第44話

 帰ると言っておきながら、そこには既に焚火に簡易即興テントなど完全に野営の準備が出来上がっていた。


「夜の森を進むのは危ないからな。ここでキャンプして帰ろう。」


と、いうことらしい。


 焚火を囲み、簡単に炙っただけの干し肉を分け合い飢えをしのぐ。

真夏の夜のような蒸し暑い中で火を起こすのは、はっきり言って正気ではないと思うのだが、これだけで野生生物から荷物を守れるらしい。


「なんだ?ヤマトは食べないのか?」


 干し肉をしゃぶりながら、メイビスは聞いてくる。

身なりを見ればかなり裕福なお坊ちゃんなのだが、味の悪い干し肉に文句も言わず、むしろ美味しそうに咀嚼そしゃくしている。サバイバル能力が高いのか、もしくは勝利の余韻がそうさせているのか。


『いや、いい…。その内、いやになるほど食べさせられると思うから…。』


「?」


 頭に疑問符を浮かべながらも、メイビスは納得したように咀嚼へと戻った。



 先程から、ガサガサという音が聞こえている。森の中なので、音が多いのは当たり前なのだが、その音はやけに近くから聞こえてくる。


「ん、さっきから何なんだこの音。」


「あー、ちょっと見て来るわ。」


ダガーを持って、ユソウが音の発生源へと歩いて行く。

夜に出没するモンスターの代表と言えば、夜目の利く動物系やアンデッド系などだろう。

 しかし、音の正体はそのどれでもなかった。いや、夜行性と言えば夜行性であるし、モンスターでもありはするのだが…。


「あっ!マルボスの死体すっかり忘れてた。」


 音は、マルボスの死体…正確には、それに刺さったカブトムシと、それと格闘する蛇の戦う音であった。

 カブトムシの方は、脚を動かすことしかできず、蛇はあぐあぐと口を動かしているが、硬い外骨格に阻まれて牙が刺さっていない。完全な膠着状態だ。


「あー、これ、どうするんだー?」


 アイラが、ソレを指さしてめんどくさそうに呟いた。

明らかに、のマルボスは異常だった。それを一撃で倒したこの甲虫は脅威だ。また、この召喚されたと思しき蛇も、見た目は無害そうだとはいえ、マルボスの最終手段だったのだ。何かしら脅威足りえる能力を持っていてもおかしくはない。


『んー…可愛そうだけど、動けないうちに始末した方が―――』


と、ヤマトが言いかけたところで、カブトムシが一層強く暴れ出した。

自らの運命を悟り、それに抗わんとし暴れるのか…と思い見つめてみるが、何やら様子がおかしい。何というか、しきりにヤマトに訴えかけているようであった。


それに何かを感じたヤマトは、マジマジとカブトムシを観察する。鋭く尖り下方へ湾曲わんきょくした漆黒の角、炎とは違った冷たい印象を持たせる赤い光をたたえた目、ほこりを被ったかのようにくすんだ金色のはね…と、そこまで観察したところで、ヤマトは声を上げた。


『って、あっ!お前、昼間の奴じゃん!』


それは、昼間にヤマトと互いにしのぎを削り認め合った個体のようだった。

昼間見た時とは明らかにサイズアップしているが、直感的に確信した。


「えっと、ヤマトの知り合いなの?」


『なんか、カブトムシの知り合いって不思議な感じだけど、そうだ。あっ、ソフィ。コイツが何言ってるかわかるか?』


「まぁ、分かると思うけど…ヤマトは分からないんだね。虫のくせに」


『やかましい。わかるなら、通訳してくれよ。なんでマルボスを刺したのかって。』


 ソフィは、じっとカブトムシと目を合わせ、十数秒の間そのままでいた。時々相づちを打つように頷いているので、意志の疎通を図っているのだろう。


「えっと、なんか森を荒らしている悪いやつが、仲良くなったヤマトに何かしようとしているのが見えて、いてもたってもいられなくなった…だって。」


『あぁ、助けようとしてくれたんだな…。ありがとう。』


「あと、ヤマトと一緒にいたいって。一緒に虫の帝国を築こうって言ってる…?」


『?まぁ、良いけど。とりあえず、マルボスの体から抜くか。』


 ヤマトは、カブトムシを引っこ抜こうとマルボスへと近づこうとした。しかし、白蛇が牙を剥いてこちらへと威嚇してきた。


「おっと、コイツもどうにかしないとな。」


 が、すぐにモーガンが枝で白蛇の首元を抑えて動けなくする。

白蛇は、どうにか逃れようとグネグネと尻尾を暴れさせ、枝へと巻き付いてきた。

 その後ろでは、女子ーズがワーキャーと楽しそうに談話している。


「よく見たら、可愛いんだけどねぇ…」


「えぇ…セイアおかしくないかー?」


「アイラさんは蛇苦手なんですか?」


「んぁ、蛇って言うか…細長くてウニョウニョしてるの全般むりだなー…そう言うユキは平気なのかなー?」


「はい。元々、実家では蛇をお祭りしているので。」


「「「へー」」」


「なんでソフィちゃんも初耳みたいな顔してるの?」


 出会ってからそこまでの時間は立っていない筈なのだが…過ごした時間の密度がそうさせるのか、はたまた強強ツヨツヨのコミュ力が原因か、すっかり打ち解けて仲良くなっている様子だ。



『よし。可哀想だけど、殺すか。』


 ひたすら威嚇しているだけだった白蛇も、そのヤマトの言葉は理解できたのか、態度を急変してキューキューと悲しそうに鳴き始めた。


「ん?なになに?『もう悪いことしないから、助けて』って?」


『あ?ソフィ。コイツの言葉分かるのか?というか、どうやって鳴いてるんだ?』


「うん。ヤマト程ハッキリわからないけど、そこの虫君と同じでボンヤリと言いたいことは分かるかな。」


『んー…でも、飼えないだろ。何食べるかわかんないし。』


  !?キューキューキュキュキュー!


「えっとぉ…『なんでも食べます!迷惑はかけませんから~!』かな?」


『ちゃんとお世話するんだぞ?あと、ちょっとでも怪しい素振りを見せたら、即、見世物小屋に売り飛ばすからな。』


  ッ!キューキュキューキュ!キュキュッ?キュッ!


「うんうん『分かりました!ミセモノゴヤ?になりません!』だって。」


 知らない単語に戸惑いながらも、白蛇はその二つの頭を激しく振って命乞いをする。その姿は、あわれにも可愛らしく、愛嬌があるようにも見えた。


『ん…しょうがねぇ。飼うことを許可する。』


 キュキューキュ!


 白蛇は、全身をうねらせて全力で喜びを表現している。

それの何かが気に障ったのか、カブトムシが執拗しつように蛇を突っついている。


「良かったねぇ~。えっとぉ…お名前が無いと、呼びにくいよ?」


セイアは、その様子をほのぼのと眺めて呟いた。その呟きをしっかりと拾って、ソフィが急に張り切り出した。


「あっ、そうだねっ!それじゃぁ~…君が「シャブ」で、君は「ヤニー」ね!」


 ソフィは、順番に指をさして名前(?)を言う。だが、それは名前というにはあまりにも下品で、いっそ悪意すら感じさせるものだった。しかし、ソフィの目は澄んで輝いており、そこには一片の悪意も潜んではいない。


『えっ、それ名前…?』


 心なしか、二匹も少し不服そうだ。カブトムシは角を振り、蛇は困ったように二つの首をからめている。


「えー…じゃあ。「トン」と「ハク」ね!」


『えぇ…?蛇のハクはまだしも、なんでトン…?』


「えぇーかわいいと思うのになぁ~。」


「ん?いいんじゃないか?俺もいいと思うぞ。」


「だよねだよねっ!…あっ」


 渋っていると、モーガンが横から入って来て賛成意見を唱える。味方が増えたのがよほど嬉しいのか、ソフィははしゃいでモーガンの手を取った。が、すぐに我に返って気まずそうに手を放す。


『えぇ…まぁ…いいのなら…うん。いいのか…?』

〈あぁ…ソフィに名前決められなくてよかった…。2年前より、ネーミングセンスがさらに磨かれてるぞこれ…。悪い方に…。〉


「ねぇ。ヤマト。今なんか言った?」


ヴェいいえッ!まりも何もっ!』

〈聞こえてんのかこれっ!?〉


「なんて?…まぁ、いいや。これで、友達だね!」


 ソフィが、そう言った瞬間、宙に浮くような感覚をがソフィとヤマト、トンとハクに訪れた。不思議と暖かさが全身を包み、充足感が心を満たしていく。そして、ソフィと他3匹を結ぶように、パイプの様なものが繋がる感覚を得た。もちろん、目には何も映ってはいないが、しかしハッキリと繋がりが出来るのを感じたのだ。


「えっ…?今のって…」

(何だったんだろうな…)


 周りの反応を見てみても、特に変わった様子は無く、本当に一瞬の出来事だったのだろう。しかし、今尚しっかりと繋がりを感じている。トンとハクは、不思議そうに翅を鳴らしたり首を傾げているだけだ。


「ん…?何か聞こえるぞ…!」


と、ユソウがいきなり武器を取り出し、警戒を始めた。他の皆も急いで戦うための準備を始めた。


 そうして直ぐに、近くの森から物凄い轟音ごうおんが響いてくる。それと共に、土煙が濛々もうもうと上がっていた。


 その奥からは、不自然に燐光りんこうし、こちらをハッキリと見る双眸そうぼうだけがのぞいていた。

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