第15話 転職

新たなスタートを切るべく僕は転職活動をスタートした。


もう、事務仕事がメインのものは絶対に避けたい。

もちろん、事務の仕事を否定している訳では無く、

自分の脳の設計図には向いていないと分かったからだ。


たまたま買い物をしている時に、

近々家の近所に整体院がオープンするとポスターを見かけて、

僕は急いで電話をした。


自分は整体の学校を卒業出来ておらず、

最終試験は保留になっていたがそれでも大丈夫との事だった。

会社の研修でみっちり技術研修を行うから大丈夫との事だった。


さっそく、次の週から研修に参加する事になった。


同期のメンバーは20名程いた。

その中でグループ分けをされて特に3名と仲良くなった。


1人はリョウコ、彼女は大学卒業後、一度就職するがその会社に合わず整体師を志したと言う、

タクマは現在整体師の学校に通学してもうすぐ卒業のようだ。


僕と似ているが、正直彼は卒業が決定しているからリードされてしまっている。


ハルミは飲食業で働いていたが接客だけでは無く、

手に職をつけたくて入社したとの事だった。


さっそく初日の研修がスタートしたが、とてもハードだった。

身体の理論の座学もハードだが、手技を覚えるのがとても難しかった。


自分自身は整体の学校で学んでいたが、それでも難しかった。


特にリフレクソロジーの技術習得はとても難解で、

研修の後のテストで2回も落ちてしまった。


リフレクソロジーは足をオイルでほぐす手技だ。


ちなみにリョウコだけが唯一、20名の中でたった1人合格をした。


僕はとても悔しかったが、リョウコに助けを求めた。


「リョウコさん、本当にお恥ずかしいのだけれども、

一緒に練習をしてくれないかな。

僕、リフレクソロジーが苦手で、何度やっても上手に出来なくて」


「良いですよ。私自身も誰かに教える事で自分自身の理解が深まると思いますし」

リョウコは綺麗な真っ白な歯を見せながら笑顔でそう言った。


さっそく、研修後、リョウコと練習を開始した。


先ずは、リョウコの足に左手の甲をそっと置き、

その自分の手にオイルをたらし、

オイルを両手でゆっくり温める。


オイルが冷たいとお客様が驚いてしまうからだ。


そのオイルをリョウコの足にゆっくり音が鳴らないように気をつけながら絡めていく。


——真っ白な綺麗な足だな——


僕は変な事を考えてはいけないと思いながらも

頭の中でそんな感想を持ってしまった。


23歳、まだまだ若い女性の肌はきめ細かく、触れる度に少しドキドキした。

足の裏の反射区と呼ばれる重要なポイントを刺激し、強さを確認する。


「池上さん大丈夫です。痛気持ち良いくらいになっていますよ」


「ありがとうございます。10段階でいくと7くらいの強さをイメージして刺激していきますね」


「はい」


手技を重ねていくと、オイルのグレープフルーツの香りがする。

そこに上乗せするかのように、リョウコのボディソープか香水の香りも混ざってさらに女性を感じさせる。


スネ、ふくらはぎ、と手技を続けて最後にストレッチを入れる。


足首を持ち少し外側に足を伸ばすと、

リョウコの股間に目がいってしまう。


見てはいけないと思うと、見てしまう。


その黒いジャージのその先が気になってしまう。


誰かはその先を知っているのだろうか。


確か、リョウコには彼氏がいると言っていた。

彼氏はその先を知っているのだろうか。


2人が融合されるのであろうその神秘を僕は考えてしまう。


しかし、今は手技に集中しなければならない。その時、


「池上さん、時間、過ぎています」


「すいません」


「手技はとても良いですが20分という時間内に手技を終えなければ不合格になってしまいますよ」


「そうですよね。すいません」


「もう1度、最初から、時間を意識してやりましょう」


「もう1度?」


「当たり前です。私が池上さんに教える以上、次の試験で絶対に合格していただきます」


「わかりました! 頑張ります!」


リョウコは優等生タイプだ。自分とは正反対な性格だった。


次の日、再試験が行われた。


お客様役は明らかに水虫であろうカサカサ足の研修担当だった。

この男の足はとてもデカくて、

僕がかなりの圧をかけなければ痛気持ち良い圧をかける事が出来ないだろう。


さっそく、研修担当の足にオイルを絡めて手技を開始する。

リョウコの足とは違いゴツゴツしている。

男女の違いといえども同じ人間なのにこうも違うのかと思いながら手技を重ねた。


そして、何よりもカサカサしているのでオイルを絡めても滑りが悪い。


しかし、練習通り時間を確認しながら手技を進める。

そんな時だった。自分の中で強迫観念が出てきてしまった。


マズイ……。


スネの手技を終えているのに、

どうしてもスネの手技を何度も行いたくなるのだ。


もう終わっているのに。

まだ終わっていない気がしてもう1度やらないといけばいと思ってしまう。


手に迷いが出ると間違いなく研修担当にはバレる。

何故なら、今まで何千人もの研修生に指導してきたベテラン整体師だからだ。


そこで僕はミーの事を思い出し、ミーがいつも今にしっかり集中しているあの姿を思い出した。


そして、深く深呼吸をつき、ふくらはぎの手技に進む事が出来た。


ふくらはぎの手技を実施している時も、

やはりスネの手技をもう1度やりたくなってしまうのだが、

ふくらはぎの手技に集中していく事で乗り越える事が出来た。


手技を終えて、研修担当からは合否を伝えられた。


「不合格、でもあと1歩。圧が足りない。そこだけ克服しましょう。合格は見えていますよ」

研修担当は靴下をはきながらそう言った。


僕は、トイレに行き、手を洗いながら、合格出来なかった悔しさで涙を流した。


何度も手技を重ねた事で少し指を動かすだけで激しい痛みが走った。

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