馬の姿だが、夜中に海岸線を通りかかる車と並走する為に怖がられているだけだ。悪さとかはまだ報告されてない。まあ、こちらに指示が来ていないから、まだ気にすることはないと思う」

「じゃあ、その悪いオンナは別件か」夕姫は考え込む。しかし悪いオンナとお務めの妨害者、未だ接点は見出されてはいないが、夕姫にはなにかイヤな予感がする。

「ねえ、弥桜、他には障害になるものは視えないの?」夕姫が話しかけると、弥桜は飼い猫と睨みあっていた。

「ふぇ?障害?障害ねぇー、うーん、そうねぇ、夕姫ちゃん達の愛が試される障害が起こりそうよ」母の雪桜の遠見の力が衰えていくのに反比例して弥桜の予知の力は上がっている。お告げに関しては雪桜に降りているようだが。

「私達の愛?」思わず輝虎と目を合わせてしまう夕姫。

「ポッ」輝虎が赤くなって見せる。

「バカ!…愛ねぇ。あるのかしら。あるのは腐れ縁だけだと思うけど」

「俺達のアイは鉄壁だぜ」輝虎が自信満々に言い切る。

「ああ、そういうの片想いって言うんだっけ」バロンが空気を読まない発言をすると、輝虎はガクッと肩を落とす。

「お前ねぇ、本人を眼の前にしてそういう事言うと傷つくぜ」輝虎が若干、イジケながら抗議する。

「ウン、間違いない。この夏の試練を乗り切れば二人の中は切っても切れない関係になるって見える。ひと夏の経験ってヤツかしら」他人の恋愛話と思い、弥桜が鼻息荒く断言する。

「禁止!この家の中で二人っきりになるの禁止!どうしてもヤリたかったら外へ行ってヤレ」保護者代理の犬神が吠える。

 夕姫と輝虎は真っ赤になって首をふる。こういうところも息ピッタリだ。

「夕姫ねえ、部屋変わろうか?」バロンが変な気を使って申し出るが

「お前、そんな事したらお前が吉野さんの隣になっちまうじゃないか。危険が倍だ。俺が寝られなくなる」犬神が呆れる。

「恥ずかしいけど、バロン君がどうしてもって言うなら…」何を想像したのか、頬に手を当て赤くなる弥桜だった。

「そこ!言ってるそばから過ちを起こそうとしない!」犬神が弥桜に突っ込む。トラブルのタネが増えて犬神は頭が痛い。夕姫と輝虎のコンビはつかず離れずなので、そんなに気を使わなくても注意をおこたらなければ大丈夫そうだ。万が一のことが有っても両家で解決してもらおう。その時は犬神は投げるつもりだ。しかし、弥桜は積極的にバロンを誘惑しているように見える。自分の若い頃を考えると過ちを防ぎきれるか…


 2


「見たわよ、兄さん。例の同業者。あんまり頭よくなさそうだったけど。まあ、見てくれは良かったわ。どう?兄さんのヨメ候補に」使い込まれた道場で一人で稽古を続ける男に向かって弥桜についての感想を告げる。

「俺の好みは強いやつだ。強い女を屈服させてこそだ」稽古の手を止めて妹に答える。

「ふーん、野蛮ね。私はターゲットの楓太郎君で良いわ。優しそうだし、けっこうカワイイのよ」

「鏡子、そっちはそっちで上手くやれ。ターゲットを取り込めればウチも増々力を得られる。俺は笹伏を倒して、ヤツの女を手に入れるとしよう」夕姫に熱烈なファンが出来たらしい。


「へくちょん!」夕姫が可愛らしいくしゃみをする。

「…誰か私のウワサしているな。心当たり無いな…」夕姫が不審そうに考える。

「夕姫ちゃんもそういうのわかるの?」弥桜が尋ねる。弥桜に充てがわれた部屋で夕姫に手伝ってもらい、荷ほどきをしていた時だった。

「そうね、悪意には敏感かしら」

「では年中くしゃみが止まらないな」貸してくれない猫の手は少女姿で壁に寄りかかってせんべいをかじっている。

「なんでよ?」夕姫がペンタをにらみつける。

「まず運動部の連中がなんで入部してくれないんだろうとこぼしていた。それからテルトラに懸想した連中はカノジョ付きだったことに地団駄じだんだ踏んでいる」ペンタが暇つぶしにぶらついていた学校で見たことを指摘する。

「へー、笹伏さん、人気有るんだぁ」弥桜が感心する。

「まあ、あいつ体格良いから筋肉好きには受けが良いかもね。バカだけど」輝虎が褒められて嬉しいはずなのに隠して話す。

「またまたぁ、笹伏さんのこと大好きなクセにぃ」弥桜はニヤケながら突っ込む。

「私の見立てでも、この夏を無事に乗り越えれば切っても切れない関係になるって言ったじゃない」

「そのへんがわからないのよねぇ、テルとどういう関係になればそうなるのかって」夕姫が満更でもないようだが首をひねる。

「きっと子ども作るんだぞ」ペンタが口を挟む。

「人間はつがいになると、なかなか離れないらしい。切っても切れない仲とはそういうことじゃないのか?」

「ふーん、へーん、やっぱり」弥桜がわかったような顔をする。

「ウソでしょ?私、母さんみたいに学生で妊娠なんてしたくないわよ。第一、テルとそういうことするなんて…」真っ赤になって否定する。

「そういう弥桜はどうなのよ」

「エッ、…もちろんバロン君のこと、好きよ。ここまで追って来たんだもん。でもね、ここにはバロン君を誘惑する悪いオンナがいて、それを倒さないと私だけでなくウチの神社にとっても危機らしいし、里にとっても良くないらしいの。その辺は葛城かつらぎ白月しろつきさんとも意見が一致してるわ」弥桜が力説する。

「心当たり有るの?」

「あのクラスの坂田さんが怪しいと見てるの。時々バロン君を目で追ってるし、霊力も並外れて強いわ」

「ああ、あの胸の大きな。たしかにライバルになりそうね。あの娘も神社の子らしいわよ」

「やっぱり…バロン君に近づけないようにしないと。どこの神社かしら」

「なんでも山のところの神社だとか言ってたわよ」




 バロンは習慣的に新しい学校でも昼食後は図書室にいた。学校の規模が小さいので蔵書数は少なかったが、この地域の資料でお務めに役立ちそうなものには目を通しておこうと思った。力で輝虎達には及ばないリーダーとしてせめても情報面で役立とうと心掛けているためだ。

 今日もなにか良い資料がないか探して高い本棚の間にいると、一人の女生徒が通路に入ってきた。ストレートヘアのグラマーな少女だ。眼鏡を掛けた少々ツリ目で挑発的な美人である。弥桜と真逆のイメージだ。

「坂田さん、坂田さんもなにか探しもの?」坂田鏡子は弥桜に勝るとも劣らない胸の保持者だ。胸の大きい女性をバロンはすぐに覚えるし、忘れない。

「ううん、私、富士林ふじばやし君に興味が有って。富士林君って本当の名字は八幡はちまんって言うんでしょ」

「どうしてそれを」

「ウチも八幡神社なの、だからそのネットワークで、ね」

「そうなんだ。もしかして親戚とかじゃないよね」

「あなたの親戚のいる神社はもっと北の方って聞いているわよ。私は楓太郎君、あなた自身に興味が有るの」鏡子はバロンに詰め寄って右手を取る。そしてベストの内側に招き入れる。鏡子はその為に自慢の胸から思い切ってブラを外してきた。夕姫達が着ている防刃ブラウスなどという野暮なものではないので、ダイレクトに胸の感触が右手に伝わる。バロンの脳天に衝撃が伝わる。

「どう、好きにしていいのヨ」

(や、柔らかい)さすがに弥桜もこのように触らせてくれた事は無いので、バロンは感動に打ち震える。その時

「バロン君、何しているの!」物凄い剣幕けんまくで弥桜が通路の出口に立つ。

(しゅ、修羅場だ)人生でそのようなものに巻き込まれることなど想像もして無かったバロンはどうして良いかわからず、とりあえず手を引き抜く。

「アラ、吉野さん、ただおしゃべりしていただけよ。…じゃあ富士林君、この続きは邪魔の入らないところで、ね」なんでもないように鏡子は立ち去る。弥桜はグルグルうなって威嚇いかくしながら見送った。

「ちょっと目を離すとコレなんだから!知らないオッパイについて行っちゃダメでしょ!」鏡子が去った為に弥桜の怒りの矛先はバロンに向けられた。まるで小さい子を叱るようにとがめる。

「し、知らないオッパイって、坂田さんはクラスメイトだよ」そう抗弁こうべんしながら小さい頃、母親に同じ事を言われたような記憶がよぎった。

「…バロン君は知っていればクラスメイトの胸をむんだ」弥桜がジト目で問いただす。

「エエッ?アレはそのゥ、坂田さんが僕の手をとって…」

「言い訳しない!そんなに女の子の胸を触りたかったら言ってくれれば、いつでも私の胸を触らせてあげるのに」弥桜はバロンの両手をとって自身の胸に当てる。

「どっち?」

「え?」

「坂田さんと私、どっちのオッパイが良かった?」弥桜が非難がましくバロンを問い詰める。そこは即答で嘘でも弥桜と答えれば良いのに

「坂田さん、薄着だったから…」バカ正直に答える。

「!」弥桜はカッとなってブラウスのボタンを外し始める。

「…あんた達、ナニやってるの」いつのまにか背後に立っていた夕姫が呆れて声をかけてきた。一緒にいる輝虎は手で顔を覆っている。驚いた弥桜がバロンに倒れ込む。動転していたバロンは一緒に倒れ下敷きになる。バロンの顔に弥桜のブラだけの胸がムニュっとのしかかる。夕姫に弥桜が引き起こされ、窒息死を免れたバロンは

「…ピンクだ…弥桜ちゃんのKO勝ち。…もう僕、死んでもいい」


 3


「絶対に坂田さんが見立てに示された悪いオンナよ!あんな風にバロン君を誘惑して。アレこそ痴女よ!」下宿に帰ってきた弥桜は夕姫の部屋で鏡子をそしる。

「…上半身ハダカでバロンにダイブするより?」夕姫が呆れて指摘する。

「ア、アレは事故よ。それにブラはしてたもん」

「…事故で上半身ハダカになるんだ。図書室で」

「きっと、実力行使をしていたのだ。若い猫はところ構わず良くやるものだ」いつの間にか壁際でクマのヌイグルミのクワトロとリヒトの間に座ってソーセージを噛じっていたペンタが年寄りくさく言う。

「猫と一緒にしないで!ところぐらい構います!で、偵察の結果は」弥桜の言葉に夕姫はところ構えばナニしてもいいのかという突っ込みをグッと堪えて一緒にペンタの報告に耳を傾ける。

「ウム、キョウコは寄り道せずに神社に帰った。神社の周りに結界が張ってあったぞ。なかなかの術者がいるとみた。ユキオの程ではなかったが引っかかるとどうなるかわからんから周りから見てみた」

「それで?」

「ミオのうちみたいに舞殿は無いが、ユキのうちみたいな道場が有って誰かが中で暴れておった」

「何の道場かしら?」夕姫がいぶかしむ。

「どうする?カチコミかける?」弥桜が物騒な物言いをする。

「あんたねえ、神職っていうのはいつからヤクザの別称になったの?どうしてそんなに敵愾心てきがいしんむき出しなのよ。ダメよ、向こうから手を出さない限り、お務めの枠外だから」

「だってぇ、この間蛇女達とケンカしたじゃない」

「あれは向こうから手を出した上に、事務局の許可出てたの」

「もう、バロン君に手を出したじゃない」

「あのくらいで抗争してたら今頃内戦状態よ。良かったじゃない、弥桜のオッパイの方が最高だって言ってもらえて」

「うう、そうだけど、そうじゃなくって。あのオンナを倒さないと私とバロン君の明るい未来が、白桜神社の行末が…」

「そこに戻るんだ。で、どう倒すの?どうやったら倒したことになるの」夕姫は呆れ果てて問いただす。

「うう、それはそのぅ、もうバロン君に手を出しませんって誓うまで叩きのめすとか…」苦し紛れにおっかない事をくちばしる。

「あなた、弥桜影に化けるようになってから随分武闘派になったわね。思考回路が里の住人に近寄ってない?」

「実力でオスを取り合う、正しいやり方だ」ソーセージを食べ終え、指をなめながらペンタが肯定こうていする。

八重影やえかげだから。サカリのついた猫みたいな言い方はヤメて」

「おーい、メシだって」輝虎が縁側から夕飯の仕度を告げる。

「わかったわ、すぐ行く」夕姫が答える。

「そういえば、気のせいかもしてないけど、ミネさんって笹伏さんにだけ優しくない?」弥桜はミネに最初からガツンと言われて苦手になっていた。

「気がついちゃったか…ミネさんね、表札見て知ってるかもしれないけれど、笹野っていう笹伏の分家筋の家の人なの。着いた時なんかテル、『御曹司おんぞうし』なんて呼ばれてたのよ。なんとか説得して『坊っちゃん』になったの。私なんて御曹司に付く悪い虫扱いよ」夕姫は肩をすくめる。

「夕姫ちゃんの家、里の名家なんじゃないの?」弥桜が不思議そうに尋ねる。

「今でこそ私の養子問題が有るからそれほどではないけど、おおとりと笹伏ってあんまり仲良くなかったのよ。年寄りほどその傾向は強いわね」話しながら居間に入ると座卓の上には輝虎の好物の鳥の唐揚げが山盛りになっている。別に夕姫の嫌いな物ではないが、鳥=凰に思えて迂遠うえんな嫌がらせに見えなくもない。

 輝虎も気が付いているのか苦笑いしながら座っている。

「はよう座れ。みんな待ってるぞ」ミネが着席を促す。男達は内緒話なんてしなかったのでバロンも単身赴任状態の犬神ももう座っている。ミネは男性には優しいが、女性には厳しい。


「ターゲットに接触したわよ、兄さん」鏡子が兄、龍剣りゅうけんに声をかける。今日も龍剣は道場で稽古に励む。学校に通っている鏡子には稽古けいこしていない時間が有るのか知らない。起きて寝るまで食事等を除き、道場にもり槍を振るっている。

 余りに禁欲的で過酷な修練に門下生などつかない。鏡子には兄がどこで槍を覚えたのか知らない。幼少の頃は剣道に励んでいたはずだ。いつの間にか槍こそ最強と一日中振り回している。

「チョロかったわよ。ちょっと胸を触らせただけで真っ赤になっちゃって。アレならすぐに落とせそうよ。それより問題は楓太郎に付いた悪い虫ね」鏡子は弥桜を悪い虫扱いする。眼鏡を指で持ち上げる

「厄介そうなのか?」槍を振るう手を止めず、余り興味なさそうに尋ねた。

「そうね、胸に栄養取られているせいかアタマは悪いけど思ったより強力そうよ。しきまで使役してるみたい。後をつけてきたわ。用心深くて結界には踏み込まなかったけど」鏡子はペンタの尾行に気付いていたようだ。

「ほう、そいつはすごい。今どきそんなヤツがいるとは」龍剣は本業の神職をおろそかにしてはいるが、式神まで使える者は今まで噂でも聞いたことが無かった。

「お前もせっかく恵まれた胸を持っているのだから、そいつを押し退けてターゲットを早く落としてこい。笹伏の四男坊の方はどうなんだ」

「兄さんよりは背が低いけど、厚みは倍かしら。筋肉の壁みたいよ。上級生のオネエサマ方に人気が有るわ。私は趣味じゃないけど。登下校時は長いケースを持っているわね。あれに得物が入っているんだと思う。それから凰、あいつは胸は無いけど、タッパは有るわ。あいつは頭も回るし、腕前も有りそうよ。気が強そうだし、たしかに兄さんにはピッタリかも」

「そうか、期待できそうだな。どうやって誘い込む?」

「私に考えが有るわ。兄さん達はいつでも良いように準備しておいて」


 4


「そっちに行ったよ!」バロンが叫ぶ。夜の海に面した国道であやかしの捕物を行っていた。

 怪とは人や社会に害を与える魑魅魍魎ちみもうりょう堕神だしん等の総称そうしょうだ。バロン達はお務めと称しこれらを処理する。方法は様々だ。討伐として葬るもの、魂抜きといって依り代に吸い取るもの。人の来ない山や海に帰すもの、上手く行けば説得出来るものもいる。その点バロンのチームは経験豊富だ。武闘派では無いバロンが率いている上、手段が多い為に多種多様の対応を行ってきた。チームによっては討伐しか行えない単能なところも有る。

 今回は海沿いに馬面うまずらが出たということなのでスガルの追っている怪がこちらまで来たのかと思って出動したが、亡霊馬でも、馬頭でも無かった。つまり四本脚でも二本足でも無かった。

「ピョンピョンとうっとうしい。そこを動くな」輝虎が雲龍の戟を横薙ぎにするが、馬面は夜の空高く飛び退く。

 馬面の姿は2メートル近い大きさのタツノオトシゴそっくりの怪だった。一本足ならぬ、クルリと巻いた尻尾で空中高く飛び上がる。

 夕姫の弓矢も相手が動いていると百発百中とはならず、邪悪な存在では無いらしく弥桜の鈴輪の音も効果が無い。それどころか鈴の音を聴くと喜んで興奮しているように見える。

「これはあれね、海の精霊とか迷い神ね」三本射た矢を避けられた夕姫はやる気を無くして、それ以上矢をつがえないで分析する。

「じゃあ、イジメない方がいいのかしら?」鈴の音が効かなかった弥桜も戦闘というか追いかけっこに参加せず、のんきに高みの見物に徹している。

「…ハアッ、ハアッ、じゃあどうすれば?ハアッ」馬面との追いかけっこで息が上がっているバロンがもっともな問いを見物している女子達に尋ねる。

「そうねぇ…弥桜、神鎮めの舞みたいの有る?」夕姫が提案すると

「そんなので良いの?やってみる」お務め用巫女装束みこしょうぞくを着ている弥桜が了承りょうしょうする。正式に弥桜専用になった星辰せいしんの剣を夕姫に預け、足元の良い場所に移動し、舞い始める。

「テル、追いかけるの待って!」夕姫が輝虎に攻撃をひかえるように叫ぶ。さすがに輝虎は呼吸を乱す事はなかったが、夜ももう蒸し暑くなっているので汗が吹き出していた。

 弥桜は鈴輪を鳴らし、リズミカルに舞い始めると辺りの空気が一変するようだった。最初はピョンピョンと飛び跳ねていた馬面だったが、弥桜の神楽に興味を引かれたのか跳躍ちょうやくおさえ、近寄ってくる。バロンが弥桜を守ろうと踏み出そうとするが、夕姫がそれを制す。

 徐々に近づく馬面が弥桜の手の届くところまで来ると、弥桜は馬面の鼻先に手をかけ

「…海を騒がしくさせて悪かったけれど、人間は貴方を見て驚いたり、怖がるの。本当に申し訳無いとは思うけど、貴方の海に戻って欲しいの。お願い」優しく懇願こんがんする。するとタツノオトシゴは名残り惜しそうに何度も振り返りながら、海に向かって跳ねていく。

「いつ見てもスゴイね。僕、何しにここに来たんだろう?」バロンは弥桜を褒めると同時に自身の不甲斐ふがいなさをグチる。

「そう言うなって、軽はずみに焼き斬って後悔するより良かったじゃないか。初見で解決出来ただけでも良しとしようぜ」自身も追いかけっこをしただけの輝虎がなぐさめる。

「そうよ、ああ、汗かいたわ。早く帰ってお風呂に入りたい」

「ユーキ、汗かくような事したか?」走り回っていた輝虎が思わず突っ込む。

「なによ、テルは汗まみれの女子に興奮する変態なわけ?行きましょ、汗臭い男達はほっといて」夕姫は神楽を舞って汗をかいた弥桜をうながして犬神が待つバンに向かう。

「…ユキねえ、動かないであんなに食べてると太るよ」バロンがまた余計な一言を口にすると、夕姫は心当たりがあるらしく

「…い、良いのヨ、お、女の子は多少ふっくらとしていたほうが、ねえ」傍らの弥桜に振ると、弥桜は夕姫のお腹を摘み

「そうねぇ、この程度なら笹伏さんに嫌われないんじゃない?」夕姫の横腹をプニプニと引っ張り確認する。

「ギニャー!ヤメて、ヤメて…このお肉が全部胸に行けば…」夕姫は弥桜の手を逃れ叶わない願望を口にする。


 そんなバカバカしいやり取りを見つめる細い影が有った。

「…頭は良くなさそうだけど、確かに腕は立つ。兄さんにも油断しないように言わないと」勘の鋭そうな弥桜に気づかれないように気配を殺して立ち去った。


「バロン君、代わってもらっていい?」いつものようにバンの助手席に乗り込もうとするバロンに弥桜が声をかける。

「うん、良いよ。なんか有ったの?」バロンが不思議そうに問う。

「ええ、ちょっと寄りたいところが有るの」いつになく真剣な表情に驚くものの、夕姫の隣に乗り込む。

「おっ!誰かと思った。どうしたの吉野さん」バロンが乗ってくると思った犬神は装束の弥桜が乗り込んできて驚く。

「犬神さん、行って欲しいところが有るんです」


 弥桜の案内でたどり着いたのは、海岸線を辿った先にある、海に突き出した岩場だった。

 各々、ライトを持って岩場を登ると頂上付近に壊れてしまったほこらが有った。屋根が壊れ、注連縄しめなわも垂れ下がっていた。

「ここって、まさか…」

「ええ、さっきのタツノオトシゴさんの。ここを直してくれって」弥桜がなんでも無いように言うが、他のメンバーにはまったくわからなかった。

「まったく弥桜様々ね。私達だけだったら朝まで追いかけっこして、力任せの討伐だったわ」夕姫が褒める。

「イヤァ、それ程でもぉ」キリッとしていた弥桜が途端に相好をくずす。

「そんな事ないよ、弥桜ちゃんのお陰で無駄な暴力を振るわないで助かったよ」バロンが手放しで褒める。

「そうだな、俺達だけだとまずぶん殴ってから考えてるもんな」輝虎も感心する。

「それはあんただけでしょ。犬神サン、手配してくれる?」夕姫が犬神に後処理を頼む。

「おう、わかった。事務局に連絡して上手く処理するよ」犬神は引き受けるが

「これって自然に壊れたのかなぁ?誰かのイタズラじゃ無いよねぇ。大体、ここを管理している人達、さっきのタツノオトシゴさんのことわかっているのかなぁ」バロンが祠について思った事を口にした。

「わかった、壊されないように作り直すと共に、管理者にもそれとなく重要性を伝えるようにしてみるよ」犬神が納得してこの後の事を考えるようにした。


 5


「ハァ~、生き返る」夕姫が年寄りくさいセリフを言いながら湯船に浸かる。凰家の大浴場ほど広くはないが、二人で入るには問題無い広さなので、弥桜と一緒に入浴している。下宿には風呂は一つなので、この後を、バロン、輝虎、犬神の順番で入る事になっている。

「…夕姫ちゃん、言いにくいんだけど、やっぱりお腹が…幸せ太り?」弥桜が体を洗いながら指摘する。

「なんでよ!…やっぱり太ったか…」福島に移動して、下宿生活を送っていると家事の量は減ったのに、食事はミネが輝虎に合わせて山盛り作る。夕姫も他人の目が無いことを良いことに腹いっぱい食べている。

 学校でも購買でパン等が売ってない代わりに、大きな弁当を持たせてもらっている上、行き帰りにパン屋に寄って買い食いしている。すでに上客になっている。

 その上、こちらに来てからは双剣の稽古もサボっている。

「で、でも女の子は少しふくよかな方が…」

「笹伏さんがそう言ったの?」

「うっ、でも多分聞けば大丈夫って言うハズ…」

「笹伏さんは夕姫ちゃんにイエスしか言わないじゃない。バロン君に聞いてみたら?」確かにバロンなら空気を読まずに正直な意見を聞かせてくれるだろう。いや、しかしバロンの中で夕姫がデブキャラとして認識されてしまうと肥満が加速してしまうのでは。それだけは避けたい。

「弥桜はどうなのよ」夕姫はシャンプーしている弥桜を見たが、胸はタプンタプンいっているのにウエストは引き締まっている。何故だーと神を呪いたくなる夕姫であった。確か夕姫ほどでは無いが、朝晩よく食べているはず、普通なら太っても良いはずだ。

「私はほら、ペンタちゃんと繋がっているから、ペンタちゃんに働いてもらうと栄養取られるの。でも胸はどうしても小さくならないのぉ。困ったなぁ」弥桜の言葉に不公平だーと心の中で泣いている夕姫がいた。自分の栄養も胸を優先してくれれば。


 風呂から出ると男性陣が山のようなスイカを食べていた。ミネさんが切ってくれたようだ。

「あー、良いなー、私も」弥桜がちょこんと座って食べ始める。夕姫はお腹のお肉が気になり

(スイカはほとんど水、太らないハズ、しかし…)等と心の中で葛藤かっとうしていると

「ユーキ、食べないのか?大好物だろ。ガマンは体に毒だぞ」輝虎が呼びかける。

「笹伏さん、男前!夕姫ちゃん、冷たいうちに、サア」弥桜が夕姫の葛藤を知ってか声をかけ、座ってと座布団を叩く。

「大丈夫、ユキねえは太ってないよ」バロンのその一言に吹っ切れた夕姫は物凄い勢いでスイカにかじりつく。


「ホウ、奴らの腕前を見てきたのか」お堂の中に座る少女に向かい龍剣が声をかける。

「ええ、海岸に出たって噂の海のお化けを相手にしていた。笹伏を初め、全員宝具持ちよ。それも特級の。本当に大丈夫なの」

「そうか、笹伏は宝剣持ちか。ではこちらも遠慮なくあの槍を持ち出せるな」

「法師斬りを使うの?相手を殺さないでよ、兄さん」

「そいつは向こうの運次第だな」


 6


 翌日以降、弥桜は人目もはばからずバロンにベタベタくっついていた。転入してきた可愛目の男子とスタイル抜群の美少女が出来てるのを見て、期待を持っていた学生達はがっかりしていた。鏡子も思ったよりも弥桜のガードが固く、バロンを攻めあぐねていた。しかしチャンスはやってきた。

「ふう、スッキリした。アレッ!」バロンは男子トイレから出てくると、床に落ちていたバナナの皮を踏んづけて転倒して後頭部を打った。


 バロンが気が付くと、白いカーテンに囲まれたベッドに寝かされていた。

「ここは…」バロンがつぶやくとカーテンが揺れ鏡子が入って来た。

「気が付いた?」何故か白衣を着た鏡子が見下ろす。

「ここは保健室よ。私は保健委員なの。楓太郎君、転んで頭打ったのよ」眼鏡がキラリと光る。お告げ通りにバナナの皮を置いただけでバロンが勝手に転んでくれた。

「そうなんだ。運んでくれたの?」

「ええ、男子達が」鏡子がその色気で篭絡ろうらくした男子達に運ばせた。彼等の口からはバロンの行方はれない。

「頭とか痛いところは無い?」鏡子はバロンの顔を覗き込みながら尋ねる。

「大丈夫だと…アタッ!コブが出来ているや…エッ」バロンが後頭部に触れるとまだ痛いらしく顔をしかめるが、今度は鏡子が余りに近くに寄ってきたので驚く。

「ちょっと見せて、アラ、ホント」鏡子は手を伸ばし、バロンの後頭部に触れる。鏡子のその豊かな胸がバロンの鼻先で揺れる。

(アレ?白衣の下、まさか…)

「気になるの?良いのヨ、この間の続きをしても。誰も来ないから。どうせ吉野さんは何もさせてくれないんでしょ?」今日、養護教諭ようごきょうゆは会議でいない。代理の先生も呼ばなければ来ない。その上、保健室の入口は鍵を掛けている。

「さ、坂田さん、ダメだよ!そのぉ、こんなことしちゃ…」鏡子がハダカの上に羽織っているだけの白衣のボタンを外していくと、バロンの静止も尻つぼみになる。

「鏡子って呼んで。さあ、楓太郎君の健康診断もしましょうネ」そう言いながらバロンのワイシャツのボタンを外しにかかる。

「エエーッ?!」バロンの声が裏返る。

「ちょっとまったぁ!」ガバッとカーテンが開けられて鬼の形相の弥桜が入ってくる。

「どうやってここに?カギは掛けたハズ」鏡子が慌てて前を合わせる。

「この泥棒猫っ!私のバロン君にナニしてくれてるの。私だって奪ってないバロン君の初めてを奪おうなんて言語道断ごんごどうだん!絶対に許さないんだから!」弥桜は興奮して物凄い事をくちばしる。

「僕の初めてって奪われるものだったんだ…」ベッドの上で後ずさりしたバロンがショックを受けてぼうぜんとする。

「チッ!」鏡子は舌打ちをしてその格好のまま、校庭側のドアを開けて逃げ出す。弥桜は追うか迷ったがバロンの安否を確認する事を優先してこの場に残った。

「…弥桜ちゃん、ナニも無かったから、まだ」止せばいいのに下手な弁解をしてしまうバロン。

「ナニか有ってたまるもんですか!ナニか有ったら今日があのオンナの命日になっていたわ!私のバロン君の初めてを本当に…こんなことになるくらいなら、いっそこの場で私が…」大きく下から持ち上げられているブラウスのボタンにまた手をかける弥桜を

「ヤメなさい!この淫乱巫女いんらんみこ!」追いかけてきた夕姫がいつの間にか用意したハリセンではたく。

「だってぇ、このままだとバロン君の初めてが奪われちゃう。だからヤラれる前にヤレって…」後頭部を押さえて言い訳する弥桜の今度は前頭部にハリセンが炸裂する。バロンは身の危険を感じベッドの上を更に後ずさっている。

「だからってこんなところで行為に及ぼうとしない!いくらベッドが有るからってポルノじゃあるまいし。バロンも簡単にさらわれないで」夕姫がポンコツカップルにカンカンだ。

「拐われたんじゃ無いよ。確か男子トイレから出たらバナナの皮を踏んで転倒して気を失ったらしいんだ」

「…バナナの皮ぁ?マンガみたいに、そんなモノで転ぶなんて…転んだの?」疑った夕姫だったが相手が誰だったか思い出した。バナナの皮は見たことが無かったが、バロンはよくこんなモノでという信じがたい転倒をする。

「なんで学校の男子トイレ前にバナナの皮なんて有るのよ!きっとあのオンナが置いたのよ!」弥桜も改めて興奮してきた。

「…坂田さんがハダカに白衣なんてスゴイ格好で走って行ったけどナニか有ったのか?…取り込み中か?」輝虎が校庭側のドアから入ってきて、ワイシャツの前を押さえて涙目のバロンと、ブラウスの前をはだけて興奮する弥桜を見て、一目でマズイところに出くわしたと思った。

「大丈夫よ、もう終わったわ。そのものスゴイ格好の坂田さんがここでバロンを毒牙にかけようとして、弥桜に見つかって逃げ出したの。それをこの淫乱巫女がベッドが有ることを良いことに、早いもの勝ちとばかりに、ここでバロンを手篭てごめにしようとしてたの」大分主観の入った説明だったが、大体合っていた。

「インランじゃないもん!」弥桜がふくれるが『手篭めにしようとした』は否定しない。

「ミイラ取りがミイラになったってヤツか…幸せだな、バロン。ハダカの女子高生二人に迫られて」輝虎はうらやましいぞと言わんばかりだ。

「…僕は普通の恋愛がしたいよ…」トホホとバロンがこぼす。

「ムリね」と夕姫。

「ムリだと思うなぁ」自分の事は棚に上げる弥桜。

あきらめろ」輝虎が言う。誰も肯定してくれなかった。


 さすがにバツが悪く、後の授業は体調不良を理由に早退した鏡子は龍剣へ報告する為に道場に向かった。

「やられたわ。あと一歩で楓太郎を落とせるところだったんだけれど、どうやって察知したのか白桜の小娘に邪魔されたわ」鏡子は兄に失敗の愚痴をこぼす。

「ダメだという見立てじゃ無かったのか?やはりムダ乳だったか」いつも通り稽古の手を止めない龍剣は妹を鼻で笑う。

「いえ、楓太郎は落ちたも同然だったわ。私のバストに夢中よ。ただあの頭の栄養まで胸に行ったバカ巫女に横槍を入れられたのよ」鏡子は怒りを隠しきれない。

「なんだ、胸でも負けたのか?」龍剣がせせら笑う。

「お、大きさがなによ、わ、私の胸の方がカタチが良くてキレイにき、決まってるぢゃない」見比べてもないのに自信なさげに根拠のない主張をする。弥桜が来るまで学校一の美少女と評判が高かった鏡子だったが、転校生達が来てから学校の女子の人気勢力図が変わった。

「そうか。で、この後、どうする気だ?尻尾を丸めて引っ込んでるか?」

「冗談でしょ!こうなったら女の意地よ。必ずあのオンナを下して楓太郎を私にすがり付かせてやる。もう一度見立てを伺うけど、私に考えが有るわ」肩を怒らせたまま、ドスドスと足音をたてて道場を後にする。

「まあいい、俺は家の事は興味無い。俺は笹伏の槍とやり合う事だけしか望まん」そう言って一層激しく槍を振るった。


 7


「そろそろ、あのオンナのヤサにカチコミ掛けない?」怒りを抑えきれない弥桜がまた物騒な事を言い出す。学校からの帰り道の事だった。

「あんたねえ、痴情ちじょうのもつれぐらいで相手の家に押しかけるなんて言わないの。バロンと結婚しているわけじゃあるまいし。それに狙われたのはバロンの貞操であって命じゃないのよ。三春さんに泣きついても笑っていなされるわよ」夕姫にとってはこの程度、恋愛問題の延長に過ぎない。それより何故か弥桜が親しくしている師条三春を引っ張り出されて、話が大事になる方が困る。今日はパンの買い食いを我慢してコーラを飲みながら夕姫が弥桜をいさめる。

「でも、でも、だってぇ」なおも食い下がる弥桜だったが

「バロンも大変ねえ、痴女にばかり好かれて。もしかしたら変態ばかりを引き寄せる魅力があるのかも」夕姫が妙な慰め方をする。

「痴女でも変態でもないもん!」弥桜が強く否定する。

「図書室でも保健室でも脱ごうとしてたのに?」

「ウッ!だってぇ、バロン君取られそうで不安なんだもん。見立てでもここが正念場だって…」

「弥桜ちゃん、僕は弥桜ちゃん一筋だよ。安心して」バロンは断言するが

「じゃあ、坂田さんがまたハダカで迫ってきても平静でいられる?バロン君あのオッパイに抗える?」弥桜が強く問いただすと

「エッ、それはそのぉ、そういう場面にならないとわからないと言うか…」バロンはしどろもどろになる。

「これだから男って…」夕姫が呆れる。

「俺は本当にユーキだけだ。例えどんな美人がハダカで迫ってきたって、俺は揺るがないぜ」輝虎は自分は違うと言い張る。

「アリガト。でも私がいなくなったらどうするの?」

「世界の果まで探す。まあ、ユーキに嫌われない限りだがな」

「笹伏さんかっこいい!夕姫ちゃんが羨ましい!バロン君、見習ってよ」弥桜が輝虎褒めそやす。

「そうだね。でもテトラ本当?誰にも誘惑されない?例えば…」バロンは輝虎を疑う。

「あーバロン君、余計な事は思い出さなくて良いよ。さあ下宿だ。ただいまぁ」輝虎は慌ててナニかをごまかし、バロンと肩を組んで下宿の玄関に入っていく。

「…怪しいわね。これだから男って…感動して損しちゃった」夕姫は輝虎の背中を睨みつけながら後に続く。


「ヨッ!お邪魔してるよ」居間に真田スガルが訪れていた。犬神と枝豆を摘んでいる。

「スガルさん、お疲れ様です。今日はどうして?」

「アタシが追っている怪の件でセンパイに助言をおうと。それに、ミネさんにも久しぶりに会いたいと思って」

「またこの子はいい加減なことを言いおって。タダメシ喰らいに来たんじゃろ。早くいい男見つけて結婚しないと行き遅れっぞ」輝虎達が帰って来たので追加の茹でた枝豆のザルを持ってきたミネが言う。

「ハハ、ワ、ワタシは結婚できないんじゃ無くて、しないの。でも、いい男がいないのも事実よねぇ…アラ、巫女ちゃん、随分とバロン君にしがみついてるわね?」いい男と口にした時にバロンを見ると大きな付属品が付いていた。

「ええ、放っておくとすぐバロン君に悪い虫がたかるんで、用心しているんです」弥桜はスガルを警戒して軽くにらむ。

「悪い虫って、アタシも?大丈夫よ、アタシ、正妻の座は狙ってないから。愛人契約も追加して良いのヨ、バロン君」ソフィアから貰った船の受領手続きの依頼をされているスガルが、弥桜にとって少しも安心出来ないことを言い出す。

「バロン君がそんな事をしたら、バロン君を殺して私も…」弥桜が思い詰めた表情でバロンの耳元でささやく。

「イヤ、僕はそんな…弥桜ちゃん、と、とにかく落ち着いて」本当に命の危険を感じたバロンが慌てふためく。

「吉野さん、大丈夫。バロンは胸の無い女性に興味は無いから」輝虎が慌てて仲裁に入るが

「胸の大きなオンナなら愛人契約結ぶんだ」弥桜にジト目で睨まれる。

「全国の無い乳女性を敵に回したわよ、テル君」スガルにも睨まれる。

「いや、あのぅ、問題はバロンがはっきりしないのが悪い。バロンが一言『僕は君の胸しか目に入らないよ』って宣言すればいいんだ、な!」女性二人に挟撃された輝虎はしどろもどろになりながら、矛先をバロンに受け流す。

「そぉだ、坊っちゃんの言うとおりだ。浮気性の男が一番悪りぃ。性悪女でも一途に守り通している坊っちゃんは大したもんだ」ミネまで参戦し始めた。夕姫はミネから見て性悪女らしい。

「バロン君がモテる話はここまででいいや。話を最初に戻すと馬の怪らしきモノが出るって噂が有ったという事で、事務局から調査の依頼が来たんだ」スガルが話を戻す。スガルは怪奇現象の解決を成人してからも続けており、しばしば里の事務局からも調査依頼を受けている。ついでに撃退することも有るが、今回はそういかなかった。

「私達も馬面が出たって言うんで同じ怪かと思って出動したんだけれど、正体はタツノオトシゴの姿をした、海神の眷属らしかったわよ」夕姫が先日の騒動を話す。犬神の報告を受けた事務局が地元の管理者と話をつけ、頑丈な祠を建て替えるようにまとまった。日中フリーの犬神も代理人として折衝せっしょうに当たった。

「アタシが追ってるのとは全然別物ね。コッチの外見は普通の馬よ、サラブレッドだと思う。亡霊だけど。昼の牧場とかに居てくれれば問題ないけど、夜の海岸通りを通行する自動車と並走するって言うんで調査してたんだけれどね」のんべいのスガルだが日中からビールという訳にはいかず、枝豆を麦茶で流し込む。

「他の悪さは?」座っても弥桜がひっ付いているバロンが尋ねる。あげくに弥桜が枝豆をあーんしてくる。

「ううん、なーんも。…う、うらやま、うらめしい…」バロンと弥桜のイチャつきを見たスガルが悔しナミダを流さんばかりだ。

「じゃあ放っておくって言うのは、…無しだよな、やっぱり」バロン達を見て少し羨ましそうにした輝虎だった。夕姫が女の子だと知ってからも、かれこれ十年の付き合いだが、あんなことしてもらったことは無いし、これからも想像できない。せいぜいやったことがあるといえばコーラの回し飲みくらいだ。

「で、正体は判ったの?…ザルごと放り込んであげようか、テル」輝虎の羨望の眼差しに気が付いた夕姫がニッコリ笑って言うが、目は笑ってない。輝虎はブンブンとかぶりをふる。

「正体ねえ。なんか思い残した競馬馬の亡霊かなぁ」

「それでバイクで競争しようとして川に落っこちたんだ」先程、事の次第を聞いた犬神が突っ込む。

「…イジワル…そうよ。競争系の霊は追い抜いたり、追い抜かれたりすると気が済んで消滅するヤツもいるから。アイツは追い抜いても消えなかったの。私も迂闊だったよねぇ。道路じゃ無いところで疾走して追い抜いたんだけれど、追い抜いた瞬間嬉しくて振り返ったら砂浜が切れてたのよ」スガルは真っ赤に染めた頭をかく。

「それでドボンと。ケガしなかったの?」夕姫が一応心配して尋ねる。

「アタシはケガしなかったんだけれど、愛車がねえ。…今、入院中なの…ここへ来るのもセンパイに迎えに来てもらってねぇ。バロンくぅん、慰めてぇ」スガルが最後に余計な一言を言った為に弥桜がグルグル唸って威嚇する。

「じょ、冗談よ。…の、呪ったりしないでね」


 8


「ハァ~、生き返る」スガルが年寄りくさいセリフを言いながら湯船に浸かる。お湯が音を立ててあふれていく。

「やっぱり親戚なのねぇ。仕草がソックリ」隣で湯船に浸かっている弥桜が評価する。今日は人数が多いので女子三人で風呂場を利用している。

「…ナマで見ると改めてスゴイわねぇ。コレがバロン君をトリコにした大業物ね。…確かに歯が立たない…ねえ、少し分けてくれない?」初めて乳神を目の当たりにしたスガルが弥桜の胸に手をのばす。

「えっ、ちょっと、イヤァ!」

「おオ、スゴイ!こんなの初めて。いやぁー、これじゃあ男の子どころか、女の子でも夢中になっちゃいそう」スガルが弥桜の胸の様々な感触を愉しむ。

「ダメッ!あっ、あっ、イヤァン!」

「大丈夫。オネエサン、女の子にも優しくスルから…オワッ!」弥桜の胸を弄んでいたスガルへ冷水のシャワーが浴びせられる。

「いい加減にしないと大変な事になるわよ」スガルを実力行使で止めた夕姫が警告する。

「冷たい!ナニ?巫女ちゃんにワルサをすると呪われるの?」

「弥桜は呪いはしないけど祟られるわよ」祟られた経験者が語る。

「具体的には…」夕姫がスガルに耳打ちする。するとスガルの顔が真っ青になる。

「イヤァー!ただでさえ平らな胸が陥没しちゃう!巫女ちゃん、イヤ、巫女サマごめんなさい、二度としませんからお許しください!」夕姫にナニかを吹き込まれたスガルが平謝りに謝る。湯船でなければ土下座する勢いだ。

「本当にもう、ダメですよ」弥桜は涙目で胸をかばう。なんでこの一族は自分の胸を弄ぶのだろうと。

「巫女サマ、神社の造営にさらに寄進いたしますので、どうか氏子のやった事だと思ってお目溢めこぼしを」

「…そうですか。なら、許してあげます。…バロン君にも色目を使わないと約束してくださいね」寄進と聞いて弥桜の態度が一変する。さらに弥桜がここぞとばかりに条件を追加する。多分、スガルはバロンのストライクゾーンをかすりもしないとは思ってはいるが念の為だ。

「も、もちろんです。巫女サマ。数々のご無礼お許しください」


 イタズラが許された上、ご利益まで有ったのかスガルはウン年ぶりにブラのサイズが変わり、関係者には『赤いスズメバチの奇跡』として語られることになる。噂が広まり、後に白桜神社太刀守分社は非常に栄える事になる。


 女子達が風呂から上がると、夕飯の準備がされており、スガルの好物である海老フライが山盛りになって出てきた。もちろんスガルは普通の量しか食べないが。

「ミネさん、アタシの事キライだって言いながら、アタシの好きなもの覚えてくれてたのね。アリガト…アラ、マ、ペンタだっけ、いたの?」スガルの足元に黒猫が纏わりつく。

「そうかそうか、オマエも海老フライが好きか」スガルが胡座をかいて座り、ペンタを足に乗せる。その様子をミネが疑わしげに見ている。

「別にオマエに合わせたんじゃね。たまたま今日、海老フライの日だっただけだ。猫なんぞにあんまりやんな。尻尾だけで十分だ」ミネが憎まれ口を叩く。

「わかってる、わかってる、あいしてるよミネさん」スガルが投げキッスをする。

「冗談言ってねえで早く食え」ミネはプンプン怒りながら台所に引っ込む。

「さぁ、早速いただこう、温かいうちに」スガルが言い出す前に輝虎と夕姫はすでに自分の皿に海老フライを取っていた。


 山のような海老フライが消えるとバロンが

「じゃあ、僕もお風呂いただこう」輝虎と犬神がつかえてしまうので、バロンは早めに入浴する事にする。ここでは弥桜の家で起こったようなアクシデントは絶対に起こさないと固く誓っている。

「女子のエキスが出てるからって、お風呂のお湯飲んじゃダメよ」スガルがからかう。三人の美人が浸かった湯である。世の中にはお金を積んでも欲しがる者がいるかもしれない。

「の、飲みませんよ!」バロンは強く否定するが

「飲めないの?」と凄む夕姫。

「飲まないんだ…」と拗ねる弥桜。

「エエぇ?」女子三人にからかわれたバロンだった。


 男達も交代で入浴した後、ミネが今日はかき氷を用意してくれた。この下宿にはクーラーなど無いため冷房機器といえば扇風機だけなので冷たい物は重宝される。

 ただし、関東に比べれば朝晩は涼しいので寝られないということはない。

 バロンの正面でイチゴシロップのかき氷を食べている弥桜が時折顔を少ししかめる。

「頭痛くなったの?」バロンは弥桜がかき氷のせいでアイスクリーム頭痛を起こしているのかと思った。

「ううん、私そんなに急いで食べてないよぅ。坂田さんがなんであんなにしつこくバロン君にちょっかい出すんだろうと考えてたの。バロン君、なんか言われたの?」弥桜が深刻そうに話す。

「坂田さんのお家、八幡神社なんだって。僕の本当の名字が八幡だっていうのも知っていたよ。もっとも血縁関係は無いって言ってた。きっと雪桜さんと一緒で僕を勧誘しようとしているんじゃないかなぁ」

「じゃあバロン君を婿に取り込もうとしてたのね…それであんな破廉恥はれんちな色仕掛けを…やっぱりあのオンナが啓示けいじされた脅威なのね。早急に排除しなくては…」合点がいった弥桜が、らしくない暗い笑いを浮かべる。

「…あんまり手荒な事はダメだよ。正義の忍者さんの名が泣くからね」弥桜の表情を見て心配になったバロンが釘を刺そうとするが

「忍者は目的達成の為には非情なの。八重影さんもきっとそう言うわ。ムムッ?来たわ…」バロンをいなしていた弥桜が突然遠くを見る眼差しになる。

「これは…でも…うう、どうしよう…」弥桜が何やらブツブツとつぶやく。弥桜は霊力が上がってきているのか、最近は雪桜のように突然予知が降りてくる。しかし気のせいかバロンがらみに特化されているような傾向だ。もしかするとオンナの勘が能力を強化しているのかも知れない。

「弥桜ちゃん、どうしたの?」

「…バロン君、あのぉ…ううん、ナンデモナイ」

「ナニか視えたんでしょう?ナニを隠してるの」一心不乱にかき氷に集中していた夕姫が五杯目を食べ終わり、弥桜に鋭いツッコミを入れる。

「うう、バロン君が馬に乗っているイメージが視えたの。スガルさんの抱えてるお仕事、バロン君が行かないと解決しないみたい」弥桜がしぶしぶ、白状する。

「そうなの?じゃあバロン君、私から三春ちゃんに頼んでみるからその時はお願い!」かき氷にシロップとこっそりブランデーをかけて食べていたスガルが身を乗り出す。

「ええ、僕で良かったら」バロンはうなずく。

「でも、それだけなら隠す必要無いでしょ?」夕姫が怪しむ。

「…私達はここに残らないとダメだって。行くのはスガルさんとバロン君だけでないと、ここでの問題が解決しないって。…バロン君、浮気したら承知しないから」スガルとの二人きりの仕事に不安を感じるのかバロンを上目遣いで睨む。

「う、浮気ぃ?だ、大丈夫、僕、浮気なんてしないよ!」バロンが動揺する。

「まあ浮気男が浮気しますとか、しましたとは言わないよな」犬神が茶化すが

「犬神サンこそどうなのよ。元カノと一緒で。奥さん知ってるの?」夕姫がイタイところを突く。

「ナゼそれを?俺は一児のパパなんだ。う、浮気なんてしないぞぉ」自分のセリフは棚に上げて説得力の無い弁解をする。

「センパイと杏子とは家族ぐるみの付き合いよ。そんなハズないぢゃない。茉莉ちゃんに誓ってそんなことしないわ。アタシはセンパイよりもイイ男を探すもん」スガルは後ろめたい事は無いが犬神と同じ屋根の下にいることに多少引け目を感じて目が泳いでいる。

「聞いたことある。ダンナさんの浮気相手を調べたら親友だったとか」弥桜が他人事だと思って面白がる。

「誓って俺はやましい事ないぞ。だいたい俺はバロンみたいにモテないんだから。吉野さんこそ、ちゃんとバロンを尻に敷いとかないとダメだぞ」犬神は弥桜にちょっとやり返す。

「僕はテトラみたいにお尻大好きじゃないよ。どちらかと言えば胸の方が…」バロンが余計な口出しをする。

「黙ってなさい、オッパイ男爵。じゃあ、行くとしてもバロンだけね。私達はこっちで待っていれば良いのね?」夕姫が確認する。

「笹伏さんと夕姫ちゃんは二人の愛が試される試練が有るって」弥桜が意味深なことを口にする。

思わず輝虎と夕姫は顔を見合わせる。

「夕姫ちゃんには愛って言葉似合わないな。暴力、暴食の暴の方が似合ってそうだけれど。ま、今回は遠くの空から健闘を祈ってるわ。バロン君と」スガルが決定した訳でもないのに既定路線として話す。

「その前にもう一件馬関係のお仕事が有るって」弥桜が警告する。


 9


「こんな馬イヤァー!」弥桜の悲鳴が雑木林に響き渡る。


 弥桜の予言通りに畑を荒らすウマが出るという情報をもとに、事務局から調査と処理の指令が下された。物見遊山のスガルも含め六人で現場に向かった。果たしてウマはすぐに現れたが、先日の馬面のタツノオトシゴと同じく、ウマ違いだった。

「もし、トイレに行ってコイツと目があったら私、気絶する自身あるわ」気の強い夕姫でさえ、そう評するウマの正体はポニー程もあるカマドウマだった。通称便所コオロギとも呼ばれる。それが夜の畑をピョンピョンと跳ねていた。月明かりに照らされた複眼が無表情に見えて不気味だ。

 幸いというか輝虎の戟の一突きでカマドウマは緑色の体液を吹き出しながら倒れた。そこまでは良かった。

「なんだ、呆気ないな」輝虎は戟に付いたカマドウマの体液を払いながら余計なセリフをはいた。

すると畑の周囲に広がる森林から沢山の物音が聴こえてきた。

「あーテトラ、イナゴの佃煮とか昆虫食って食べたこと有る?」イヤな予感を感じたバロンが輝虎に尋ねる。

「いや、おふくろがそういうの苦手で食卓に並んだ事は無いな」輝虎も冷や汗が出てきた。

「僕は海外そとで結構色々食べてきたけれど、しばらくは昆虫食は見たくも無くなりそうだ」バロンは先程は引き出すヒマも無かった龍神の剣を構え、臨戦態勢りんせんたいせいをとる。

 弥桜は一匹見ただけで悲鳴を上げ、回れ右をして、犬神のバンの中で青くなりながら龍神の鈴輪を振っているが、効果は見えない。邪やけがれれとは縁の無い怪なのだろう。

 夕姫は接近戦は嫌だとばかり、弓を持ち出している。しかし、矢の本数が心配になってきた。しかし、アレを見逃せば人や農作物、果ては自然破壊まで起きそうだ。

「山神とか精霊系でも無さそうだね。山のの一種かなぁ。でも、テル君の得物が効いたんだから頑張れば朝までには片付くんじゃ無い」オブザーバーに徹している、スガルが他人事のように言う。

「…スガルお姉さま、例の冷たい爆発、一発おいくら?」夕姫がイラ立ちを隠してスガルに問う。

「そうね、夕姫ちゃん相手なら原価で良いわ。ゴニョゴニョ」スガルが夕姫に耳打ちする。

「…磐梯軒ばんだいけんのチャーシュー麺大盛り二十杯いけるじゃない。ええい、じゃあやって!事務局に経費として請求するから。駄目だったらきっとバロンが払ってくれるわよ。後払いで良いわね」氷爆刃ひょうばくじんの単価を学校近くで見つけ、夕姫のお気に入りになった中華屋のラーメンで換算してゲンナリするが、ヤケになってお願いする。林の中に潜むカマドウマの仲間の数は見当もつかない。

「エ、僕?ウン、まあ良いけど」急に話を振られたバロンは驚くが了承する。バロンもアレと格闘するのはできる限り少なくしたい。

「毎度ー。大丈夫、無駄打ちは控えるから」スガルは早速、ウエストポーチからクナイを引っ張り出そうとするが

「ちょっと待って、試したい事が有るから」夕姫が雑木林を睨みながら話す。


「考えたねぇ。夕姫ちゃんも法術習ったら?攻撃力格段に上がるよ」スガルが夕姫が用意した矢にクナイを縛り付けながら提案する。

「無理なんじゃない?ヒイラギさんに才能無しって言われたわよ。これでヨシ!じゃあ試してみよう」そう言って最初の一本をつがえ、引き絞る。他の者には見えなかったが、夕姫の千里眼でもっとも密度が高そうな方向に矢を射掛ける。直前までスガルが念を込めたものだ。射抜こうとしたものではないので大きく弧を描き、不穏な林に吸い込まれる。鈍い爆発音と共に大カマドウマが吹き飛ぶ姿が視えた。

「おお、玉屋ー!」スガルがお気楽に喝采かっさいを叫ぶ。投擲距離まで近づかなくて助かったことも有る。

 しかし、この一撃で自分達が大カマドウマの敵だと認識されたようで、お化けムシ達はバロン達に向って飛んで来る。


 続けて二本ほど氷爆矢を放ったところで乱戦になった。すでに距離が接近しすぎて、爆発する矢など放てない。すると犬神のバンの中から三人の言い争う声が夕姫の地獄耳に飛び込んできた。バンの中には犬神とポンコツ巫女と…


 三人目というか一匹がバンの影から現れる。ポンコツ巫女は自分が出ない代わりに、使い魔を派遣した。ペンタはいつもの通り大キツネに变化し、カマドウマに飛びかかる。毒蛇の時と異なり、飲み込んでいるようだ。

「…おいしいのかしら?…いえ、アレはしぶしぶって感じね…」接近戦を嫌がって、夕姫とスガルは男性陣に舞台を譲って観戦している。一応、虫の体液まみれで奮戦している二人の死角はフォローして矢を放ってはいる。

 飛び回っている黒い大キツネは余り好みでない踊り食いをしている為に少々肥大してきた。力の放出は飼い主がいないと出来ないのだが、弥桜はバンに籠城ろうじょうしたままだ。

 夕姫はあることに気が付いた。氷爆矢の直撃を免れた大カマドウマが冷気で倒れているのだ。

「もしかするとコイツら寒さに弱いのかも」夕姫はスガルを振り返り

「スガルお姉さま、アイツらをまとめて氷漬けにする方法知らない?」夕姫は慇懃無礼いんぎんぶれいにスガルに尋ねるが

「クナイは使い切っちゃったしねえ。巫女様に頼んでみたら?おたくのペットに便所コオロギを冷凍してくれって」スガルはこの狂騒状態に呆れているのか、今日は一旦引き上げようかと考えていたため、やる気は感じられない。

「ええい、もう!」夕姫はバンまで走り

「弥桜!ペンタに氷結攻撃させて!直接虫とヤリ合わなくていいから!」ドアを開けて弥桜の手を引き、引っ張り出す。

「イヤ!夕姫ちゃん、気色悪いよぉ」バンから降りては来たが、カマドウマ達の方は見ない。

「あんたもお務めについたんだから、覚悟決めなさい。使い魔を出してるからサボってるとは言わないけれど、正義の忍者の力が必要なの」夕姫は弥桜をなだめすかしてヤル気にさせようとする。

「忍者の力?」

「そう、アノ大キツネに冷気攻撃とかさせたいんだけど。カマドウマ達、虫だけに寒さに弱いらしいの。出来るだけ広範囲の温度を下げられない?」

「出来るのかしら?…えーと」弥桜は正式に担い手となった星辰の剣をバンから引っ張り出して、顔の前で構えて念じる。すると大カマドウマを食い散らしていた大キツネが黒い顔をこちらに向け、うなずいたように見えた。試しに白い吐息を吐くと辺りに霜が付いた。至近で触れた大カマドウマは跳び上がれずヨロヨロと倒れ込む。

「おお、イケるじゃん!」見ていたスガルが手を叩かんばかりに喜ぶ。

「さあ、じゃんじゃんやって!まだまだいくらでもいるわよ」夕姫が発破をかける。弥桜がペンタに広範囲へ攻撃させ、大カマドウマがパタパタとへたり込む。それをバロンの龍神の剣と輝虎の雲龍の戟で止めを刺していくが、カマドウマはあとからあとから林から湧いてくる。際限が無い。

「前にさぁ、仕事で洞穴に入った事が有ったんだけれど、カマドウマがさぁ壁といい、天井といいびっしり張り付いてた時、絶対に割り増し料金取ろうと思ったね、今晩もそうだけど」転がっている大カマドウマから出る体液のニオイに顔をしかめつつスガルがぼやく。これは掛かりそうだ。

 辺りに独特の気配が感じられるので、カマドウマが出現した時点で犬神が後始末の応援を依頼したのだろう。ただし、彼らに討伐の手伝いは頼めない。犬神だって戦闘中はバンから降りてこない。動くとすれば、お務めを下手打って近隣の住民や住居等に被害が及びそうなときだ。もちろんそんな事が有れば担当チームの評価は著しく落ちる。

 聞くところによると、里外よそもののバロンをリーダーとしたこのチームは任務の達成率が3期生を含め、もっとも高いそうだ。周辺への被害額も大きいという但し書きは付くが。チームのミスとは認定されていないので、あえて評価には反映されていない。スガルも龍臥山りゅうがさんやキング・スレイマーンの件で思い知らされている。バロン達は騒ぎを大きくしていない。大騒ぎが向こうから来るのだ。スガルも真田の端くれではあるので、里に寄った時はそういった話も入ってくる。バロンのバロンたる由縁ゆえんはあのホラ吹き男爵と呼ばれているミュンヒハウゼン男爵の末裔まつえいで、その一族の体質でこのようなトラブルを呼び寄せるのだ。そのバロンが

「アレ?共食いを始めてるな。カマドウマって共食いするんだ。カマドウマ、カマドウマ…そうだ!」バロンは何かを思い付き、大カマドウマの襲来のスキを見て、弥桜達の方へ寄ってくる。

「バロン君、ケガしてるじゃない。ちょっと待って」弥桜が左手首に嵌めた龍神の鈴輪をバロンに念じて押し付けるとバロンの腕に付いた擦り傷や切り傷が塞がった。

「へー、便利ねぇ」スガルが感心する。やはりこのチームのポテンシャルは他のチームと段違いだ。

「ありがとう。かすり傷だったから気にすること無かったのに。ところでお願いが有って来たんだ」バロンが害虫退治のアイデアを口にする。


 10


「本当にこんなモノでイケるのかしら」スガルは半信半疑で氷の壁を叩く。氷屋が持ってくるような透き通った氷では無いが、強度は十分らしい。

 バロンは弥桜に氷で壁を作って貰うことにした。弥桜が星辰の剣で水を出し、黒焔丸ことペンタが氷結させ、半径10メートル程度の扇型の氷の壁を自分たちを挟んで二枚築いた。設置場所の農地には心苦しいが、大カマドウマの跳躍や遺骸で荒れまくってしまった為、これ以上被害を拡大させないよう、やむを得ず犠牲にすることにした。後で事務局を通して補償交渉が行われるだろう。バロン達が悪い訳ではないはずだが。

 二枚の氷の壁の間は2メートル程度有り、バロン達五人が籠城する。左右と上方は開いているが輝虎とバロン、夕姫が飛び込んできてしまう大カマドウマを撃退する為に構えてはいる。後は

「やっぱり思った通りだ」バロンが満足そうに言う。氷の壁はガラスのように透明では無いので外の様子は見えないが時折ドーン、ドーンと大きな音が聞こえてくる。氷を作り終えた黒いキツネ姿のペンタがカマドウマを壁に向って追い込んでいるのだ。

「カマドウマは翅が無い分、脚力が高いんだけれど、驚いて跳躍すると壁にぶつかっても死んじゃう事が有るんだ。この怪も子馬程も有る体で氷の壁に激突すれば無事じゃ済まないよね」バロンが語っている間にもペンタに追われたカマドウマ達が氷の壁にぶつかって轟音立てる。

「イヤァ!」弥桜が怖がって耳を塞いでしゃがみ込む。

「毒ヘビの群れに飛び込んで平気なクセにこれはダメなの?」夕姫が呆れて弥桜を見下ろす。

「私、嫌いなヘビの群れに飛び込んだりしないもん。きっと、どこかの美少女忍者と間違えてるんじゃない?キャ!」また激突音がして弥桜が悲鳴を上げる。

「ダメッ!生理的に受付ないのッ!夢に見そう!」しゃがみ込んではいるが、弥桜は星辰の剣で二枚の氷の壁を維持はしている。

「弥桜ってエッチ服を着ているときは強気なのに普段はポンコツよね。もしかしたら二重人格じゃない?」夕姫が呆れてぼやく。

「私、ジキル博士じゃないもん!あんな大きな虫、私じゃなくてもダメな人いっぱいいるよ!」弥桜は頭を抱えたまま叫ぶ。

「まあ、虫嫌いじゃなくてもアレはクルよねぇ。仕方ないか」スガルは安全地帯でリラックスしている。

「でもこれは涼しいねぇ。私の部屋にも寝るとき屏風サイズのヤツ作ってくれないかなぁ」蒸し暑い夜には壁から漂う冷気が心地よい。

「でもさ、こうしていると夜店のあんず飴になった気分にならねえか」輝虎がぼやくが

「…あんたなんて舐めないからね」夕姫が想像してイヤな顔をする。

「えっ、夕姫ちゃんは舐められたい方?」スガルがワザと不思議そうに尋ねる。

「ふーん、へーん、そうなんだぁ」しゃがみ込んでいた弥桜も驚いた顔で夕姫を見上げる。

「ナンでそうなるのよ!マジメに仕事して!」夕姫は怒るが虫は正面から壁にぶち当たるばかりで仕事は無い。

「あらかた片付きそうだね。本当に弥桜ちゃん、あのキツネどうやってるの?」バロンは先日、横浜の海に突き落とされたのにもりず弥桜に尋ねる。

「ウッ!に、忍者の企業秘密!」ペンタの正体をバラさない約束を守るため弥桜はとぼける。

「企業秘密かぁ。じゃあ、仕方ないかぁ」意外にあっさり引き下がる。バロンは好奇心は強いが女性の秘密を強く詮索したりはしない。弥桜は心の中でほっと胸を撫で下ろす。しかし、バロンが余計な一言を口にする。

「これでもっと大きなのでも現れない限り、決着付きそうだね」能天気なセリフが終わらないうちに地響きがした。

「まさか…」輝虎が諦めの表情をする。

「そのまさか」夕姫が断言する。慣れていないスガルと弥桜がなんのことかと顔を見合わせる。

 さらにドンッと地面を蹴る音と木や枝が折れる音が続く。輝虎が氷の壁の間から飛び出して状況を確認しようとして、目を疑った。ダンプ程もある巨大カマドウマがこちらに向って跳んできている。弥桜達が作った氷の壁もあの巨体では持つまい。

「みんな、逃げろっ!」輝虎は氷の壁に身を隠している残りの四人に避難を叫ぶ。スガルが瞬間的に戦闘モードのスイッチが入り、弥桜の手を引っ張り氷の城壁から退避する。バロンと夕姫は反対側に逃げるが、夕姫が逃げ切る前に巨大カマドウマが氷の壁に落ちて来た。氷を砕く破壊の轟音と共に不気味な巨体がのしかかる。夕姫もなんとか巨大カマドウマの下敷きにならずにすんだが、一難去ってまた一難という状況に追い込まれた。巨大カマドウマも当然肉食だと思われるが、夕姫の手の届きそうな距離に凶悪な造形のアゴが迫っていた。

「イ、イヤ…」ギチギチと動くアゴとヒュンヒュンと動く触角が恐怖を誘う。複眼のようだが夕姫を獲物だと見ているのが感じられる。夕姫は尻餅をついたまま後ずさる。

「ユーキ!」輝虎は雲龍の戟で左後脚を断ち切るが、巨大カマドウマは止まらない。黒キツネ姿のペンタも異変に気付き、駆けつけようとするが間に合いそうにない。バロンがカマドウマのアゴと夕姫の間に割って入ろうとすると、カマドウマの動きが止まり、ゆっくりと頸が堕ちる。頭だけでも軽自動車位は有りそうなものが鈍い音を立てて畑に沈む。

「ウワッ!」バロンは吹き出した体液を頭から浴びてしまい、目が開けられなくなる。

「ヘマ打ったな」夕姫の背後にいつの間にか、黒いヘルメットを被った長身のライダー姿の男が立っていた。その手には刀身が長い槍を携えている。その槍で巨大カマドウマの頸を斬り落としたのがわかる。

「…ありがとう。ところで、どちらさま?」夕姫は立ち上がれぬまま、男に声を掛けるが

「礼には及ばん。ココは地元だ。オレたちの仕事でもあった。アンタ達の仕事ぶりを見させて貰っていたため、出るのが遅くなった。名乗らんがまたすぐに会えよう。ではな」そう言って男は身を翻し、走り去る。夕姫の千里眼には男がバイクに跨り、槍を背負って走り出すのが見えた。夕姫は男の背格好を見て嫌いな男を思い出したが、ここにいるはずは無いし、所作が良くも悪くも荒削りでとても里の人間とは思えなかった。

「ユーキ、大丈夫だったか?」輝虎が遅ればせながら夕姫のもとまで駆けつけた。

「ええ、なんとかね。バロンのほうがヒドイんじゃない?」頭から巨大カマドウマの体液を浴びてしまったバロンに弥桜がタオルを渡している。キツネは姿が見えないので、もう弥桜の影に戻ったようだ。

「誰だ、アイツ?」輝虎が男が立ち去った方を見る。

「さあ、ここの怪狩りじゃない?地元がどうとか言ってたわよ」当然だが、怪と里が呼称しているものは数え切れないほどいる為に、それに対処する組織や個人も数多存在する。太刀守だけが怪を処理している訳ではない。里の行っていることは訳有りな慈善事業と若者の教練を兼ねてなされているだけだ。

「それにしちゃあ、ごゆっくりな登場だったじゃねえか」輝虎はグチるが

「来ただけでもマシじゃない。助けてくれたんだし。コッチの手の内を見ていたようよ」

「まさかと思うが敵対組織とかじゃねえよな」輝虎は男に良い印象持っていないようだ。太刀守の一族を敵対視している者もいるらしい。実際に出くわした事は無いが、お務めを始めるにあたって充分に気を付けるように言い聞かされた。お務めを妨害された事例も犬神から聞かされた事がある。

「違うと思うわよ。もしそうなら私を助けたりしないでしょ」夕姫は輝虎の手を借り、立ちあがってスカートのお尻を叩いて汚れを落とす。

「ああ、汚れちゃった。犬神サン、車に乗せてくれるかな」

「夕姫ちゃん大丈夫だった?」反対側に逃げたスガルが声をかけてきた。辺りのカマドウマ達はいつの間にか姿が見えない。

「どうやらあのデカブツが大元だったみたいだね。大きな産卵管が有ったからみんなアイツの子供かも。でもこれで逃げたのだのを気にしないで済みそう」スガルが意外に冷静に観察しており、事態の収束に言及する。

「そうね、あんなのが人里に出て人間を頭からバリバリやられちゃ、たまんないもの…本当に人間に被害出て無いんでしょねえ」

「それはアンタ達の責任じゃ無いでしょ。被害といえばバロン君とテル君が浴びた虫の返り血と、夕姫ちゃんのかわいいお尻の汚れ位じゃない」自分はまったく汚れていないスガルが言う。やはり年の功か、立ち回りがうまい。


 11


「見てきたぜ。なかなか出来るな。お前が狙っている男とやらも使えるじゃないか。まあ、俺の相手じゃないがな」

龍剣は薄暗い堂内に座る妹に物見の結果を伝える。

「楽しみでしょう」妹は微笑みながら振り返る。

「ああ、期待通り法師斬りを使えそうだ」龍剣は凶悪そうな笑みを浮かべる。

「それに凰の娘も気が強そうで俺の好みだ。早く泣かせてみたいもんだ」

「相変わらず趣味が悪いわね。まあ良いわ。私は楓太郎君がウチに来てくれれば良いのだから」

「正しいのか、お前の占とやら?アイツはほとんど見も知らない男だろう。お前はそれで良いのか」

「あら、心配してくれてるの、兄さん。大丈夫よ、彼、見た目も好みだし、ウチみたいな家が結婚相手を自分で選べるなんて元から無理だもの」そう言って少女は蝋燭の灯りの中で微笑んだ。

「済まねえ、俺のせいで」

「良いのよ、兄さん。そのうちお父さんも許してくれるわよ」


「カーッ、麦茶が美味しいっ!」風呂上がりのスガルが泡の付いたグラスを座卓に音を立てて置く。

「…スガル姉、ソレ、麦茶じゃないよね」同じく風呂上がりで髪をアップにした夕姫が白い目でスガルを見る。

「麦茶よ。発酵した。未成年の前では特にそうなの」そう言ってスガルはミネが畑で収穫して茹でてくれた枝豆に手をのばす。

「良いよなぁ、俺も今晩は絶対にハンドルを握らないって言う確証が有るんなら、発酵した麦茶飲みてぇ」その様子を犬神が羨ましそうに見る。手元にはスガル流で言えば炭酸入り砂糖水があった。もちろんノンアルコールだ。

「……」もう一名、物欲しそうにスガルの手元を凝視する者がいた。

「…弥桜ちゃん、飲みたいの?」バロンがまさかと思いつつ尋ねる。よく体を洗ったがまだ虫臭いような気がして、自分の腕等の匂いを嗅いでいた。

「えッ、ソ、ソンナコトハ…ただおウチだと父さんの晩酌に付き合ってたなぁ、とか思い出したような…」弥桜は声が裏返ってしどろもどろになる。

「飲むんだ…」夕姫が驚く。確かに神社に酒は付き物のような印象は有るが弥桜は未成年だ。

「じゃあ、一杯だけ」アルコールが入り、陽気になったスガルが発酵した麦茶の缶を持ち上げる。

「ダメよ。弥桜が酒乱だったら誰が止めるの。だいたい未成年にビールを勧めんな。弥桜も指くわえない」夕姫がスガルと弥桜を睨む。

「ケチぃ…」弥桜が未練がましく、上目遣いで抗議する。

「ケチじゃない!お酒は二十歳になってから、未成年」夕姫が学級委員長みたいな事を言う。いつもはルールを破ったり、かいくぐる方なのだが、コレに関しては嫌な予感がする。ソノ夕姫の勘は正しかった。


「ハイ、弥桜です。ああ、母さん。こっちは問題ないよ。問題なくハプニングだらけ。さっきもトラックサイズのカマドウマに追っかけられてた」弥桜の携帯電話に雪桜から電話が入った。

『くれぐれも気を付けなさいよ。まったく、男のお尻追っかけて旅するなんて…。ところでまさかお酒飲んで無いわよね?』

「の、飲んでないわよ、一滴も」声が裏返る弥桜。

『酔っ払ってバロン君に絡んだら百年の恋も冷めるわよ。私の目が届かないことを良いことに飲酒なんてしちゃ絶対駄目よ。この間、父さんの実家でさらした醜態を他でも披露しないでよ』

「ま、まさかぁ、アレはたまたま悪酔いしただけよ」

『日本酒3本も空けたあげく、太刀守の里の大人が三、四人がかりでも取り押さえられないほど暴れたって聞いたわよ。鷹崎家の乱って里中の噂になったって話じゃないの。母さん恥ずかしい…』

「…覚えてないもん…」そらとぼける弥桜。

『父さんがやっと実家と和解したから、そのうち私もご挨拶に行こうと思っていたのに…父さんなんて帰ってきた後、寝込むところだったわよ。…でも、あの里のわからないところは、そんな噂がたった娘に今まで以上に縁談の話が押し寄せたところね。実力主義というか筋肉バカというか…』

「き、きっと私の魅力を再発見したのね」

『…ソレ、バロン君には通用しない魅力だから。ああ、アホな娘を持つと苦労するわ。…アラ、アホな娘に剣難の予知のお告げが有ったわ。決戦の日が近いって』

「やっぱり」

『なんか有ったの?』

「こっちでバロン君を誘惑する悪いオンナがいるの。同業者よ。神社の娘だって」

『あら、大変。酒癖が悪い娘でもウチのやしろの命運はあなたに掛かっているのね。しっかりやんなさいよ…それから夕姫ちゃんにしばらく下着は新しいのを身に着けておきなさいと言っておいて。彼女にも剣難が降りかかるって…こっちは笹伏君が苦労しそうね』

「母さん、全然わかんない」

『お告げってそういうものよ。あなたもしっかり精進して身につけなさい。攻撃力ばっかりつけちゃって。ああ、育て方間違ったわね。次は気をつけなくちゃ』

「次?」

『…ナンデモナイワ。言葉のアヤよ』

「そう、じゃあ私も用心するね。じゃあまた。おやすみなさい」

『おやすみなさい、と言いたいところだけど、ちゃんと勉強してるの?そっちの高校だってズルして滑り込んだんでしょう?せっかく夕姫ちゃんやバロン君がそばにいるんだから教えて貰いなさい。…それから成績表は必ず送りなさいよ』

「わ、わかりました…」

『じゃあ、よく勉強してから寝るのよ』


(やっぱり)地獄耳を有する夕姫は聞くとはなしに弥桜親子の電話を聞いてしまった。鷹崎家の乱か、とんでもないこと起こしてきたな。犬神は知っているのだろうか?酒乱の同僚に気を付けなければ。ここでは一切飲ませないと心に誓った。

 それはそうと下着か。どういう意味だろう?誰かに見られる可能性が有るということか。備え付けの箪笥の中にしまってある下着を思い出し、みっともないモノは無いことを確認する。最近ブラのサイズがよく変わったのでそれに合わせ上下を買い直していたので、だいたい新しい。そのへんのお小遣いに困らないのはお務めの手当様さまだ。

 しかし自分に剣難が降りかかって輝虎が苦労するってどういう意味だろうと考えながら夕姫は眠りについた。


 12


「じゃあ、バロン君借りてくよ」スガルがバロンのオープンカーの助手席にオーナーを乗せ出発を告げる。事務局から正式にバロンのチームの亡霊馬への対処の指令が下った。しかし、弥桜の見立てについても考慮され、まずはスガルとバロンが現地調査を行い、必要に応じて全員で応援に駆けつける事になった。バロンのオープンカーは犬神がスグにいじれるように近くに借りたガレージに有ったものをスガルが勘付き、また強引に借りだした訳だった。

「くれぐれもキレイなまま返してくださいね。なんか有ったら…」夕姫が抑えてなければ付いて行きそうな勢いの弥桜が念を押す。もちろん車の事ではない。

「キレイって…僕、そんなに汚れやすい?」バロンが困った顔で笑う。もちろんそんな意味で弥桜は言ってない。

「バロン君もスガルさんに気を付けてね。襲われそうになったら大きな声あげるのよ」弥桜は年頃の女の子を送り出す親のようなことを言う。

「信用無いなぁ。大丈夫よ、アタシ、バロン君のカラダじゃなくて財産が目当てだから。損するのわかってて、手ぇ出したりしないよ」苦笑いしながら弁解する。日頃の行いが悪すぎたのだ。

「ヒドイなぁ、カラダ目当てって言われても困るけど、お金目当てって言われるのもヤダなぁ」バロンが笑って抗議する。

「じゃあ、みんな、ちょっと行って来るね。弥桜ちゃんの予言が気になるけど、気を付けてね」バロンがみんなの心配そうな顔に見送られ遠ざかる。福島県内だが、亡霊馬は夜に捜索することになるので泊まりがけだ。

「車大丈夫だよな」犬神がものすごく心配そうな顔をする。

「ちょっと、少しはバロンの心配しなさいよ」夕姫がたしなめるが

「だって、アイツは強運で何でも切り抜けられそうだけれど車はそうはいかないだろ?スガルは最近、自分のバイクをオシャカにしたばかりだぞ」犬神は大事なオモチャを取り上げられた子供みたいに拗ねる。

「ハイハイ、じゃあ私達は学校行くからね。弥桜もそんな顔してないで」置いてきぼりをくった子供みたいな顔をした弥桜を引張って学校に向かった。


 「アレ、夕姫ちゃんソレって」弥桜は女子更衣室で体育の授業の水泳の為、着替えている夕姫の胸元に光るモノを見つけた。

「しまった!な、何でも無いのよ」夕姫はチェーンでぶら下げたモノを隠す。普段はブラウスで隠れていているモノだが、体育の着替の時はいつも見られないように外して隠していたのだが、今日は忘れていたものを弥桜に気づかれた。

「イケないんだ、アクセサリー。…どうしたの?黙ってるから教えて」反則だろうと思える程、胸部が盛り上がった学校指定の水着に着替終わっている弥桜が食いついた。幸い他のクラスメート達は絡んで来ない。年頃の女子校生なので多かれ少なかれ校則違反の一つや二つしている。

「…テルからの誕生日プレゼント…さすがに指にはめるのは恥ずかしくて…」そう言いながら夕姫は金の指輪がさがった銀のチェーンをお財布と一緒にロッカーに押し込む。

「ふーん、へーん、そうだったのかぁ。バロン君には赤いクマのリヒト君貰ってたし、笹伏君からもナニか貰ったとは思ってたけど、まさか指輪とは…夕姫ちゃん達オットナァ」弥桜は肘でウリウリと押す。

「ふ、深い意味は無いのよ。アイツ単純だから他に何も思いつかなくてコレにしたって。ホントウよ」夕姫は珍しく受けにまわる。いつもは突っ込み役なので打たれ弱い。

「えー、でもナンにもなくて指輪を贈るぅ?いいなぁ、私なんてバロン君から貰ったのクマとチョコレートだよぉ。私もそういうアクセサリー欲しいなぁ」弥桜が羨ましそうに見る。

「さあ、早く行かないと授業始まっちゃう」着替た夕姫はごまかすように移動を促す。


 校庭では男子達が炎天下の中、サッカーの練習をしていた。二人一組でパスの練習をするのだが、今日はバロンが欠席しているので体育教師と行っている。先生は背が高いが輝虎と同じ位で、厚みは負けている。クラスメートでは物足りない輝虎には少しはマシな組合せだ。しかし、この暑さとプールで行われている女子の水泳授業に男子達は目が奪われて、やる気は無い。特に今シーズンはモデル体型の夕姫とグラビアアイドルみたいな弥桜が加わっているので既婚者の先生すらチラチラプールの方へ目が行っているのがわかる。

「坂田さんもなかなかじゃないか。アレじゃあバロンも誘惑されるはずだ。バロン、今頃どうしてるだろう」輝虎がパスを繰り出しながら、そう独り言をつぶやいていると視線に気がついたのか夕姫があっかんべーをしてきた。


 当該区域に到着したバロンとスガルは夜にはまだ早いため、馬関連の施設に聞き込みを始めた。いつものように高校のオカルト研究会員と顧問と言うニセの肩書で取材と称し、馬の幽霊について訪ねてまわる。最初は幽霊の話も知らない者や知っていても原因に心当たりがない者ばかりで怪訝に思われ続けたが、とある牧場に訪れると有力な情報を得ることができた。

「…ソレはスターブケパロスだと思います」競馬馬を養育する牧場の職員から話を聞くことができた。

「心当たりが有るんですか?」バロンが取材を装い、詳しい話を尋ねる。

「ええ、ここから近いし、海岸に出るって聞いて僕も心苦しかったんです」まだ年若い男性、佐々木は聞いてもらいたかったとばかりに話し出す。

「スターブケパロスは数年前、この牧場にいた競走馬だったんです。こんな弱小厩舎から優勝も狙えるような速い馬が出たって喜んだものです」

「でもスターブケパロスなんて馬、聞いたことないわ」競馬にも手を出してるスガルが口を挟む。

「ええ、デビュー前に駄目になってしまったんです。少し長くなるんですが聞いてもらえますか」

 スターブケパロスは両親共、血統がとても良いとは言えず、この厩舎のほとんどの馬のように乗馬用に出荷される予定の馬の一頭であったが、走らせて見ると非常にスジが良いことがわかり、競馬の強豪厩舎に移ることが決まっていた。

 スターブケパロスには佐々木の同僚だった女性職員がついて世話をしていた。彼女も自分の事のように喜んだ。彼女は夜中、スターブケパロスに跨り海岸を散歩するのが趣味だったが、馬の移動が決まり、安全の為に散歩はできなくなってしまった。

 そんな矢先、その女性職員が交通事故で死んでしまった。夜の散歩ができなくなった為にクルマを飛ばしたのか、ストレスからの操車ミスかは結局本人しかわからなかったが、帰らぬ人になってしまった。

「それからです。スターブケパロスの元気が無くなったのは」夜の散歩ができなくなっても、彼女が顔を見せれば嬉しそうにしていたのだが、彼女がいつまで待っても来ないとなって、スターブケパロスは精彩が無くなり、走らせてもやる気が感じられなくなった。強豪厩舎への移動も見直しの話が出始めたときに事件が起こった。

 中央ではともかく、地元では期待の新星として名が売れていたスターブケパロスの凋落は噂になっており、ある新聞記者がスクープ狙いでこの厩舎に忍びこんだ。詳細はこの職員にもわからないそうだが、その新聞記者が驚かせた為に、スターブケパロスが驚いて暴れ、脚を骨折してしまった。

「脚を痛めた馬がどうなるかはご存知でしょう」佐々木は下を向く。

「ええ、今の医療技術じゃ、苦しめるだけで助けられない」バロンも同情する。

「…一度ね、後をついてった事があるんです…綺麗だったんですよ…夜の海岸を走るスターブケパロス」佐々木は思い出したのか目尻に涙を浮かべる。

「好きだったのね、彼女が」スガルが神妙な声で話しかける。

「…はい、でも彼女は馬の方ばかりを見ていて、全然振り向いてくれなかった…スターブケパロスも彼女を探しているんだと思います。もしアイツに会ったら渡して貰いたいものがあるんです」そう言って佐々木は建屋に入っていくと手に何かを持って戻ってきた。

「彼女が生前使っていたブラシです。よくこれでスターブケパロスをブラッシングしていた…」佐々木は形見として持っていたブラシをバロンに渡す。

「わかりました。もしスターブケパロスに会えたら必ず」バロンはブラシを固く握りしめる。幽霊にブラッシングできるかどうかはわからないが佐々木の意思を尊重しようと思った。


 13


「笹伏君、結構ヤルゥ。あんな指輪を贈ってぇ」弥桜が輝虎を肘でウリウリとどつく。下校途中じっくり見せてもらった指輪は金のリングに小さいがルビーが入っており、手の込んだ意匠が施されていた。貴金属に詳しくない弥桜にも高価に見える。

「ねえ、プロポーズ?婚約指輪?」他人ひとの恋愛話だと思って興味津々な弥桜であった。

「「ちがう!」」息ピッタリの輝虎と夕姫だった。

「友人、いや戦友への誕生日祝いとしてだな…」体育の時間に見た二人の水着姿を思い出してしまい、少し意識してしまって動揺している輝虎だった。指輪はプロポーズや婚約指輪を意図していた訳ではない無い。ただ身に付けてもらえるモノを考え、指輪になったのだが指にははめてもらえていない。ペンダントトップとしているのは、どうしたものかと相談したバロンに勧められた上、銀のチェーンまで貰ったからだそうだ。

「友人、戦友ぅ?笹伏君って友人にこんな指輪を送るんだ。コレ特注よねぇ。ねえ、ねえサイズどうやって聞いたの?オネーサン知りたいなぁ」弥桜が輝虎に絡む。輝虎は顔を真っ赤にしてのぼせてしまいそうだ。

「弥桜、そこまでにしといて。元はと言えば私が見せてしまったのが原因なんだから。テルはイジメないで。いいじゃない、弥桜もバロンになんか貰えば」

「あー、かばうんだぁ。やっぱりラブラブね。…ムム…コレは…うーん…やっぱり、やめておこう」いつものように唐突に弥桜へ啓示が降りてきたが、表情が暗くなり内容を話したくないようだ。

「ナニか視えたの?」夕姫が気になって問うが

「いい、夕姫ちゃん、どんな事が有ってもお互いを信じる事が大事だよ。カタチじゃないからね」弥桜はいやに力強く、夕姫達に振り返って言い聞かせる。

「な、なによ、引っかかるような言い方ねぇ」夕姫が怪訝そうに聞きなおす。

「テトラが浮気するのかも知れんな。サカリのついたオス猫はアッチコッチに手を出すものだ」最近は予告無しで弥桜の影から出たり入ったりしているペンタが駄菓子屋で買って貰ったスルメを齧りながら口を挟む。

「そのへんは大丈夫よ。夕姫ちゃんを超える御主人様はいないよぉ」弥桜が妙な太鼓判を押す。

「俺は犬かなんかか?」輝虎がイヤそうな顔をする。

「そうだな、牙を抜かれて調教済みだものな」ペンタが納得したとばかりにうなずく。

「…なによ、私達の事ばかり…弥桜こそスガル姉について行ったバロンは心配じゃないの?」やり返そうとするが

「ウン、ソレは大丈夫。もし約束破ったらスガルさんに祟るって言っといたもん」自信満々で答える。

「おっかないわねぇ。祟るとどうなるの?」

「そうねぇ、何もないところでつまづいたり、タンスの角に足の小指ぶつけたり、飲もうと思って缶ビールを開けようとするとプルタブが取れちゃうかも」

「…地味にイヤねぇ。やっぱり弥桜を怒らせるのはやめておこう。…ねえ、ペンタ、ネコってスルメ食べて良いの?」夕姫はもくもくとスルメを食べているペンタに尋ねる。


「これだから、やんなっちゃうよねぇ」自分ひとりで捜索した時は三晩掛かったのに、範囲を絞ったとはいえ、バロンを連れてきた今回はスグに現れた亡霊馬にスガルはボヤかざるを得ない。

「え、なんか言いました?」オープンカーの助手席に座るバロンが聞き返す。

「…バロン君は良い子だなぁと言ったのよ」日が落ちた砂浜を闊歩する亡霊馬を睨みながら、どうしたものかと考えるスガルだった。亡霊馬は打ち寄せる波を背景にうっすらと光を放っているように見える。

「あれ、本当にスターブケパロスですかね?」牧場の佐々木から見せて貰ったスターブケパロスの写真にはよく似ている。

「そうじゃなくても、なんとかしないとなんないのは変わらないけどね」ビジネスで来ているスガルは現実的なこと言う。

「うーん、スガルさん、裸馬に乗ったこと有ります?」

「へ?」スガルはマヌケな返答をする。


 鼻をつままれてもわからない程、真っ暗な山の中を木を押し倒し、藪を踏み倒す音がする。わずかに木々から漏れる月明かりに照らされると黒い蔦の葉に覆われたような小山のようなモノが二本足で移動している。全高は4メートル位はあろうか、動いている脚以外はどこが首やら、腕や肩なのかもわからない。一つだけわかるところがあった。大きな体の上部に開く一つきりの眼球だ。この瞳に見つめられれば常人では体がすくみ、動けなくなる。

 その山の怪なのか魑魅魍魎なのか判別出来ないモノが山の斜面を移動していく。

「よう、何処へ行く気だ?」黒いライダースーツの男が一つ目の前に立ちはだかる。手には一間半(2.7メートル)以上の槍を手にしている。穂先は十文字だ。

「オマエ、猟師を喰ったんだってな。いや、とがめはしねえ。アイツ等だって獲物の命を奪って来たんだ。自分が食べられるのは勘弁とは言えねえだろう。でもな、子供はダメだ。それにもう、人の味を覚えたオマエは山に籠もってられねえだろ」龍剣は気だるそうに長槍を肩に担ぐと、足を止めた一つ目に向って踏み出す。

「元は山の神だったかもしれないが、信仰を失ったオマエはもうお役御免だ。あまつさえ人を襲うなんたあ、悪鬼に身を落としたな。抵抗しなけりゃ楽に滅ぼしてやる。でも良いぜ、全力で逆らっても」龍剣がそう言い放った途端、一つ目が何十もの法螺貝ほらがいを吹いたような轟音で唸り、睨む。龍剣を衝撃波が襲い、山が揺れる。

「おー、おっかねえ。チビリそうだ。ヤル気だな。言っておくがなぁコイツは法師斬りって呼ばれてて、昔、コイツでダイダラボッチを一刀のもとに斬り捨てたそうだ。オマエは何刀持つかな?」山中の生き物が動揺する中、龍剣は涼しい顔で自分の得物について語る。

 一つ目は右脇から真っ黒い蔓で出来た腕のようなモノを龍剣に伸ばす。腕は不愉快な音を立てながら10メートルは離れている龍剣へ延びてくる。龍剣は避けもせずに自慢の槍を振るうと、腕は中程から断ち切られドサッと落ちて転がる。一つ目は痛かったのか唸りながら巨体を震わせ、斬り残された腕を引っ込めた。今度は左腕らしきものを伸ばし龍剣を横薙ぎにしようとするが、やはり龍剣に斬り飛ばされる。一つ目は痛みと怒りに震える。

「なんだ、こんなもんか?人食いっていうからもう少し歯ごたえ有るかと思って期待していたんだが…」龍剣が鼻で笑うと一つ目は身を震わせると目の下の腹部辺りから触腕を3本同時に伸ばす。今までのように龍剣を捕まえようとする動きから、突き殺す意図で放たれたように見える。

「オイオイ、つまんねえなぁ。肩慣らしにもならねえ」龍剣は長身を活かし、触腕を流麗なステップで受け流し、切り飛ばしたり、絡め取ってねじ切る。

「全力で来いよ、このままじゃ無駄だってわかったろ」五月雨式さみだれしきに触腕を伸ばす一つ目をいなしながら龍剣は挑発する。一つ目は怒号らしき唸り声をあげ、タコが捕食するように、体全体を触腕に変形し龍剣を包み込むように襲いかかる。

「そうそう、やればできるじゃねえか!」龍剣は笑みをこぼしながら、十文字槍を風車のように回転させて触腕をバラバラに解体していく。


「ずいぶん可愛らしくなったな」放ちきった触腕を斬り捨てられた一つ目は50センチメートルほどの目の付いたウニのようになってしまっていた。まるでルドンの絵画に出てくるモンスターのようだ。龍剣から遠ざかろうとにじるが、カメよりも遅い。

「笹伏とヤリ合う前のウォーミングアップにはなったが、もう用済みだ」龍剣は懐から符を抜き出し瞬きしない眼球に貼り付け、十字槍で縫い付ける。蛍光色の真っ赤な焔が立ち上がると、みるみる一つ目が焼き崩れ周囲にあった斬り飛ばされた触腕の残骸まで燃え朽ちる。最後まで見ずに龍剣は立ち去る。里のお務めのようにバックアップなど無いので、明日の明るい時間にでも確認に戻って来るつもりだった。

「アイツのおかげで今日も楽ができたな」龍剣は首から下げた小さな円形の鏡と、一つ目を焼き尽くした符を用意した妹に感謝した。一つ目の威嚇や咆哮に耐える事が出来たのは妖力や霊力を跳ね返す鏡のお陰だった。龍剣自身は法力を操れないので妹の力を借りている。この場所に人食い山の怪が出現するのも言い当てた。焼滅の符も用意してもらったものだ。ひとりで魑魅魍魎を退治している龍剣には妹の支援が欠かせない。龍剣は近くに停めたバイクに戻って、走り去った。


 14


 「スガルさん!もっと前へ!」亡霊馬に並走するオープンカーの助手席でバロンが叫ぶ。

「こっちも頑張ってるのよ!ああ、せめてオフロード用のタイヤなら…」夜の砂浜を疾駆するオープンカーを運転するスガルは滑りそうだったり、砂地に取られるハンドルをたくみに操ってなんとかバロンの要望通りに亡霊馬に並走しようとする。元々バロンのオープンカーはこんな砂浜を走るように出来てはいない。スガルや犬神でなければ、いつスタックしてもおかしくない。

「…後、もうちょっと…せいやぁ!」バロンはオープンカーのドアの上部にブーツを掛けて、亡霊馬に飛びつく。バロンは子供の頃、中東の何処かの国で現地の遊牧民に裸馬の乗り方を教わった。その時はもちろん亡霊ではないし、大人の馬でもなかったが、馬具無しの裸馬に跨った経験からこの方法を思いついた。

 スガルも里の名家のたしなみとして乗馬は経験しているが、当然くらあぶみ等の馬具を付けた馬にしか乗っていない。走っている馬に飛び移るなど考えもしなかった。クルマやバイクを乗り捨てて飛び移る気にもなれないが。

 飛び移ったバロンは亡霊馬には鞍や鐙は無いが、手綱たずながあることに気が付いた。馬の背で跳ねる手綱に手をのばすが疾走する亡霊馬にしがみつくのがやっとで、なかなか掴めない。

「ウゥ、あとちょっと…アアッ!」亡霊馬が跳ねたタイミングにバロンが対応出来ず、振り落とされる。子供の頃よりも大きく、重くなった体に落馬の衝撃がはしる。

「砂浜じゃなければもっと痛かった」バロンは星空を仰ぐ。

「大丈夫?バロン君」車から降りてきたスガルが心配してバロンの顔をのぞく。大きなケガをしているようには見えない。

「いやぁ、振り落とされちゃいました。なかなか気性の激しい馬みたいで。でも、しがみつけられたということは、跨がれるということだと思います。スガルさん、もう一度やってもらえます?」

 その晩、バロンの体力が尽きるまで、さらに三度挑戦するが、いずれも落馬で終わった。バロンが手綱を掴めるようになると本格的に振り落とそうとし始め、急旋回、急制動、跳躍等を行い、さながらロデオに挑戦しているようだった。バロンもだんだんと慣れて、騎乗時間を伸ばしたがしがみついているのがやっとで、その先には進めなかった。

 「…バロン君、今晩はここまでにしよう」もう四度目になるがスガルが落馬して倒れているバロンの顔を見下ろす。亡霊馬はどこかへ消えてしまって、波の音だけが際立つ。

「うーん、でも次、いつ出会えるか…」スガルは遭遇まで三日掛かったと聞いていたバロンが心配する。

「大丈夫よ、アナタ強運じゃない。明日も会えるわよ。それにもう子供は寝る時間よ」と言っても、もう2時近い。スガルは手を差し出し、バロンを引き起こす。

「…犬神サンに悲しまれそうだなぁ」砂まみれのバロンが何度も助手席に座り、ドアの上端も飛び移る時にブーツの足を掛けた為に細かい擦り傷が出来た。

「汚れは掃除しよっか。アタシも手伝うから」スガルがヘッドライトに照らされているバロンのわかる範囲でホコリをはたく。借りだした手前、スガルも責任を感じている。バロンの車ではあるのだが。

「さっ、おひらき、おひらき。よく眠って明日の夜に備えましょ。あっ、もう今晩か」スガルが腕に巻いたダイバーウォッチを見る。

「アタシも気を付けないとお肌に来るからねぇ」


「バロン、今頃何してるだろうねぇ」学校へ向かう道すがら、夕姫は弥桜の方を向いて言ってみた。連絡も無いし、何かあるとは思わないが弥桜をからかってみただけだ。

「ウー、イジワル。夕姫ちゃんなんかバチが当たっちゃうんだから」弥桜がほおを膨らます。

「視えるわ、夕姫ちゃんが半ベソかいて笹伏君にすがりついてる姿が」弥桜が意地悪そうな顔で言い返す。

「私がテルにぃ?」夕姫はとても信じられないという顔をするが

「アレ、笹伏君、上半身ハダカだ…ナニが起こるのかしらねぇ」ウフフとヒトの悪い笑い方をする。二人とも全裸というなら、もしかしたらということもあるが…

「ウソでしょ?上半身裸のテルに抱きつく理由が思い当たらない」具体的な未来を予知され、多少動揺する。

「上半身ハダカねぇ、稽古中かなんかかな?」輝虎も気になって上着を脱ぐシチュエーションを考えたが、夕姫に抱きつかれる場面は思い浮かばない。

不倶戴天ふぐたいてんの敵もバロン君がいないせいで大人しくしているみたいだし、しばらくはゆっくりできそうよね」

「そうね、みっちり勉強しないと夏休み中、補習になっちゃうもんね」

「「ウッ!」」弥桜だけではなく輝虎までも呻く。二人とも編入試験は特例で合格させてもらっていると聞いている。学力の低調も問題だが、次の転校を考えると優の下は無理でも、良の上かせめて中位は到達して欲しい。ちなみに二人の成績は可の下と不可を行ったり来たりといったところだ。編入に不必要な体育の成績が良いのが余計に夕姫は腹が立つ。後は弥桜は家庭科、輝虎は意外にも美術科の成績が良いらしいが。

「帰ってくるバロンに笑われないように、せいぜい勉学に励むことね。そうじゃないとせっかくの高校二年生の夏を棒に振るわよ。それに…」夕姫は弥桜に耳打ちする。ナニを聞いたのか弥桜は赤くなったり、目を輝かせ次第に興奮してくる。

「じゃあ、じゃあ今度の週末辺りに私の帰省を兼ねて都内にでも一緒に行こうか?夕姫ちゃんのも選んであげる!絶対よ!」

「そのためにも今度の期末テスト、頑張らないと…あんたもよ!」夕姫は振り返って輝虎に指を突きつける。

「頑張らないと一生後悔するから。でもいい成績取れればイイコト有るかもよ」夕姫は思わせぶりな事を言う。

「イ、イイコトって?」輝虎が前のめりに尋ねるが

「ナイショよ。頑張んなさい」夕姫は身を翻して学校に歩き出す。


「じゃあ、俺は用が有るから…」放課後、輝虎がどこかへ走り出そうとする。

「ちょっと、最近コソコソ、ナニしてるのよ?」福島に異動してきてからというもの、輝虎は学校が終わってからや、休みの日にどこかへ行っている。夕姫が試しに携帯電話に掛けてみると電源を落としているようで、留守番電話になってしまう。犬神とバロンはナニか知っているらしいが聞き出していない。

「ヒ、ヒミツ」輝虎は弥桜の真似をするが

「カワイクないのよ、ア、ちょっと…」夕姫が文句を言っている間に輝虎は走り去ってしまう。

「行っちゃったね」弥桜も見送ってしまう。

「弥桜はナニか知ってるの?」

「夕姫ちゃんが知らないのに?ウーン、アレ、コレは…」弥桜は気になってしまい、イケナイと思いつつも見通してしまうが

「…やっぱり、そんなところかとは思ってたけど…夕姫ちゃん、笹伏君浮気はしてないよ」

「なになに?ナニが視えたの?」

「ソレは笹伏君のプライバシーだから言えないけれど、きっと夕姫ちゃんを驚かそうと隠しているのよ」能力を使ってのぞき見のようなことをしていて、プライバシーも無いものだが、弥桜は夕姫に安心しろと言う。

「なによ、最近弥桜って思わせぶりなことばかり言うわねぇ。い、良いわ、弥桜の顔を立てて知らないフリしておく」そう言いつつも夕姫の顔はつい緩んでしまう。

「夕姫ちゃん達ラブラブね。これは、私もお金貯めておいたほうが良いかな。結婚式にしろ、出産祝にしろ、お祝いあげる用意しないと…」弥桜が悩むフリをする。

「エエッ?そんなの気が早すぎるわよ。それにテルに決まった訳じゃないし…」

「でも、茜おばさんの例もあるしぃ、夕姫ちゃんがそのつもりは無くても、笹伏君はガマンできないかも知れないしぃ。それに既成事実が有れば決まったようなモノでしょ」

「き、既成事実って…」

「……と……して写真を……するの」弥桜は周りをはばかって夕姫に耳打ちすると、ナニを聞いたのか湯気が出そうなくらい真っ赤になる。

「ムリムリ!出来たとしても、そんな写真父さんが見たら卒倒するか、テルを絶対殺すわよ!」夕姫は手も首もブンブン振って拒絶する。

「弥桜だってそんな事出来ないでしょ」

「私はヤレって言われればヤルわよ。でもウチは反対してるの決定権の無い父さんだけだもん。意味ないもん。…そう言えばバロン君のお父様には会ったけど、お母様には挨拶してないや」

「バロンの母親って今、海外で秋まで帰ってこないって言ってたわよ」

「そっか、じゃあ今度バロン君について行ってお母様に楓太郎君の妻です、ってしっかり挨拶しないと」弥桜が馬鹿な事を口走ると

「…やめておいたほうが良いわよ。バロンの母親、冗談が通じないタイプなの。どんな騒動が起きるか想像も出来ないから。それこそバロンに引かれるわよ」夕姫は弥桜の暴走を未然に防ごうと忠告する。

「そっかぁ、じゃあまず彼女から始めるか。ただならぬ仲ですって付け加えて」弥桜はあっさり方針転換をする。

「お義母様になるのだから味方につけないと。でもあのお父様にそんな真面目な人がくっついたんだ」弥桜は少ししか会ってはいないが、バロンの父とも思えない軽薄さをクルトから感じていた。

「そうね、恋愛ってわからないモノなんじゃない?ウチだってあんな真面目な父さんが女子高生だった母さんに手を付けたなんて、まだ信じられないもの。まあ自分自身が証拠なんだから間違い無いんだけれど」夕姫が自嘲気味じちょうぎみに話す。そうこうするうちに下宿にたどり着いた。

「うーん、邪魔かもしれないけどバロン君に電話してみようかな。せっかくの携帯電話だし」弥桜は急にバロンの声が聞きたくなった。夕姫と輝虎にあてられたようだ。


「兄さん、チャンスかもしれないわ」鏡子が相変わらず道場の中で裂帛れっぱくの気合いで槍を振るう龍剣に話しを持ちかける。

「楓太郎がどこかへ出掛けていないの。職員室で確認したら明後日まで休みの届けが出ていたわ。今、こちらにいるのはあの三人だけよ」

「そうか、いよいよだな。で、どうする?」

「私がおびき寄せるわ。上手いこと言えばついてくるわよ。向こうは兄さんの事も、コッチの腹積もりも知らないんだから。神社の娘同士招待するって言えばあのオンナも来るはず。いえ、来させるわ」

「わかった。では明日の放課後、連れて来てくれ。お前も準備しておけ」


 15

 

 「うん、コッチは進展ないなぁ。エッ、スガルさんと?ううん、そうじゃなくて、馬の幽霊の件。正体はおよそつかんだけれど、乗りこなせなくてね」一晩中、亡霊馬に振り落されていたバロンと、オープンカーで並走していたスガルはお昼近くになってから起きて、また夜まで情報収集をすることにした。佐々木と出会った牧場以外では目撃談以外は新しい情報はなかった。そんな折に弥桜から携帯電話に電話が入った。

『バロン君、幽霊馬に乗ろうとしているの?大丈夫?どこかへ連れ去られたりしない』移動系の怪の多くに連れ去り型が多い。電車やバスの怪に乗ってしまい、どこかへ連れ去られた者の消息がわかった事は稀だ。神隠しのように忽然と消えてしまったり、説明がつかないような離れた場所に放り出される事も有る。

「大丈夫、あの子はきっと良い子だよ。もう何度も振り落とされたけれどケガしていないもの。そうだねぇ、多分僕とのゲームを楽しんでいるのかもしれない。うん、必ず乗りこなしてみるよ」

『充分気を付けてね。バロン君に何か有ったら私…』

「ありがとう。ちゃんと無事に解決して帰るから…安心して授業受けてね」余計な事とは思いつつも、弥桜の酷かった成績を思って口に出してしまう。

『ウッ!バ、バロン君も早く帰ってきてね、じゃあ』都合が悪くなった弥桜からの電話が切れる。

「愛しの巫女サマから?」待っていてくれたスガルが尋ねてくる。

「ええ、心配して電話して来てくれました」バロンがちょっと照れる。

「そうね、それに大好きな男の子が美人なオネーサンと一緒に行動していると思ったら不安なんじゃない。このオンナゴロシ」自称、美人のオネーサンが肘でつつく。

「ええっ!そうですか、そうなのかな?」バロンは腑に落ちなさそうだ。

「そうよ。でも大丈夫よ、巫女サマにバロン君を誘惑しないって誓ったから。あっ、でもバロン君がそのつもりなら断らないわよ。それにしても一向に新しい手掛かりは無いわね。もう一度、あの牧場に行ってみようか」バロンと一緒に牧場を中心に聞き込みをしたが、亡霊馬を目撃情報以上の話は聞けず、手掛かりは佐々木のいる牧場しか思い当たらなくなってしまっていた。

「そうですね、もう一度お話しを伺ってみましょうか」バロンも賛同する。


「えっ、馬の幽霊を見られたんですか?」牧場職員の佐々木は驚いた様子を見せた。

「僕も以前ウワサを聞いて海岸に何度か行ったのですが、残念ながらお目にかかる事はなかったものですから…」佐々木は半ば悔しそうに口に出す。

「この子、ものすごく強運でね。一発で遭遇出来たの」スガルが慰めるように言う。関係者としては赤の他人のバロンの前に簡単に現れれば悔しいだろう。

「それでその馬なんですが…」バロンが亡霊馬の特徴を口にすると

「そうです!間違いない、スターブケパロスです。やっぱりかぁ、まだヨーコちゃんを探しているのかなぁ、ブーケ」佐々木はため息をつく。

「ブーケ?」スガルが聞き返すと

「ああ、スターブケパロスなんて長くて言いづらいし、カワイクないって、死んだヨーコちゃんが付けた愛称です。職員もだいたいそう呼んでいました」佐々木がブーケのいわれを説明する。

「そうですか。ところでそのブーケなんですが、他の馬具はついていなかったんですが、手綱だけ付いていたんですけど、理由がわかりますか?」バロンが聞いてみたかった事を尋ねる。

「!そうなんですか、ええ、ヨーコちゃんは夜の散歩の時は手綱以外の馬具は装着しないで跨って行きました。その方がブーケの気持ちが良くわかるって。そんなもんで、よくブーケに振り落されていたそうですよ。やはりブーケなんですよ。その幽霊」佐々木はやや興奮気味で説明してくれる。

 「わかりました。では今度はブーケって呼び掛けてみますね」バロンがうなずきながら話す。

「えっ、まだ見に行くんですか?」オカルト研究会のレポートの為だと思っている佐々木はバロンからまだ捜索するような台詞を聞き驚く。

「ええ、まだ彼にブラシを渡していませんから」バロンはそううそぶく。

「色々とありがとうございました。上手く乗りこなせたらまた伺います」バロンは満足したようにスガルを促し、歩み去る。幽霊に騎乗すると聞いて呆気に取られる佐々木を見てスガルは

「ありがとう。またねぇ」笑いをこらえて手を振って離れる。


「コレだよ…」スガルは天を仰ぐ。

 予想していたとは言え、なかなか出会えないはずの亡霊馬と二晩連続で遭遇した。スターブケパロスと思われる亡霊馬は待っていたように、月光に照らされた浜辺にたたずむ。

「ほとんどズルね」バロンの運の良さが羨ましいを通り越し、恨めしく思えた。考えてみたがこれだけ様々な出来事を引き寄せることを思えば、強運だと手放しで喜べない苦労が有る筈だが、スガルは不公平感がぬぐえない。

「ナニか言いました?」助手席のバロンはキョトンとこちらを向いている。さも、亡霊馬が現れた事に不思議などまったく無いといった表情だ。

「ううん、バロン君はほんっとうに良い子だなって」スガルは投げやりに答える。バロンは不思議そうに首をかしげるが

「じゃあ、やることは昨日と変わりませんのでスガルさん、よろしくおねがいします」バロンはまた助手席のシートベルトを外して中腰になる。


「バロン君!今だ!」亡霊馬に並走する為、必死でハンドルにかじりついて運転するスガルが叫ぶ。

「ハイッ!」バロンはその合図を素直に受けて、亡霊馬の背に向けて飛び移ろうとする。もう三度目のチャレンジだ。しかし、砂浜の起伏にオープンカーが弾み、バロンの体勢が崩れ亡霊馬に届かず、ひとりでクルマから飛び出した結果になった。なんとか受け身を取って砂浜を盛大に転がるバロンだった。

「バロン君!」スガルがオープンカーをスピンさせて急停車し、慌てて飛びだしバロンに駆け寄る。

「うえっ、口の中まで砂だらけだ」全身砂まみれだが、体に大きなダメージはなかったが、バロンの精神は少し凹んだ。

「大丈夫?バロン君、えっ?」スガルが心配して声をかけていると異変に気が付く。亡霊馬が立ち止まり、心配そうにこちらを伺っているように見える。

「ブーケ、心配してくれるのかい?」バロンが体から砂を叩きながら立ち上がり、亡霊馬に声をかける。すると亡霊馬は警戒する素振りを見せながらもバロンに近づいてくる。自分は邪魔になると察したスガルはそろそろと後ろに遠ざかる。

「よしよし、良い子だ」すでに亡霊馬はバロンに届くところまで近づき、バロンは佐々木から預かった陽子のブラシを取り出しブラッシングし始める。亡霊馬は気持ち良さそうにする。バロンは経験者らしく、ブラッシングも堂に入っている。

(げ、幽霊にブラッシングしてるよ。こんな怪退治、聴いたこともない)スガルは呆れていたが口に出さない分別は有った。余計な事をして台無しになったら仕事が長引くし、最悪ギャラが貰えなくなる。バロンと亡霊馬のコミュニケーションをスガルは営業スマイルで見守った。


 ひとしきりブラッシングすると亡霊馬はバロンに心を許したように見える。追いかけていたときと打って変わって機嫌がいい。バロンは改めて亡霊馬に跨がろうとする。背の高いサラブレッドに鐙などの馬具も踏み台も無しに騎乗するのは大変だと思われたが、馬の方に乗せても良いという態度が有った為か、意外と容易に跨ることが出来た。

「ブーケ、本当に良い子だ」バロンは念願叶って亡霊馬に跨がれ満足気に声をかける。そして振り返り

「スガルさん、しばらくブーケと散歩してきますね」そうスガルに声を掛け月光の下、砂浜に馬を歩み出させる。


「何を見せられているんだろうね」オープンカーにもたれかかったスガルは深いため息と共に吐き出す。バロンと亡霊馬は真夜中なのに陽の光の下のように陽気にはしゃいでいる。かれこれ数時間走り回って遊んでいる。今日も徹夜になってしまい、見守る以外何もすることがないスガルは堂々とアクビを連発している。オープンカーのシートに座ってしまえば寝落ちしてしまいそうなので、寄りかかってはいるが立っているのだ。

「コレで解決してくれれば楽なものだけど、ファーっ、まさか二夜連続で徹夜とは…」どうせバロン達には気づかれまいと大アクビを挟み、独りごちる。そろそろ水平線が白み始めてきた。すると、それまでご機嫌で走り回っていた亡霊馬が速度を落とし、歩み始める。明るくなれば生者の時間になり、死者の活動が許されない事がわかっているようだった。

 水平線から太陽が頭を出すか出さないかという頃、亡霊馬は透けるように薄れていき、かき消えた。スガルには消えた亡霊馬が満足そうに見えた。跨っていたバロンは取り残され、砂浜に尻もちをついていた。

「…バロン君、大丈夫?お疲れ様」スガルは尻もちをついたまま呆然としているように見えるバロンに歩み寄り、手を差し出す。

「ええ、僕は大丈夫です。スガルさんも付き合っていただきありがとうございました。アレ?コレって…」バロンはスガルの手を取り立ち上がろうとすると、右手にナニかを握り締めていることに気が付いた。

「蹄鉄ね。ソレが幽霊の依代だったのかしら。うーん、もうアタシにはナニも感じないわねぇ」スガルはバロンの持つ蹄鉄を視たが強い思念や、浮遊霊のようなぼんやりとした霊性も感じられない。いっそ、清々しいくらいだ。もしコレが依代だったのなら、亡霊馬は浄化されたのだろう。

「そうですか。じゃあ、持ってても平気ですね」バロンはハンカチを取り出し包んだ。

「…もう、宿に帰って寝ましょうか、ファーっ」さすがにバロンの前ではスガルも口を手で隠す。


 16


「なぁに、その大荷物は」夕姫が朝登校する為に下宿の玄関から出ると、体育の授業が有るわけでもないのに学生鞄の他に大きなバッグを持った弥桜がいた。なんとなく表情も険しい。

「今日はナニか有りそうな気がするの。夕姫ちゃんも用心して」弥桜はギョロギョロと辺りを見回す。

「…ナニ?じゃあそのバッグの中身、忍者セット?」弥桜が忍者八重影なのは公然の秘密だ。バッグはかなりの重さが有るようだが意外と弥桜は力も有るようだ。

「…ヒミツ。忍びは正体を隠さなければならないの」弥桜の美学らしいが自分で忍びと言ってしまっている。

「おう、おはよう。重そうだな、学校まで持っていってやるよ」最後に出て来た輝虎は弥桜の大きなバッグを詮索せずに預かって学校に歩き出す。

「じゃあ今日、試練が降りかかるかも知れないの?」夕姫が弥桜に確認する。

「…ハッキリとは言えないんだけれど、準備しておかなければナニか有れば間違いなく駄目ね」断言は避けたものの弥桜の言葉に迷いは感じられない。夕姫も護身用には鞄に入るサイズの小太刀二本を入れて持ち歩いているが、心もとない。折り畳みの弓を取りに戻ろうとするが弥桜が首を振る。

「弓は持っていかないほうがいいと思う。多分、持っていっても役に立たないよ。それより…」弥桜が夕姫に耳打ちする。

「だ、大丈夫よ。ソレって意味あるの?」弥桜のささやきを聞いた夕姫は赤くなるが

「いずれわかるわ、いずれね」弥桜は意味深な表情で答える。夕姫は腑に落ちなかったが、それ以上の追求を諦めた。弥桜が話さないときは無理に聞いても良いことがないような気がするためだ。しかし、着実にその時は近づいていた。


「ウー、ヨイショ!ウーンッ!フア〜」今日は体育は無いが女子更衣室のロッカーに弥桜が大きなバッグを押し込む。入口で待っていた夕姫に話かけるものがいた。

「凰さん、先日は色々迷惑をお掛けしてごめんなさい。出来ればあなた達と仲直りしたいの」坂田鏡子が現れ、済まなそうに声をかけていた。

「私は別に迷惑なんて掛けられてないわ。そうねぇ、アッチの巫女さんはどう思ってるか」夕姫は余り気乗りしない様子へで親指でロッカーの扉を押し込み終わった弥桜を指す。

「ええ、富士林君には興味有るけれど、吉野さんとも仲良くしたいの。良かったら放課後、ウチの神社に来ない?紹介したいの。もちろんお茶位出すわ」鏡子は八幡神社に招待するという。

「えーと…」夕姫がどう答えようか迷っていると

「もちろん伺わせて頂くわ。じゃあ放課後北門で」鏡子にいい感情を抱いていないハズの弥桜が口を挟む。

「わかったわ。凰さん、吉野さん必ず来てね」鏡子は満足そうに笑って去っていった。

「…どういうつもり?まさか坂田さんが試練の元凶とでも言うの?」夕姫が弥桜に咎めるように問いただすが

「ここまでは予見通りなの。いよいよ夕姫ちゃんも覚悟してね」弥桜が思い詰めた表情で答えた為に夕姫も備えようと思うが、どんな脅威が降りかかるか想像も出来ない。

「授業が始まるわ。行きましょう」すでに腹を決めたらしい弥桜は何でもないように教室へ向かう。

「…いい根性してるわね」半ば呆れながら夕姫も後に続く。


 バロンとスガルは宿にしていたビジネスホテルで一眠りして、遅い朝食兼昼食を摂った後、引き上げる前に佐々木のいる牧場に向かった。事の顛末を報告しようと思った為だ。

「本当に乗れたんですか?」佐々木は驚いて目を丸くする。幽霊の馬に跨がろうとは正気の沙汰さたとは思えなかった。

「だって、鞍も付いて無いって聞いたし…」佐々木は動顛どうてんして意味が無い事を口走るが

「ああ、僕は昔に裸馬に乗った事が有るんです」バロンも見当違いの返答をする。スガルは内心そうじゃないだろうと思ったが、営業スマイルで乗り切る。

「それで見てもらいたいモノが有るんです」バロンはハンカチに包んでいた蹄鉄を取り出す。

「コ、コレは…」佐々木は更に驚き、厩舎の方に振り返りそこに人影を認めると

「桑田サン!ちょっと!」佐々木は蹄鉄を持って厩舎から出てきたばかりの桑田と呼んだ男の方に走り寄る。バロン達も佐々木の後を追う。

「コレを見てください。見覚えが有りませんか」佐々木が蹄鉄を見せる。

「オウ、なんだ?お、コレは…確かに俺の打ったモンだ。それに確かコレは…」牧場にそぐわない職人風な中年男性の桑田が、ためつすがめつ蹄鉄を眺める。桑田は装蹄師そうていしなのだが、この日偶然牧場を訪れていた。

「…スターブケパロスに打ったヤツによく似てる。アイツ、ちょっと特徴が有ってな…」

「やっぱり…」佐々木がうなずく。

「どうしたんだ。こんなモノ?」桑田が不審がる。

「彼がウワサの幽霊馬に乗ったらしいんです」佐々木がバロンを紹介する。

「ええ、何度もチャレンジしたらブーケの方から乗せてくれたんです。朝まで付き合ったら消えちゃったんですけれど、僕の手にソレが残ってたんです」

「アンタすげぇな。よく幽霊に跨がろうとしたもんだ。しかしブーケか。懐かしいな。死んだ陽子チャンが付けた呼び名だったな。アイツもあんな死に方をしたんで寂しくって化けて出たんだな。ありがとよ、ニイチャン。アイツに付き合ってくれて」

「そうですね。これでスターブケパロスも成仏出来たんじゃないかな」佐々木が目に涙を浮かべる。

「そうだな。ニイチャン、コレはオマエが取っておけ。スターブケパロスもその方が喜ぶぜ」桑田はバロンの胸に蹄鉄を押し付ける。

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