第8話 姉の死
姉の池上 美紅は2歳年上だった。
僕が落ち込んだ時はいつも前向きに励ましてくれた人だ。
小さな頃、跳び箱や鉄棒が大嫌いで、どうしようも無く苦しんでいた時に、
運動神経の良い姉は一緒に練習をしてくれた。
何度やっても出来ない不器用な自分に姉は「大丈夫! さっきよりも上手に出来ているわよ! 自信を持って。姉ちゃんがついている! 心配無いわ!」と本当に心から支え、励ましてくれた。
僕は活発な姉にいつも救われていた。
僕が音楽の夢を諦めた時も励ましてくれたのは姉だった。
「ここまで努力して、精一杯やって、それでもこのレースで上手く行かなかったのであれば、違うレースで頑張ればいいじゃない。
1つのレースで上手くいく人もいるかも知れない、
でもそれは人それぞれよ。
それも含めて個性じゃない?
あなたはあなたの道を探していきなさい。
そして、覚えておいて。
音楽をここまで追求してやってきたあなたの努力は無駄にはならないから。
あなたが手にマメを作りながら何度も叩いていたドラムだって私は忘れないわ」
姉の言葉にはいつもパワーがあった。
本当に言葉に魂がこもっていた。
最近は自分もこの障害により、誰ともコンタクトを取れなくなり、姉ともしばらく話していなかった。
本当は姉に相談したかったけれど……。
大人になった僕はプライドが邪魔をしてすぐに相談が出来なかった。
まさか、姉がバイク事故で亡くなるなんて思ってもみなかった。
即死だったようだ。
幸いにも損傷はそこまで酷くは無く、
姉の顔を見る事が出来た。
打ちどころが悪く、首の骨が折れてしまったらしい。
「姉さん……」僕はそっと話しかけたがその時、目が開いた。
「大丈夫よ。洋介。あなた、今は辛いかも知れないけれど、前を向いて、頑張って生きていきなさい。姉さんがいつも見守っているから。昔と変わらず、見守っているから」
そう言うと、姉は目を閉じた。
ん……
何だ……今のは?
隣にいる母は先程と変わらず姉の顔を見ながら泣いている。
きっと、これは僕の見間違いなのかも知れない。
でも、それでも姉の最期のこの言葉はしっかりと胸に刻んで生きていこうと思った。
今の世の中、頑張れ! と言ってはいけないような雰囲気もある。
もう十分に頑張っているのにこれ以上何を頑張ればいいのかと考えてしまう人がいるから。
でも、それでも、姉は僕に頑張って生きていきなさい。
と力強く言ってくれた。
どんなに辛くても、今生きている僕はこれからも前を向いて生きていかなければならない。
だから、このような言葉を残してくれた姉の為にも精一杯僕は生きる。
そう誓った。
後日、僕は姉が三毛猫のミーを飼っていた事を母から聞かされた。
「洋介、美紅が飼っていた猫のミー、あなたが世話してくれるかしら……私は、アレルギーがあるから無理なの……」
「え……、でも……、うん、分かったよ。俺が猫と暮らしていくよ」
自分の障害の事もあり少し悩んだが、
今まで助けて、支えてくれた姉の為にも僕は決断した。
その日から急遽三毛猫のミーとの生活がスタートした。
姉が亡くなったことを悲しんでいる暇なんて無くなって
僕にとってはとても良かったのかも知れないなと思った。
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