第49話


 夜。


遠くから成人式の為にランミョーンの街へ遥々やって来た人々は、帰る馬車も泊る場所も無く、闘技場内で寝泊まりをしていた。


 闘技場の中心には焚火が轟轟ごうごうと炎を上げ、辺りを明るく照らしている。この火は、倒壊した建物や街路樹などの利用価値のない部分を集めて燃やされている。

三日三晩絶やさず燃え続けるこの火は、今回の災害の犠牲者を追悼する意味も含まれていた。


 そんな焚火の近く。暑いと言うよりかは熱い場所で、ボーっと火の番をしているルーウィンに近づく影があった。


「お父さん。」


「っ!?そ、ソフィ!どうしたんだい?みんなも揃って…」


ソフィに話しかけられ、明らかに動揺している。そんな様子をいぶかしみながらも、強い決意を持った目でソフィは話し出した。


「お父さん。明日村に帰るって言ってたよね?」


「あ、あぁ。そうだけど…それがどうかしたかい?」


 ルーウィンは、身構えるように身体を硬くする。嫌な予感が全身を駆け回っていた。


「あのね、お父さん。私たち、この街に残ることにしたの。」


「えっ…」


 全身から血の気が引いて行く。ルーウィンは真っ青になって絶句した。

嫌な予感は、予想していた範囲内の内容だと言うのに、予想以上の衝撃でルーウィンに襲い掛かった。

 絶句した次の瞬間には、ルーウィンの口からは雪崩の様に言葉が出てきた。それは、纏まり切る前の曖昧な感情の奔流であった。


「ああぁぁ…やっぱり、怒ってるんだね…騙していたこと…いや、仕方が無いと思う。裏切られた気持ちでいっぱいだよね…。でも、信じて欲しいんだ。僕は、いや僕たちは本当に君を愛していたんだって。いや、信じれないだろうね…でも、僕はソフィを本当の子供の様に―――…」


「ちょ、ちょっとストップストップ!まって、お父さん!何の話してるの!?」


 が、それをソフィは遮った。


「え?何って…今まで、ソフィに黙っていたことを怒って、家出しようとしてるんじゃないの…?もう、お父さんなんかじゃないって…そう言うことじゃないの…?」


「違うよ!ハァ…。もう、そのことは決着がついたの!血が繋がってなくても、お父さんはお父さんだよ。」


「そう…そうか!良かったぁ…。でも、何で…」


 言われて、ルーウィンは嬉しそうにその場に崩れ落ちた。が、すぐに不思議そうに顔を上げる。


「あのね、お父さん。私、夢があるって言ってたよね?」


 胸に手を当て、真っ直ぐに目を見てソフィは、打ち明ける。


「うん。小さい頃から、言っていたね…。」


 その視線をしっかりと受け止め、慈しむような目でルーウィンは返した。

そして、二人は同時に口を開いた。


「そう、冒険者になりたいって…」「パパのお嫁さんになりたいって…」


 そして、全く別のことを口走った。


「「え?」」


『え?じゃねぇよ。なんでそうなるんだよ。』


「あ、そうかそっか、ごめんね!そうだよね!そんなわけないよね!昔のことを思い出してたら、出てきちゃった…!」


「う、うん…。それでね、私たち、この街に残って冒険者になるって、決めたの。」


 断固とした意思を掲げ、ソフィはルーウィンと対峙する。


「そうか…。でも、冒険者になるのに必要なものが何か、分かっているのかい?」


 ルーウィンも、それに返すように真面目な表情で問い返す。


「うん。まず、身分証明書。これは成人式で貰ったプレートでいいでしょ。次に、ギルド登録金。これは、私が今まで貯めてきたお小遣いで十分足りる。」


「そう…。でも、装備が無いと冒険なんて夢のまた夢だよ?」


「装備なら、もうあるよ。」


 そう言ってソフィが取り出したのは、皮鎧と短剣だった。かなり使い込まれたもののようで、それが3セット揃っていた。


「これは…?」


「冒険者のオジサンのお手伝いしたら、お駄賃だって…冒険者が夢って言ったら、ピートとユキちゃんの分までくれたの。」


 初対面のオジサンから貰った物らしい。相当な社交力だ。


「そうなんだ…」


「最後…。最後に、お父さんの許可が欲しいの。許可が無かったとしても、私は冒険者になる。だから、絶対じゃない…だけど、ケジメとしてどうしても貰っておきたいんだ。」


 しっかりと、ルーウィンの目を見て言い切る。

人間の成長とは、時に本人の予想を超えてまで行われるものだ。この時、ルーウィンは娘の成長速度に驚かされ、非常に大きな喜びを感じていた。


「そうか…」


 だから――――


「でも、まだ足りない。」


「えっ?」


「冒険者に最も必要なものが、欠けてるよ。」


 だからこそ、立ち塞がらねばならない。親として、一人の人間として。これからの子供の行く末を楽しみにする一人として、大きな障害とならなければならなかった。


「最も…必要な、もの…?」


「そう。まだ、君には実力が、足りない。明日、帰らずにこの街に残りたいなら――――僕を倒せ。」


 言い放った瞬間、場が凍り付いたように静まり返る。ザワザワと多数の人が騒いでいた闘技場が一瞬で。それほどまでの圧力が、ルーウィンからは放たれていた。


「あっ―――いや…うん。分かったよ。」


 一瞬、ソフィは呆気にとられた。だが、直ぐに心を奮わせ短剣を構える。



が、気付けば地面に転がされていた。

何が起こったのか、全く理解できない。体中が痛みを訴えるが、それに反応できない程混乱していた。


「隙が多すぎるよ。…ほら、ピート、ユキ、ヤマト。君たちもだよ。僕は、君たちの両親から託されてここにいるんだ。冒険者になってこの街に残るというのなら、ソフィだけが対象じゃない。」


 そう言われて、慌ててピートは短剣を構える。

が、やはり次の瞬間には短剣は宙を舞い、ピートは仰向けに倒されていた。


「この程度に対処できないで、どうやって冒険者になるんだい?」


 ユキは素早く鈴を取り出して、鳴らす。それだけで、ルーウィンの周りに薄い光の膜が展開された。


「そうか…そうだったね。ユキ、君が一番厄介だった。」


 そう言うと、ルーウィンは足元に落ちた短剣を拾って、腕を一振りした。

それだけで、光の膜はビリビリと音を立てて裂ける。


「嘘っ…!?」


 そして、ルーウィンはユキに接近し、触れる――寸前で、横から来た黒い弾丸を察知してバックステップを踏んで回避する。


『おぃおぃ…避けるのかよコレを…』


 そこには、手のひらサイズから人間サイズまで拡大したヤマトが飛んでいた。


「ふむ、そのスピードも厄介そうだ…。流石に完全に捉え切るのは難しいだろうね。でも――」


 そう言うと、ルーウィンは足を思い切り踏み下ろした。

その瞬間、闘技場の地面が割れ、いくつもの土の柱が飛び出してくる。


『なっ!?うっそだろおい!』


「こうやって、障害物を作れば対処可能だ。」


 既に、闘技場内に人はいない。皆観客席に逃げて。狭そうにしながらも心配そうに成り行きを観察していた。



 夜はまだ長い。

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