第4話 異変

入社してから約2年経過したある日のことだった。

今でも鮮明に覚えている。


それは、脳に稲妻が走ったんだ。


急に言葉の意味が分からなくなった。


厳密に言うと分からなくなったというよりは、

何度も何度も言葉の意味を考えてしまって前に進めなくなった。


例えば、「やっぱり、ラーメンは味噌ラーメンだよね?」と誰かに言われたとしよう。そうすると、自分の中で引っかかりが生まれ始めた。


『やっぱり? やっぱりって何。“やっぱり”って意味、厳密には何だっけ」

そして、“やっぱり”を辞書で引く。


「それ全然違うよ!」

そう言われれば、“全然”を調べてしまう。


今まで何もそこに対して疑問になる事なんて無かったのに、

幼少期から慣れ親しんだ日本語なのに1つひとつが気になって前に進めない。


一番最悪だったのは、バスの中だ。


あの中で学生が色々な話を大きな声でしていた。

そうすると、会話の1つひとつにあらゆる言葉が散りばめられていて、

1つひとつの言葉の意味を調べないと気が済まない状態に囚われて僕はバスから降りた。僕はあの学生に怒りが出てきて……


そう。


学生があんなにスムーズに何も気にせず話したり、

聞いたりできることが羨ましくて、自分も今までそうだったのに。

今はそうでは無い、この状況に怒り、そして、あの学生に怒り。


自分の思考が何かに囚われている。

そして、僕は仕事さえ出来なくなってきていた。


僕の部署の仕事と言えば、やはりパソコンへの入力作業、

そしてミスが無いかのチェックだ。神経質な僕はこの力を活かしてチェックし、

ほぼノーミスで仕事をしていたが、この“症状”が現れてからは、

チェックの回数が増えてきていた。


そして、気づいた時には、

同じ事を何度も何度も繰り返しチェックし前に進めなくなっていった。


出勤前もそうだ。鍵をかけたかどうか気になって何度も確認をしてしまう。

シャワーが止まっているか、財布の中のカードの位置や枚数、

そして、時には自分がSNS上に変なことをコメントしていないか不安になり、

実際に確認してしまう事もあった。

確認力が不足しているのでは無いか不安になって他人に一緒にチェックしてもらうこともあった。


その他人とは彼女だ。

この症状が悪化してからは、僕は会社を休みがちになり、

彼女ともデートに行く力も無くなっていた。


趣味だった本を読んでも、

何度も同じ個所を読み返してしまい前に進めずストレスになる為、

読むのを止めていた。

漢字を読んでいてもこの字はこんな字の形だったのか? 

と疑問に思い色々調べ始めてしまう為、もう具合いが非常に悪かった。


僕のコンディションは最悪な状態で彼女もこんな僕と最初は一緒にいてくれたけれど、

何度も確認したりしている異常行動についていけなくなっていた。


「洋介、1度病院に行ってみたらどうかしら。前と比べても確認に時間が掛かるようになってきたみたいだし……」


「ミサ、大丈夫だよ。こんな事で病院に行きたくないし、どんな相談をして良いか分からない。性格的な問題だろうし」


「でも……」


彼女のミサはとても心配そうに僕を見つめて、

何か言いたそうにしていたが、それ以上は何も言って来なかった。


「それより、来週の旅行楽しみだね」

僕は症状の話から変える為に違う話題を振った。


「うん。今まで洋介は毎日長時間労働で遠出する機会も無かったから、気分転換になってとても良いわね」


「一緒に、行けて嬉しいよ」


「私もよ」

ミサは僕を優しく包み込むのような柔らかい笑顔で言い、僕はまるで全身がお気に入りの毛布に包まれているようなあたたかい温もりを感じた。

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