第11話 瞑想
仕事の復帰をしようと何度も思ったが決心が出来ず、この際、思いっきり読書をしたいと考え、あらゆるジャンルの本を100冊程購入した。
あれ以来、上条先生のワークは進んでいなかった。
しかし、何も進まずにはいられなかった。
読んだ本はもちろん強迫性障害の本、医学の本、カイロプラクティック、ヨガ、薬膳、心理学、量子力学、哲学、宗教関連、ビジネス書、歴史関連、純文学、推理小説、ライトノベル、漫画、アート、釣り等々、あらゆるジャンルの本を読んだ。
その中でも量子力学や仏教の本は上条先生が話していた事に近い気がした。
量子力学の本には、ミクロの世界では物質は波の性質を持つと書いてあった。
僕は粒の性質だけではないのかとても不思議に思ったが……それは違った。
そして、不思議なのは僕たちがミクロの電子を観測すると粒になってしまう。
見ていない時は波のようなふるまいをすると。
見たらそこに存在が集合されて粒になるけれど、
見ていない時は波のように存在確率だけがそこにあるというのか……。
何やら不思議過ぎる。
月も見ていない時はそこにあるようで無い、けれどある。
何やらぼんやりしている。
そして、月を僕たちが見たその瞬間にそこに存在する。
もし僕がこの身体のデザインで生まれてきておらず、
目が物質の最小単位まで見れる顕微鏡のような機能で生まれてきたとしたらどのように見えるのだろうか。
興味深い。
それはまるで、昔のテレビのノイズ画面のような状態なのだろうか。
それとも案外、万華鏡のように綺麗だったりして。
しかし、僕が観測する以上、波の存在は確認することは出来ないのだろう。
脳内がこの世界を自分の持っている過去からの知識と結び付けて作り出してしまう。
そこで、仏教の本を読んでいる時に少し近いかも知れないと思った物があった。
それは色即是空、空即是色という言葉だ。
先ず、色はこの世の全ての事物や現象、
空は固定的な実体が無く空無であることのようだ。
この世の全ての事物や現象は実体がなく、
実体が無いからこそ形ある存在になるという。
何やら深い。
空即是色はラップのように逆から言っていてオシャレだなと思ったが、
ここも重要だ。
この実体が無い全体の流れを切り取って見る。
それはまるで写真のようだ。
空即是色は写真のようだ。
何度も読んでいるとこの世界の成り立ちは考えてみると確かにそうだなと思った。
目の前にある机や椅子も今この姿で見えているけれど、
もともとは木だったりする、そこから加工されて机になり、ゴミになれば次は木の屑になる。
まさに諸行無常だ。
春夏秋冬のように移り変わっていく。
ほんのしばらくもとどまることは無い。
自分の命さえも同様だ。
確かに実体、その物の本当の姿というものは無いと言える。
では空とは無なのか。違う。無では無い。
でも完全にあるとも言えない。
有るけど無いけど有るけど無いような状態、
何かの形になる前の粘土のような状態が空だと言えないだろうか。
諸行無常の移り変わりゆくこの成り立ちが空だと言えるのではないだろうか。
目の前にその美女がいても、その美女は本当はいるようでいない。
1秒前の美女と今の美女、
1秒後の美女はそれぞれ違うだろう。
少しずつ細胞は変化し老けていっているだろう。
80年後はどうだろうか。
よぼよぼでは無かろうか。
もしくは死んでいるかも知れない。
その美女の本当の姿はどれだと言うのだろうか。
本当の姿はどこのことを指せるのだろうか。
この実体の無い空が色である事物、現象を作り出す。
今目の前で見える美女は今一時的に止まって見えているかも知れないが
そう錯覚していけないのだろう。
仮に今目の前の美女の姿を本当姿だと言おうとしても、
生まれてから死ぬまでのトータルを本当の姿と言おうとしても
量子力学で考えた場合はどうだろうか。
その美女も電子レベルで考えたら、見ていない時は波であり、見た時に粒になる。
どちらが本当の姿と言えるのだろうか。
金太郎あめのようにどこから切ってもこの真理にぶち当たる。
実体はあるようで無いけれどもある……無では無い。空だ。
ふと、どこかで教わった0.9999999999999……=1を思い出す。
あの時は0.9999999999999……が1と等しい、
同じ数と考えることに違和感があった。
先生も分数を使用して教えてくれたっけ。
確か、分かり易く考える為に3分の1を使って説明してくれたな。
3分の1を少数で表すと、0.333333333333……、
ここで3は無限に続く。
ここに3を掛けてみる。
そうすると、0.9999999999999……となる。
一方で3分の1の分数のまま3を掛けると約分して1だ。
不思議だけとそうなんだ。
0.9999999999999……=1
でも、色即是空を考えると世界を数字で記述してみると
こうなるのは何だか不思議でも無い気がする。
こんな捉え方をしたらそれは間違っていると数
学者にお叱り受けるかも知れないんだけど。
さらに思考を進めて上条先生が言っていたことに当てはめて考えてみる。
雨という事象も、見ていない時は波のようにふるまっていて、
あるけれど無いけどあるような状態であろう。
我々が観測した時に初めて雨という事象が我々の前に現れる。
そのように我々の脳が認識してしまう。
まさに色即是空・空即是色のように。
そして、そこにコンサートが雨で中止になればマイナスと雨に意味付けを行い、
農家のシチュエーションであればばプラスと意味付けを行う。
しかし、そもそも脳内に雨の情報が入る前は雨に意味は無く
あくまでニュートラルの存在だ。
ただ雨は降っているだけ。
良いも悪いも無い。
という事は自分の強迫性障害に関しても間違い無くプラスとマイナス面は両方あるはずだ。
何故ならプラスとマイナスを生み出しているのは自分の脳内なのだから。
しかし、いくら考えてもワークが進まない。
自分の強迫性障害のことになると自分のことになると真理が見えなくなってしまう。
結局、本を全部読破したが確かな答えを見つけることは僕には出来なかった。
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