第24話 天才

 白鳥 風香、24歳。

今この名前を知らない人はいない。


映画、ドラマで引っ張りダコの女優だ。


彼女のマネージャーが1度僕の施術を受けて

とても良かったとの事でその紹介で来るようになった。


僕にとっては芸能人であっても、そうでなくとも、

お客様の健康の為に全力を尽くすことに変わりはない。


それでも正直最初は緊張した。


テレビや映画、コマーシャルで見かける女優が目の前にいて、

そして、その身体に触れることに。


「池上先生、お久しぶりです。また首と肩が痛くなってきてしまって」


「白鳥さん、こんにちは。それでは首、肩の状態を診ていきますので、こちらにどうぞ」


彼女はとても華奢でとても細い。

だからこそ、首が凝りやすい。

とてもガチガチだ。

相当ストレスもあると考えられる。


「最近もお仕事はお忙しいですか?」


「うん、忙しいの。ドラマの撮影が続いていて、セリフを覚えないといけないし、今回はアクションシーンもあるから剣道の稽古もしているの」


「アクションシーン。それは大変そうですね」


「うん、でも、そこが見せ場だから、頑張らないとならない」


「その為にも、首、肩の状態を良くしないと……ですね」


「先生、宜しくね」


白鳥さんは、そう言うと目を閉じて僕に身体を委ねた。


以前、来た時に女優を引退しようかどうか悩んでいると話してくれた時があった。


理由は役を演じる時にその役に入り込めない事があるからと言っていた。


例えば薬物中毒者で殺人をする役となった場合、

自分は薬物も殺人もしたことが無いから、

想像で役を演じる必要があるけれど、

それが非常に難しくストレスがかかる。


役者によっては本当にドラッグに手を染めてしまう人もいるようだけれど、

自分にはそれが出来ない。


そういった難しい役を演じる事が非常に難しいと。


確かにそうだと思う。

やった事が無い事を想像する事なんて確かに難しい。

僕は安易に頑張れとも言えなかった。

白鳥さんは子役から活躍していてずっと天才と常に呼ばれてきた人だ。


凡人の僕に無責任に頑張れなんて言えない。


ただ、僕からは1つだけ伝えた。


それは、僕が白鳥さんの演技を見てとても救われたという事。


でも、白鳥さんの健康を崩してまでやるのはそれまた違うという事。


自分自身を1番に考えて欲しい、

大切にして欲しいと伝えた。


僕が観たその映画では主人公である白鳥さんが病気を克服していく物語だった。


自分のこの障害と重なった部分があった。


僕には役者は出来ない。


でも、白鳥さんにはその才能がある。


誰しもが憧れる才能が。


努力が実る才能が。


でも健康を崩しては元も子もない。


僕はどんな時でも白鳥さんの健康の力になっていくと決めた。


そうする事で僕のように白鳥さんの演技から力を得てくれる人が増えたら良いなと思ったし、

何よりも白鳥さんが健康で元気に明るく毎日過ごす力になれたら僕も幸せだなって思えた。


その話をしてから、

先生がサポートしてくれるならもう少し頑張ってみようかなと言ってくれた。


テレビを見て白鳥さんが笑顔で頑張っている姿を見る度に僕も力をもらう事が出来ている。


自分は音楽でデビューが出来なかったけれど、

このような形で助けになれている事が嬉しかった。


「先生、今度、撮影の時に来てくれたりしませんか。楽屋まで出張で」


「楽屋にですか?」


「難しい?」


「日程を事前に頂ければ可能ですよ」


「ありがとう。撮影の前とかに少しでも施術を受けたくて。何か施術を受けたという安心感があるとお守りみたいでね」


「分かりました。僕で良ければ全力で」


「ありがとうございます」


今日も、白鳥さんの敬語とタメ口が混ざる話し方が可愛らしかった。


施術が一通り終わり、帽子、サングラス、マスクで変装した白鳥さんを見送ると、

入り口には元彼女のミサがいた。

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