第48話

『ようやく…最後…。』


 目の前には、デカい肉の塊が一塊。

肉は茹でられ、白く変色している。その上にチョコンと、灰色でヌラヌラとしたミンチが鎮座していた。


『ここまで、長かった。特にお前には苦しめられたよ。』


 そう、肉塊に話しかける。

まるで、何度も剣を交えた強敵に対してそうするように。親しみと敬意をこめて、最期の言葉を紡ぐ。


『だが、それもここで終わりだ。行くぜっ…!』


 そう言うと、ヤマトは肉を上から齧り取る。

フワリと、強烈な臭いと味がよぎるが、肉を上から流し込み完全に飲み込む。

 もう、後は簡単だ。

怒涛の勢いで肉を口にねじ込み吞み込んで行く。

 最後の一口を、飲み込む。


『ごちそうさまでした…』


倒した相手を称えるように、そう呟いた。


 戦いは、三日三晩続いた。激戦の末、ついにヤマトは勝利を収めたのだった。

不眠不休で戦い続け、ヤマトは既に疲労困憊の境地に達している。

周囲の歓声を遠くへ聞きながら、ヤマトの意識は暗い底へと沈みこんで行った。



……三日かけて魔物肉を処理して、そのまま寝落ちしただけだ。

 もちろん、三日も放置すれば肉は傷む。

二日目からは、冒険者が肉に火を通してくれたりしたが、調味料も何も無く、火も少し通しすぎて硬くなっており、お世辞にも美味しいとは言えない。まぁ、元々腐りかけているので、美味しいはずもないのだが。

 村のモリー夫人の料理が懐かしくなったヤマトだった。



 街の修復は、既に始まっていた。

壁の修復を第一に、民家、商業施設の順番で復旧していくそうな。


 壁は、メイビスの迷惑魔法によって木っ端微塵にされて、修復にかなり時間がかかるかと思いきや、破壊者メイビス本人の手伝いもあって、一日で完了した。大規模な土魔法で壁に必要な量の土砂を集めて整形し、固めるまでを殆ど一人で行ったそうな。

 突貫工事で強度が心配になりそうなものだが、むしろ壁は強大になって囲う範囲も少し広げたようだ。  

 破壊無くして創造は無いということなのか…。


一方、建造物の修復はかなりの時間がかかる見込みらしい。

 何せ、広大な都市だ。様々な場所が破壊されており、直すために非常に時間とお金がかかるらしい。

 まぁ、それでも一か月以内には修復可能なんだそうだ。


『ふあぁぁ…よく寝たぁ~。何時間ぐらい寝てた?』


「えっとねぇ、3クルトぐらいかな?」


(えっと…?1クルトが…ん?あぁ、3時間ぐらいか。)

『…なぁ、ソフィ。なんで時間って言葉があるのに、単位を時間にしなかったんだ?』


「何言ってるのヤマト?そんなの、分かり辛いからに決まってるじゃん。」


(こっちからすれば、今の表し方の方が分かり辛いよ…。)


『で、なんでトンは俺の横にいるんだ?しかも巨大化して。』


 起床したヤマトの横には、同じぐらいの大きさとなったトンが鎮座していた。


「えっと、これがホントの姿なんだって。じゃ、ヤマト、やろっか。」


『んぁ?何を。』


「決まってるでしょ?


 やけにダイエットの部分を強調して、ソフィが言った。

その瞬間、ヤマトの脳裏に二年前の悪夢が呼び起される。


『い、いやいや、こっちの方が強そうだし、このままでいようぜ!それに、これなら鳥に食べられそうになる心配もないし!』


早口で、捲し立てるヤマト。どうにかして地獄のダイエットを回避したいようだ。


「大きかったら、邪魔じゃない。」


が、一言で一蹴される。希望が一つ打ち砕かれ、心が折れそうになる。


(いや!まだ手はあるはずだ!何か…何か………はっ!そうだ!)

『いやいや、ソフィ。それならわざわざダイエットなんてしなくても、トンに小さくなるのを教えてもらえばいいじゃないか!』


「むっ…確かに…。」


(いいぞ…もう一息…!)

『それに、トンは大きくもなれるんだろ?なら、俺もその方法なら大きくなれると思うんだ!』


「んー…そうだねっ!じゃあ、トン、大きさを変える方法を教えて!」


 ソフィが聞くと、トンはキシキシと身体を鳴らし始めた。すると、まるでスモールなライトを当てられたように、にょんにょんにょん…と小さくなっていった。


「ふむふむ…こうやる!‥‥だって!」


『いや、説明しろよ。』


すると、再びキシキシと体を鳴らし、ビッグなライトに当たったかのように巨大化した。


「えっと…こう!‥‥だって!」


『分かるかぁ!』


 数時間後、ヤマトは見事にサイズダウンを果たしていた。

トンが行っていた縮小化も、殆どヤマトの行ったダイエットと原理が変わらなかったらしく、結局、ソフィ’sダイエットをする羽目になった。

 少し変わったことと言えば、今回は脱皮殻が出なかったことか。

その詳しい原理だが…全くわからなかった。一つ言えるのは、どちらの方法も気合と根性が必要だ、ということだけだ。


「うんうん、これで良し!」


『もういや…』


 今回も、かなりの苦痛を伴ったようで、ヤマトはぐったりしていた。

そもそも、物理法則をかなり無視して大きさを変えているのであって、それに大きな苦痛を伴うのは仕方のない事ではあるのだ。


「おぉ~い、久しぶりだなぁ!ソフィにヤマトぉ!」


 声のした方を見ると、そこには作業服姿のガタイの良いオッサンが佇んでいた。何やら見覚えがあるが、思い出せそうにない。


「『えぇと…?』」


「おぉっと、忘れちまったか?まぁ、2年前に一回会ったきりだし仕方ないかぁ。俺だよ、ルーカス。」


「『おぉ!ルーカスさん!』」


 ルーカスさんとは、2年前にソフィたちの村が大発生災害スタンピードに襲われたときに、復興支援に来た王国の騎士第七師団の団長である。


「あれ?そういえば、街を囲まれてた時に騎士団は出動してませんでしたよね?」


「あぁ~、囲まれたって報告を受けた時は、別の街で五・七師団合同訓練をしててなぁ。報告を受けて飛んできたんだが、そん時にはもう終わってた!あとは、復興の手伝いしか仕事がないな!」


『なんか、最初にあった時も復興の手伝いしてましたよね…。』


「あぁ、これも騎士団の立派な仕事だからな!まぁ、他の騎士団はあんまりやらないでウチばかりこういう仕事してるんで、半ば復興専門部隊みたいになっちまってるんだがな。」


 そう言って、ルーカスは苦笑いをした。実際、ここ数年は戦闘よりもこういった支援活動の方が回数が多かった。大雨や地震など、国中で立て続けに災害が起こっているのだ。


「あ、そうそう、私成人したんだよ!」


「おぉ、そうかおめでとう!でも、ギフトは貰っただけじゃ意味ないぞ。しっかり使い倒せな!」


「…うん。」


「あぁ、そろそろ作業に戻るわ。じゃぁな!父さんによろしく言っておいてくれ!」


 そう言うと、ルーカスは慌ただしく去って行った。

騒がしかった空間が、一気に静まり返る。普段から騒がしいソフィは、思い詰めた様子で俯き一言も喋らない。


『そういえばソフィ。お前のギフトで文字化けしてたやつあったじゃん?あれってもう見えるようになってたりしないか?』


「え…?」


『いや、よくあるだろ。ホントは一時期に一つしか現れない筈の能力とかが二つ出てきて、表示がバグるって奴…。もし、あの文字化けギフトが、マルボスのと同じ魔王とかなら、見えるようになってないかな~とか思ってみたり?』


「ふふっ。それよくあるの?それにすっごい曖昧じゃん。…まぁ、見てみようか。」


 そう言って、ソフィは鈍色のプレートを取り出した。


『どれどれ…あちゃー…』


 覗き込んでみる。しかし、その表示は未だ“鬲皮黄縺ョ邇玖?”と文字化けした状態であった。


「ふふ。やっぱり変わってなかったね。何なんだろうね…本当に。――うわっ!?」


 ソフィが、何の気なしに文字化け部分を撫でてみると、いきなりプレートが淡く金色に光り出す。それに合わせて、ソフィの指が弾かれた。その拍子にプレートを取り落としてしまい、光は収まってしまった。

 だがその光は、強さこそ違えど成人式で見た光によく似ていた。


『何だ…!?』


「わかんない…」


 ソフィは取り落としたプレートを恐る恐る取り上げる。先程指を弾かれた感覚がまだ残っているのだろう。少し指先が震えている。そしてそのまま、画面を覗き込んだ。


「あっ!」


『んどした…おぉっ!』


 そこには、文字化けした姿は無く、“魔物の王?”と言う表示が現れていた。


『おぉっ!出たな!…でも、何でハテナマーク着いてんだ?』


「知らない…。けど、うん…。よしっ!ヤマト!話があるんだ!」


 ソフィは一人で頷いて、いきなり意を決したように大声を上げた。


『ん?なんだ?』


 ヤマトは、晴れやかなソフィの顔を覗き込む。その表情には、一点の曇りもない。


「これは、みんなと話し合って決めたことなんだけどね。――――…どう?」


 ヤマトに口を近づけて、内緒話を打ち明ける。それは、まるで悪戯の相談をするような表情で――――


『!…おぅ、いいぜ!』

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