第50話
「せやぁっ!」
「遅い。威力も乗っていない。」
ルーウィンは、ソフィの剣戟を弾く。時々混ざる殴る蹴るなどの徒手空拳も、簡単に弾く。まるで鉄壁のようだ。
「せぃっ!」
一時戦線離脱していたピートが、柱の影、ルーウィンにとっては完全な死角から攻撃する。
「甘いっ!気配でバレバレだよ!」
しかし、簡単に腕を掴まれ、柱に叩きつけられた。
「『ファイアアロー』!」
が、そうしてできた隙を縫うように炎の矢が10本ほど飛んでくる。それは、それぞれ曲がりながら真っ直ぐにルーウィンの足元と背後に飛来する。そして、炸裂して土煙を発生させた。ガラガラと崩れる様な音が響く。
「なっ…」
自らに向けられた攻撃なら反応できただろうが、自分から少し逸れる攻撃だったために、ルーウィンの反応は少し遅れた。そして、まんまと目
ダッ!
地面を軽く叩くような音と主に、土煙の一部に穴が開き、猛烈なスピードでヤマトがルーウィンに突撃した。
「くっ…」
『なっ!?』
が、短剣で
と、同時にルーウィンの膝裏に軽い衝撃が走り、体勢が崩れるのを感じる。見ると、ピートが金色の光を纏いながら、ルーウィンの膝裏に蹴りを入れていた。先程叩きつけられたピートは、ユキにより回復・支援を受けて攻撃したのだ。
無理に体勢を崩されたルーウィンは、とっさに地面に右手を付いた。
『うらぁっ!』
「なっ…」
が、そこにヤマトが突っ込み、腕を払われる。
後頭部を保護するように、左手を丸め込む。
「『
聞こえた呪文を頼りに視線を動かすと、そこには風と炎を纏った短剣を振りかぶったソフィがいた。
身体を捻って避けようとするが、何故か足が動かない。光の膜がピッタリと張り付くように覆いかぶさり、動かせなくなっていた。
ドスッ!
ルーウィンの顔の横に、深々と短剣が突き刺さる。
当たれば、確実に絶命する一撃だろう。
目の前には、やり切ったような顔のソフィが居た。
「どうっ…これでっ…私たちのっ…勝ちっ…!」
息も絶え絶えにソフィは勝利宣言をする。
「あぁ…僕の負けだ…。強く、なったね。」
対するルーウィンは寂しそうに微笑みを浮かべて、敗北を認めた。
空の黒さは既に薄まり、白い光が闘技場を包んでいる。
こうして、父娘の進路相談は幕を閉じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――コンコン――――
「失礼します。」
分厚い扉を叩いて入室をする。左右の壁一面に書架が置かれ、部屋の中心には来客用のテーブルとソファが置かれ、その奥にある飾り気の無いデスクには大量の書類が積み上げられている。緊張した面持ちのメイビスは、いかにも執務室然とした部屋へ一歩踏み出して、乱雑としたデスクへと声をかける。
「父上…お話があります。」
「ん?なんだメイビスか。少し待ってくれるか?あと…そうだな5イール程で一区切りだ。」
書類の山を掻き分けて現れたのは整えられた顎髭を持った壮年の男性であった。
このダンディなお髭が渋い紳士は、コーヴァス・ランミョーン。この街の領主貴族だ。メイビスの父でもある。
現在、今回の騒動の被害状況、復興状況、それに伴う必要な資金援助の嘆願…などの書類を大量にデスクの上に積み上げて、作業に没頭していた。
「分かりました。」
コーヴァスは、かなりの速度で資料に目を通していく。宣言通り、5イール程で分厚い書類の確認を終わらせた。
「ふむ…。こんなモノだろう。で、どうした?」
柔らかな応接用のソファに座って、親子は対面する。
「父上…今日はお願い――いや、宣言しにまいりました。」
「ふむ…?」
メイビスの宣言という言葉に、怪訝そうに相づちを打つ。ただ、息子の強い覚悟を感じて少し居住まいを正した。
「私…いや、僕は冒険者になります。」
「ふむ…」
唐突なメイビスの言葉に、考え込むようにコーヴァスは唸る。その目には真剣な光が覗いていた。
「僕は、今回の騒動で、いろんなものを経験しました。多くの物を、得ました。」
「ふむ…。」
息子の確かな成長を感じ、声を漏らす。同時に、値踏みをするような目でメイビスを見る。
「貴族の責務というモノも、理解しています。それが、冒険者という身分で果たせるようなものではないことも…承知しています。」
「ふむ…」
責務。その言葉がメイビスから飛び出たことに驚く。今まで一度も、この息子からそんな言葉を聞いたことは無かった。
「でも…それでも、僕は、冒険がしたい。あの仲間たちと一緒に―――世界を、見てみたいのです。」
不安そうに、しかし確固たる決意を持った目で、宣言する。
止められたとしても、必ず実行する。その想いが体中から滲み出ているようだった。
「…ふむ、いいぞ。」
「やはりそう仰るのは…って、え…?」
メイビスは、意外そうな目で父親を見る。今までの放蕩を咎められ、否定されるとばかり考えていた。
「なんだ?そんなに反対しなかったことが以外か?」
「そ、そんなことは…」
「ふふっ、先程の言動にありありと浮かんでいたよ。」
困ったような、それでいて慈しむような笑みを浮かべてコーヴァスはメイビスを見つめる。父のその表情は、初めて見るものだった。
「しかし、何故…」
「ん?なぜ許すのか、か?親が子供の夢を応援することがそれほど意外か?」
「っ…――いいえ。」
「それに、お前なりに考えた結果なのだろう?まぁ…マリウスを説得するのは困難だろうが…。」
「お母さまがどうされたのですか?」
いきなり出てきた母親の名前に疑問がよぎる。いつも優しいあの母が、メイビスの願いを聞き届けないとでも思っているのだろうか。
「まぁ、今度時間をとってゆっくりと話し合おう。ふむ、もう5イールも経ったのか。仕事に戻らねばな。すまないが、この話はまた後でしよう。」
「はい…失礼しました。」
ギィ―――バタン…
「フゥ」
重い扉を閉ざし、息を吐く。
久しぶりの父との対話に、緊張していた自分が不思議に思えてくる。
元々、父と関わることは少なかったが、ここ数年はそれがさらに顕著になっていた。あまりにも交流が無いため、嫌われているとすら考えていた程だった。
だが、思い返してみれば、父と関わった数少ない記憶は全て、安心と幸せに満ちていたのだ。
それが、同じ家にいても会話が消え、ついに顔を合わせることも少なくなる中ですっかり風化してしまい、気付けば途方もない溝になっていたように感じる。
父は責任のある立場だ、忙しいのも仕方がない。僕も勉学や訓練で忙しかった。すれ違いは仕方が無いのかもしれない。
本当に、そうか?
別に、少なくなっただけで顔を合わすことはあった。年に数回だが、食卓を共にすることも。その時に話そうとせずに壁を作ってしまったのは、自分ではなかったか。
僕は、あの親子の戦いを見た。もちろん、夜通しずっと戦うような奴ら程体力は無いので、途中までだが。
あれは両者本気だった。刃引きもしていない武器で、全力で。もちろん、父親の方は傷つけないように立ち回ってはいたが、その殺気自体は本物だった。
組み手自体は、いつもしていたのかもしれない。慣れた動きだった。
だが、そこに込められた想いは、普段のそれとは違う数倍に濃いものだったのだろう。もちろん、妄想でしかないが。
ただ確かにあれはコミュニケーションだった。
別に、感化されたとか、そういうわけじゃない。
わけじゃない、が…。僕と父との関係を見直してみるのもいいかもしれないな。
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