閑話 転生特典の裏話
真っ白で、どこまでも茫洋とした空間。ここには全てが有り、何も無い。
そこは、資格の無い者は存在を保つことさえできない領域。
「本ッッッッッッ当にごめんなさい!!!」
そんな上も下も無い超越世界で、それは見事な美しい土下座をする女神がいた。
折り畳まれた手足はスラリと長く、少し上がった臀部は布越しで分かるほどに引き締まっていた。膝には、小ぶりながらも形の良い乳が押し付けられ、その形を変形させている。
その名前はフィルト。つい最近、神になったばかりの努力の神だ。
「………。」
そんな女神を困ったように見下ろすのは、これまた見目麗しい女神だった。
空間に溶け込む程に真白い大きな布を纏い、腰まであろうかと言うブロンドの髪にはゆったりとウェーブがかかっている。隠し切れない程の色香を感じさせながら、そこには侵し難い神聖な雰囲気が漂っていた。
その名前はヘスティア。ギリシア神話における炉と
「貴女にしたことは本当に悪いと思っています…!」
古参であるヘスティアに、
しかし、段々と信仰の力が少なくなり、ヘスティアは他のオリュンポス神と比べ、かなり格が下がってしまっていた。それこそ、
「…あの時は、本当に困ったんですからね?」
「申し訳ないですぅぅぅぅ!」
現在、フィルトはヤマトと約束した刀を作る為に、絶交を言い渡されていたヘスティアに謝罪しているのだ。
そもそも、何故ヘスティアとフィルトは仲違いしたのか。
「女神会だって言って、合コンに誘いだしたことについては、本当に反省しております!!!何卒、お慈悲をぉぉぉ!」
…と言う理由である。
ヘスティアは、炉と竈の神であるが、その他にも“処女神”と言う異名も持っていた。
家庭を温かく守る神聖な火を、何者も侵すことは許されない。
これは、
しかし、一時期は太陽神と海神に同時に求婚されるほどの美しさであるヘスティアの人気は、男神の中で非常に高かった。それこそ、美の神に匹敵するほどに。
それの人気を利用して、フィルトは合コンをセッティングしたのであった。
高嶺の花であるヘスティアが来るとなれば、男神はこぞって集まり…参加を掛けたバトルロワイヤルが始まり…最終的に選ばれた5人は、全員が主神格であったと言う…。
が、当然処女神とも呼ばれるヘスティアが合コンに呼ばれて素直に参加するはずもなく…嘘をついて会場に呼び出し、強引に参加させたのであった。
「むぅ…もういいです。もうしないで下さいね?」
「ありがとうございますぅぅぅぅ!!!」
もちろん、ヤマトに言った仲違いの理由は真っ赤なウソである。
「でも、何でそんなに必死なの?また何か企んでるんじゃ…?」
怪訝な顔で、フィルトを見下ろすヘスティア。未だに土下座は継続中である。
「いえいえいえ、そうじゃなくてですね…!先程、人の子を一人フォーガルドに送りまして…」
「―――?あぁ、あの世界の事ね。いつも楽しく見させてもらってます。」
「あ、ありがとうございます!じゃなくて、その人の子と言うのが、手違いでこちらに連れてこられた子でして…」
「まぁ!なんてこと…。手違いで送るにしては、あの世界は少し過酷じゃないかしら…?」
「まぁ…一応、死神が決めた運命を一度覆して来た子でしたし、ある程度は大丈夫かな…と。でも、その転生先と言うのが厄介でして…その、広告がご覧になられましたか…?」
広告と言うのは、神が運営する配信サイトの広告である。広告料を払うだけで、誰でも広告を載せることができ、かなりの宣伝効果が見込めるのだ。
「あぁ!ゼウス様が主催するって言う、ショーの事ですね?人間からかけ離れた存在に転生させてその子の頑張りを見るって言う…ってまさか…」
「そうです。その
その言葉を聞いて、ヘスティアの顔が悲しそうに歪む。竈の神は非常に慈悲深かった。
「まぁ…可哀想に…。で、お詫びとして何か上げようってところかしら?」
「はい…それで、何が欲しいか聞いたところ、刀がいいと…」
「なるほど、その鍛錬に、炉の神の私の協力が欲しい…と。」
「その通りですっ!!!」
「だから、ヘファイストスも呼んでくれって言われたわけね。納得です。」
そう言って、ヘスティアが顔を向けたのは、顔立ちが整っているとは言い難い隻眼の青年であった。
右手には槌を持ち、終始静かにそこに佇んでいた。
ヘファイストスと言う名の神は、鍛冶と技術の神である。一時期、フィルトに鍛冶を教えていた関係もあり、一瞬の師弟関係が生まれていた。
「是非とも、お師匠様には刀の打ち方をご教授いただきたく…!」
地面に這いつくばった状態で器用に頭の向きを男神の方へと向ける。
「あら、貴女が打つの?」
「はい。成長する刀がいいと言われまして…」
「あぁ、なるほど…。で、ヘファイストスはどう?」
「…刀と言うのは、“日本刀”の事だよな。」
静かに開かれた口からは、しゃがれた声が漏れ出た。
「はい!その通りです!」
「…なら、私はその作り方を知らない。」
「そんなっ…!」
「…でも知り合いなら知ってるはず。」
「では、その方を紹介していただきたく…!」
「…わかった。」
寡黙な男神は、手を二、三度曲げ、ついてこいとでも言うように歩いて行った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ヘファイストスについてやってきたのは、鍛冶小屋だった。
その戸口に立ち、しゃがれた声で呼びかける。
「…
「お前も一つ目だろうが!」
返って来た声はガラガラと濁った、どこか愛嬌のある声だった。
「…そういえばそうだった。」
出てきたのはポッコリと腹の出た隻眼の小男だった。
藍色の着流しから、太い腕が覗いている。
「はっはっは、何だよお前!美女二人も
ヘファイストスはバツイチである。
「…忘れてない。許さない。」
物静かだった男神から、確かな怒りが沸き立っていた。
「うははは!まぁ、立ち話もなんだし、家作ってくれよ!」
「…自分で出来るだろ。」
「出来るが、苦手なんだよ。あと、お前たちは土足だろ?」
飄々と嘯く隻眼の小男に、ヘファイストスはため息を吐きながら渋々承諾した。
「…分かった。」
そう言うと、一瞬で家が現れた。
家を作ると言っているが、実際に建築したわけではない。不思議パワーで、元からそこに存在していたことにしたのである。
「よし、邪魔するぞー!」
「お邪魔します。」
「…ん、いらっしゃい。ほら、フィルトも入る。」
「あっ、はい…お邪魔しまーす。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…コイツの名前は
「ははは!よろしくなぁ、お嬢様方!」
家に入り、椅子に座ってすぐに紹介が始まった。落ち着く暇もない。
「まぁ、驚いたわ。貴方、友達なんていたんですね。私の名前はヘスティアです。」
目を大きく開き、驚きを表現する女神。
「わ、私の名前はフィルトです…。」
人見知りを発動し、やや挙動不審になる女神。
「…ヘスティア、失礼。」
「わはは!仲のいいこった!同じ神話か?」
「…ヘスティアはそう。フィルトは、神話無い。」
「ほぉ、そりゃおったまげた!単独で神か!すげぇなそりゃ」
無事な右目を大きく開いて、ゴツイ手を嬉しそうに何度も叩く。賑やかな神のようだ。
「きょ、恐縮です…。」
「で、何の用だ?」
「…コイツは、日本の鍛冶の神。たぶん、打ち方知ってる。」
ヘファイストスはクイッと顎をしゃくり、天目一箇神を示す。
「ほん?刀でも打てってのか?」
「…違う。フィルトが打ちたいって言ってる。」
「あの…実は――――カクカクシカジカで。」
事情を聴いた天目一箇神は、目をキラキラと輝かせながら、嬉しそうに叫んだ。
彼の最近の趣味は、動画視聴である。
「ほぉ!あそこの管理神かいあんた!若けぇのに凄いねぇ!よし、引き受けるぜ!」
「わぁ…!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「よし、じゃあ先ずは炭割りからだ!」
「はいっ!」
こうして、努力の神フィルトの修行は始まった。
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