第13話 限界
僕は整体の学校で手技を学び、一通りの学科を終えて、
最後はテストを受けるのみとなった。
これに合格する事で整体師の資格を取得する事が出来る。
僕は、今まで何度も練習してきた手技を始めた。
手技は60分だ。
お客さまが60分コースで依頼してくることが多い為だ。
開始から5分、さっそくあの症状が入ってきた。
——あれ、さっきの手順やったかな——
——もう1回かな——
そんな事をしているうち手に力が入らなくなり、
何が何だか分からなくなってきた。
今まで何回も練習してきたのに、全然本番で活かせない。
僕は昔から本番には強いタイプだったのに。
ライブでも、テストでも、発表でも本番では何故か練習以上に上手く出来た。
しかし、今はどうだろうか。
自分の全力を出せず、僕は不合格となった。
その後何度も、何度も、何度もリベンジでテストを受けたが、
全部不合格だった。
先生からのフィードバックがありこのような言葉を言われた。
「手技の才能はあると思うよ。
しかし、手から迷いを感じる。
それはお客さまに伝わってしまうよ。
自信を持つこと。
自分を信じること。
そしてお客さまと1つになること。
これが大切だ。
君が元気じゃないと相手を元気にする事は難しいからね」
そうだよな。
僕は元気じゃない。
まさに自分自身は今、障害と戦っている。
そんな自分に人を元気にする事なんてできやしない。
僕は帰宅までの電車の中でずっとその事を考えていた。
先生は悪気があって僕に言った訳じゃない。
あの言葉は間違い無く最高のアドバイスだった。
でも今の自分にはとてもきつかった。
帰宅して、しばらくボーっとしていた。
そして、何だか疲れてしまった。
もう何もかも投げ出したいと思った。
頑張って生き延びる必要なんてそもそもあるのか?
この障害が出るまでは、
それはもちろん天才では無いから誰もが知るスーパースターのようになれなかったけれど、
民謡などのイベント企画を1から作り上げて
プロジェクトを成功に導いてテレビの取材が来たり、
大学のクリスマスコンサートも企画し成功に導いた経験もあり、
僕自身にはあまり才能は無くても
沢山の才能を上手くコーディネートすることはとても得意だった。
自分がいる事で何か役に立てている事があった。本番にも強かった。
もう僕は昔の様にはなれない。
このまま生きていくのは辛すぎる。自分の存在価値を見出せない。
——もう、これで終わりにしよう。
ここまで十分に生きて来たんだ。苦しみはこれで終わりだ——
僕は1階の階段をゆっくり上り、2階寝室に向う。
1段1段上る度に幼少期の思い出、
学生時代の思い出、
社会に出てからの思い出、
良い思い出も、
悪い思い出も全て、
勢い良く出るシャワーの様に浴びながら寝室に向かう。
寝室のドアをゆっくり開けると、不意に恐怖が僕を襲う。
しかし、自分は大きな覚悟を持ち、今という時間を迎えている。
『あとは実行するだけだ』
僕は決意しカーテンレールにロープを括り付け、
首元にロープをやった。
少しだけ手が震えた。
震えたこの僕の手とも今日でお別れだ。
自分自身の傷に包帯を巻いた手、
家族に触れられた手、
友人に触れられた手、
彼女に触れた手、
自慰行為をした手、
誰かを殴った手、
自分の排泄物を処理した手、
動物に触れた手、
仕事をしてきた手、
そして、自分自身を殺めることになるであろうこの手。
この手の最期の大仕事がまさかこのようなことになるとは、
自分でも考えてもみなかった。
でも、仕方が無い。
これが、自分の人生、受け入れるしかない。
僕はひとしきり思考を終えると、思い切って飛び立つ。
ガタン……
目の前には三毛猫のミーがいた。
僕はそのミーの目を見て驚いて床に転げ落ちてしまった。
「痛い……」
僕はそう呟くと、ミー何事も無かったようにゴロゴロ言いながら僕のそばに寄ってきた。
僕は、ミーが今ここに来てくれなかったら間違い無く死んでいただろう。
自分の首に手を当てる。
脈を感じる。
自分の体温を感じる。
間違いない。今確かに生きている。
何故だか僕はもう1度死のうとは思えなくなっていた。
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