第47話
「転生してゴキブリ…か。俺なら耐えられんだろうな…。」
クマールが、肉相手に
彼もまた、転生者だ。
転生前は体が弱く、何度も入退院を繰り返していたことから、転生特典に選んだ“鋼の肉体”は、この世界では少し鍛えれば簡単に手に入るものでしかなかった。何か突出した才能があったわけでもない。
しかし、今に至るまでに誰にも負けない程の努力と、かなりの苦労を積んだ自負があった。
だが―――
「彼の苦労に比べれば、俺の苦労なんて…」
魔物、それも非力なローチに生まれ、信用を得るのにも、今の様に人から頼りにされるようになるまでにも、相当の苦労があっただろう。それこそ、クマールの想像も及ばないような
そう、考えれば考える程に、焦りの感情が湧いてくる。
「俺は…まだまだ努力できる。」
特別な才能などは何もなかったが、特別苦手な物も無い。魔法は勉強の資金と時間が無かったため、今まで手を付けていなかったが、合成魔獣との戦いで属性攻撃の有用性も身に染みた。これを機に、魔法を学ぶのもいいかもしれない。
「まだ、まだだ…。俺はこれからも強くなる…。」
そう、決心したからか、疲労が溜まった身体の奥底から
「彼にも、最大の援助をしよう。同郷の
先程より少し大きくなったように見えるヤマトを眺め、呟く。
…まぁ、ヤマトの場合、生まれた場所と出会った人物に恵まれており、クマール程努力を重ねたわけではないのだが…。
「よし…!」
独り言を終え、気合を入れなおす。
思えば、この独り言も苦労の末に、勝手に癖づいたものだ。全身に苦労の証が刻まれている、そのことに少し
一人の苦労人が、決意を固めた瞬間であった。
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(どうしよう…バレちゃった…。ソフィにお父さんなんかお父さんじゃないって言われたらどうしよう…。ルーウィンさんなんて他人行儀に呼ばれたら、生きていける自信ないよ…。そうだ、ママにも連絡して…あっお兄ちゃんにも手紙を書かないと…でもいきなり妹の血が繋がってないなんて言われたら
顔を青くしたり泣きそうになったり、そう思ったら眉に
身体を休めろと領主に言われたのだが、動いていないと不安に圧し潰されそうになってしまうため、こっそり働いていた。
まぁ、運んでいる殆どは自分が倒したモンスターで、ただ後始末をしているだけなのだが。
自分の数倍の体積の死骸を数体、それも物凄いスピードで
冒険者と衛兵が、交代制で効率よく頑張っているおかげで、街の中のモンスターの死骸は殆ど一か所に集中して山になっていた。が、その半数はルーウィンが集めた物だ。ルーウィンが動いていなければ、倍の時間がかかっただろう。
(うぅ…どうしよう…。もし、家出とかしたら、どうしよう…。はっ、もしかしたら自殺も…でも、マルボスは倒したわけだし…。いいや、それとこれとは別だよね…。)
運び終わっても、悩みが絶えることは無い。
5歩ほど進んでは引き返し、更に5歩進んでまた引き返し…同じ場所をウロウロと行ったり来たり。
それでも気が紛れないので、冒険者に混じって死骸の解体をする。
刃物の扱いには慣れており、これまた物凄い速さでドンドンと解体していく。放り出された肉はドンドンと山を作り、ヤマトへ供給されていく。
その様子にドン引きしながらも、冒険者は手を休めずにドンドンと解体する。
こうして、ヤマトを囲む膨大な肉の山は、少しずつその大きさを増していった。
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増えている。明らかに。
さっきまでは、肉は一山しかなかった。しかし、今はどうだ。肉はヤマトの周りをグルリと取り囲み、まるで外へ逃がさぬ壁の様ではないか。
(…その日、人類は思い出したの?ってか、増えすぎじゃね?)
食べるのを中断して、肉の山を這いあがる。
そこから見えたのは、肉を
(…食べるか。)
その光景を見て、何を思うのか。
ヤマトは、考えるだけ無駄だと感じたらしい。思考を放棄して、肉の壁の中へと帰っていく。
山から、下の方に潰されている肉を引っ張り出した。
(はぁ…まぁ、まだ食えるからいいけどさ…。)
半分ミンチのような肉を、口に運ぶ。
その瞬間、全身を電流が駆け巡った。
『おぇっまっずぅ!?』
よく見ると、肉の色は灰色で、出ている液体も尋常じゃない色をしている。何故か残されている毛皮や骨、角は、見事にちぐはぐで生理的に嫌悪を憶える。なぜだかこの元になった物を知っている、と言うか見たことがある気がする。
(あっ、コイツもしかして、マルボスが造ったキモい奴か!?)
そう、このミンチは、マルボスが生み出し、クマールが生焼けにして、ルーウィンが粗挽きにした、モンスターの合い挽きだ。
その味は、想像を絶するほどマズかった。
まず、臭い。腐敗臭の中に尖った血の匂いが混じり、その上を蜜の様に甘い香りが這いまわっている。よく、食レポで「例えるなら~」と言っているが、この匂いは既存の物質では言い表せないだろう。もはや、臭いだけで死人が出るレベルだ。
そして、苦い。肉を見ても、炭化しているところは無く苦いはずは無いのだ。しかし、その肉は噛めば噛むほど、肉汁と共に苦みがあふれ出してくる。ピーマン?ゴーヤー?そんなもの比ではないぐらいに苦い。と言うか、苦さのベクトルが違う。煮干しの
そして、酸っぱい。発酵しているのか、舌に刺さるような刺激を感じる。臭みと苦みの波の隙間から、ひょこっと顔を出すだけのこの酸味は、否応なく嘔吐感を呼び起こすのだ。
この三つが複雑に混じり合い、時に引き立て合い、時に打ち消し合いながら、口の中で暴力的な味覚を生み出していた。旨味が無いことも無いが、中途半端に強いため、この三種と合わさって、更なる不快感を
一言で
『マズマズマズ…ッまず!?ナニコレ、ナンデ、こんなマズいん?たぶん、産業廃棄物でももっとマシな味してると思う!食べたことないけどっ!』
しかし、食べるしかないのだ。お残しは流儀に反する。それに、これは時間が経てば、さらに腐ってドンドン不味くなっていくだろう。これ以上放置をすれば、地獄を見るのは他でもないヤマト自身なのだ。
『うぐっ…クソっ!いいぜ、やるったるわい!キングオブ雑食の底力見せたらぁ!』
そう叫んで、ミンチを一気に口に押し込む。
『ブフォッ‼マズぅ!』
そして、噴出した。
飲み込めたのは、ごく少量だ。べチャッとしたこれを、もう食べる気にはなれない。
『だ、ダメだ…他の肉がおいしく感じる…。』
ヤマトは、近くにあった肉を
その肉も、血抜きせずに放置され、普段ならとても食えたものではないが、先程のゲロマズミンチに比べれば、数千倍マシに思えた。
『くそっ…行ける…俺は長男だ!あの卵の中で一番最初に出てたし、きっとそうだ。うん。長男なら耐えれる!長男だから…――――ブフォッ!ゲロマズッ!』
この調子では、肉を食べきるのにまだまだ時間がかかりそうだ。
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