第43話

「「「「「「「「「『えっ、小さっ』」」」」」」」」」


 地割れから飛び出してきた蛇は、せいぜい人の腕のひじから先程度の長さしかなく、太さも指三本分程度だった。

地中にいたからか色は真っ白で、月の光を受けて神々しく輝いてはいるが、大きさが大きさだけに恐怖を全く感じない。せっかくの双頭も、これでは台無しだ。


 シャ―――――!


が、蛇は侮辱ぶじょくされたことを悟ったのか、鎌首をもたげ牙をむき出しにして威嚇いかくをしてきた。


「よしよし、大丈夫。吾輩に力を貸してくれ。」


 それをなだめるように優しくマルボスが語り掛ける。

すると、蛇は身体をグネグネと躍らせて全身で喜びを表現した。まるで、古い友人同士かのような、簡素だが深い信頼に基づいた交流だ。

 そして、マルボスの腕に巻き付いたかと思うと眩い光をまとい――――


 その瞬間、背後から、マルボスは胸を何か鋭いもので貫かれた。胸からは、黒光りした刀のようなものが飛び出していた。

 パキンッとんだ、何かが割れる様な音が辺りにひびく。


「なっ!?一体何が…」


皆、驚愕きょうがくの表情を浮かべる。ここでマルボスに攻撃が入ることなど、一切予想していなかったのだ。

 それはマルボスも同じだったのか、目を見開いて後ろを見る。

そこには、目を真っ赤に光らせた巨大なカブトムシが、その角でマルボスを串刺しにしていた。


「くそっ…やっぱり、虫は苦手…だ…。」


 ボソリとつぶやくと、そのまま前へ倒れ込んだ。それと同時に地割れが閉じ蛇は帰り道を失った。


「え…やったのか?」


『バカ、モーガン!そういうのをフラグって言うんだ!』


 典型的な敵復活フラグをモーガンが鮮やかに立てるも、マルボスの体はピクリとも動かない。物言わぬ屍となってしまった。


『え…マジで死んだの?呆気あっけない…。』


 と、マルボスの手首が再び光り出す。


『えぇっ!?もうやられちゃったの!?まだセリフ考えてな―――』


 光が再び像を結び、青年の姿が現れる。

が、先程とは様子が異なり、かなり慌てている様子であった。


 そして、ヤマト達と目を合わせると、目を見開いて硬直した。


『あ―――ここまで早くマルボスを倒すとは!そんな貴様らに…そこ、笑うな!』


 何とか持ち直そうと威厳いげんたっぷりの声で話しかけてくるが、顔が少し引きつっている。声も心なしか上擦うわずっているようだ。それに堪え切れず、笑いだしたヤマト達を顔を赤くした状態で叱った。


『んんんっ!…君たちがここまでやるとはね。予想外だった…いや、正直舐めていたよ。私の手下の中でも、かなりの実力者であるマルボスを、こんなにアッサリ倒してしまうとはね。』


『倒したのは俺たちじゃなくて、そこのカブトムシだけどな。』


『何か言ったかね!?』


『いや、何も。』


 見ると、カブトムシはまだマルボスに刺さっている。どうやら、マルボスが倒れてひっくり返ったようで、ジタバタと藻掻もがいている。


 他の面々は、青年の相手を完全にヤマトに丸投げし、各々に武器の手入れをしたり、焚火で身体を温めたり、カブトムシを突いていたりしていた。何やら、同郷であると察して、空気を読んでいるような、そうでもないような状態だ。


『はぁ…。そんな君たちに敬意を表して、私の名前を教えよう。…君は、もしかしたら知っているかもしれないな。私の名前は、アンゴルモアだ。』


 アンゴラモアと名乗った青年は、胸を張りどうだと言わんばかりのドヤ顔を披露ひろうしている。


『…ん、日本人じゃなかったん?』


『えぇぇぇ!知らないの!?“ノストラダムスの大予言”だよぉ!』


『あー…聞いたことあるかも?アレだろ?2000年になる前に世界が滅ぶって奴。』


 ノストラダムスの大予言とは、占星術師ノストラダムスが遺した手記の一節にある、有名な予言である。


『ソレだよ!えぇ…かなりブームになってたのにな。』


『いや、そんな生まれる前のことだされても、知らんし。』


『えぇ、かなり世代が離れてるのか…。これが、ジェネレーションギャップ…。』


 アンゴルモアと名乗った青年は、目に見えて落ち込んでいる。


『うん、いいから、続き言って?ここ暑いから、さっさとしないとマルボスが腐っちゃう。』


『…はぁ、もういいや。私の目的は、この世界を滅ぼす事だ…これで分かった?』


『あぁあぁ!なるほどね!予言みたいに、世界をぶっ壊…そう……と』


 納得し、上げたヤマトの声は萎んで行く。詳細しょうさいは分からないが、相手は明確な害意を持って世界に接しているのだ。


『そういう事。この世界は、歪になりすぎた。種族間で保たれていた均衡きんこうはすでに崩れてしまっている。一度破壊して、リセットしなければ、世界は大きなストレスを抱えることになるだろう。私たちの故郷みたいにね。』


『いや…いやいやいや!俺まだ転生して何も活躍できてないんだが…!チート無双も、ハーレムも、何一つ達成できてないんだが!?』


 ヤマトは叫ぶ。その内容はあくまで自分の欲望に正直な俗物的な悲鳴だった。

アンゴルモアは、呆れたようにヤマトを見ると、諭すように語り掛けた。


『知らないよ。君も知っているだろう?故郷の歪さを。この世界もあんな風になる前に、救済が必要なんだよ。』


『…』


 それは、あまりにも独善的。あまりにも傲慢。


 だが、その言葉に対して、ヤマトは何も言えない。

確かに、振り返って考えると、そこ地球にはややこしく絡まり合った問題が幾重にも重なりあう世界があった。

 個人の力では到底とうてい解決できない段階まで複雑化されるであろう問題を、彼、アンゴルモアは、個人の手に負えるうちに抹消まっしょうしようというのだ。その言葉は、あくまで正義の立場からの物であり、それを安易に否定することを躊躇ためらわせる。


『さぁ、長話をしてしまったね。何か一つだけ質問に答えてあげよう。そうしたら、私はおいとまするよ。』


 このアンゴルモアのしようとしている事は、その手段の正当性、可不可を無視してみれば、文句のつけようなど無い。人生経験の浅いヤマトが口を挟めるようなことでは、無かった。

 また、急に質問をしろと言われても、質問が出て来る筈など無い。今更、何を聞いても無駄だろう。


(そう言えば、ジェネレーションギャップとか何とか言ってたな…?)

『…じゃあ、一つだけ。アンゴルモア…あんたが転生したのは、西暦何年だった?』


『なんだ?私は、2004年35歳でこの世界に来た。この世界に来てから20年ぐらい経ったか…。では、もう会うことは無いと思うが、君の短い生が素晴らしいものであることを祈ろう。』


 そう言うと、アンゴルモアは段々と薄くなっていく。

それに向かって、ヤマトは最後の言葉をかける。


『ありがとよ。あっ、最期に一言だけ。「敵となり得る相手に目的をさらすのは、三流のやることだよ。」…このマルボスの言葉によると、アンタは三流だな。』


『なっ…!?』


それは、まるで捨て台詞のような意味のない煽り文句であった。

だが、そんな安い言葉をも無視できないアンゴルモアは言い返そうと口を開く。その瞬間に、ひときわ強く発光し、姿が搔き消えてしまった。



「ん、帰るか。」


『ん、帰ろ帰ろ』


 いつの間にか接近していたモーガンに声を掛けられ、その肩へと軽やかに飛び上がる。

 その心の中は、決して穏やかではなかったが、さりとて世界を守るという使命感におかされているわけでもなかった。

 自分の真意がどこにあるのか、そんな疑問を抱きつつ、ヤマトは皆の所へと向かって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る