第23話 力になる
時は経ち、僕は整体院を開業した。
開業当初はあの研修で一緒だったタクマも経営者として一緒に頑張った。
スタートアップ時、僕達経営者は本当に寝ないで仕事をした。
自分達で選んだ道だから苦にならなかった。
毎日がワクワクしていた。
その後、従業員を2名採用し、
4人で創業期を何とか乗り越えた。
僕はサラリーマン時代に経験したあの出来事があるからこそ、
従業員の加藤さんや木村君に僕の考えを押し付けることはしなかった。
お客様に感動を与えて喜んでもらう。
この部分の理念は共有し、
勤務中に足りないスキルはもちろん指導したし、
良い部分はもちろん褒めた。
当たり前だが、間違ってもサービス残業、休み無しなんてことはしなかったし、
プライベートも充実するように心がけた。
加藤さんはシングルマザーで子育てがとても大変且つ、
家族との時間を大切にしたいタイプだ。
だから、土日はしっかり休んでリフレッシュして、
月曜日からしっかりお客様に感動を与えるタイプだ。
もう1人の木村君は将来の起業を見据えて
休みの日も学校に通ったりして頑張っている。
そして、彼もそんなライフスタイルを加藤さんに押し付けることもしないし、
彼が起業家精神を持って仕事をしているのも経営者の僕の影響も少しはあるかも知れないが起業家精神を持て! なんて強制したことも無い。
僕は多様性があって良いと思っているのだから。
色々な生き方、アプローチがあって良い。
人の数だけ生き方はある。
選べば良い。
僕たちには大切なお客様に満足を与えていくというこの理念だけしっかり皆が認識出来ていれば大丈夫だ。
そうそう、タクマは事業が軌道に乗った後、
海外に行きそこで起業した。
これもまた生き方だ。
どれか1つの生き方が良い訳では無いし、
成功例も人の数だけあるし、
その方法も人の性格などによって合う、合わないもある。
創業の経験で僕も新しい経験をする事が出来て本当に良かったと思う。
「こんにちは」と元気な声と共に、
今日は腰痛が酷いと申告の徳井さんが来院した。
年齢は48歳、女性だ。
問診票にご記入頂き、僕は内容を確認する。
「徳井さん、この症状はいつ頃からでしょうか?」
「そうね~もうかれこれ10年以上になるかしら……」
「慢性的に腰に痛みがあるような状態でしょうか?」
「そうなのよ。何かケガをした訳では無いんだけれども」
「デスクワークなどで長時間座る、そして足を組んでしまうなどないでしょうか」
「ずっとデスクワークね。事務の仕事だから」
「もしかすると、その影響はあるかも知れません。念の為、可動域を確認したいので
前屈と後屈をゆっくりで良いのでやってみてみましょう」
前屈も後屈も見るからに出来ていない。
恐らく長年のデスクワークにて筋肉が凝り固まっている。
「これ以上は無理。痛い」
「わかりました。身体を楽にして、次は後ろで手を組み、僕のこぶしが収まるようにお椀を作って下さい」
「こう? かしら」
「はい、上手です! 大丈夫です。
では、そのまま肩幅くらい足を開いて立って下さい。
あまり胸は張らずに。
そうです。上手です。
僕は、徳井さんの後ろに立ち、僕のこぶしを徳井さんの交差された手、
今、お椀の様にして頂いているこの両手の交差している部分に押し込みます。
少し体重をかけていきますので負けないようにしっかり立っていて下さい。
それではいきますよ!!」
「わかりました」
徳井さんがそう言うと、
僕は自分のこぶしを徳井さんの両手が交差されている部分に押し当てた。
徳井さんは後ろの方に倒れそうになり、僕は徳井さんを支えた。
「あ!!!! 全然立っていられない……」
徳井さんは驚いた顔で僕を見る。
「これは、徳井さんの骨盤が歪み、足の長さが少し違っているからです」
「そうなんですね」
「はい。先ず今日は、骨格調整をして、それから筋肉をほぐしていきますね、先ずはうつ伏せにベッドに寝てください。
身体全体をもう少し詳しくみていきますね。
うん、やはり、右足が少し短くなっていますので、
この長さを調整していきます。
今寝ているベッドは特殊なベッドで、
ガクンと下に落ちて振動がありますが、
特に痛みは無いものですので安心して下さい。
それでは始めていきますね」
「わかりました」
僕は、骨盤の歪み部分に焦点に両手を当てながら、
ポンと腰に圧をかける。
その度にベッドは下にガクンと落ちるが、レバーで元に戻し、また圧をかける。
これを3回程、繰り返した。
このベッドはドロップベッドと呼ばれるもので、
骨格の矯正に使用されるものだ。
不思議なことにこのわずかな衝撃を与えることで骨格の歪みが改善される。
考えた人は間違い無く天才だと僕は思う。
施術を終えて、再度先ほどの手にお椀のポーズで立ってもらう。
そして、同様に僕は拳を押し付ける。
「あれ? 倒れない。私」
「そうなんです。骨盤の歪みが取れて、
足の長さも同じくなったので、
しっかり両足で立つことが出来る様になったんです。
そうすることでこのように僕が力をかけても
徳井さんが後ろに倒れることはなくなったんです」
「とっても不思議です。池上先生、凄い」
「でもびっくりするのはまだ早いですよ。
これから、筋肉をほぐしていきます。
骨格は調整しましたが、
その周りの筋肉が硬いままだと、
すぐに痛みが出てきてしまいます。
骨格、そして筋肉の両方にアプローチすることが大切です。
何より、筋肉が凝り固まっているというのは血流が悪い証拠。
道路で例えるならば交通渋滞です。
デスクワークなどお同じ姿勢で筋肉が硬くなり、
血管が押されて、血流が悪くなる。
そこに老廃物が溜まり、さらに筋肉が硬くなり、
コリが出来て、さらに老廃物が溜まり……この繰り返し、
症状はドンドン悪化していきます。
健康とは、質の良い血液が身体の隅々までにきちんと行き渡っている事です。
血流が悪ければ、傷を治したり、栄養を運んだり、
老廃物を流したり、ウイルスや細菌をやっつけたりなど出来ないですからね。
筋肉をほぐして、血流をしっかり良くしていきましょう。
ほぐしていく事で血液の流れをコントロールしている土台の自律神経も整っていきます」
僕は説明をすると、さっそく筋肉をほぐしていった。
「ここですよね? 痛い部分」
「先生、そこです。何で分かるんですか?」
「硬結というボールのようなものがあります」
「硬結? 何ですかそれは」
「これは、簡単に言うと、コリです。
もっと悪化すると、トリガーポイントと言って、
ここを押しているのに違う部分が響いて痛いという事もあります」
「先生、私それかも。
今、押している部分と同時にお尻にも痛みが響いてきています」
「そうすると、硬結からさらに悪化してトリガーポイントになっている可能性もあります。
この場合は、特に関連筋と呼ばれる部分にアプローチしていく必要があります。
腰であれば臀部、ふとももなどです。ここも痛くないですか?」
「痛いです」
「ふとももなんですが、もしかすると、
ここが大元になっていて腰を悪化させている事も有り得ます。
腰の調子が悪いからと言って、
腰だけにアプローチするだけでは解決しない可能性もあります」
「そうなんですね。腰が痛いから腰だけやれば良いと考えていました……」
「皆さん、そう思われますが、
実際のメインはどこにあるのかも調べながら対応していく事が重要なんです」
僕は、主訴である腰を少しほぐした後に、
臀部、太もも、ふくらはぎ、足裏にアプローチし、再度、腰に戻ってきた。
「痛みどうですか?」
「先生、不思議な事に楽になっています。ゴッドハンド……」
「いえいえ、ゴッドハンドだなんて。
私は、徳井さんに備わっているご自身の治る力のスイッチを入れさせて頂いただけですよ。
お手伝いさせて頂いて光栄です。
では起き上がってみて、前屈、後屈をしてみましょう」
徳井さんは最初よりもスムーズに前屈、後屈が出来た。
「先生ありがとうございます!」
「とんでもないです。
明日以降は好転反応として、
少し筋肉痛のような症状が生じることありますが、
それは良い反応ですので特に心配なさらず。
軽い運動をしたイメージです。
それと、今、症状が良くなっていますが、
徳井さんの場合は長年のコリがある為、
1回の施術で完璧に取り除くのは難しい為、
最初は週に1回、そして症状に合わせて2週に1回、3週に1回、
最後は月に1回のメンテンナンスと、少しずつ間隔を空けていくようにしましょう」
「分かりました。先生、ありがとうございます。
次回の予約も来週に入れておいてください」
「わかりました。それと、腸内環境を整える事が重要です。
腸内に宿便があると、血液が汚れてしまい、
その汚れた血液が各臓器に流れるとその臓器をコントロールしている自律神経の働きが悪くなり、結果、血流が悪くなります。
血液の質は悪いは、血流は悪いはとなると、
身体の自然治癒力が落ちて健康になりません。
また、腸内環境が整うことでメンタルの部分と深い関係がある為、
精神的にも安定してきます。
発酵食品やヨーグルトなどもしっかり食べて下さいね。
キノコ類も忘れずに。
口から何を入れるか。これも重要ですからね」
「先生、本当にありがとうございます。今日からさっそく取り入れていきますね!」
笑顔で徳井さんを見送ると、次のお客様が来ていた。
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