第5話 旅

「うぁ! 綺麗、洋介! この海見てよ!」


「本当だね。とても綺麗な青い色だね」


とても心地良い海の匂いは僕をそっと慰めてくれているようだった。


僕達は、この地で有名なご当地バーガーとご当地弁当を食べて、

夜は夜景を見に行った。


ここの夜景は3大夜景の1つと言われている。


女性のウエスト部分のようにくびれがあり、とてもセクシーな地形が織りなす夜景は多くの人々の心を魅了する芸術だ。


「ねぇ、洋介! 今日はこの夜景と花火が見れるみたいよ!」

「そうなんだ! この夜景だけでも素敵なのに。花火まで見られるなんて僕達ラッキーだね」

僕がそう言うと同時に空高く花火が舞い上がった。


この宇宙一綺麗な彼女のミサ、夜景、そして、花火の重なりはとても美しいハーモニーだった。


そして、夜景に広がる花火は一カ所だけではなく、

遠くでも同時に花火が上がり、ここからは四カ所で開催されている花火大会を同時に見る事が出来た。


美しい夜景と四カ所の花火。


こんな美しい景色はもう2度と見れないかも知れない。

だから、絶対に忘れないように、しっかり、しっかり、脳に刻み込んだ。


夜景の後は、ホテルに戻り、温泉にゆったり浸かった。


日頃の思考を癒す為に、何も考えないようにゆったり過ごした。


でも、やはり、温泉に浸かっているだけでも、色々な思考が僕を襲う。


『そう言えば、運転でバックする時、自分はハンドルをどう操作していたっけ?』


『あの子の弟の名前なんだっけ、何歳だっけ、友人にメールして聞いてみたい』


色々な思考が侵入してくる。


温泉を出ると、部屋に戻り、ミサとセックスしてから寝た。


朝起きると、もう1度してから朝風呂でこの汗を流してから準備した。


この時もだった。


思考が侵入してきた。


『さっき、中に少し出てしまったんじゃないかな』

『いや、ゴムは破れていないよな』

『隙間から漏れ出てないかな』


また自分の中で独り言が始まる。

囚われた思考が収まりそうもなく、

僕は逸らす為に朝食で大量のいくら丼に意識を集中して食べた。


1つひとつの粒がしっかりしており、口の中でプチプチ言って、

中の液体が口の中一杯に広がった。


朝食を終えると、有名な神社にミサと向かった。

神社に到着するまで30分程、坂を上った。

足が張ってくる位の労力が必要だから、

神社に到達した時にはとても喜びを感じるだろう、なんて思っていたが普通の神社で特に何も思わなかった。


いつも通り、無礼の無いようにお祈りをして、隣に何やらノートがあったからそれを見た。


ノートには、色々な訪問者の名前と住所が記載されている。

僕も真似をして自分の名前と、県と市まで記入してノートを閉じた。

ミサも同じく自分の名前と、県と市まで記入した。


「洋介、3年記念日にまたこの神社に来ようよ。その時はもう私たち結婚しているかもしれないかな? あははは!!」

ミサは振り向きながら、無邪気に笑った。


「そうだね、必ず来ようね。結婚か。君となら素敵な家庭を築けそうだな」

僕はミサの可愛らしい微笑みを見ながら答えた。


旅行から戻り、僕は会社に復帰したが、

やはり、以前のようなパフォーマンスを出す事は出来なかった。


毎日がとても憂鬱だった。


毎日、同じ時間に家を出ると、

必ず地下鉄の階段ですれ違う少年のような見た目の中年男性、

新種のウイルスが流行しているのに、頑なにマスクをしない女性、

まぁ、色々な価値観があるだろう。

マスクは科学的根拠が乏しい、熱中症になるから危険だ、

ファッション的につけたくない等々。


SNSで一生懸命にマスクをしない理由を長文で書いている人もいる。

とても必死さを感じる。

その文章の裏側に少しだけ自分頭良いでしょ? 

というアピールを感じたりもする。


そう感じる僕の心が汚れているのか。


念の為に伝えておくと僕はつけるタイプだ。

何故なら自分の髭を隠せるし、ほうれい線を隠せるし。


それと、疲れている時などは特に良い。

何故なら自分の表情を隠せるから。


その代わり綺麗な人だなと思ってマスクを外したところを見るとイメージしていたのと違って大変な時もある。

それは向こうもだと思うからお互い様だけど。


マスク社会は良い部分もあればそうじゃない部分もある。


それらの人々とは話した事も無いけれど、いつも見かける。

向こうは僕の存在に気づいているのだろうか。

時々目が合う気もするけれど。

無駄に不機嫌そうな表情で返してくる人もいる。

あの人達は毎日何を考えて生きているのだろうか。


その人たちを見かけない日は、僕が寝坊して遅刻しそうな時だ。


同じような毎日を繰り返した結果、結局、僕は会社を退職した。

無能だった僕はほぼリストラだった。

会社に居場所なんて無かった。


トイレが唯一の居場所だったかも知れない。


自分の尿が便器に当たり微かに聞こえるまるで川のせせらぎのような音が何とも言えない癒しを僕に与えてくれていた。


他人の陰毛が便器に落ちている時はそれを自分自身の尿で洗い流した。


自分の囚われているこの思考を取り除きたい一心で。


他人の尿が床で乾いている様子を見ながら僕は踏みつけない様にブルブルと震えた後にその場から離れた。


今までの人生で本当にここまで不完全燃焼を感じたのは初めてだった。


圧倒的敗北感。


音楽の時は自分自身納得感があった。

色々やった結果、デビューが出来なかったのだから。


様々なプロジェクトも自分の力を発揮した結果、成功させる事が出来た。

もちろん、自分の力だけでは無い。みんな力があっての事だ。


でも、今回はどうだろう。


何も出来ずに終わってしまった。


特に誰かと強くコミュニケーションを取る事も無く、終わってしまった。


うちの会社だけかも知れないがこの部署はみんな自分の仕事に集中し、

誰とも言葉を交わさない。

僕の会社員生活は何だったのだろう。

その後、退職してからは直ぐに転職する気力も無く、

確認する癖も強くなり、

ミサに連絡する際の文章の読み返しも多くなってコミュニケーションにも難が出て来た。


そして、ある日、僕たちは別れた。

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